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序章・行方知れずの魔女(3)

 あの日、都全体が怯え、息を潜めていました。あれから数時間後、聖都シブヤの人々は罪人のごとく並んで引っ立てられる哀れな聖騎士達を目の当たりにしたのです。これから起こることを予想し、大半は家へ駆け込み扉に施錠。物好きだけが静かに後をついて行き、遠巻きに見物を続けます。

 その長い列の先、ホウキに跨って宙に浮かび、ロープを引いて聖騎士達を牽引しているのは最悪の魔女ヒメツル。先日大聖堂を焼き討ちして世間を騒がせたばかりの極悪人です。下手に関わってもロクなことにならないでしょう。怖がるのは当然の話。

 注目を浴びつつ、彼女はホウキの上で立ち上がりました。

「ほらほら、せっかくかゆいのも下痢も治してあげたんですから、もっと機敏に軽やかに歩いて下さい。踊るように」

 そう言って、細い柄の上でターンを決めてみせる彼女。無駄に器用。

 もちろんこんな暴挙、黙って見ている三柱教ではありません。すぐに僧兵隊が駆け付け周囲を取り囲みました。

「最悪の魔女! 貴様、ここをどこだと思っ」

「酔いどれマダムの千鳥足」


 相手の言葉を遮り、わけのわからないことをのたまう魔女。腕を一振りすると凄まじい突風が兵士達を薙ぎ払い、壁や路面に叩き付けてしまいました。駆け付けた十数名の兵が一瞬にして全滅。

「う~ん……」

 顔をしかめる彼女。もう少し手加減するつもりでした。


「調整が難しい。あの、生きてます? 皆さん大怪我なんてしてませんよね?」

「うう……」

「ば、化け物……」

 彼女の問いかけに、兵士達はうめくか痙攣するばかり。少なくとも生きてはいるようなのでホッと安心。三柱教の聖地なら腕の良い癒術師だって揃っているはず。放っておいて先へ進むことに。


 ──ご覧の通り、聖騎士のような例外はともかく、普通に魔法が通じる相手なら彼女にとって障害にさえなりません。それだけヒメツルの魔力は規格外なのです。


 やがて大きな建物の前でホウキを止める彼女。先日焼失した大聖堂の代わりに教会本部なった別の建物。そこで地面に降り立ち、胸を反らせ大きく息を吸い込むと、声高らかに呼びかけました。


「ごきげんよう、三柱教の皆様! 貴方がたが差し向けた聖騎士団は、ご覧の通りの有様でしてよ! まったくもって楽勝でしたわ! ちょっと相手が悪すぎましたね!

 でも、もし、それでもあくまで私を討ちたいというなら、次は“神様”に直接出向いてもらいなさいな!」


 ざわり。空気が震えます。なんという大胆不敵。彼女は教会どころか彼等の信仰対象にまで宣戦布告を行ったのです。

 いや、むしろ、戦いたければ自ら出向けと上から目線で勧告した。そう言う方が正しいでしょう。より一層冒涜的なことは言うまでもありません。


「な、なんという言い草か!」

「不遜の極みだ……!」


 当然、信仰に篤い人ほど怒り心頭。でも誰一人、外へ出て直接反論しようとはしません。石を投げつける者も罵倒の声さえ皆無。天敵の聖騎士まで退けた魔法使い。そんな相手に立ち向かえる命知らず、当然ながらいなかったのです。

 気まずい沈黙が都を包み、それを沈黙させた当人が破りました。


「あら、どうやらお留守のようね?」


 ふふんと勝ち誇った彼女は優雅な動作で再びホウキに跨ると、ゆっくりいたぶるように上昇を開始。

 そして都を睥睨し、


「では、お待ちしています」


 そんな一言を残し空の彼方へ。

 この瞬間、誰もが確信しました。教会は負けたと。

 千年以上の歴史を誇る権威が、たった一人の魔女に打ち負かされたと。

 かくして“最悪の魔女”の悪名はさらに高まり、齢十七の若さで生ける伝説と化したのでした。




 ──ところが、これ以降、彼女の足取りは完全に途絶えることに。誰も行き先を知らず、姿を消した理由も不明。そんな状態のまま何年もの時が過ぎ去り、今ではその悪名も記憶の彼方。親がしつけのために語る寓話で時折その名が出るくらい。

 一方、面子を潰された三柱教は今なお捜索を続け、彼女の首にかけた懸賞金の額も毎年増額し続けています。それなのに手がかりは何一つ掴めていません。


 はたして、ヒメツルはどこへ行ったのでしょう?


 彼女が消えたばかりの頃、人々は噂しました。別の大陸に渡ったのでは? あるいは姿を変え、どこぞの王や貴族に嫁いだのかも。いやいや神々の怒りを買い、人知れず地獄に落とされたに違いない、などなど。

 どれも確証の無い噂話。


 けれど、私は真相を知っています。

 だって、私がその魔女ですから。


 北から南へ徐々に下っていく全体が傾斜した小さな村。西には山、それ以外の方角には森林。小川が一本通っていて、中央には祭りなどで使われる広場。その広場に面した雑貨屋は村に一軒しかない商店。カウンター裏の椅子に腰かけ、今しがた読んだ絵本を閉じる眼鏡をかけた九歳の少女。

 それが私。

「懐かしいなあ」

 本の題名は“最悪の魔女”……つまり、かつての私の二つ名。これは当時の活躍を童話としてまとめた絵本で、子供向けでない諸々の話は省かれているものの、その他の内容は驚くほど正確でした。

