23.マデリンの来襲、再び①
本日二話目の投稿です。
よろしくお願いします。
マデリン来襲から三日。ウィラードが危惧した通り、またマデリンが店にやって来た……。
今回は騒ぎを起こさずグイドを呼び出し、「アリーチェを呼べ」と言って事務所に居座った。グイドも何とか穏便に追い出そうとしたが、相手は平民を見下す元王女。常識は一切通用しない。子供相手に強くは出られないグイドは、泣く泣くクロイツンド家に人を走らせるしかなかった。
店に着いたアリーチェは厨房とグイドに指示を出すと、マデリンが待つ事務所に向かった。
店に向かっている間も考えたが、マデリンが何をしたいのかさっぱり分からない。人の都合を無視して押しかけてくる時点で、とてもじゃないけど世間に改心したとアピールできるはずがない。
何かアリーチェに伝えたいことがあるのか? 三日前にアリーチェが最後に言った言葉に反応してくれたのか?
マデリンが何を訴えたいのか見当がつかないまま、アリーチェはまたも事務所で対面することになってしまった。
穏やかな表情のアリーチェの後ろに、右眉が痙攣し続けているシェラ。向かい合うのは、ツンと尖った鼻を上に向けて偉そうな態度を崩さないマデリンと、青白い顔に汗が止まらない侍従。
アリーチェは穏やかな笑顔を称えたまま、「今日は、どのようなご用件で?」と静かに聞いた。
マデリンは何か言いたげに口をもごもごと動かすが、背後にいる侍従を気にして言葉が出てこない。我が道を突き進んでいるマデリンが、気も胃も弱そうな侍従を恐れている?
そっと侍従を盗み見たアリーチェが眉を顰めていると、ノックと共に扉が開きパンの香ばしい香りと肉の焼けた食欲をそそる匂いが部屋に流れ込んできた。
マデリンに厳しい目を向ける厨房の料理人が、アリーチェとマデリンの間にあるテーブルにハンバーガーのプレートを置いた。
アリーチェが「ありがとう」とお礼を言うと、料理人は顔を赤らめお辞儀をして部屋から出て行った。
アリーチェは侍従とシェラにも、「どうぞ、一緒に食べましょう」とソファに座るように勧めた。シェラは躊躇うこともなくアリーチェの隣に座り、余すことなくハンバーガーの香りを吸い込んだ。
シェラの様子と室内食用に盛りつけられたハンバーガーのプレートを見たマデリンの侍従は、ゴクリとつばを飲み込んだ。
マデリンも背後からの視線など気にしている余裕はなく、プレートに釘付けだ。
プレートに乗っているハンバーガーは、片手で食べることを重要視していない。部屋で座ってランチを楽しむためのメニューなので、旨味が詰まったソースもたっぷりかかっている。添えられた茹で野菜からも美味しそうに湯気が上がっているし、この野菜につけるソースも大変好評な一品だ。
「……冗談でしょう? わたくしは高貴な貴族よ? そのわたくしに、貴方みたいな平民が作った、この下賤な食べ物を出すなんて……」
そう言いながらも、マデリンの視線はハンバーガーを追っている。
マデリンはなぜアリーチェに会いに来るのか? 嫌がらせなのだとしたら、マデリンを嫌う者が多い平民街にわざわざ来るだろうか? 物を投げられるぐらいでは済まないほど、マデリンの平民からの評判は悪いのだ。
前もって連絡をくれるのならクロイツンド家で会うとアリーチェは伝えているのだから、わざわざ身の危険を冒してまで平民街に来る必要はない。
アリーチェに自分の評判を上げさせたいにしろ、店に来る理由があるのか? と考えると、一つだけしか思いつかなかった。
マデリンはハンバーガーを食べたいのではないか?
