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国外追放?わかりました、あなたにふさわしい女になって帰ります!

作者: 江葉
掲載日:2021/05/01

健気な女の子が主人公です。



 おーほっほ!


 女の高笑いが響く時、人々は希望に胸を弾ませ、魔物たちは逃げ惑う。


「どこにも逃げ場はありませんわよぉ! さあ、わたくしの踏み台におなりなさい! ――ランスショット!!」


 空中に生み出された大量の水が渦を巻き、槍状になってゴブリンの群れに降り注いだ。突き刺すだけではなくギュルギュルと回転しながら貫通する。胸部にぽっかりと空いた穴から異臭のする緑色の血が飛び散った。


 コーマティル炭鉱にゴブリンが棲みつき、発掘作業がまったく進まなくなって半年。活気のあった麓町コーマティルは仕事にあぶれてしまった男たちがすっかり荒み、このまま閉山となり寂れていくのでは、と誰もが重い気分で終わりの日を待っていた。


 そんな時、彼女が来たのだ。


 アリエル・バーニング。南国の海洋国家ヴェルリアンの公爵令嬢である彼女は、王太子ルドルフとの結婚を前に諸国漫遊しているのだという。


 黒に近いほど青い髪を腰までなびかせ、左の金と右の紅色のオッドアイは自信に満ちあふれている。スッと通った鼻筋に小ぶりながらも艶やかな唇。紛れもない美少女だった。

 そんな彼女の出で立ちは豊満な胸と形の良い尻を隠すようなカソック風ワンピースに、魔導士であることを示すマント。ペレグリナの左右にはストラの代わりなのか、宝石で編まれた飾りがキラキラと揺れていた。そして、カソックのスリットから覗く白い足は太股まであるブーツに覆われ、細いピンヒールをものともせずに立っている。ちなみに下はスカートではなくショートパンツだった。

 露出は最低限。貞淑でありながら壮絶ともいえる色香を醸し出す彼女は、供さえ付けずに一人で旅をしていた。


 王太子の婚約者が一人旅とは不用心だが、アリエルの魔術の腕はヴェルリアンの宮廷魔導士顔負けだという。なによりピンヒールで山越えできるだけの実力の持ち主だった。


 コーマティルの町長と炭鉱長はアリエルにこの窮状を訴え、救いを求めた。

 話を聞いたアリエルはしばし考えてから、


「この町の全財産を支払うなら引き受けて差し上げますわ」


 それはそれは高慢ちきにがめつい要求をした。


 これがアリエルのゴブリン討伐に至る経緯である。群れだけあって次から次へと湧いてくるゴブリンを魔法で薙ぎ倒し、ついにアリエルは炭鉱の最下層に辿り着いた。

 人工で掘られた穴なので天井が崩れないよう補強はされているが、魔法でぶっ飛ばして鉱山が瓦解してしまってはアリエルまで生き埋めだ。ちまちました魔法しか使えず、アリエルはフラストレーションが溜まっていた。


「まあ、ゴブリンロードかと思いきや、キングでしたか」


 アリエルは思いのほか大きな獲物に舌なめずりする。

 ひときわ大きな空洞になっていたそこには、鉱夫たちが使用していたトロッコが玉座のように高く積まれ、そこに巨大なゴブリンが二体鎮座していた。


「しかもクイーンまでいるとは……。ふふっ」


 群れを虐殺されていきり立つゴブリンナイトが雄叫びをあげながら襲ってくるのを空中高く飛んでかわし、アリエルはゴブリンナイトの顔面をピンヒールで踏みつぶした。パンッと音を立て、トマトのようにゴブリンナイトの頭部が弾け飛ぶ。


『ギッ!?』

「おーほっほ! さあ、ひれ伏しなさい! アクスバレット!!」


 斧になった水の塊がゴブリンナイトを一蹴する。ナイトの後方で弓を構えていたゴブリンアーチャーとゴブリンメイジがなりふり構わず撃ってくるのを結界で弾き返した。水の斧が続けてアーチャーとメイジを真っ二つにする。