 著者はアキタニール。全く聞き覚えの無い名ですが、内容から察するに昔の知り合いの誰かだと思われます。私の名が歴史から消えてしまわないよう、なんて感傷的な理由ではないでしょうけれど、忘れられそうな当人としては嬉しい話。一読した感じ悪意を込めて書かれた風でもありませんし。

(モデルとして売り上げの一部でも貰えれば、なおのこと良いのですけれど)

 もちろん冗談。無理な話。なにせ、ここにいることは秘密なので。


 私の本名はヒメツル。以前は“最悪の魔女”でした。

 今の名前はスズラン。村の雑貨屋の一人娘です。


 現在、私は大陸東北部タキア王国の“ココノ村”で九歳児として生きています。身体はすっかり縮みましたが、顔は幼い頃のヒメツルそのまま。外見上の大きな変化は若返ったことを除くと髪が白くなったことくらい。

 今日は両親が不在のため一人で店番中。雑貨屋の看板娘“しっかり者のスズちゃん”の名は近隣の村々にまで知れ渡っており、たまに来るお客さんも私だけで店を営業している光景を見て驚いたりはしません。

 まあ中身は三十路に近い女ですもの、そりゃできますよ店番くらい。ご老人にえらいねなんて褒められたりすると、かえって複雑な気分になります。

 それで、どうして子供に戻ってしまったのかですが……あら、すいません。長い話ではないのですけれど語るのは後ほどにさせてください。このバタバタ騒々しい足音、今日も彼がやって来たようです。


「遊ぼう、スズ!」


 元気な声と共に飛び込んできたのは、私と、つまりは今のこの私と同い年の少年でした。こちらは純粋な九歳児。

 名前はモモハル。隣の宿屋の跡取り息子です。開きっぱなしのドアから吹き込んで来た風が白金色の髪を鳥の翼のように羽ばたかせました。瞳の色は若干薄い青色。私の瞳を海とするなら彼のそれは空ですね。見た通り快活で能天気なお子様。


 ──この村は都会の生活に憧れる若者が次々飛び出して行ってしまったため、十数年前から過疎と少子高齢化に悩まされております。子供は私と彼と彼の妹の三人以外に誰一人いません。

 必然、こうして頻繁に遊びに誘われてしまうわけです。


「お外は駄目よ。今日は一日店番なの」

「おじさんとおばさんは?」

「仕入れのためにトナリの街。だから店番してるんでしょ」

「じゃあ何して遊ぶ?」

 遊ぶことは彼の中では確定事項。いつものことです。こうなったら逃げられません。私は軽く嘆息しました。

 別に子供は嫌いじゃないです。でも私、さっきも言いましたけど本当ならもう三十路に近いわけで、この歳で鬼ごっこやかくれんぼに付き合わされるのは正直堪えます。体力的な問題ではなく精神的に。小さいお子様のいる親御さんならわかってもらえるのではないでしょうか? ちっとも飽きずに同じ遊びを繰り返すんですもの。

 とはいえ、だからといってこの子を放っておくとロクなことにならないのもまた動かしがたい事実。まったく“神”も腹立たしい真似をしてくれたものです。


 あ、実を言うと私、この村で子供として暮らしながら世界を守っています。

 冗談じゃありませんからね? 真面目に。私が頑張らないと、この世は簡単に滅亡してしまうのですよ。そりゃもうメッタメタに。


 とりあえず立ち上がった私は、今まで読んでいた本を商品棚に戻しました。一応これは売り物なのです。でも雑貨屋の娘の特権としてここにある本には自由に目を通していいと言われています。うちの両親は親馬鹿なので、むしろ私に読ませるため頻繁に書籍を入荷しているのかもしれません。

 あ、本って安いんですよ。三柱教の偉い人に無類の読書家がいまして、彼女が製紙業や出版社、さらには貧乏作家を支援しているのでコストが大幅に抑えられています。

 本棚から別の絵本を何冊か抜き出し、まとめてモモハルに渡しました。重いものを持つのは紳士の務め。彼も文句は言いません。日頃の教育の賜物。ちょっと嬉しくなった私は上機嫌で提案。

「好きな本を選んでいいわ、一緒に読みましょう。わからない字は教えてあげる」

「ぼく、この本がいいな!」

「これは駄目」

 商品棚から的確に私の物語を選び抜く彼。その手を取り、素早く奪取。別に意地悪でも正体が露見することを恐れているからでもありません。

 もっとまずいことが起きるのです。

「なんでだめなの?」

「それはその……情操教育に良くない」

「じょーそー?」

「なんでもありま……ないわ。ほら、今回はこれにしよう?」

 私は“はたらきネズミとナマケモノ”という絵本を手に取りました。内容はあらかじめ確認してあります。この毒にも薬にもならない平和な物語なら確実に面倒事を避けられるでしょう。

「どうせならノイチゴ(いもうと)ちゃんも呼んできなさい。昨日団体客が来てたから、おばさん達は仕事中でしょ? きっと退屈してるわ」

「わかった!」

 再び元気な声と共に駆け出していくモモハル。その背中を見送るうち頭の中がざわざわ騒がしくなってきました。

(またですの?)

 最近は起きてる間もこうですね。頭に浮かんでくるのは未だ明確な像を結ばない未来の断片的な情景。占いや予感と大差無いあやふやな予知。けれど、これが始まったこと自体また何か大変なことが起きるという報せ。


 わかりましたよ、任せなさいな。

 小さな魔女が請け負います。


「はぁ~……」

 今度は深いため息。しつこいですけど今の私、九歳ですよ? どうして九歳の子の肩に世界なんて重いものを預けるのでしょう? 神々の正気と良識を疑いますわ。

 ともかくこれは、そんな私、最悪の魔女の物語です。

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