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22.マデリンの来襲

よろしくお願いします。

 アリーチェがシェラと共に二号店に駆けつけると、グイドが親の仇に向けるような顔で奥の扉を睨みつけている。

 店に到着したアリーチェに気が付くと、グイドは立ち上がって深々と頭を下げた。アリーチェが頭を上げるようお願いすると、グイドはさっきまで睨んでいた扉を忌々しそうに指差した。


「こんなことにアリーチェ様を巻き込んだらいけないとは、分かっているんですが……。いきなり偽物王女がやって来て、店で一通り騒いだらアリーチェ様を呼べと叫び出したんです。こっちとしたら、お客は怯えてるし、従業員は貴族相手に手を上げかねない状況だしで、にっちもさっちもいかなくなってしまって……。本当に申し訳ないです」

「そうな風に言わないで下さい。呼んでいただいて良かったです。これは……、私のせいですから。ご迷惑をおかけして、本当にごめんなさい」

 アリーチェはグイドと従業員に頭を下げると、何かを思いついた顔をして外に出た。


 店の外には本物王女のハンバーガー店で、偽物王女が大騒ぎしている。と聞きつけた野次馬達が、集まりひしめき合っている。

 その好奇心の塊達も、王女自ら出てくるとは思っていなかったのだろう。簡易的な青いドレスを着た、真っ直ぐなピンクブロンドに桜色の瞳を輝かせた優しく可憐なアリーチェの登場に、野次馬達も息を呑む。

「せっかくハンバーガーを買いに来てくれたのに、大変お騒がせしました。お詫びになるか分かりませんが、本日は商品を半額でお売りします。これからもよろしくお願いしますね」

 そう言ったアリーチェがニッコリと微笑むと、野次馬達は歓声を上げて列を作った。


「差額分は私がお支払いしますので、後で金額を教えて下さい。彼女とは私が話しますので、皆さんはお客様の対応をお願いします」

 グイドと従業員にそう告げたアリーチェは、事務所として使っている部屋の扉の前に立つ。

 アリーチェは情けない表情でシェラを振り返ると、「気が重い」とため息交じりに呟いた。

「わたくしが絶対に守りますので、ご安心ください!」

 ドンと胸を叩いたシェラの力強い言葉に微笑んだアリーチェは、分厚く重い鉄の扉を開ける気持ちで薄い木の扉を開けた。




 たっぷりのリボンやレースが付いた薄紫色のドレスを着たマデリンが、安物のソファに座っていた。不満一杯の顔をアリーチェに向けると、吊り上がった目を余計に吊り上げ初対面の相手に挨拶をする。

「貴方が『ゴミの乙女』? 貧相な人ね」

 アリーチェは偽王女の上から目線に気づかない振りをして、涼しい顔で向かいに座った。その後ろに殺気立ったシェラが立つ。

「私に用があるとお聞きしましたが?」

「前にわたくしが出向いてあげたのに、貴方お詫びの手紙も寄越さないじゃない? だからちゃんと注意してあげようと思ったの。平民街の低俗な店にいると聞いたから、こうして会いに来てあげたのよ!」

 キンキンと頭に響く金切り声を受け流しながら、クロイツンド家に行けば追い返されるからこっちに来たのかと納得する。


「きちんと事前に連絡して下されば、屋敷でも喜んでお迎えしますよ?」

「このわたくしを馬鹿にしているの? わたくしが出向いてあげただけでも感謝すべきなのに、失礼にも程があるわ!」

 激昂した偽王女は顔を真っ赤にして声を荒げるが、アリーチェは間違ったことを言っていないのだから対応のしようがない。


「私は事前に一言連絡が欲しいと言っているだけですよ? 難しい事ですか?」

 傲慢なマデリンは、元平民であるアリーチェを見下し馬鹿にしている。だから、元王女である高貴な自分が文句を言えば、アリーチェが青い顔ですぐに詫びると思っていた。

 しかし、アリーチェは穏やかな笑みを貼り付けたまま、悪びれた様子は一切ない。


「この平民が! 礼儀知らずも甚だしいわ。 わたくしがわざわざ会いに来てあげたというのに、なんて礼儀を弁えない態度なの!」

 不敬極まりないマデリンの態度に、先に切れたのは阿修羅のような顔をしたシェラだった。

「アリーチェ様に謝罪しなさい! 伯爵令嬢が第一王女殿下に対して取る態度ではないわ! イブンセン伯爵はこのことをご存じなのよね? 抗議させていただくわ!」

 マデリンに言っても無駄だと思っているシェラは、後ろで青くなっている侍従に向かって言った。侍従は遠くを見つめていた目を伏せ、肩がガックリと落ちている。少なくとも現伯爵は、マデリンの行動を知らないのは確かだ。


