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15.快適なお屋敷生活

本日最初の投稿です。

よろしくお願いします。

 薄っすらと夜空の跡が残る空に、金色に輝く太陽が昇っていく。何度見ても美しい光景だと思いながら、何となくウィラードの瞳を思い出してしまい、打ち消すように顔を振る。

 昨日はアリーチェにとって長い長い一日だったが、気づけば終わり、当たり前に朝がやって来た。昨日の出来事を遠い昔のように感じると同時に、腹立たしさと恥ずかしさが再びこみ上げてきて、思わずベッドを拳で殴りつけていた。


(昨日を乗り越えられたのは、ウィラード様のお陰だ。いつもだったら絶対に表に出さない感情を、ウィラード様の前だとさらけだせてしまう……。信用しないと決めたのに、甘えているのだからおかしな話よね……。昨日だけ、昨日だけだから! 今日からは誰も信用しないし、我慢して言いなりになったりしない!)


 アリーチェは磨き上げられたアンティークの家具が並ぶ素敵な部屋を見回した。

 こんな豪華な部屋は分不相応だが、クロイツンド家側としては一応王女と名のつく者を受け入れるのだから譲れないところだ。アリーチェだって、同部屋になった使用人に気を遣わせるのは本意ではない。ここが妥当な落としどころなのだろう。

 そしてやっぱりお仕着せは準備してもらえなかった。昨日のお仕着せも「これがなくて困っている人がいるよね?」と言われて、ウィラードに取り上げられた。

 だが、ありがたい事にドレスの他に数着ワンピースが準備されている。動きやすそうなカーキ色のワンピースに袖を通すと、何故かサイズがぴったりで驚いた。


(背が高い方だと思っていたけど、私って一般的なサイズだったのね……?)


 何か手伝える事がないかと思って厨房に来てみたが、朝食準備の真最中で怒鳴り声も聞こえる修羅場だ。アリーチェという異色の素人がのこのこ入って行ったら、迷惑でしかない。

 洗濯にはまだ早いだろうし、公爵家がどういうタイムスケジュールで動いているのか分からない。後で確認しなくてはと思いながら、アリーチェは無難に庭を散策することにした。


 クロイツンド家に庭は、視界良好と言うか非常にスッキリしている。大きな樹木は屋敷から離れた場所に植えられていて、視界を遮るような大木はない。低い位置に関しても、茂みになる草木は植えられていない。青々とした芝生が美しく、陽の光が似合う庭だ。

 背の高い木が多く、様々な種類の草木が植えられていた王城の庭園とは対照的だ。


 手入れがされた見通しのよい庭を進むと、目を引く美しい小径が現れた。小径にはオレンジ色のレンガが敷かれ、小径の両脇には素朴な草花が植えられている。小径に近づく程に草花の背丈が低くなるように計算されて植えられており、雑然とした感じが全くしない。色とりどりの花と様々な形と色の緑の葉は個々でも見入ってしまうが、これが小径と共に合わさると圧巻の景色だ。咲き乱れる花も小花が多く、本当に色彩豊かで計算され尽くしている。

 アリーチェが感心しきって小径を抜けると、開けた場所が広がり、ウィラードが剣を振って鍛錬しているのが遠くに見えた。

 遠目に見てもウィラードの身体は大きくて、さぞ力強い一撃必殺の技なのだろう。怖いもの見たさせ覗くと、目に飛び込むのは予想外に美しい技だった。剣のことなど全く分からないアリーチェだが、力任せではない洗練された動きに見入ってしまった。

 ウィラードに目を奪われた自分が恥ずかしくて、気づかれる前に足早に退散した。

 もちろんウィラードが気づいていない訳がない。声をかける前に、逃げるように去ってしまったアリーチェの後姿を残念そうに見送った。




 ウィラードの世話係としてアリーチェがする事と言えば、朝食を共に食べる。手紙や書類の仕分け。領地にいるウィラードの両親から届く報告書に目を通す。帳簿や予算の確認とやることは、そう多くない。

 その代わりウィラードが不在となる日中はシルヴィアが指導にやってくる。

 最初に聞いた時は、まだ王族の真似事をしろというのか? と反発しそうになったが、すぐに思い直した。

 貴族に知り合いなどいないアリーチェにとって、シルヴィアは数少ない心許せる相手だ。その上アリーチェは勉強が好きだ。シルヴィアを拒絶する理由は何一つない。むしろ、大歓迎だ。


