14.婚約者改め、お世話係です!
本日四話目の投稿です。
よろしくお願いします。
とにかく今日は酷い一日だった。
こんな状態で何を言われても、何も信じられない。もうこれ以上話を聞いても、お互いに辛いだけだ。
アリーチェは窓の外に視線を移した。
「この馬車は何処に向かっているのでしょうか?」
自分の状況を確認するためにアリーチェがそう聞いた時、馬車のスピードが落ち暫くすると止まった。開けられた馬車の扉からは、ベージュの大きなお屋敷が広がっている。首を百八十度回さないと全体が見渡せない広さだ。
「ここは?」
「クロイツンド家です」
先に馬車から降りたウィラードは、アリーチェをエスコートすべく手を伸ばして待っている。
(はっ? クロイツンド家? 嫌だよ! でも、王城なんて、もっと嫌だ。かといって、パン屋には帰れない。八方塞がりってこと?
冷静に考えれば『星の乙女』はそれなりな護衛対象だろうから、適当な場所に一人で過ごすというのは無理な話だ。だからって、クロイツンド家? 王家にとって使える駒である『星の乙女』を確保して点数稼ぎ?)
アリーチェの目に映るベージュのお屋敷は、足を踏み入れ難い閉鎖的な雰囲気がする。お屋敷と言うより城壁に近く、ひときわ高い塔が一つ空を刺すように伸びている。
家のはずなのに、アリーチェには盾とかの防具か何かに見えてしまい、近寄るのが躊躇われ馬車から降りられない。
馬車から降りないのはアリーチェの抵抗と感じたのか、ウィラードは焦った声で尋ねる。
「殿下は、クロイツンド家以外のどの家に行くつもりだったのですか?」
ウィラードの言葉で、アリーチェは自分の行き場のなさを思い知らされる。パン屋以外に行く当てなんて一つもないのに、その場所さえも失っていた……。
(十六年も生きてきて、どこにも行く当てのない自分が悲しい。パンで人々を笑顔にしてきたと思っていたけど、そう思っていたのは自分だけなのだろうか? 実際は人と繋がれてなんて、いなかったのでは?)
不安が押し寄せてくると、昼食時の王妃と王太子の言葉が蘇ってきた。身体が震えるほどの怒りと、二人の言う通りなんじゃないかという不安がぶつかり合う。
パン屋としての毎日は価値のない日々なんかじゃないと思いたくて、つい強気な言葉が飛び出した。
「許されるのなら、この国を出たいです。人を人とも思わない王族にはウンザリですし、そんなろくでなしの手足となって動く貴族にもがっかりしていますから!」
アリーチェの口から出たのは、王族の手足となって自分を捕まえたウィラードに対する皮肉だった。言われたウィラードは怒りだすかと思ったが、意外にも笑い出した。
勢いで言ってしまった自分の言葉に、どんな反撃が来るかとビクビクしていたアリーチェは拍子抜けだ。
護衛兵の時と同じ笑顔のウィラードは、強引にアリーチェの手を取って馬車から降ろした。
「殿下は本当に強い方だ。今日一日だけでも、とんだ目に遭ったのに屈していない」
「何を言っているんですか? 何事も諦めて、我慢して、屈してばかりですよ! 育ての親に屈して養っていたし。実の親にも屈して、女王になる努力なんてしてしまった。今だって、私の十六年間は独りよがりだったんじゃないかって不安で一杯です!」
「殿下の場合は、屈しているというより、受け入れているんだと思います。殿下は自分の事より、人の事を優先しますから。相手の願いを叶えてあげようと、何でも受け入れてしまうんです。いつも誰かのために努力してきたのだから、独りよがりなんかじゃないですよ。みんなを笑顔にしてきたと、胸を張れる十六年間です」
(そうなのだろうか? 信用したらいけないのに、この言葉に飛び付きたい)
「殿下は今まで何でも一人で抱え込んでいたから、どれだけ忍耐強いのだろうと感心していました。だから、まさかテラスから飛び降りて城から出奔するとは思わなかったです。驚きましたけど、そうされてもおかしくない仕打ちを、あの人達はした。殿下が自分を責める必要はない、責められるべきなのはあの人達だ!」