 これだけ魔法を使ってもアリエルは息切れ一つしていなかった。それどころか天井が崩壊しないよう魔法を選別する余裕がある。


「あなたに『キング』は似合いませんわぁっ!」


 怒りに咆哮をあげるゴブリンキングにアリエルは手をかざした。


「オーバーヒート」

『ギョエ!?』


 奇声をあげたゴブリンキングはヨロヨロと体を振らつかせ――……。

 パァン! と全身を弾けさせた。

 煮えたぎるほど沸騰した体液がクイーンと生き残りのゴブリンに降り注ぎ、緑色の肌を焼かれたゴブリンたちが奇妙な踊りを踊った。


「シャドウランス!」


 キングの血だまりから伸びた幾本もの槍がゴブリンの息の根を止めた。


「キングの血でとどめを刺されるのなら、クイーンも本望ですわよね」


 足元に横たわるクイーンの死体にアリエルはそんな餞の言葉を送った。


 ふもとの町では町役場で町長と炭鉱長が、町中から集めた金を前にアリエルの帰りを待っていた。


「炭鉱長、本当に全財産支払うのかね……?」

「もちろんです。ゴブリンの群れですよ、騎士団に依頼したって連中怖気づいて来やしないじゃないですか。町が干上がるよりはましです」


 コーマティル炭鉱はアヴァルスルス公国ズ=サン子爵領内にある。炭鉱にゴブリンが棲みついた時点で子爵に報告し、騎士団に討伐依頼を出していた。

 しかし子爵家の騎士団は『ゴブリンくらい自分たちでなんとかしろ』という返答であった。炭鉱の荒くれ男ならゴブリンの一体や二体はなんとかできると思ったのだろう。


 はぐれのゴブリンなら自分たちでどうにかできても、ゴブリンは後が怖い。はぐれだと思ったのがどこかの群れに属していた場合、仲間が報復に来るのだ。

 群れのゴブリンはとにかく凶暴で、遊びで人間の子供を攫い、いたぶり、遺体を辱める行為をする。弱いものにしかそうした凶暴性を発揮しないため、それなりに知性があると考えられている。

 統率力はなく仲間意識は低いくせに、群れの仲間を殺されると怒るのだ。だからこそ騎士団に依頼したというのに断られ、そのくせ炭鉱が稼働できずにいればどうなっているんだと難癖つけてくる。炭鉱夫たちの怒りはピークに達しようとしていた。


「しかし、あんなお嬢様じゃぞ?」

「お嬢様だからこそですよ。ヴェルリアンの王太子妃ともなれば強くなければならないんでしょう。ここまで旅してきた度胸といい、そんじょそこらの魔導士よりも強いはずですぜ」

「あら、わかっておりますわね」


 気弱な町長を炭鉱夫長の男が励ます。老人といっていい年齢の町長に比べ、炭鉱長は三十代後半。荒くれ共を一手に率いる男が身を乗り出して町長に言った。

 そこに、アリエルが入ってきた。

 町の門の前でアリエルの凱旋を待っていた町民も一緒に雪崩れ込んだ。


「アリエル様……!」


 炭鉱長がソファから立ち上がりアリエルに駆け寄った。ゴブリン討伐に行ったとは思えない、異臭や返り血のない姿にうろたえる。

 不安げな炭鉱長に、アリエルは長い髪をファサッとかきあげた。


「ゴブリンキングにクイーンまで生息する巨大集落……いえ、国ができあがりつつありましたわ」

「キングとクイーン!?」

「そ、それで……?」


 炭鉱長が驚きの声をあげ、町長が蒼ざめながら結果を問いかけた。

 集落どころか国家規模といわれて勝利を確信していた者たちがざわめく。それほどの規模となればもはや子爵家の騎士団ではなく、アヴァルスルス公国全軍をあげても勝てるかどうかギリギリだ。