 そして落ち着いて考えると、どうもウィラードの配慮な気がしてならない。

 いやいや、そんな訳ないと否定するも、「第二王女殿下がシルヴィアに手紙を持たせるそうだから、アリーチェも好きな便箋を選ぶといい」と言われてしまえば確定だ。

 ウィラードはアリーチェのためにシルヴィアを呼んでくれたのだ。


 クロイツンド家でシルヴィアに会うのは新鮮だった。知らない場所で友達に会えたような気持になる。シルヴィアも王城にいる時ほどの厳しさはなく(何と言っても週に一度の王太子チェックがない!)、イーリカからの手紙だけでなく伝言や雑談も多い。そのおかげか、王城にいる時以上にアリーチェは集中して勉強に取り組めていた。

 王城にいる時も必死に吸収していたが、やっぱりどこかにやらされているという気持ちがあった。今は自分の学びたい事をシルヴィアに伝えて勉強に組み込んでもらったりと、以前よりずっと積極的だ。


「意味がないと言いながらも、貴族の名前や領地などの一通りの情報を全て覚えましたね」

 分厚い貴族名鑑を持ったシルヴィアが驚いた顔をしている。

 アリーチェは書き終えたイーリカ宛の手紙をシルヴィアに渡して、「この本の方々と会う機会なんて、永遠に訪れて欲しくないですけどね」と顔を顰めた。

「お気持ちは痛いほど分かりますが、イーリカ殿下はアリーチェ殿下に会えずふさぎ込んでいます……」


(王家と聞くだけで吐き気がするけど、イーリカ様は好きだ。お互いに第一印象は悪かったけど、乗り越えてからは姉妹のように感じていたもの)


 笑顔でしっかりと宿題を残したシルヴィアが帰ると、マックス指導のお世話係の仕事が始まる。

 最初は貴族の仕事なんて興味がないと思っていたアリーチェも、やり始めると面白くシルヴィアとの勉強同様にのめり込んでいる。

 マックスは嬉々として教えてくれるが、侍女長は「それよりも、新しいドレスを作りませんか?」と未だにアリーチェを着飾ろうとしている。当然使用人なのだから断っているが、「動きやすいワンピースを作ります」と言われて採寸したのが気になる……。


 マリーによって引き起こされた事件は、アリーチェのトラウマだ。自分のせいで人が罰せられるのが怖くて、最初こそ使用人達と距離を取っていた。だが、クロイツンド家の使用人は、貴族っぽさがあまりない。いや、公爵家の使用人なのだから、貴族が多いのだろう。みんなマナーも立ち振る舞いもしっかりしている。だが、貴族の洗練された動きというよりも、きびきびしているというか統制がとれているというか……。まぁ、とにかく王城の使用人より接しやすいのだ。


 アリーチェは例のごとく厨房に入り浸っているのだが、厨房の料理人達は全く敵意なく一緒にパン作りに励んでくれた。そのおかげで、あっという間に新しいパンのレシピが増えていく。

 新しいパンを作れば食べて感想をもらいたくなるもので、通る者を捕まえては試食してもらった。これまたクロイツンド家の使用人は、よく食べるのだ。よっぽど食べるのが好きなのか、アリーチェが厨房にいると使用人が集まるようになっていた。

 気づけばワイワイと話に夢中になっていて、アリーチェはいつの間にか使用人の輪の中に違和感なく溶け込んでいた。


 今では使用人達と次はどんなパンが食べたいとか、王都で人気があるのはこれだから買ってきてみようと当然のごとく盛り上がっている。そうやって話しているとあっという間に夜になり、仕事を終えたウィラードが現れる。


 アリーチェが屋敷に来たばかりの頃は、ウィラードが現れると使用人達は怯えながら二人から離れていた。そして、遠巻きに二人の様子をハラハラしながら見守っていた。

 以前は屋敷内では冷気をまき散らしていたウィラードが、アリーチェにも冷たい態度を取るのではないかと、使用人達は心配してくれていたのだ。

 だが、みんなのそんな不安は他所にウィラードは、アリーチェの隣で楽しそうに話しかけたり、話を聞いている。

 今まで見せた事がない穏やかな表情に、誰もが自分の目を疑った。見間違いかと目を擦り過ぎる者が続出したせいで、目の処方薬が多くなり医者を驚かせたほどだ。




 その日の仕事を終えたアリーチェは、ウィラードから頼まれている焼き菓子を作っていた。焼けたばかりのお菓子を摘まみながら、みんなに感想を聞いて次のレシピを考えるのが楽しい。豊かなバターと甘い香りが広がっているので、続々とみんなが厨房に訪れるはずだ。