(そうなんです! それはもう酷い言われようで……。って危ない……。つい簡単に絆されるところだった)
頑張って踏ん張っていないと今までみたいに頼ってしまいそうで、アリーチェはまた強気な態度になってしまう。
「そう仰るのなら、どこか別の国へ連れて行ってください!」
「連れて行くのは構いませんが、私が一緒に同行しますよ?」
ニッコリ笑ってそう言ったウィラードが、アリーチェの瞳を覗き込んで来る。いつもと違って露わになっている琥珀色の瞳に吸い込まれてしまいそうだ。真っ赤になった顔を隠すため、アリーチェは慌ててうつむいた。
「私なりの理由があったにしても、殿下を騙していたのは確かです。殿下が私を信用できない気持ちは分かります。でも、必ず殿下の信頼を勝ち取りますから、私が貴方の隣に立つに相応しい男か側で見極めて欲しいです」
ウィラードは自分の過ちを認め、真剣にそう言っている。ウィラードの必死さは、暑苦しいほどにアリーチェにも伝わっていた。
だが、手酷く裏切られたばかりのアリーチェが、素直に人を信じられるにはまだ時間が必要だ。
「ありがとうございます。お気持ちだけいただきますね。私、誰も信用する気ないんで!」
アリーチェの固い声を聞いたのにウィラードは、また楽しそうに笑った。諦めた様子は、一切ない。
「昼食会の話は『星の乙女』と王家の決別だと、城では大きな話題になっています。これによって王家派の力が弱まり、反王家派が台頭してくるでしょう。反王家派が自由に出入りできる城は、殿下にとって危険な場所です」
(今までだって崖っぷちに立っているって言われていたのに? また危険度が増したの?)
「殿下は城か、クロイツンド家のどちらかしか選べないですよ? ちなみに我が屋敷であれば、城で起きたような不快な目には遭わせません。それに、何があろうが、誰が来ようが、私が殿下を守ります。我が家に滞在して、私の気持ちを見極めて下さい」
「どうして王城かクロイツンド家しか選べないのですか?」
クロイツンド家は国のナンバーツーの実力者だ。守りが堅いのは分かるが、他にも候補の家や場所があってもおかしくないはずだ。
アリーチェの疑問に、ウィラードはいとも簡単に答えてくれた。
「私が殿下の婚約者だからですよ。婚約者以外の家に滞在させられる訳がない」
(なるほど。確かに婚約者がいるのに、婚約者以外の家に滞在するのは世間体が悪い。でも婚約者の家に滞在するのだって、どうかと思う……。
いやいやいや、まずは、私がクロイツンド様の婚約者? 何で? どうして? 私は使い捨ての王女だよ? この国のナンバーツーを使い捨てにしたら駄目でしょう)
「待ってください! クロイツンド様は、前の第一王女殿下の婚約者ですよね? 私に公爵家の妻が務まるはずがありませんし、王家が使い捨ての私に婚約者を用意するはずがありません」
「私が偽第一王女の婚約者だったから、スライドして貴方が婚約者になった訳ではありません。私が貴方と結婚したいと望んだからだ。陛下にも王太子殿下にもそう伝えています」
「いやいや、待ってください! 私は『星の乙女』の役目が終わり次第、平民に戻ります。それにご存じの通り名ばかりの王女で、王家からは人とさえ思われていない。貴族の方が政略結婚をするのは知っていますが、私と結婚しても何も得るものがありません!」
自分と結婚しても損こそすれ、得はない事を伝えるためにアリーチェも必死だ。ウィラードを信用はできないが、親切にしてもらった恩を忘れたわけではない。わざわざ貧乏くじを引かせる必要はない。
当のウィラードは何かを考えるように眉間に皺を寄せている。
「『星の乙女』の役割が終わり次第平民に戻るって、誰が言っていたのですか?」
