26.星の乙女の真実
よろしくお願いします。
マデリンが帰った後、アリーチェは誰も寄せ付けず一人で書庫にこもっていた。
マデリンが『星の乙女』がクロイツンド家でどう生きたのか知りたいのなら、書庫に文献があるはずだと言っていたからだ。
文献はそう多くはなかったが存在した。アーバスノット国を守るために、クロイツンド家が『星の乙女』を守る砦となった経緯の歴史書。『星の乙女』の日記。星の乙女の夫となったクロイツンド家当主の日誌。
そのどこにも『星の乙女』が子供を産んだという記述はなかったし、夫婦がお互いを想い合う言葉もなかった。
逆に別の女性が、クロイツンド家当主の子供を産んだ記述はある。「自分よりも最強の騎士になって、国を『星の乙女』を守って欲しい」という当主の思いと共に。
クロイツンド家は血にこだわる家だ。王家の懐刀として、最強騎士として、絶対にクロイツンド家の血を絶やしてはいけないと鉄の掟として掲げられている。
それも、ただ子孫が残せれば良い訳ではない。
クロイツンド家の妻に選ばれる条件は、もちろん家格も吟味される。だが家柄にそこまでの比重は置いていない。家柄や血統については、クロイツンド家が担っているのだ。だから一番重要視されるのは、生家が強い騎士の家系や本人が優秀な騎士である事だ。それほどまでに、最強の騎士を産むことが義務付けられた家なのだ。
アーバスノット国を守るために、国の宝である『星の乙女』を守るために、最強を強いられる。それがクロイツンド家だ。
他の女性が夫の子供を産んで、妻である自分は見ているだけなんて……。『星の乙女』達は辛くなかったのか? そう思って『星の乙女』の日記を読み進めるが、そういった記述もない。
「……みんな、割り切れてるんだ……」
言葉ともため息とも言えない声を出したアリーチェは、机の上に突っ伏してしまう。それも一瞬で、すぐに天井を見上げる。気を抜くと、絶望が詰まった胸から涙が突き上げてきてしまうから。
クラーラの話をした後に、マデリンは衝撃の事実をアリーチェにもたらしてくれた。アリーチェにとってはクラーラの話以上に重過ぎて、それ以外の全てがどうでも良くなってしまったほどだ……。
「貴方にとっては酷な話だけど、ウィラードに対する特別な感情は捨てた方がいいわ。『星の乙女』は子供を産めないのよ」
アリーチェの頭は真っ白だ。
「そんなに驚くことじゃないでしょう? 『星の乙女』がクロイツンド家の子供を産んでいたら、嫁ぎ先がクロイツンド家だけなのはおかしいじゃない? 血縁関係があるのに嫁げないでしょう?」
確かにその通りだ。『星の乙女』がクロイツンド家にしか嫁がないのに、血縁関係の話が出ないのはおかしいとはアリーチェも思った。思っていたが、その答えが子供を産めないからだとは思い至らなかった。
「王家の懐刀として、『星の乙女』を守る砦として、クロイツンド家は最強の騎士の血を残す必要がある。子を成せない『星の乙女』は、名前だけの正妻なのよ。ウィラードは別に妻を娶って、その妻がウィラードの子供を産むの。社交界では『星の乙女』ではなく、別の妻が正妻だと認知されているわ」
マデリンは言いにくそうに、瞳を伏せて言葉を続ける。
「あなたの護衛がウィラードの妻よ。ウィラードの妻にするためにセーラ家が三女を騎士にしたのは有名な話だもの。貴方がその話を耳にしないで来れたこと自体が、わたくしからすれば信じられないわ」
子供が産めない以上に衝撃的な話だ。
自分が名前だけの置物な上に、本物の家族は別に存在するなんて……。しかも、それがシェラだ。
だが、そんな話をどこかで聞いていた気もする。ウィラードには『星の乙女』以外に、別の相手がいると。
今まで『星の乙女』がクロイツンド家にしか嫁いだことがない事実を見れば、信じたくないけれどマデリンの言う通りなのだ。
アリーチェはあまりのショックに、息をするのも忘れて顔面が蒼白になっていく。そんなアリーチェを、マデリンが揺すって呼吸を促した。
「ちょっと、息をなさい! 死んでしまうわ! この事を伝えていない時点で、ウィラードは不誠実よ!」
マデリンはウィラードに対して、怒っていた。そして、アリーチェが『星の乙女』の基本を教えられていないと知ると、「誰だかわからなけど、悪意があるわ……」とやっぱり怒っていた。
「『星の乙女』の基本はこれよ」
『星の乙女』は人ではない。星の女神に選ばれた、神に最も近い存在だ。
「本来なら最初に教えられるべき事よ? わたくしは『星の乙女』が普通の幸せを願えないようにするために、この言葉を刷り込んでいるのだと思うわ。『国を思い、国のためだけに生きろ』ってね」
(人じゃ、ない? 人として育った私に、人を辞めろと?)
「だからクロイツンド家との婚姻も、婚姻であって婚姻ではない。国のために身を捧げる『星の乙女』を守るための契約なの」
マデリンがこれを初めて聞いた時、「だからウィラードが別に家族を持っても気にするなと」言われているんだと思った。
幼き頃から基本を刷り込まれることなく、何も知らずにクロイツンド家当主に恋してしまうほど辛い事はない。クロイツンド家にとって『星の乙女』は、国の宝であって、神なのだ。クロイツンドの屋敷にある高い塔に祀って、大事に崇め守る存在……。
アリーチェは胸のど真ん中にぽっかりと真っ黒な穴が空いてしまった喪失感と同時に、空洞になったはずの穴が悲しさや切なさや悔しさといった様々な感情で膨れ上がり苦しい。
「もちろんウィラードはこの事を知っているわ。だから、貴方を国のために利用しているのよ。ウィラードは貴方の気持ちを利用して騙していたのだと思うわ。あの冷たい男は、国に身も心も捧げているから、それくらい何ともないのよ!」
(私の知るウィラード様はそんな人じゃない。きっと、私だけを妻にと言った言葉に嘘はない。でも、私が子供を産めないのも事実。クロイツンド家にはウィラード様以外に子供がいない。ウィラード様の子が産まれなければ直系の血が絶える。最強の家に最強の騎士がいるのに、血が絶える……。それに、シェラは? もうすぐ二十歳になるシェラに婚約者がいないのは、ウィラード様の妻になるためだったんだ。今更別に嫁げと言われても、条件の良い相手はもう残っていないはず。それに、今更結婚できないとウィラードに言われて、セーラ侯爵家が黙っているはずがない。邪魔なのは、私?)
「ちょっと、貴方大丈夫? 大事な相談をしたのに、役に立たないみたいね?」
マデリンの言葉がアリーチェの頭の中をすり抜けていく。
どす黒く粘りつくドロドロとした感情が穴の開いた胸から湧き出して、自分だけでなく部屋を、マデリンを、世界を、黒く塗りつぶしていく。
苦しくて苦しくて胸の奥から押し上げられてくる悲しみをこぼさないよう、アリーチェはいつものように天井を見上げる。
鼻がキーンとなったおかげで、アリーチェの頭は少しすっきりした。そのおかげで、クラーラの話も含め絶対に力になると、マデリンに伝えられた。
今も涙を堪えたアリーチェは、慌てて書庫を飛び出した。
(ウィラード様とシェラと顔を合わせるのは辛い。二人の顔を見ない場所で、少し落ち着いて考えたい)
読んでいただき、ありがとうございました。
まだもう少し続きますので、よろしくお願いします。