「わたくしに勝てない敵などおりませんことよ。あんなゴブリン程度、踏み台にもならなくてよ」

「勝った、ということでよろしいのですな?」

「よろしくてよ」


 一瞬呆けた顔をしていた炭鉱長は、やがて全身を感激に震わせた。


「うおおおおおっ! 勝ったぞおおおぉっ! 野郎ども、今夜は祭りだ!!」


 炭鉱長の叫びがコーマティルの町に木霊した。勝った、という言葉が伝言ゲームのように伝わり、町中が喜びに包まれる。


「おおぉ……。アリエル様、あなた様はこの町の救世主ですじゃ……っ」

「当然ですわね。それで、町長さん、炭鉱長さん、約束のものは?」


 しわしわの手でアリエルの手を握りしめようとしていた町長は、その言葉に固まった。


「よ、用意してあります……。そのぅアリエル様、ものはついでなのですが、全財産というのは……」

「命に比べれば安いものですわね」

「半年稼働していなかったもので、何かと物入りでして……」

「すべてを失う前で良かったではありませんの」

「わ、儂らもこの半年大変だったんですじゃ。なんとかまけていただくことは……」

「全財産、ということでお引き受けしましたのに、約束を破るんですの?」

「…………」


 安心した途端に全財産が法外に思えてきた。アリエルが簡単に勝ったように言うものだから、大げさに言ってるんじゃないかと疑惑を生んだのだ。


 上位種となるロードやキング、クイーンはよほど条件が揃わないと生まれてこない。繁殖に適した広い土地、豊富な食糧、そして進化に必要な魔力である。こんな片田舎に棲みつくとはどうしても思えなかった。

 全財産を惜しむ町長に、アリエルは呆れたようなため息を吐いた。


「わたくしが請け負ったのは炭鉱に棲みついたゴブリンの討伐ですわ。何の調査もされていない坑内で、上位種が出てきた時点で町を見捨ててもよろしかったんですのよ?」


 本当に支払われるかわからない片田舎の全財産などたかが知れている、とアリエルは言った。ちらりとテーブルに置かれた硬貨の山にやれやれと首を振ってみせた。


「一食分の食事代にもならないはした金ですわ。でもまぁ、これで良いでしょう」


 町長は屈辱に震えながらもアリエルに代金を支払った。大金貨七枚と小金貨三百七十五枚、銀貨五百五十一枚、銅貨八百二十五前。公爵令嬢が実家で食べていた料理と比べて多いか少ないかなんて町長にはわからなかった。しがない子爵領の炭鉱町にはこれが出せる限界である。それでも一年分と要求されなかっただけましであることに、町長は気づいていなかった。裏金や余り予算をプールしておける余裕などコーマティル町にはないのだ。


「たしかに受理しましたわ。では、こちらを」


 代金を財布にしまったアリエルは、ずっと持っていた大きな布袋を町長に差し出した。

 反射的に受け取った町長は、ジャラリとしたその感触に顔色を変える。慌ててテーブルの上に中身をひっくり返した。


 はたして布袋に無造作に入れられていたのは――目にもまばゆい宝石だった。


「お、おお……っ。これは……」


 集まって来ていた町民が突然のお宝にどよめく。


「キングとクイーンがいたと言いましたでしょう? ゴブリンは財宝を集める習性がありますものね、炭鉱に棲みついたと聞いてきっと隠してあると思いましたわ」


 キラキラしたものを好むゴブリンは人間の町を襲うと人を殺して財宝を奪う。そしてそれを上位種に捧げるのだ。


「炭鉱まで移動してきたのはちょうど良い隠し場所だったからですわ。町が襲われなかったのは町が石炭で薄汚れていてとても宝があるとは思えなかったからでしょう。不潔でいることにもメリットはありますのね。ズ=サン子爵は愚かですわね、功績も財宝も逃してしまうなんて」


