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17.平民街の食堂へ

本日三話目の投稿です。

よろしくお願いします。

 午前中だというのに夏の強い日差しが照り付ける中、アリーチェは意気揚々と玄関から飛び出そうとしていた。その矢先に、アリーチェの表情とは逆に渋い顔をしたマックスに止められてしまう。

「いいですか、アリーチェ様。シェラの言う事を必ず聞くのですよ? 食べたら寄り道しないで帰って来るのですよ? いいですね!」

 子供じゃないんだから……。とは思ったが、外出させてもらえるのだからと、堪えてうなずく。

 アリーチェの不満を見逃さないマックスの説教が始まった。

「平民街なら自分の方が知っているなんて、絶対に思わないで下さいよ! そういう気の緩みが大事件に繋がります! 言いたくはないですが、アリーチェ様は王女です。慣れ親しんだ平民街と言えど、立場が変わってしまえば見え方も変わります。それは、アリーチェ様の見られ方も変わるという事です。平民街はアリーチェ様が育った街ですが、だからと言って味方ではないのです!」


 味方ではない。

 マックスの言葉が気にはなったが、気が急いていて深くは考えなかった……。




 町娘にしては仕立ての良いワンピースに砂埃が舞うが、当然アリーチェは気になどしていない。

 石畳を敷き詰めて整備された王城と比べれば、上品さの欠片もないのが平民街だ。だが、明日を迎えるために必死に働き、小さな喜びを見つけて笑う平民街のしぶとさがアリーチェは好きだ。パン屋という居場所は失ったが、平民街にいると「帰ってきた!」という感じがする。




 平民街は三十六の区画に分けられている。その区画を五人の商会長が分担して管理している。この五人の商会長が平民街を統治しているのだ。

 アリーチェのパン屋があった区画と、今日の定食屋がある区画は離れている。

 パン屋の仕事で忙しくて遊んでいる暇のなかったアリーチェは、自分の区画からほとんど出たことがない。この地域に来るのは、今日が初めてだ。とはいっても貴族の生活圏に近い区画以外は、平民街に大きな違いはない。

 故郷に帰るような気持でシェラと料理長と見習い料理人と共に歩くアリーチェは、目当ての食堂が見えてくると胸が高鳴り歩みが増していく。


 お昼前だというのに、食堂は満席に近い状態だ。料理は決まっているので注文はすぐに済ませたが、料理が出てくるまでには時間がかかるだろう。

 周りの席には料理が届いているテーブルもあり、アリーチェは具になる食べ物はないかとつい周りを確認してしまう。料理はもちろん、食べた人の感想だって気になる。だから、耳をすませて聞いていた。




「例の『平民の星の乙女』は、前の王女より我が儘で城から追い出されたらしいぞ?」

「実の家族から『平民』と蔑まれ、王族として認めてもらえないと怒って出て行ったと俺は聞いたよ?」

「まぁ何にしろ、役立たずってことだろう? 国中を光で照らしたから、期待してたのになぁ。あの国王夫婦の子供じゃ、期待するだけ損だって事だな」

 そう言ってそのテーブルの人達はゲラゲラと笑っていた。


 マックスが言っていた「平民街は味方ではない」という言葉をアリーチェが思い出していると、今度は別のテーブルからも聞こえてくる。

「大体さ、自分の子供が入れ替えられたのに、実の子が分からないなんて、あの国王夫婦らしいよな? 間抜けすぎるのに王族だと威張って、何が神様だよ? 女神の加護だよ? 笑わせるわ!」

「そうそう、偽親の言いなりになるような弱くてみすぼらしい王女様が、『星の乙女』なんて無理だって。『ゴミの乙女』として平民街のゴミ拾いでもしてくれた方が、よっぽど役に立つだろうに」

「その通りだ! 王族にも、『星の乙女』にも、俺達平民は何の期待もしてないって、どうして分かんないんだろうな?」

「期待していないどころか、さっさといなくなって欲しいよ。俺はもうとっくに王族には見切りをつけてるぜ」

 この席の人達も、王族や『星の乙女』を馬鹿にして大笑いしている。気を付けて聞いていれば、どの席でも似たような話が聞こえている。


 隣を見れば、普通であれば怒り狂っているはずのシェラが悔しそうにうつむいている。


(みんなは私がこう言われているのを、知っていたんだ……)


「おい、下らない話をしてないで、食ったらさっさと出て行けよ。次の客を入れられないだろう」

 両手に皿を持った髭面の男が、屈強な四人組相手に臆せずにそう言い放った。

 話題がアリーチェ自身に関係するだけに、髭面男に何かあれば申し訳ない。喧嘩になるかと心配したアリーチェは、つい男の方を見上げて様子を窺った。


「グイドさん帰るも何も、まだ料理が来てねぇよ?」

「俺の店で下らねぇ話してる奴に、食わせる飯はねぇんだよ! と言いたい所だが……。あちらの別嬪さんが、俺がお前らにやられるんじゃないかと心配してくれたのに免じて今日は食わせてやる。次はないからな!」

 そう言った髭面男は、アリーチェを見ると髭面の大きな口を弓なりにしてニカッと笑った。熊みたいに獰猛な顔がクシャクシャと笑うのは可愛らしく、心ない言葉にささくれ立ったアリーチェの心が凪いでいく。


 四十代半ばのグイドは、この地域の商会長だ。実直で穏やかなスタン商会の商会長とはまた違った雰囲気だが、屈強な男を四人も黙らせるだけあって貫禄がある。

 アリーチェが自分を気にかけてくれたのが嬉しかったそうで、機嫌よく「お礼がしたいから、何でも言ってくれ!」とグイドは言ってくれた。


 お目当ての料理は、お店では食べるだけ。屋敷に戻ってから、料理長に料理を再現してもらう予定だった。だが、何でも言って良いのならと、アリーチェは無理を承知でお願いする。

