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ネットの書込みの犯人が分かる超能力持ちの僕が、学園一の美少女の炎上の犯人を見つけます

「ほうほう、ネットの誹謗中傷に悩まされていると」

「はい、私は何もしてないのに……おかげで彼氏とも別れてしまいました」


 伊藤麻衣(イトウマイ)さんは悲しげに目を伏せた。ブラスバンド部に所属する彼女は可愛すぎる吹奏部員として勝手にネットに晒され、SNSを掘られて彼氏がいることを特定され、クソビッチと誹謗中傷されるという、ネット炎上としては昨今では珍しいくらい完全な被害者だった。


「『居酒屋色の強い店黒からで18時以降に異性とロックの水割りを頼むクソビッチ』……まったくもって酷い言いがかりですね」

「はい、ちょっと『ムカつく』って呟いただけでずっと粘着されてて困ってるんです。でもこういうのって警察に頼んでもなかなか解決しないらしいですし、プロパイダーと裁判して相手を特定して、その上でまた裁判しないといけないって聞いてとても無理だなって……」



「ええ、ふつうの人ならね」



 僕は伊藤さんのスマホをもって目を閉じた。それを伊藤さんは固唾をのんで見守っている。


「…………はい、わかりましたよ、犯人が」

「だ、誰ですか!?」

「あなたの知らない人です。暇なFラン大学生ってところですかね。僕の知り合いの唐松弁護士を向かわせます。これで少しは静かになるでしょう」

「あの、お金は……」


 おずおずと財布を取り出す伊藤さんを僕は遮った。


「いりませんよ。クラスメイトからお金を取るほどお金には困っていませんので」

「あ、ありがとうございます!」


 僕が微笑むと伊藤さんはパッと明るい笑顔を見せてくれた。放課後の教室で学園一の美少女と二人きり。こんな状況があり得るのもすべて僕に目覚めたESP能力のおかげだ。


 僕の名前は長谷口亮介(ハセグチリョウスケ)。とあるネット掲示板でレスバトルを繰り広げるうちに超能力に目覚めたのだ。ネットに書込みした人間の顔と住所と職業がわかるというESP能力だ。


 僕はすぐにSNSで活動を始め、今では芸能人からも依頼を受けて相当な金を稼いでいた。もちろん僕も特定されて炎上したことがあるが、僕を中傷した人間を片っ端から特定して土下座させた。誹謗中傷に関してはネットに強い弁護士なんかより完全に僕のほうが上だった。



「はぁ〜、長谷口くんがクラスメイトで良かった。普通なら泣き寝入りだもんね」


 伊藤さんはそれまでの緊張した面持ちからは打って変わって砕けた口調で話し始めた。芸能人とも会ったこともあるが、伊藤さんの方が断然かわいい。というかネットで炎上するような芸能人はろくな奴がいない。