 しかし、シェラの抗議(脅し?)は、マデリンには全く効果がなかった。怒りで顔を真っ赤に染め上げ、キンキン声を響かせる。

「侍女ごときが! わたくしを誰だと思っている!」

「イブンセン元伯爵の養女でしょ? ちなみにわたくしはセーラ侯爵家の娘なの。わたくしも貴方より身分が上だから、マナーを学んでいるのなら言葉遣いに気を付けて欲しいわ」

 シェラはウィラード顔負けの極寒視線で、マデリンを見下ろした。


 セーラ侯爵家はクロイツンド家同様に優秀な騎士を輩出し、国防の要である国境を守るアーバスノット国でも有数の名家だ。軍や社交界だけでなく、様々な場所に大きな影響力を持っている。

 現実の身分差を突きつけられたマデリンは、流石にこれ以上は事を荒立てられないと思ったのか悔しそうに黙り込んだ。

 だが、それはシェラに対してだけの対応で、吊り上がったキツイ目をアリーチェに向けると、溜まっていた不満をぶちまけた。

「わたくしは貴方のことは王女と認めない。自分に見向きもしない両親を養うために働かされていた惨めな娘が王女だなんて、この国の品位が落ちるわ。所詮は貧しい平民でパン屋の娘なのよ」


 今でこそウィラードとの恋の話や、ハンバーガー店の話に取って代わられたが、少し前まではアリーチェに対する評価はマデリンの言う通りだった。アリーチェとしては下手にもてはやされるより、マデリンの言う評価の方が気楽なのだが。


「仰る通りで私はパン屋の娘です。私はパン屋であったことに誇りを持っていますが、貴方にとっては卑しい平民ということですよね?」

「当たり前でしょ? 王族がパンを捏ねるなんて、みっともないわ!」

「その、みっともない私に、何の用でいらっしゃったのですか?」

 アリーチェは終始穏やかな笑顔のままだが、しっかりとマデリンを追い詰めていた。

「……よ、用なんてないわ! 貴方が調子に乗っているようだから忠告しに来てあげたのよ!」

「そうですか。わざわざありがとうございます。ですが私は身分が変わったからといって、十六年間必死で生きてきた自分を、自分自身が否定するなんてしたくありません。それは貴方にも分かるのではないですか?」


 アリーチェの言葉に、マデリンは表情を失った。その顔は酷く悲しそうで、マデリンの孤独が見て取れた。


(マデリン様の側には、助けてくれる人が誰もいないんだ……)


 冷汗をかきっぱなし侍従も、自分達の状況が悪いのを察し苦虫を嚙み潰したような顔をしている。引き時だと思ったのか、ソファからマデリンを立ち上がらせると侍従だけ深々と頭を下げる。もちろんマデリンは謝罪も挨拶もなく、部屋を出て行った。


 アリーチェはマデリンの背中に言葉をかける。

「私と貴方は『星の乙女』に関わる者達によって、運命を狂わされました。今まで生きてきた生活を取り上げられ、いきなり別人として生きろと言われる理不尽さ、辛さ、腹立だしさが分かるのは、私達二人だけです。お互いにしか分かり合えない話をしに来て下さるのであれば、いつでも歓迎します!」

 マデリンにアリーチェの言葉が届いたのかは分からない。だが、マデリンは余計に足を踏み鳴らして帰って行った。




 一体マデリンは何がしたかったのだろうか? という疑問は残ったが、アリーチェがそのことを考えている暇はない。

 さっき静めたはずの店の外が、またやけに騒がしいからだ。「一体何だろう?」と窓の外を見て、アリーチェは目を見張った。白い軍服のウィラードが、馬を駆って店にやって来たからだ。

 クロイツンド家の誰かがマデリンに呼び出されたと報告したのだろうが、それにしたってウィラードの登場があまりにも早い。仕事を放り出してきたとしか思えない早さだ。


 その日の平民街では、マデリンが起こした騒ぎなど一瞬で忘れ去られた。

 ウィラードの腕に大事に抱き締められながら馬に乗せられて帰るアリーチェに、野次馬達は大興奮だったからだ。

 ウィラードとアリーチェの恋物語に、また新しいエピソードが一つ追加されたのは言うまでもない。




 ウィラードの執務室に否応なしに連れ込まれたアリーチェは、部屋の冷え切った空気に何とか耐えていた。

 馬に乗せられている時から、こうなる事は分かっていた。周りからはさぞ仲良く見えていただろうが、アリーチェにとっては抱きしめられているというよりは、連行されている気分だったのだから……。

