18.八日ぶり
よろしくお願いします。
馬車が屋敷につくと、苦々しい顔をしたマックスが出迎えてくれた。ムッとした顔でシェラを見ると、「遅い!」と一言。シェラも同じ顔で「伝言したはずでしょ?」と言い返す。
幼馴染で気心が知れているせいか、二人はすぐに言い合いになる。そして、どっちも引かないのだ。「ふんっ」とそっぽを向き合って、別々に歩いていくのがいつものパターンだ。
今日の喧嘩の原因であるアリーチェは、慌てて二人の間に止めに入る。
「私が店主に作り方を教えて欲しいとお願いしたの。どうしてもウィラード様のために、自分でハンバーグを作りたくて……。無理を言ってごめんなさい。マックスにも心配かけてしまって、申し訳ないと思ってる」
アリーチェに謝られ、マックスも渋々折れる。渋い顔で「分かりました。でもまだ話がありますので、アリーチェ様とシェラはサロンに」と言うと、自ら先に歩いていく。
帰りの馬車の中でハンバーグの具材やソースについて色々考えていたアリーチェは、実はすぐにでも厨房に向かう予定だった。
試してみたい事がたくさんあって、サロンに向かうのは不本意だ。なんて事は、自分に非があるのだから言えるはずがない。もちろん素直にマックスの後に続いて歩く。
アリーチェとシェラが隣り合って座り、向かいに厳しい表情のマックスが座った。
「帰宅時間が遅れた事は、もういいです。それより、どうして私がアリーチェ様に平民街に行って欲しくなかったか分かりましたか?」
グイドとの出会いや、ハンバーグの作り方を教えてもらった事に満足して、記憶から消し去ろうとしていた会話が思い出される。
「……私は『ゴミの乙女』として、平民街のゴミ拾いをすべきみたいですね?」
自分で聞いたくせに、アリーチェの口から言われるとショックだったようだ。マックスは顔を顰めてため息を吐く。
「偽王女の戴冠式直後は、『平民の星の乙女』であるアリーチェ様の力の大きさに期待する声で溢れ返っていました。それが暫くすると、『平民の星の乙女』は王族になった途端に、平民を見下して城で我が儘三昧だという噂に変わりました。『穢れた血を王族に入れるべきではない』と……」
マックスも最後の言葉はさすがに言いにくそうだが、この程度は城で散々聞かされてきた中傷だ。王妃や王太子から受けた言葉に比べれば、何てことない。
大体アリーチェ自身が自分を王族に相応しいと思っていないし、王族になりたくもないので穢れていようと気にしていない。
「今日ご自身で耳にしたものも含め、アリーチェ様に対する中傷は全て反王家派によって捏造されていると調べがついています。どうしてご自分の名誉が傷つけられるのか、分かりますか?」
(私に名誉なんてないけどね? あるとしたらパン屋としてのプライドだけだ。でもそれは王族にバッキバキに踏みつけられた。とは、王家の懐刀であるクロイツンド家の人間には言えない……)
「『星の乙女』を使って王家の威信を取り戻させないために、反王家派が『星の乙女』の存在自体を貶めているんですよね?」
「その通りです。アリーチェ様が城からいなくなってからは、以前にも増して聞くに堪えられないほど酷い中傷になっています。アリーチェ様のお耳には入れたくありませんでしたが、ご自分の現状を知っていただいた方が良いと思いました」
(何で? また、何かあるってこと?)