「でも油断しないほうがいいよ。こういうのって完全に風化するまでは次から次に中傷させる奴が現れるものだから」

「そうなんだ。でもこっちには長谷口くんがいるから楽勝だね! 連絡先交換しようよ!」


 伊藤さんは自然に僕の手を握った。これまで彼女を作ることはおろか、女の子と話したことすらない僕に初めて現れた青春の兆しに胸が高鳴る。


「じゃあ、また明日ね!」


 伊藤さんはかばんをもってブラスバンド部の練習に向かった。僕はその背中を見送り、彼女のアカウントを開いた。


 身内用の裏アカに招待されている。そこを読むと彼女は明るい顔をしながら誹謗中傷との戦いに苦しんでいる様がありありと書かれていた。


「…………僕が守ってあげないと……」


 僕はスマホをポケットに入れて家に帰った。



※※※※※


「私の卒業アルバムが晒されたの! 信じられない! どうにかしてよ、長谷口くん!」


 今日も伊藤さんが相談に来た。ここ最近毎日会っている。すっかり手に馴染んだ伊藤さんのスマホを受け取って相手を調べる。


「犯人はわかったよ。でもおかしいな。卒アルが晒されたってことは伊藤さんに近い人物のはずなのに、この書込みは北海道からだ」

「どういうこと?」

「伊藤さんの知り合いの誰かがこっそり情報を漏らしてる。それも直接中傷せずに情報だけ漏らして攻撃を煽っている」

「それじゃあこいつを捕まえても終わらないの?」

「残念だけどね。もちろん最初に漏らした書込みを探すけど、既に消してるだろうね。そうなると僕の能力じゃ追えない」

「そんな……」


 伊藤さんは涙目になっていた。中傷が始まって一ヶ月。迷惑がかかるからと部活にも顔を出していないらしく、相当衰弱している。


「……この前私の家の前にナンバープレートのないワゴン車が止まってたの……郵便受けにはチャーハンが入ってるし………私、怖くて……」


 伊藤さんはネットの炎上としては類を見ないほど炎上していた。絶妙なタイミングで燃料が投下されるので全く飽きられず、匿名掲示板のパートスレは700を超えている。逮捕者も相当出ているにも関わらず、全く勢いが落ちない。明らかに異常だった。


 僕はスマホを取り出し、伊藤さんの炎上を調べた。隠し撮り写真が大量に出てくる。その中の一枚に見覚えがあった。


「これ、伊藤さんのアカウントに投稿されてたやつじゃない?」


 伊藤さんが身を乗り出して僕のスマホを覗き見る。シャンプーの良い匂いが鼻孔をくすぐる。


「ほんとだ! これ鍵アカでしか出してないのに、なんで!?」

「……あまり身内を疑いたくないけど犯人はフォロワーの中にいるってことだね。そいつさえ抑えれば風化すると思う」

「えぇ……嘘でしょう……? いくら話題になってるからってそんなこと……」



 泣きっ面に蜂とばかりに伊藤さんの眉がハの字になる。僕は彼女の肩に手をおいた。



「残念だけど私怨による炎上は多いんだ。誰か心あたりはない?」

「……あっ、あいつだ……」



 伊藤さんの表情が険しくなる。明確に思いつく相手がいるらしい。


鳥栖友美(トストモミ)……あいつに違いないわ! 潮田(シオタ)くんにフラレたからってこんなことを……」

「何があったの?」

「中学からの腐れ縁よ。あいつが私の元カレのことが好きだったんだけど、フラレてその後私と潮田くんが付き合い始めたからモメてたの。中学からの知り合いだし卒アルだってこいつに違いないわ! ……ちょっと行ってくる」


 怒り心頭とばかりに伊藤さんが教室を出ていこうとする。僕は慌てて伊藤さんを引き止めた。


「待ってって! 伊藤さんはそんなモメた相手をまだ裏アカから追い出してないの? この写真を投稿したのって僕が入ってからだよね?」

「……あっ……そっか……」


 伊藤さんはようやく落ち着いて椅子に座った。それから他の候補者を探すためにフォロワーのリストを眺めた。僕も伊藤さんの隣から覗く。そこに一人怪しい人間がいた。


「あれ? 潮田くんってまだフォロー外してないんだ」


 そこには元カレの名前がしっかりと載っていた。いかにも恨みそうな人間である。


「あっ、そういえばブロックするの忘れてた。ま、関係ないでしょ。だいたい私が炎上したから別れたいって言い出してきたんだし」

「…………どうかな」


 伊藤さんが怪訝そうな顔をする。


「どういうこと?」

「そもそもの発端は伊藤さんが可愛すぎる吹奏部員として話題になったことから始まったんだ。そこに彼氏の存在が発覚して炎上した。そうなると彼氏の方にも攻撃がいくはず」


 伊藤さんはわけがわからないとばかりに小首をかしげた。


「それがどう関係するの? 同じ被害者じゃん」

「もちろんそうだよ。でも自分の炎上を止めるときに最も有効なのは他の生贄を見つけることだ」

「いや、それにしては近すぎでしょ。私が炎上し続ける限りあいつもずっと風化しないし……」

「でも潮田くんはサッカー部員で屈強な体格をしてる。ネットの連中は卑怯で弱いものいじめが好きだから、女性で弱い伊藤さんみたいに直接的な攻撃はされないだろう。それに伊藤さんの情報が供給される限り自分は安全圏にいられる」