 向かいに座っているウィラードは、腕を組んだまま右手の人差し指で腕をトントン叩き苛立ちを抑えている。アリーチェにとっては威圧的でしかないが……。


「……マデリンには近づかないで欲しいと言ったはずだ」

 怒りを含んだ低く悲しい声だ。

 この声だけでどれだけ心配をかけたのかが分かり、アリーチェは返す言葉がない。

「……ご心配をおかけして、申し訳ございません……」

「あの女が王女だった時に、周りに対してどれだけ酷い真似をしてきたか知っているだろう?」


(第一王女でいた時の彼女は、使用人に危害を加えるのは日常的だったと聞いている。気に入らない令嬢の悪評を広めて修道院送りにしたり、気に入らない人気高級店を廃業に追い込んだりと……。ちょっと聞いただけで、身体中が真っ黒になるような話ばかりだ。

 それでも、彼女は私同様に運命に翻弄されていると思う。入れ違いが起きなければ、彼女は親に愛されていたはずだ。パン屋の看板娘として幸せに暮らせたのかもしれない)


「知っていてもアリーチェは、あの女に同情してしまうんだな」

 ウィラードの目は冷たく厳しい。突き放されたいい方が寂しくて、縋り付きたくなってしまう。だが、マデリンのためにそれはできない。

「マデリン様は孤独です。周りに気を許せる人がいないのです。王城にいた時に、ウィラード様が気にかけて下さらなければ、私もマデリン様と同じ顔をしていたと思います。クロイツンド家ではみんなが笑って接してくれますし、何よりウィラード様の側にいられて私は幸せです。でも、あのまま王城に連れて行かれていたらと思うと、マデリン様の孤独は他人事とは思えません!」


 ウィラードは両手で顔を覆い、天井を仰いで何かをブツブツと呟いている。

 怒っていたはずのウィラードが、アリーチェの言葉で耳まで真っ赤になっている。真冬の様に凍てついていた感情を、一瞬で灼熱の真夏に変えられてしまったのだ。ウィラードは自分を落ち着けようと必死だ。


 ウィラードにとってはアリーチェの安全が最優先で、出来る事なら危険が降りかかる前に全て排除したい。今回二人が対面したのは、ウィラードにとっては最も避けたかった事態だ。

「マデリンが何をしたくて、アリーチェを呼び出したか分かるか?」

「一体に何をしに来たのか、さっぱり分かりません」

 マデリンが来た理由が、アリーチェには謎でしかない。

 平民はマデリンを憎んでいると言っても過言ではない。そんな自分にとって危険な場所に、わざわざ文句を言うだけのために足を運ぶだろうか?


 ウィラードの話によると、平民からも貴族からも評判を回復したアリーチェに、マデリンはあやかりたいらしい。評判の良くなったアリーチェと仲が良い所を周りに印象づけ、アリーチェから「マデリンは改心した」と語らせることで社交界への復帰を狙っている。


 その話を聞いたアリーチェは、呆然としてしまう。

「……全て正反対の事をして帰って行きましたけど?」

「宰相からはイブンセン家のために、アリーチェに取り入れと言われたが、プライドの高いマデリンには無理だったのかもしれないな」


(そうなのだろうか? あの孤独な顔は、何か大きなものを抱えているように見えたけど……)


「次も来るなら店ではなく、クロイツンド家に来てくれればいいのだがな……」

 グイドは肝の据わった男だ。高位貴族が相手でも破落戸が相手でも物怖じしない。だが女子供相手に本気で怒ったりはできない。

今回の件で「自分が不甲斐無い」と酷く反省していたが、グイドが一番プライドを傷つけられたはずだ。それに、アリーチェにもグイドの気持ちが分かる。孤独な表情を見せるマデリンは、本当に行き場を失った子供そのものだった。


 今回はグイド以外は特に被害を受けていない。

 店もアリーチェが機転を利かせたことで、いつも以上に大繁盛だった。世間で噂のアリーチェとウィラードの仲良し振りを見れた事もあり、店もアリーチェも評判を上げて、マデリンだけが評判を下げた。

 マデリンは狡猾で強かなはずなのに、これでは一体何が目的だったのか分からない。世間の噂と、今日のマデリンの様子が重ならない……。


 ウィラードは目的を達成していないマデリンが、次はどんな手で来るか分からないと思っている。だからできるだけ早く対策を講じておきたい。

 マデリンの突然の行動も意味不明だが、シェラはあの胃腸の弱そうな侍従も気になると言う。

「何か良くないことが起こりそうだと不安を煽るには、マデリンの行動は大成功だな」

 ウィラードは忌々し気に呟いた。


読んでいただき、ありがとうございました。

あと十話で完結予定です。


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