「『星の乙女』への中傷が増しているのは、『星の乙女』が周囲に与える影響が大きいからです。反王家派は、それだけアリーチェ様の存在を危険視しているのです。だからこそ、アリーチェ様に危害を加える恐れがあります。もちろんクロイツンド家の守りは鉄壁ですし、何よりウィラード様がアリーチェ様を守ります。ですが、アリーチェ様の危機意識が薄ければ、危険は増してしまうのです」
マックスの言う通りだ。いくら周りが守りを固めても、アリーチェ本人が危険を感じていなければ、自ら危機を招く事につながる。
自分が狙われているという話は、城にいる時から何度も聞いている。実際に危険な目にあったことがないからか、アリーチェにはその話が他人事にしか思えない。
だが、それも仕方がない事だ。
ずっとパン屋の娘として生きてきたのに、いきなり『星の乙女』だと言われ城に連れて行かれた。それなのに使用人を始め実の家族からさえも、自分の存在を否定され貶められた。人として見られず、道具扱いされた。そんな不用品のような自分が狙われているとは、到底思えない。
アリーチェにとっての敵は、王族以外考えられないのだから。
当然のことながら、アリーチェは王家に対する嫌悪感が強い。
反王家派は王家以上に自分達の事しか考えていない。彼等が権力を握ったら、間違いなく国が崩壊する。もしそうでなかったら? 反王家派がまともで、国のために立ち上がった集まりだったのなら、アリーチェは反王家派に協力しただろう。
王太子が貴族ばかりでなく平民も豊かになる国造りをしているから、アリーチェは王家派側に立っているにすぎない。
せっかくマックスが身の危険を自覚させようと外出させてくれたのに、アリーチェはまだ自分の置かれた状況をのんびりと傍観していた……。
ウィラードがサルザード国に向かって七日。ランチボックスは無事に完成した。「完成したら是非試食させてくれ」と言っていたグイドにハンバーガーを届けると。「店を出すなら協力するぜ」という言葉と共に、味はお墨付きをもらった。
一仕事を終えたアリーチェはパン作りとお菓子作りをしながら、ぼんやりとこれから先の事を考えていた。
狙われていると言われている割に、アリーチェは何もしていない。反国王派を倒す道具として、城では囮にされていた。だが今は、何もしていない。
(この穏やかな生活はいつまで続くのだろう? 道具としての私の役目はどうなっているの? 役目が終わったら、私は何処に行けばいいのだろう?)
大好きなパン作りをしているのに、アリーチェは珍しく上の空だ。だから、屋敷内に物騒な空気が流れているのも、シェラが厨房からそっと抜け出した事にも気づけない。
アリーチェがやっとシェラがいないと気づいたのは、お菓子を入れたオーブンの蓋を閉めた時だ。「声をかけずにいなくなるなんて珍しい」と思いながら、「もしかしたら声をかけられていたのに、気づかなかったのかも……」と思い直す。
手も空いたことだし屋敷内を探すも、シェラは見当たらない。
しかし屋敷内の使用人達が、少し緊張した態度なのには気が付いた。それにいつも以上に使用人達からの視線を感じる。
(見張られている?)
庭に出ている使用人もいつもより多いし、室内の使用人も外をチラチラ気にしている。
(外で何かが起きているんだ)
今にも雨が降り出しそうな濃い灰色の雲が立ち込めている。そんな天気を気にしている素振りでテラスに出たアリーチェは、人の声がする方へ一目散に走り出した。
しかし王城の時のように上手くはいかず、あっという間に捕まった。それでも外に出た事で、門の辺りが騒がしいのは確認できた。
行く手を阻むように立つ身体の大きな庭師に、「何の騒ぎですか?」と聞くも首を傾げられ教えてもらえない。
門に向かおうにも、「こちらはただ今、芝生の手入れ中でして……」と言われ進めない。
使用人数人と向かい合っていると、見習い料理人が「アリーチェ様、発酵しすぎてしまいますよ?」と走ってきた。
発酵させすぎて不味くなったらパンが可哀相だ。門の騒ぎは気になるが、アリーチェはパンのために厨房に戻った。
「昨日は門が騒がしかったけれど、誰が来たのかしら?」
朝からシェラやマックスを始め使用人達に同じ質問を繰り返しているが、「遠縁の方が来たのですが、ウィラード様が不在ですので帰ってもらいました」と答えが統一されている。
(本当にそうなの? でも、遠縁の人相手に、あの厳戒態勢はないよね?)