「アリーチェ様が来てから、このお屋敷の空気は本当に穏やかになったよな」

「お屋敷というより、ウィラード様が人間の心を取り戻したんだよ」

「ウィラード様が生まれる前からいる侍女長なんて、『坊ちゃん』呼びを復活させてるもの」

「侍女長の気持ち分かるな。今まで周りに張り巡らせていた氷壁が解け切った感じがする」

「そうそう、それ! あの灼熱の太陽にも屈しない寒々とした氷壁が、穏やかな春の日差しでとかされちゃったんだよ!」

 そう言って厨房にいる全員のウィラードを後押しする視線がアリーチェに集まる。

 毎度の事だが、アリーチェは無言でスッと視線を逸らす。


 「信頼を勝ち取る」と言っていたウィラードは、言葉通り屋敷にいる間はアリーチェと共に過ごしている。使用人の話だと以前はほとんど帰って来なかったそうで、毎日帰って来るだけでも奇跡らしい。

 以前まではたまに屋敷にいてもピリピリしていて、常に『白い冷徹』そのものだった。それが今は帰ればアリーチェを探し、見つければ後をついて歩いているのだ。使用人の間では「カルガモの親子……」と呼ばれているのを、二人は知らない。




「アリーチェ様は、お菓子を作る腕も上げましたね」

 アリーチェの作ったクッキーを食べたシルヴィアがそう言って、また次のクッキーに手が伸びる。

 ティータイムのレッスンという名のお茶会だ。最初は二人だったが、今はシェラも含めて三人だ。

 シェラはウィラードがアリーチェのためにと用意してくれた侍女だ。だが、アリーチェが侍女を拒否したため、今は「話し相手」として側にいてくれている。

 名門侯爵家の令嬢なのに気さくで、貴族にありがちな傲慢な態度がないから一緒にいて楽しい。貴族とは関わりたくないと思っていたアリーチェが、「貴族も色々だものね」と思えてしまうほど仲が良い。


「そりゃ腕も上がりますよ! あのウィラード様に『疲れを癒すためにアリーチェの手作りお菓子を、職場に持っていきたい』って、おねだりされてるんですから」

 シェラの暴露にアリーチェは頬を赤らめ、シルヴィアはニンマリと微笑んだ。

「城でも話題ですよ。絶対に誰にもあげないのに自慢して歩いているそうです。第二王女殿下が頼んでも、『これは私のために作ったものですから』と言って断るのだと、それはご立腹です」

 シルヴィアの話にシェラは「何してんだか……」とため息を吐く。

 シェラはウィラードの三歳年下で、小さな頃から一緒に走り回っていた幼馴染だ。シェラ曰く、「こんなに浮かれたウィラード様は初めて」らしい。


 シルヴィアは自分の昔を思い出すような遠い目をして、「この前、王太子殿下から面白い話を仕入れました」と頬を染めた。

「本当はアリーチェ様の護衛騎士は、イーリカ様と同じで女性騎士が付くはずだったのです。それをウィラード様が『自分がやる』と言って、無理矢理自分とご自分の部下を配置したそうですよ?」


(敵だらけの王城に放り込まれた私に同情しての事なのに。みんな最初からウィラード様が私を特別扱いだったと勘違いしている……)


「ウィラード様は近衛隊に属していますけど、ほぼ王太子殿下の側近みたいなものですから。その仕事だけで手いっぱいのはずです。今までだって、側近の延長として王太子殿下の護衛をする時がある程度でした。正式に護衛として時間を割ける余裕はないはずです」

「シェラ様の言う通りなのです! それなのに、周りに仕事を押し付けて時間をやりくりして、アリーチェ様の護衛になったのです。自分と自分の信頼できる者以外は、アリーチェ様に近づけたくなかったそうですよ。イーリカ様もいつも「あのデレデレ顔が『白い冷徹』?」と、いつも眉を顰めていました」


 ウィラードは恥ずかしい様子も見せずに、アリーチェを見れば幸せそうに微笑む。いつの間にやら屋敷内では、それが当たり前になってしまっている。

 掃除洗濯を自分でするのはもちろん、使用人と同じ食事を共に食べ、時間があれば厨房に入り浸る。そんな公爵夫人からは程遠い生活を送るアリーチェを、ウィラードもクロイツンド家のみんなも温かく迎えてくれている。

 失望して見限られる予定のアリーチェは、想像と違う反応に次の手が思い浮かばない。クロイツンド家の居心地が良すぎて、離れがたくなりつつあり怖いくらいだ。


(イーリカ様やシルヴィア先生やシェラの言う事は信じたい。クロイツンド家の使用人達も信じたい。正直に言えば、本当はウィラード様も信じたい。でも、私は道具。王家の信用を取り戻すための道具なのだ。王家の忠実な家臣であるウィラード様は、道具より王家の信頼回復を優先するはずだ。そう思うと、怖い。前に進みたいと思うのに、進む道が真っ暗で恐ろしい。一歩踏み出しても、あると思っていた道がないかもしれない……。もうそんな思いは二度としたくない!)


読んでいただき、ありがとうございました。

まだ続きますので、よろしくお願いします。

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