「これは温かい内に頬張るのが一番美味しいのです。ですが、男性の前で大きな口を開けるのはためらわれます」
アリーチェはそう言うと、隣に座ったシェラを見る。本来であれば誰の前でも大口を開けることを気にしないシェラだが、いつもと違うアリーチェの態度を感じ取り、殊勝にうなずいた。
「食べている間で構いません。お店に席を用意しておりますので、侍従の方は少し席を外して頂けますか?」
従者も第一王女にそう頼まれれば、断るわけにはいかない。
侍従はマデリンを見ると、一瞬だけ細めた目を光らせた。マデリンにだけ分かるように牽制すると、元の気の弱そうな仮面を被り直して「食べ終わりましたら、お呼びください」と言って部屋から出て行った。
侍従が出て行った扉が閉まると、アリーチェとシェラは何事もなかったかのようにハンバーガーを手掴みし頬張った。その様子をマデリンは唖然とした顔で見ていた。
スティック状の温野菜も手掴みでソースを付けたアリーチェが、「冷めても美味しいですが、温かい内に食べるのが一番ですよ?」とマデリンも食べるように促す。
マデリンはいつもの噛み付くような顔で、「貴方、淑女としての嗜みはないの?」と声を荒げた。
「ハンバーガーは平民の食べ物ですよ? 気取って食べるより、こうやって食べる方が数倍美味しいです。それに、ここに居るのは私達だけですよ? 周りの人間の勝手で貴族社会に身を置かされているのに、その貴族社会から爪弾きにされている二人です。お互いに気を遣う必要が無いでしょう?」
変わらず穏やかに微笑むアリーチェに、ハンバーガーを見たマデリンの目が泳ぐ。グッと力を入れて口を閉じると、高い鼻を天井に向けた。
「貴方がどうしてもと言うなら、食べてあげても良いわ」
そう言うとマデリンは思い切ったように手で掴むとハンバーガーを頬張った。捻くれ者のマデリンだ。決して「美味しい!」なんて言う訳がないが、ハフハフと次から次へ食べる顔が物語っている。
三人共あっという間に完食し、シェラが淹れてくれた濃い目の紅茶でホッと一息をつく。
「平民の食べ物って言われてますけど、実は貴族にも大人気なんですよ。高位貴族の使用人が並んで買っていきますし、酷い家だと並ばず買おうとする者もいますからね」
そう言ってアリーチェはフフフと笑った。
心配そうに眉を寄せて何度も扉をチラチラと見ているマデリンに、アリーチェは「あの侍従なら、大丈夫ですよ? 手は打ってあります」とニッコリ微笑んだ。
その言葉に驚き、びくりと肩を揺らしたマデリンが目を見開く。
アリーチェはとっておきの悪戯を仕掛けた子供のような顔をマデリンに向け、ウィンクまでしてみせた。
「このお店はお酒も出すんです。昼間から他人に奢ってもらうお酒ほど美味しいものはないそうですよ? 店の者には、潰れるまで飲ませるよう指示してありますから安心してください」
マデリンはギョッとしながらも、「あいつの正体が分かっているの?」という顔で警戒を解かない。
アリーチェは「侍従の正体に気づいたのは、私ではなくシェラなんです」と自分の隣に座る、『話し相手』である護衛を見る。
「私がセーラ侯爵家の三女であることは間違いないですが、それと同時に近衛騎士でアリーチェ様の正式な護衛です。あの侍従程度の間者を見落とすようでは、護衛は務まりません」
三日前にウィラードと話し合った際に、シェラが自分の護衛なのだとアリーチェは知った。危ない目に遭いそうになる度に、躊躇うことなく自分の前に立つシェラの背中を見ていたアリーチェは驚かなかった。
アリーチェ達を追いかけて馬車で帰ってきたシェラは、近衛兵として「マデリンの侍従は、侍従ではない。マデリンの行動を監視している」とウィラードに報告した。
それであれば、マデリンの不可解な行動も説明がつく。
マデリンはイブンセン家の指示に従って行動しているように見えるが、全て真逆の行動をしている。それがマデリンのプライドの高さのせいと言われれば、そうなのかもしれない。だが、あの孤独な顔を見てしまったアリーチェには、どうもそうとは思えなかった。
何か話したい事があってアリーチェに会いに来ているが、侍従に監視されていて話が切り出せない。これが一番しっくりくる、アリーチェの結論だ。
だからこそ、アリーチェはウィラードに提案した。