 アリエルは愉快そうに子爵を嘲笑した。


「アリエル様……」


 一応領主であるためアリエルの言葉にうなずくことはできなかったが、彼女の言いたいことを理解した町長は涙ぐんだ。


「いいこと、町長さん。あなたはわたくしからこれらの財宝を買ったのです。一筆書いておきますから、子爵が何と言ってきても渡す必要はありませんわ。ええ、ゴブリンの死体の始末に壊された道具類、休業中の補填など、なにかと物入りでしょう? これらを売ればおつりがきますわ」


 おつりどころではない。クイーンが身に着けていた首周りの大きなネックレス、そこについているダイヤ取り巻き真珠一つで十分賄える。その他の宝石を売れば町の開発だって進むだろう。町の予算数年分だ。


「アリエル様……、そこまで考えて全財産と?」

「わたくしを雇うのにこんな僻地の財産では安すぎますわ。ですが、すべてを差し出しても町の人を救いたいと思い、わたくしに交渉してきた町長さんと炭鉱長さんの勇気に、値段はつけられませんことよ」


 アリエルはどこまでも傲慢に言い放ち、町長と炭鉱長の決断を褒めた。


「アリエル様、あんたって人は……っ」


 炭鉱長が男泣きに泣きだした。町長が「アリエル様、万歳!」と叫ぶと一部始終を見ていた人々が「万歳!」と続いた。


「アリエル様、バンザイ!」

「アリエル・バーニング、万歳!」

「バンザーイ!」


 この夜はアリエルのために祭りが開かれ、飲めや歌えの大宴会になった。町中の宿と食事処がありったけの食材と酒を用意してアリエルをもてなした。


「アリエル様、お口に合いますでしょうか?」

「まあまあね。旅に出てから粗末な食事にも慣れましたわ」


 歯に衣着せぬアリエルに給仕に来た町娘は苦笑した。言い方はきついし見下しているのはあからさまなのに、それでいて憎めない雰囲気のアリエルが不思議だった。


「アリエル様は花嫁修業で旅をしていると聞きました」

「ええ、そうですわ」


 遠巻きにやりとりを見ていた娘たちがそろそろと近づいてきた。


「王子様ってどんな方なんですか? アリエル様の旦那様になるのですもの、きっと素敵な人なんでしょうね……!」

「あら、ルドルフ様のことを聞きたいの?」


 アリエルの顔が恋する乙女のそれになる。ぱっと目を輝かせた少女たちがアリエルの周囲を取り囲んだ。


「ルドルフ様はそれは素晴らしいお方なのよ! 自分にも他人にも厳しくていらっしゃるけれど、それは王太子として当然ですわね。国を背負って立つ以上、無能は許されませんもの」


 自慢げに言ってアリエルはワインを飲み干した。すぐに次が注がれる。


「そんな厳しいルドルフ様ですけれど、おやさしい一面もありますのよ。お会いする時はいつもわたくしにお花をくださって。「アリエルに似合うのはこの花くらいだ」と珍しい花をわざわざ探してくださいますの。わたくしの隣に座って、その、お菓子を手ずから食べさせてくださったこともありましたわ。わたくしの前でだけは甘えん坊さんなのですわっ」


 きゃっ、とはにかむアリエルに歓声が上がった。


「それって「はい、あーん」ですよね!」

「物語の王子様みたーい」

「アリエル様のこと、大好きなんですねえ!」


 盛り上がる少女たちにアリエルもまんざらではない。照れ隠しのようにワインをあおった。


「ルドルフ様は国民人気も高いんですのよ。しかし王太子である以上、広く見聞を集めるのは限界があります。婚約発表の夜会で、ルドルフ様が自らわたくしに命じられましたの。国の外に出て、世界を知ってほしい、と。旅の道中では様々なことがありますが、わたくしはルドルフ様の名代として、しっかりと自身を磨き、ふさわしい女になって帰ろうと思っておりますわ」

「アリエル様……」

「でも、離れていて寂しくありませんか?」

「寂しいと感じる時はありますわ。ですが、わたくしとルドルフ様はいつも繋がっておりますから」


 フッとやさしい笑みを浮かべたアリエルに、少女たちは感動した。

 愛する人のために、彼に代わって耳目となり世界を一人旅する。これこそ真実の愛だ。

 ルドルフがアリエルを旅立させてくれなかったら、この町はいつまでも苦しいままだったろう。愛と信頼で繋がる二人の絆に涙ぐむ娘もいる。


「素敵ですわ~」

「私もそんな風に思える人に出会ってみたーい」

「アリエル様は王子様に愛されてるんですね!」

「当然ですわ! アリエル・バーニングはルドルフ・ショッカー・キングの妻になる女ですもの!」


 おーほっほ!