ウィラードの執務室では、曇り空の中で沈む茜色の夕日を、頬杖をついたアリーチェがぼんやりと眺めていた。
「アリーチェ様、手が止まっていますよ」
マックスから注意され、領地からの報告書に目を落とす。が、全然集中できない。
集中できないせいか、何やら外から騒がしい声が聞こえてくる。
(いや、この部屋に一階の声が聞こえてくるなんて……。そんなはずはない)
ウィラードの執務室は三階の西側、一番奥まった部屋だ。一階がサロンや食堂などの生活エリア、二階に客間等があり、三階がウィラードの寝室や執務室がある。生活エリアから一番離れた三階の執務室まで使用人の声が聞こえるというのは、普通では考えられない。あるとすれば、複数人が相当な大声を上げている場合だ。
そのあり得ない声や物音が、どんどん執務室に迫ってくる。
ここは一番奥まった部屋だけあって、侵入者に乗り込んでこられたら逃げ場がない。
呆然とするアリーチェの前に、シェラとマックスが立つ。
(私なんて誰も気にしていないと思っていたのに……。怖い。どうして私がこんな目に? いや、そんな事を言っている場合ではないわ。シェラとマックスや屋敷のみんなが、私を守ろうとしている。私のために犠牲者が……? どうして? 私なんて何の役にも立ってない。そんな私のために、命をかけるなんておかしい)
アリーチェは自分は何もできない上に、何の覚悟もないのだと思い知ったが、もう遅い。
マックスが鍵を閉めた丈夫な扉がガタガタと揺さぶられ、今にも開いてしまいそうだ。扉の蝶番なのか鍵なのか、金属が破壊された大きな音がした。
扉が外れると同時にアリーチェの心臓も飛び出そうとして、ろっ骨をガツガツと打ち付ける。身体中に血が駆け巡っているのに、指先が嫌に冷たい。怖くて呼吸が乱れて、身体に酸素を取り込めずに苦しい。
「どういうつもりだ?」と獰猛な獣が唸るような低い声が聞こえると、ぽっかりと開いた扉だった場所から髭面の薄汚れた大男が入ってきた。一人なのか、後に続く者はいない。
侵入者の腰にある剣に気づいたアリーチェは、息を呑んでギュッと目を閉じた。
マックスがホッと息を吐き出す。
「ウィラード様の方が、どういうつもりですか?」
シェラがアリーチェの横に回り、怯えたアリーチェを抱きしめる。
「アリーチェ様が怯えています。ウィラード様はお風呂に入って汚れを落とし、その汚い髭を剃ってから出直して下さい」
混乱中のアリーチェは、マックスとシェラの口から「ウィラード様」と呼ばれた大男を見上げる。
(怖くてチラッとしか顔を見てなかった……。泥で所々束になったぼさぼさのダークブロンド。顔を覆う髭。埃や泥で汚れた顔。琥珀色の瞳。美しい鼻筋。薄い唇。うん、確かにウィラード様だ。大分やつれているし、身体も服も汚れているけど、ウィラード様だ)
「三日前から寝ずに馬を飛ばしてきたんだが、屋敷に着くなり昨日の話を聞いた。アリーチェの無事を自分の目で確認したくて、気が急いてしまったんだ。驚かすつもりはなかったが、悪かった。すぐに風呂に入ってくるから、待っていてくれアリーチェ」
ウィラードが自分の名前を呼んでくれるのが嬉しくて、アリーチェは慌てて立ち上がった。八日ぶりのウィラードに会えてホッとするやら嬉しいやらで、かける言葉が頭に浮かんでこない。
「はい。……あの、……お帰りなさいませ、ウィラード様」
「……うん。ただいま、アリーチェ」
満面の笑みでアリーチェに近づこうとするウィラードを、マックスが押し留める。
「まずは、風呂です! 臭いです!」
マックスがウィラードを部屋から押し出していく。
二人の背中を見送ったシェラが「この暑い最中、ろくに寝ないで三日も馬を走らせるなんて馬鹿ですね。どれだけアリーチェ様に会いたかったんだか」と言って笑っていた。
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まだ続きますので、読んでいただければ嬉しいです。