「えっ? 誰だったかな? 城では色々な方に散々言われ放題だったので……。王太子殿下かな?」
「ふぅん、まぁ、いいや。とにかく、殿下は城かクロイツンド家かどちらかしか選べないけど、どうします?」
(どうしますって……。何がどうあっても城に行きたくない私には、クロイツンド家の選択肢しかない……。それに、私がクロイツンド家に滞在すれば、きっとクロイツンド様の方が私を見極めて婚約を破棄するはずだ。だって、私は城にいた時の様に、諦めて我慢したりしないもの! もう、誰も信じないんだから、やりたいように勝手にやってやる! そうすれば私が公爵家の妻になれるはずがないと、クロイツンド様も屋敷の人も分かるはずだ)
アリーチェは挑む表情で「お世話になります」と言うと、ウィラードは満足そうにうなずいた。
そのまま滞在する上での条件を付け加えようとしたところで、玄関から人が出てきて言いそびれてしまった。
馬車が着いた時間から考えると、二人はとっくに家の中に入っていないとおかしい。それなのに外でうだうだと言い合いをしていて、一向に屋敷に現れない。痺れを切らした家令が、馬車止めまで迎えに出てくるのも当然だ。
ウィラードは二十代前半らしき切れ者風の雰囲気を漂わせた家令を、アリーチェに紹介する。
「丁度いい、家令のマックスです。私が居ない時に何かあればマックスか、侍女長か、メイド長に言ってもらえればいいようにしておきます」
ウィラードはほとんど家に居ないのだろうから、家令にお願いするのが手っ取り早い。アリーチェは今さっき言いそびれた条件を伝える事にした。
「アリーチェです。暫くお世話になりますが、お客としてではありません。たいした働きは出来ませんが、厨房やメイドの下働きはできると思いますので、ご指導願います」
アリーチェの挨拶にウィラードは吹き出し、マックスは糸目を丸っと見開いて固まっている。
普段は冷静で無駄な動きなどしないマックスが、アリーチェとウィラードの顔を交互に見ては困り顔だ。本来であれば無視したいところだが、アリーチェは王女なので無下にもできない。
ウィラードはこの状況を楽しんでいて、城とは違い刺々しいアリーチェに興味津々だ。
「いいですよ、殿下の可愛い我が儘を聞き入れましょう。代わりに私の我が儘も聞いてもらいます」
そう言ってニッコリと微笑んだウィラードによって、アリーチェはウィラードのお世話係に任命された。「殿下には俺を見極めてもらわないとですからね」と一言を添えて。
侍女長とメイド長にも挨拶をしたアリーチェは、ここでも「自分はあくまでもクロイツンド様の世話係。もちろん自分のことは自分でできます。服はお仕着せを準備していただけると助かります」と主張した。
もう王城のようなトラブルはご免だし。自分はお客様でなく使用人なのだから侍女など不要だ。
戸惑う侍女長とメイド長と家令に、ウィラードは「殿下の言う通りに」と冷たい声で命令する。
護衛騎士としての顔ばかり見てきたアリーチェには、『白い冷徹』としてのウィラードの冷たい態度を不自然に感じてしまう。
ウィラードは『白い冷徹』の顔をアリーチェにも向けて「殿下にもう一つだけお願いがあります」と言うが、とてもお願いとは思えない命令口調だ。
「まず、クロイツンドではなく、ウィラードと呼んでください。殿下は私のお世話係ですから、私は「アリーチェ」と呼びますし、敬語も使いません。殿下はどちらでもいいですが、出来れば敬語じゃない事を望みます。でも、無理ですかね? 護衛兵を呼び捨てしたくなくて、名前を名乗らせなかったくらいですからねぇ」
琥珀色の瞳を細めて、アリーチェの反応を見ながらフフフと笑った。『白い冷徹』は皮肉屋なのだと知ったアリーチェは、顔を引き攣らせて護衛兵との思い出は捨てる覚悟を決めた。
読んでいただき、ありがとうございました。
まだ続きますので、よろしくお願いします。