 炭鉱の町にアリエルの高笑いが響き渡った。


 翌朝、アリエルは酔いつぶれて動けない者を除いた全員に見送られて旅立った。


「本当に、ありがとうございました」

「アリエル様のことはコーマティル町の伝説として語り継いでいきます」

「アリエル様、こちらをどうぞ」


 町長と炭鉱長に続いて娘たちがやってきた。


「道中召し上がってください」

「お気をつけて」


 日持ちするよう焼いたパンと干し肉、ドライフルーツを受け取って、アリエルはカーテシーをした。本物の令嬢による優雅な一礼にほうとため息が漏れる。


「それではみなさんごきげんよう。せいぜいわたくしとルドルフ様の愛を語り継ぐことを許しますわ」


 どっと笑いが起きて、アリエルに手を振った。


 炭鉱の町コーマティルから伸びる街道は、土と砂利の整備されていない山道である。

 そこをピンヒールのアリエルが姿勢よく歩いていく。

 やがてコーマティルが見えなくなり、さらに誰もいないことをたしかめたアリエルは、おもむろに胸元をくつろげた。

 メロンのように丸い胸の谷間に手を突っ込む。


「うふふ、上手くいきましたわ!」


 眼にも眩しい白い胸から出てきたのは、朝日を浴びて輝くピンク色の宝石だった。苺ほどの大きさである。


「やっぱり! これはトルマリンではなくピンクダイヤですわ! しかもこの大きさ、城が一つ買えますわねっ。さすがキングのお宝ですわ!」


 アリエルはしっかり自分の分を確保していた。

 町の全財産でゴブリンの財宝を売ったが、あれで全部とは言っていない。

 ネックレスの真珠はたしかに大きなものだったが、海洋国家ヴェルリアンの公爵令嬢には珍しくもなんともなかった。希少なピンクダイヤモンドのほうがはるかに価値がある。査定してみないとわからないが、おそらくあの財宝よりこっちのピンクダイヤのほうが高いだろう。そこは公爵令嬢、見る目が町人とは違うのだ。


「わたくしってばなーんて賢いのかしら。ルドルフ様も果報者ですわねっ!」


 おーほっほ!

 アリエルの高笑いが山の峰々にこだました。





 ヴェルリアン王国では、アリエルの婚約者であるルドルフ・ショッカー・キングが頭を抱えていた。

 原因は、アリエルの武勇伝である。

 毒花を贈っても毒入りクッキーを食べさせてもピンピンしているアリエルに怖くなったルドルフは、あの夜とうとう国外追放を言い渡したのだ。


「……なあ、私はあの女と婚約破棄したよな? 婚約破棄した上で国外追放したんだよな?」


 ルドルフの問いに、彼の側近たちが微妙な顔になった。


「そのはずです……」


 声がちいさくなったのは、ルドルフと同じくどうしてこうなったと思っているからだ。


「だったらどうしてあの女が各国で私の婚約者を名乗って活躍してるんだ!? おかしいだろう、こんなの!!」


 ドン! とルドルフが両手で机を叩いた。王太子の執務机はびくともせず、代わりにルドルフの手が痛くなった。


 ヴェルリアン王国の王太子ルドルフ・ショッカー・キングが公爵令嬢アリエル・バーニングと婚約破棄したのは二年前のこと。婚約発表の夜会の最中であった。

 その前からルドルフはアリエルの義妹――バーニング公爵の後妻の連れ子キャサリンと恋仲だった。血の繋がらない居候とキャサリンを蔑み、何をやらせてもダメな子、とアリエルは周囲に言いふらし、キャサリンの評判を貶めていた。