「……確かに」


 伊藤さんは真剣に考え込んでいた。僕は潮田くんのアカウントを開いたが鍵アカウントだった。得体がしれない。伊藤さんは不安そうな顔で僕の顔を伺い見た。


「あいつ……最初は優しかったんだけど、付き合い始めてから直接暴力は振るわないけど怒鳴ったりものを蹴って脅したりするようになって怖いんだよね……」

「大丈夫。もし、直接対決するときは弁護士にも来てもらうから」


 それでも伊藤さんは不安らしく目を伏せていた。しかし決心したかのように僕の手を両手で掴んだ。


「……ねぇ、長谷口くん。ちょっとお願いがあるんだけど……」

「なに? 伊藤さんの頼みなら何でも聞くよ」

「それじゃあ私と付き合ってくれない? 男女恋愛的な意味で」

「えっ」

「……嫌……かな」


 伊藤さんが上目遣いで僕を見る。僕は慌てて否定した。


「そんなことないよ! 伊藤さんみたいな人と付き合えるなんて夢にも思わなかっただけで」

「よかった……長谷口くんが彼氏だってわかったらビビって私への中傷も止むだろうし。それに、長谷口くんって優しいし。あいつと付き合ってわかったけど、やっぱり優しい人が好き」


 伊藤さんは熱っぽい視線で僕を見つめた。女性に抵抗のない僕は照れて目をそらした。


「そんな、当然のことをしたまでだよ」

「ありがとう。そうだ、せっかく長谷口くんが味方になってくれたんだし、犯人を特定しよう。もう炎上しても怖くないし」

「なにか考えがあるの?」


 そう尋ねると伊藤さんはこれまでと打って変わって怪しい笑みを浮かべた。


「私のフォロワーにダイレクトメッセージで彼氏が出来た報告をするの。こんな炎上しそうな事件、絶対にネットに上げるわよ。そこで一人づつちょっと写真を変えるの。それでどの写真が表に出たかで犯人が分かるわ」

「めちゃくちゃ炎上しそうだね……」

「でも長谷口くんがいる。そうでしょう? さ、そうと決まったら一緒に写真を取りましょ」


 僕と伊藤さんは仲睦まじい写真を何枚も撮った。それはまさしくリア充への階段を駆け上がる体験だった。



※※※※※  長谷口視点



 ついにやった! ついに伊藤さんが僕の彼女になった! ここまで炎上を絶やさないのは大変だった。でもその苦労の甲斐のある結果だった。


 伊藤さんに彼氏が出来たと聞いた時の絶望感たるやなかった。でも僕の工作ですぐに別れた。まったく、吹奏楽部のクセに野球部ならともかくサッカー部と付き合うなんてありえないだろ。


 まあ、これから麻衣が口をつけるのは楽器ではなく僕なんだが。これで夜中に音楽室に忍びこんで楽器の口を舐める必要はなくなるな。フヘヘヘヘヘ



※※※※※  伊藤視点



 ついにやったわ! 高校生じゃありえない金持ち彼氏だわ! それも超能力持ち! 超優良物件じゃない! まったく、ここまで炎上を続けるのはほんと大変だったわ。あの陰キャ、奥手過ぎるのよ。


 それにしても、我ながらよくここまで悲劇のヒロインを演じきったわ。炎上させるだけなら適当に呟いてヒットマーク出すだけだったんだけど、やっぱ被害者じゃないとね。


 これからはブランドのバッグも買い放題。それに何より芸能人へのコネが手に入る。女子高校生パワーで無双してやるわ。フヘヘヘヘヘ。


 ま、長谷口も悪くはないけど、あくまでキープくんね。



※※※※※※


 その後、二人の交際報告は伊藤さんのフォロワーほぼ全員から流出した。ネット炎上において犯人は一人ではないのである。



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