「次にマデリン様が会いに来たら、彼女に真意を問い質したいです。助けられるのなら、助けたい。もちろんシェラと一緒にいるし、無理もしません。マデリン様の行動の理由が私の想像と違うのであれば、もう二度と勝手な真似はしません」
もちろんウィラードは、アリーチェの提案を撥ね退けた。
だが、アリーチェも「道具としてではなく、自分の意思でウィラード様の役に立ちたい。自分にまとわりつく『星の乙女』としての役割を終わらせたい」と譲らなかった。
そうなると折れるのは、やっぱりウィラードだ。
その日、ウィラードは『星の乙女』についても、詳しく教えてくれた。
一般的に知られている『星の乙女』とは、「戴冠式の際に、『星の乙女』の頭上に輝くティアラから放たれる光を受ければ幸せになれる」ぐらいだ。後は「『星の乙女』は星の加護を受けている特別な存在」と曖昧な説明だけで、王家の威光を増強するための飾りと認識されている。
しかし、実際は『星の乙女』が幸せであれば、星が瞬き国が栄える。国に富をもたらす力を持つのが、『星の乙女』なのだ。
災害が減り農作物の収穫量が上がることは、過去の事例からも明らかにされている。それらは星の加護によるものなのだが、大きく広まっていないのには理由がある。過去に『星の乙女』を奪い合う争いに発展したからだ。
『星の乙女』の力については、昔から一部の人間しか知らない。それでも『星の乙女』を利用しようとする者が争いを起こす。
だからこそ、クロイツンド家という王家に忠誠を誓った懐刀が、『星の乙女』を守る砦として婚姻を結び、命ある限り守り続けるのが習わしとなった。
クロイツンド家に元兵士が多いのも、屋敷が砦のようなのも、庭が他者の侵入を防ぐように隠れる場所がないのも、全て『星の乙女』を守るためだ。
この話を聞いたアリーチェは、座っているのも辛いほど血の気が引いた。
(ウィラード様が私を受け入れるのは、王命。違う。王命よりもっと重い。国を守るためにクロイツンド家に課された足枷。それは幾重にも根が絡まりクロイツンド家の当主を縛る掟だ)
アリーチェの様子に気づいたウィラードが床に膝をつき、ソファに座るアリーチェと視線を合わせようとする。しかし、焦点の合っていないアリーチェ瞳に、ウィラードは映らない。
「アリーチェ、聞いて欲しい、アリーチェ!」
ウィラードに大きな声で名前を呼ばれ、意識がぼんやりと回復してきた。前を見ると目の前にウィラードの顔があり、両肩を掴まれている。
(……ここで辛そうにしたら駄目だ。ウィラード様に迷惑をかけてしまう)
何とか必死に笑おうとするも、顔が引きつるだけで上手くいかない。
ウィラードの温かい両手がアリーチェの頬を優しく包んだ。
「無理して笑わなくていいんだ。……この話をするには、まだ早かったのかもしれない」
ウィラードの手が温かい分、言葉が胸に突き刺さる。どういう意味なのか分からないけど、辛い答えしか浮かばないから、今は何も考えたくない。
震えそうな手でウィラードの腕を掴んで離そうとするも、ビクリともしない。
「俺の言い方が悪かった。『星の乙女』とクロイツンド家の関係は、絶対にアリーチェに勘違いされると思った。俺がクロイツンド家の当主のだから仕方なくアリーチェと結婚すると思っているんだよな? そう思われるのが嫌だった。だから俺の気持ちがちゃんとアリーチェに届いてから、この話をするつもりだったんだ」
少し泣きそうな顔をしたウィラードは、アリーチェが目を逸らさないように頬に添える手に力を込める。
「屋敷に連れてきた時に言った通り、俺がクロイツンド家の当主で、アリーチェが『星の乙女』だから妻にと望んだのではない。アリーチェだから、妻にと望んだ。もしアリーチェが『星の乙女』ではなく他に『星の乙女』がいるのだとしたら、俺はクロイツンド家から出てアリーチェを選ぶ。俺は妻にしたいのはアリーチェだけだ。アリーチェを選ぶ理由は、俺がアリーチェを愛しているからだ」
ウィラードが真剣な気持ちを伝えてくれたのに視界がぼやけて、頬に置いたままのウィラードの手がアリーチェの涙で濡れてしまう。
ウィラードが「分かってくれたか?」と聞くから、嬉し涙が出過ぎて声の出せないアリーチェは、首を縦に振り続けた。
読んでいただき、ありがとうございました。
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