 貶めるも何も実際キャサリンは何もできない令嬢だった。というより、やる気そのものがなかった。「こんなのできなぁい」と言って泣けば他の誰かがやってくれる、それを覚えてしまったのだ。覚えさせた筆頭はルドルフである。


 アリエルは素質もあったが公爵令嬢としての教養から魔法、料理に至るまで完璧だった。そして完璧さを自ら誇り、たいそう傲慢で高飛車で我儘だった。そんなアリエルの婚約者として並び立つうちに、ルドルフは疲れてしまったのだ。アリエルから逃れるように、何もできないキャサリンにのめりこんだ。


 だから婚約発表という晴れの場で婚約破棄してやったのだ。アリエルを傷つけ、二度と顔を会わせないようにするために。国外追放に粛々と従った時は拍子抜けしたが、これでようやくアリエルに勝ったと思った。


 アリエルが唯一苦手としていたことがあるならば、好きな男の心を察する『思いやり』であろう。


「まさか黙って出ていったのは花嫁修業を命じられたと勘違いしていたとはな……」

「国外追放をポジティブに取りすぎだろ」

「しかもなんかあっちこっちで名声上げてるし。しかも殿下の名前付きで。良かったですね殿下、アリエル様のおかげで民衆に大人気ですよ」


 花嫁修業の諸国漫遊で人助けをする令嬢の話は、物語の英雄のごとき人気を誇っている。それを命じた王子とのラブロマンスもあいまって演劇にまで発展していた。


「貴様ら……他人事だと思って……」


 アリエルが国外追放されてしばらくすると、ルドルフのもとに各国の貴族から感謝状や苦情が届くようになった。何事かと思えばアリエルが行く先々で人助けをし、それに対するものだった。


 弱きを助け強きを挫く。弱き者はたいていが無力な平民で、強き者とはだいたい貴族である。アリエルの介入によって助かったものの、民衆の不信を生んだり裏取引が駄目になったり、悪事が露呈した貴族から感謝なのか苦情なのかわからない書状が届いたのだ。


 アリエル自身は旅に出ているせいでどこにいるのかわからない。だったら彼女を国外に出した婚約者のルドルフに、となるのは当然のなりゆきだった。

 アリエルに婚約破棄と国外追放のコンボを決めたせいで実父のバーニング公爵は怒り心頭。後始末は自分でしろ、アリエルが帰ってくるまで知らんとばかりに無視を貫かれている。色々と融通してくれていたバーニング公爵が手を引いたせいで、ルドルフの個人資産はがくっと目減りした。


 愛しのキャサリンは公爵と後妻の離婚にともなって母方の男爵家に引き取られた。なんとか手を尽くして王宮に呼び寄せたものの、アリエル人気がすごすぎていない者扱いされている。図太いのか鈍いのか、キャサリンはそんな空気をものともせずルドルフの婚約者気取りでいて、浮気男のレッテルを張られたルドルフのほうが肩身の狭い思いをしていた。


 しかもアリエルからは定期的に手紙が届く。内容はこんな土地に行きこんなことがあって何々をした、この地の領主である貴族はどういう人物で、こういうことに力を入れている、という貴重な情報満載なものだから読まずに捨てるわけにもいかない。ところどころ入っているサイクロプス退治や盗賊団討伐は見なかったことにしたい。


