11.家族の昼食会
本日最初の投稿です。
よろしくお願いします。
アリーチェが王城に来て、あっという間に四カ月が過ぎていた。
シルヴィアの猛特訓とイーリカの素晴らしいお手本のお陰で、何とかテーブルマナーと挨拶はお披露目できる程度まで成長した。それを待っていたように、家族での昼食会が開催される。
そうなると、王城はこの昼食会の話でもちきりだ。
この四か月の間、アリーチェの悪評は飛び交っていたが、本人が表に出てくる事はなかった。それが出てきたと思えば、家族で食事と好待遇ではないか。
王城の中では「ついに王家の一員としてお披露目か」「もう一度奇跡を起こさせて、国民の支持を集めるつもりか」と、王家が威信回復のために急に動き出しているのでは? と憶測が飛び交っている。
最低限のマナーを会得するまで会えない両親に対して、アリーチェも最初は幻滅していた。しかし、育ての親が自分に無関心だった事もあり、血の繋がった親に対する小さな期待もあった。また、イーリカと分かり合えた事で、「両親も誤解しているだけなのかも?」と小さな期待を余計に膨らませていた。
だから、マナーを身に付けたら会うという両親の要望に応えるために、王女として恥ずかしくない娘になろうとアリーチェは努力を重ねた。それはシルヴィアも驚くほどの成長ぶりで、本来の予定より二カ月も早く昼食会が開催できたほどだ。
全ては『家族』というものに対する憧れが、アリーチェを突き動かした。
家族への期待で浮足立っているアリーチェは、すっかり仲良くなった料理長に当日のメニューを確認して食事の作法を繰り返し練習している。料理長もそんな一生懸命なアリーチェが心配で仕方なく、肉などは先に切り込みを入れておくべきかと悩んでいる。料理長だけでなく厨房全体が、アリーチェが無事に昼食会を終えられるよう祈っていた。
そんな不安に包まれた厨房で、アリーチェはもう一つ料理長に無理なお願いをした。これも、料理長と厨房メンバーの不安を煽る。当然全員が願いを断りたかったが、こっそりと『厨房の女神』と呼ばれているアリーチェの頼みを断れる者は誰もいない。
初夏の風が心地よい中、満開の薔薇園を望むために作られた中二階に位置するテラスで、家族五人の食事会は静かに始まった。
アリーチェが自分と比べても遜色のない挨拶を披露した事を、イーリカは我がことのように喜んだ。しかし、他の三人は当然と言わんばかりの無表情。そんなひんやりとした滑り出しで、昼食会は淡々と過ぎていった。
緊張のあまり意識が飛びそうなアリーチェも、猛特訓の効果でミスなく食事を終えてやっとホッと一息がつけた。
食事中はテーブルマナーに意識が行き過ぎて、とても会話をする余裕などアリーチェには無い。だから、家族の会話にアリーチェが参加することはなかったし、話題を振られることもなかった。それは、両親が気を遣って自分に声をかけないのだと思っていた。しかし、食後のお茶となりイーリカが会話の中に入れてくれても、二人からアリーチェに言葉はかからない。
極めつけは、イーリカが「今日のパンはとても美味しかったですよね。この食事会で家族に食べてもらいたいと、お姉様が焼いて下さったのです」と嬉しそうに伝えた時の二人の顔だ。
アリーチェが抱いていた小さな憧れは、薄汚れた粗末なものでも見るような視線に汚され、ドロリと溶けた。
アリーチェに嫌悪感を剥き出しにした王妃が、実の娘に最初に与えた言葉……。
「王族となったのに、未だに平民から抜け出さないとは……。パンを焼くなど使用人のすることをして褒めてもらおうなど、何と浅はか。みっともなくて、とてもじゃないけどお披露目などできそうもありませんね」
王妃のグレーの瞳が冷たく光り、今日初めてアリーチェに向けられる。年齢を重ねても愛らしく透明感がある顔が歪められ、汚らわしそうにアリーチェを見る。忌々し気にその視線を外されると「貴方は失敗作」そう言われているようで、アリーチェはテーブルの下で血管が浮き出るほど両拳を握り締めた。
(頑張ったって、歩み寄ったって、報われるばかりではない。踏み躙られることは今までだって、いくらでもあった。この人達に期待なんかしたら駄目だったのに、馬鹿だなぁ。私は学習能力が皆無だ)
何とか気持ちを立て直そうとするアリーチェに、王太子が剥き出しの不満をぶつける。
「お前が誇れることは貧乏くさいパンを焼くことだけなのかもしれないが、それは王族のすることではない。いつまでも未練たらしくしている暇があるなら、王族らしく振舞えるようもっと努力しろ。お前は『星の乙女』なのだから、それなりになって王族に貢献する必要があるのだ!」
王太子の辛辣な言葉に使用人達も、金縛りにあったように固まる。
アリーチェを家族として迎え入れるためと思われた食事会で、惨たらしいほどの拒絶を受けるなんて誰が予想できただろう?
