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二章・幼き君と(2)

 ──そして見たのです。

 再び頭の中に流れ込んで来た、いくつもの情景を。


 ハッと目を覚ましたのは、それから数分後か、あるいはもう少し後か。まだお客様達が帰っていないようなので、それほど長く眠っていたわけではなさそうです。

「あら、お目覚めだわ」

「よく寝てましたね~、おはよう~」

 早速駆け寄ってくる女性陣。カタバミさんはレンゲさんに目配せし、何事かを確認してから私に向かって手を伸ばします。

 そして彼女は私をだっこしました。戸惑うような気配が伝わってきます。

 その瞬間、今しがた見た夢の理由を知りました。


(ああ、なるほど、この方ですのね……)


 あれは予知夢でした。誰かに抱かれて眠る夢。温かい人肌の感触。それは正にカタバミさんの腕と胸から伝わって来る、この熱と同じでした。どうやら私はもうしばらくしたら、この雑貨屋のご夫婦に養子として引き取られるようです。本当の親が見つかるはずはありませんし、ごく自然な成り行きでしょう。

「ああっ、やっぱり可愛い……っ」

 カタバミさんの目頭にじわりと涙が滲みます。夢の中で知りました。彼女が子供を欲しながら、どうしても妊娠できず、ずっと悩んできたことを。

(予知夢と言いますが、あれは過去の情景でしたわ)

 過去と未来が交錯している夢でした。最初の時に接触してきた自称“神”のこともありますし、ひょっとしたらこの能力は予知とは異なる別の何かなのかもしれません。思えばあの神様自身もそんなようなことを言っていた気がします。

(神託……とか? ま、とりあえず、貴女が私の新しいお母様になることはわかりました。でしたら今から少しばかり、媚を売っておきましょう)


 親に愛されていて損はありません。

 以前のようなことは御免です。


「あぶ」

 手を伸ばしてカタバミさんの頬を撫でます。まだ舌が回らないので“おかあさん”とは言って差し上げられません。今はこれが精いっぱい。

 でも言いたいことは伝わったようで、カタバミさんの涙はついに溢れて止まらなくなりました。

「カタバミ……」

「あたし……なる。絶対、この子の母親になる……っ」

 多分、私が眠っている間にそういう方向で話が進んでいたのでしょう。どうやらこれで未来は確定したようです。お二人は悪い人間には見えませんし、ある程度成長するまではこちらもおとなしくしているつもりですから構いませんよ。仮初の関係で良ければ養子として迎えてやって下さいな。

 ただし──

(貴女は、私を売らないで下さいね)




 深夜、宿屋のご夫妻がスヤスヤ眠っている横で考え事を始めます。

(予知能力……消えていませんでしたわ)

 才害の魔女と接触した初日の夢以降、何度眠っても何事も起こらなかったのであれきり能力が消失したものと思い込んでいました。けれど昼間のことでまだ健在だと確認できたわけです。

 こんなことになった原因の一つではあるのですが、やはりこの力、使いこなせれば便利かもしれません。あくまで使いこなせれば、ですけれど。

(今のところ眠るのが発動条件の一つということしかわかりませんものね……見たい未来を自在に選択できるわけでもなさそうですし)

 まあ、予知のことは一旦置いておきましょう。より重要なのはこの能力が使えたということは、それ以外も可能なのではないかという点です。

「あぶぶぶ……」

 両手を持ち上げ、意識を集中してみました。

 すると次の瞬間、手の平から無数の星屑が飛び出し、寝室の天井を星空に変えではありませんか。メージした通り完璧に発動しました。

「あー、きゃっきゃっ」

「っ!?」

 寝ていると思っていた神子が隣ではしゃぎ出しました。驚かさないで下さい。あなたもまだ起きてたんですのね。

 でも、これで確定しました。今の私にも魔法が使えるのです。口が回らないため呪文の詠唱が必要な高度な術はまだ無理でしょう。でも今みたいな簡単な魔法であれば無詠唱で発動できます。解放呪文を再設定すれば現状でも大半の術はいけるかも。

 もちろん赤ん坊になった直後にも試しました。ですが、あの時には何も発動せずひどく落ち込んだのです。それが今になって急に……何故?

(ああ、以前クルクマから聞いたあれかも)


 ──彼女と違って専門家ではないため仮説になりますが、おそらく身体の急激な変化に精神の適応が追い付かず、前回は不発に終わったのでしょう。魂と肉体の不一致は魔力を乱し、魔法の発動を阻害すると言っていました。魔力封じの腕輪はその仕組みを利用したもの。

 けれど時間経過と共に適応が進み、この小さな体でも魔法が使えるようになったのだと考えれば辻褄が合う。クルクマの話によると、魂というものには収められた器に合わせてある程度変化する性質が備わっているそうですから。

 彼女が得意とする呪術の中にはそうした魂の変質を利用して無機物を呪物に変える方法もある。例えば、強く人を恨んで死んだ方の霊を剣に封じ込める。すると器に合わせて魂の性質が変化し“人を斬る”ことに特化した呪力が備わる。


(だとすると、私も以前と全く同じなわけではなく、この赤ん坊の身体に合わせて性質が変化した状態ということになるのでしょうか?)

 でも赤ん坊に合わせた性質ってなんですの? 別段思考が幼くなったような感じもありませんし、謎です。

(ま、とりあえず魔法さえ使えれば身は守れます。このままずっと赤ん坊でいるわけでもないでしょうし、何も問題はありませんね)

 ひとまず結論を出した私は、今夜もぐっすり眠ることを決意しました。小難しいことはあまり考えたくありません。悩み事にいちいち囚われていると、私の愛する“自由”から遠ざかってしまいますもの。夜ふかしは健康にも悪いですし。

(おっと、忘れるところでした)

 サザンカさんとレンゲさんにこの天井を見られたら怪しまれます。さすがに大人の魔女だとは思われないでしょうが、異常な子だとは考えるでしょう。私は慌てて魔法の星屑を消し去りました。

 すると──

「だうううっ!!」

 急に神子が抱き着いてきたではありませんか。

(えっ? ちょっ? なんですの!?)

「うー、うぶうー」

 不満そうな声。もしかして、もっと星空を見ていたかったのにと抗議してますの? たしかに退屈な赤ちゃん生活、あのような彩りが欲しくなる気持ちはわかります。だからといって貴方の言うことを聞いてあげる義理はございませんわ。私は貴方の母親でも姉でもないんですから。身の安全だってかかっているのです。

(は、離れてくださいっ)

 貢がせていた男達にだって密着を許したことはありません。強引に組み付くなんて紳士のすることではございませんわ。貴方はまだお若いのですから道を誤るようなことは慎むべきですっ!

 なんて、いくら頭の中で懸命に訴えても私の口から出てくる現実の言葉は「うー」とか「だー」という音でしかありません。そもそも相手も赤ちゃんなので何を説いても言葉で説得できるはずもなく。

(こ、この子、赤ん坊なのにやっぱり力が……つょ……)

 圧倒的なパワー。私は抗う術を持たずそのままガッチリ抱きしめられ、挙句にほっぺをしゃぶられるという屈辱に耐えることとなりました。

「あぶ、あぶ……」

(そこはおっぱいではありません!! ていうか、もしかして寝ぼけてますの!? よだれが顔に……ああもう、今夜だけですから。こんな真似、二度と許しませんからね! ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……)


 翌朝レンゲさんが目覚めて救出してくれるまで、結局一睡もできませんでした。

 早く隣の家の子になりたいと、強く切実に願いました。

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