「ある貴族の方にランチボックスを作るのですが、この料理を取り入れたいのです。売り物ではなく個人に作るので、作り方を教えてもらえませんか?」

 商売ではなく、あくまで個人の食事だと強調してアリーチェはお願いした。とはいっても、さすがにグイドも顔を曇らせる。看板メニューではないにしろ、自分の店の料理で勝手に金儲けをされたら困る。何度もアリーチェ達四人を見て、「うーん」と唸っている。

 明らかに身なりと行儀の良いこの四人が、あくどい真似をするとは思えない。と言っても、どこの誰かも分からないのだから確証もない。


 祈るようにお願いするアリーチェを、眉間に皺を寄せたグイドが何度も見る。見習いは「あと一押しだ!」と感じ、事実とも嘘とも言えない言葉でアリーチェを援護する。

「お願いします。ランチボックスを渡す相手は、こちらの方の未来の旦那様になる方なのです! 美味しい手料理を振舞いたい気持ちを汲んでいただけないでしょうか?」

 この発言に三人はギョッとして、アリーチェは真っ赤になってしまった。


(ちょっと、旦那様って! 確かに婚約者かもしれないけど、いずれ消え去る話なのよ? それに美味しい手料理を振舞いたいって……。 言われてみれば、その通りじゃない……? 料理長が作るのではなく、自分で作りたかったんじゃない? 私……。だから無理を承知で教えて欲しいなんてお願いしたのよ。私が作った料理を、ウィラード様に食べてもらいから……)


 自分の気持ちに気づかされたアリーチェが、真っ赤なまま「……お願いします」と消え入りそうな声で頭を下げる。

「そう言われたら、俺だって協力しない訳にはいかないよ。お嬢さんの力になりてぇからな。ランチタイムが終わったら、もう一度来な。元料理長の俺が教えてやるから」

 そう言ったグイドは、歯を見せてニカッと笑った。




 ランチタイムまでの時間でシェラ達が調べた情報によると、グイドは自分が管轄する地域に四つの食堂を持っている事が分かった。アリーチェ達が行った店が一号店で、グイドが料理人として腕を振るい人気店となった。そこから四店舗に増やし、どの店も人気で繁盛している。


 平民街は三十六区画に分かれているが、その中の一つにスラム街がある。スラム街は商会長の管理外なのだが、グイドの管轄地域と隣接している。

 区画を分けているとはいえ、目に見える壁や線がある訳ではない。別の区画に入ってはいけないというルールもない。となれば、スラム街とのトラブルも必然的に多くなり、もちろんトラブルはグイドに持ち込まれる。グイドは街を守るために、スラム街に臆することなく対等に渡り合っている大物だった。


 ランチタイム後にお店に行くと、グイドは調理場で待っていてくれた。一つ一つ丁寧に教えてくれるおかげで、アリーチェ一人でも何とか作れそうだ。

「こんなに一生懸命になってもらえるなんて、お嬢さんの旦那さんは幸せ者だな!」

 違うとも言い返せず、アリーチェは真っ赤になってうつむくばかりだ。


 恥ずかしすぎていたたまれないアリーチェは、もう顔を上げる事もできない。調理台の上の食材しか目に入らない状態なので、自分が持ってきたパンにハンバーグを挟んで一人で試食してみた。

 このために作ったパンはもっちりとして腹持ちがよいが、固くはなく簡単に噛み切れる。パンだけでもしっかりと味わえるが、ハンバーグを挟むとパンに肉汁とソースが染みてまた美味しい。


 アリーチェが一人で感動していると、グイドが「パンに挟むのはお勧めしないなぁ」と呟いた。

 アリーチェが顔を上げると、眼光鋭い目を細めた困り顔のグイドがいた。

「パンはぱさぱさで固いだろ? そんなパンに肉汁が染みると、今度はべちょべちょになって、とてもじゃないけど食えないね」

 そう言ってアリーチェのパンを指差すので、アリーチェは持ってきた別のパンにハンバーグを挟んでグイドに渡した。

「このパンには、工夫がしてあります。食べてみてください」

 グイドもパンに挟むのは試したのだろう。アリーチェから渡されたパンの弾力が、今までと違いすぎて驚いている。そして、一口食べて、また驚いた。

「……信じらんねぇ……。美味い!」

 あっという間に食べ終えたグイドは、「固くないけど、柔らかすぎず。ギュッと締まっているけど、全くぱさぱさせず、むしろしっとりしている……」とアリーチェのパンに感心しっぱなしだ。


 帰り際にグイドが、真剣な目でアリーチェに訴える。

「お嬢さんに作り方を教えて欲しいと言われた時は、『勝手に商品化されたら困るんだよな』って思ってた。でも今は、商品化して欲しいくらいだ。もちろん俺も一枚噛ませてもらうけどな」

 あまりにも正直な言葉に、アリーチェは吹き出してしまう。

「私の作ったパンを褒めていただけて、本当に嬉しいです。ですが、食べていただくのは、一人の方だけですので……」

 アリーチェの言葉にグイドは片手で顔を覆い、「もったいねぇ」と本当に残念そうに呟いた。だが、すぐにニカッと笑う。

「お嬢さんの旦那さんは、本当に幸せ者だ!」

 そう言ってアリーチェ達を送り出してくれた。


読んでいただき、ありがとうございました。

まだ続きますので、よろしくお願いします。

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