それでも、使用人の何人かは怖いもの見たさで、紛い物の家族の遣り取りを覗き見ようと視線だけ動かす。
目を見開いて固まるアリーチェの、顔色が失われていく様子が痛々しい。
自分達が無理矢理連れてきた娘が歩み寄ろうとしているのに、完膚なきまでに叩きのめす。そんな様子を面白半分で見られるはずもなく、目を逸らさずを得ない。使用人の誰もが初めて経験する、凄惨な食事会となった。
時の止まった薔薇園に急に強い風が吹いて、赤やピンク、オレンジ、白、紫、といった色鮮やかな薔薇の花びらが風に舞う。中二階テラスにもフラワーシャワーのように花弁は舞い上がってきたが、もはや地獄絵図そのものとなった場所には不釣り合いだ。
時が止まった地獄を動かしたのは、勢いよく椅子が倒れる音だった。
その音に全員がハッとして我に返り視線を動かすと、イーリカが怒りを灯した赤い瞳を王太子に向け立ち上がっていた。
イーリカとレイナードは決して仲の悪い兄弟ではない。
偽の第一王女は自分より聡明で美しいイーリカが気に入らず、子供の頃からそれは酷く苛め抜いた。
両親は『星の乙女』は王族の中でも特別だと言って、傷つけられたイーリカに我慢を強いた。そんなイーリカの不満を受け止めてくれたのは、兄である王太子だけだった。偽の第一王女とイーリカが接触しないよう調整してくれたのも王太子だ。王太子はイーリカにとって、唯一心許せる家族だったのだ。
だからこそ両親と違って、公平な目で事態を最善の方向へ導ける人だと信じていた。
その信じていた兄が、アリーチェに暴言を吐いたのだ。
アリーチェがパン屋として働いていたのは、両親が入れ替わりに気が付かなかったからだ。そのせいでアリーチェはしなくてもいい辛い思いもしてきたのに、どうしてこの人達はアリーチェの今までの人生を見下して馬鹿にするのか? そんな事をイーリカが許せるはずがない。
淑女らしからぬ態度で怒鳴り声をあげようとするイーリカの目の前に、アリーチェの白い手がかざされた。
驚いてアリーチェを見ると、一瞬目が合ったアリーチェがふわりと笑った気がした。でもそれは一瞬の出来事で、アリーチェは厳しい表情を王太子と国王と王妃に向けている。
「いきなり今までの生活を奪われ混乱する中、王族として相応しくなれと理不尽な命令をされました。周りから蔑まれているわたくしに、その命令は矛盾としか思えません。ですが、王家からの命令に逆らうなど、国民として許されない。皆様の言葉に従う以外、わたくしに選択肢はありませんでした」
理不尽な育ての親にも、日常生活で起きる不条理にも、アリーチェはずっと我慢してきた。「こんなものだ仕方がない」そう思って、多くを望まず「鉢植えの花が咲いた」そんな小さな幸せに満足する日々を送ってきた。
それが光に包まれ『星の乙女』だ『王女』だと言われ、煌びやかな世界に連れてこられた。それがまるで童話のシンデレラストーリーのように感じられ、混乱と共に勘違いしてしまったのだ。
この新しい家族に、自分が望まれているのではないかと……。
自分が両親に愛されないのは二人の期待に答えられないからだと、ずっと自分を責めて諦めてきたアリーチェ。ところが育ての親が自分に無関心だったのは、実の娘ではなかったからだと知った。家族として暮らしていなくても血が繋がっているなら、いきなり登場した両親は自分を受けいてくれるのではと希望を持った。
何も持たない平民を王族として迎えてくれたのだから、自分さえ家族の期待に答えれば受け入れてもらえるのではないかと望んでしまった。
だが、どんなに努力を重ねたところで、国王と王妃と王太子にとってアリーチェは卑しい街のパン屋の娘だった。
王家が力を巻き返すために、アリーチェを『星の乙女』として利用する。そのために訓練を積ませているに過ぎない、ただの道具だ。だからアリーチェの十六年なんかに興味はないし、踏み躙っても何も感じない。彼等にとって関心があるのは、自分達の思う通りに働く『星の乙女』だけなのだから。
育ての親も生みの親も、どっちも同じだ。両方ともアリーチェに興味も関心もないくせに、家族という繋がりに縋るアリーチェの気持ちを利用して、自分達のために働かせる。
家族なんてものに縋った自分が恥ずかしい、それを利用した二組の親に腹が立つ。
十六年も、踏み躙られてきた思いが爆発した。
「いくら努力しても報われる訳ではないと知っていたのに、私は馬鹿だ。毎日努力して二人の前に立てるようになれば、私も家族として見てもらえると愚かな期待を持ってしまった。今日こうやって食事会を開いてもらえたのは、私の努力に応えてくれたと勘違いしてしまった」
アリーチェは今までの王族らしい上品な口調を捨て、以前の口調に戻している。それは、こんな人達のために努力してしまった自分への抵抗だ。必死に身に付けたものなんて、ただの張りぼてに過ぎない。そんなまやかしを求める者達を嘲ってやりたかった。
「そんな人達に、自分を知って欲しいなんて思った私は愚か者だ。王族として立派な皆さんと違って、平民の私が誇れる事は何もない。王太子殿下の言う通り貧乏くさいパンを焼くことが私の全てで、生きる糧を得る手段で、人と繋がる唯一の窓だった。毎日毎日毎日、誰かの笑顔が見たくてパンを焼いてきた」
今まで燻ぶらせ続けてきた火種を燃え上がらせたアリーチェの瞳が、呆然としている王妃を捉える。
「王妃様の言う通り、私は浅はかなのでしょう。自分の作ったパンを食べてもらえば、皆さんを笑顔にできると、私の気持ちを知ってもらえると思ってしまったのだから! 皆さんにとって私は、家族ではなく『星の乙女』でしかなかった。人間ではなく、道具でしかなかった。よぉく分かりましたっ」
桜色の瞳を赤く燃え上がらせたアリーチェは、冷たくはっきりとした声でそう言い終えた。
そして、唖然とする国王家族を後目に、中二階のテラスから薔薇園にふわりと飛び降りた。礼儀作法など全く感じさせない様子でドレスを掴むと、そのまま薔薇園を走り去って行った。
読んでいただき、ありがとうございました。
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