「アリエルがあちこちで活躍しまくるせいで婚約破棄どころか未来の王妃として既成事実化してるんだぞ! 私の! 名前を! 出して! 活躍するな!!」


 頭を掻きむしって絶叫するルドルフに、側近たちはすっかり諦めの境地で慰めた。


「いやもう、殿下も腹を括ったらどうですか?」

「アリエル様のおかげで外国からの評判良いですし。観光客が来るんで景気良くなってるんですよ」

「他国の貴族からは、夜会で婚約破棄したダメ王子が実は侮れない、と一目置かれちゃってますからね……」


 後から覆されないよう婚約発表の場での婚約破棄は、来賓として招かれていた各国の大使から嗤われていた。ヴェルリアンの次期王は、簡単に女に惑わされる馬鹿だ、と。

 父王も頭を抱えていたのにここへきての人気回復でさらに頭を抱えている。

 国内最大派閥のバーニング公爵家を怒らせたのだ、廃嫡は免れないところまで来ていた。第二王子や王位継承権を持つ王族が権力争いを激化させたところでこれである。これはもうアリエルとルドルフを結婚させるしかないだろうが、かといって婚約破棄をなかったことにすれば王族の発言が覆る前例を作ってしまうことになる。


 そしてなによりアリエルは国外追放になったままなので、帰ってこられないのだ。帰ってこいと言おうにも所在不明である。


「アリエルとの結婚なんて絶対にいやだ!!」


 ルドルフがアリエルを嫌うのは劣等感を刺激されるからだけではない。もっと純粋に、怖いからだった。会話をしているのに話が通じない。おまけになぜかルドルフの発言を良いほうに解釈し、それを事実としてしまう。しかもその結果が良いものだから、ルドルフは自分などいてもいなくても同じではないかと思ってしまうのだ。全肯定されているのに存在を無視される恐怖。毒も効かず暗殺者は返り討ちにされる始末。婚約破棄に踏み切ったルドルフには彼なりの理由があるのだった。けして恋に盲目になっただけではない。


「アリエルなど存在自体がありえん!」





 絶叫するルドルフの声が聞こえたのか、アリエルはふと足を止めた。

 アヴェルスルス公国からプリム共和国への国境である山脈越えの最中である。

 背嚢に食糧やテントなどを詰め、魔法で雨風を防ぎつつピンヒールで登山する姿ははっきりいって異常だった。アリエルは自分の自意識にこだわるタイプなのである。


「今、ルドルフ様の声がしたような……。きっとルドルフ様がわたくしに会いたいと思って星に祈ってくださったのだわ!」


 アリエルは常に前向きだった。夜空の向こうに浮かぶルドルフににっこり笑いかける。

 自分がこんなに愛しているのだからルドルフもアリエルを愛しているのが事実だと信じている。思い込みが強すぎてはた迷惑の域に達していることをアリエルは気づいていなかった。


「わたくしも愛していますわルドルフ様! ああ、待っていてくださいね、きっとあなたにふさわしい女になって帰ります!」


 ルドルフが聞いたら泣いて拒否しそうなことを宣言した時、足元の雪に足を滑らせてアリエルはバランスを崩した。すぐに体勢を立て直す。アリエルの笑顔が悔しげに歪んだ。


「くっ、これしきのことに足を取られるとは……っ。まだまだ帰るには早いようですわね」


 きっ、と振り返ったアリエルは、足元に雪を発生させた原因――アイスゴーレムを睨みつけた。背嚢を背負ったまま突撃する。

 外なら思い切り魔法が撃てる。アリエルにとっていい憂さ晴らしだ。


「おーほっほ! さあ、わたくしの踏み台におなりなさい!」


 ――生きては越えられぬ山として有名なサクリフィス山脈にクレーターができた、とルドルフのもとに手紙が届くのは数日後のことである。




一途で健気で努力家な女の子なのになー。

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― 新着の感想 ―
面白いです パワフルアリエルちゃん! 最高です♪ 続編求む もうちょいアリエルちゃんと釣り合う男の子、お願いします
[良い点] 一言、面白かったです。それに尽きます。 [一言] 思い込みって・・・凄いパワーを生むんですかねえ(苦笑) 私は苦手なタイプの女性ですが、妙に可愛いのは確かですよね。 ルドルフのフルネームに…
[良い点] 誰かに似てるなーと思ったら感想に答えがあって納得しました(白蛇のナーガ) ポジティブシンキングな主人公で素敵で面白いです。 [一言] このノリで読み切り連載して欲しいです!
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