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六章・最悪の魔女(4)

 何故? 何故? 何故? いつもより不明瞭な意識の中、ゲッケイの思考はその言葉で満たされた。全く歯が立たない。目的のものはすぐ目の前にあるのに八本もある腕のどれ一つとして届かない。

 馬鹿げている、なんだあの強固な障壁は、あの巨大さは──常人にも感知可能な密度で放出された魔力。単身で、なおかつ人の形を留めたままあの結界を維持し続ける小娘の力の底が見えない。想像を遥かに超えていた。完全に人の域から逸脱している。


 まさか、あれなのか? あれが自分の求めていたものなのか?


 浮上した可能性を検証すべく関連する記憶を洗い直す。八年前に読んだヒメツルの記憶。ついさっき読んだスズランの記憶。全てもう一度思い返してみる。彼女が結界に弾かれてからしばらく動かなくなったのは、それが理由だった。


 そして答えを見つけた。

 あれだ、あの瞬間に答えがあった。

 やはりそうだったのか。

 モモハルではない、スズランだ。

 あの娘こそ長年探し求めて来た答え。

 夢に到る扉の鍵だったのだ。


 ──七年と十一ヶ月前、この村で“神子(みこ)”が産まれた。予知夢で偶然その事実を知ったヒメツルはモモハルこそがそれだと考えた。

 間違いではない。たしかにあの少年は過去現在未来の全てを見通す眼神アルトラインの加護を受けている。あれも素晴らしい宝だ。必ず手に入れてみせる。


 だが、モモハルの役目は言わば“安全装置”だろう。もしくは“囮”だ。より危険な力の持ち主を隠蔽し、なおかつその暴走を防ぐために加護を与えられた抑止力。眼神アルトラインがヒメツルに言った“悪業を鎮める”とはそういう意味。


 あの日、あの時、この村で産まれた子供は二人いた。片方は偶然が重なり赤子に戻った十七歳の少女。それもまた一種の転生である。あの日“ヒメツル”は“スズラン”となり第二の人生が始まった。

 ゆえに、あの娘も予知が示す“神子”なのだ。ヒメツルの見た予知夢は間違っていない。単に解釈を誤っただけ。


 ゲッケイはスズランの深層意識の世界で見た。真実をすでに知っていた。迂闊にもあの場所で示された情報を見逃してしまっていた。奴は間違いなくアルトラインとは異なる神の力を受け継いでいる。

 それはおそらく、より上位の存在。


『ヨコ、セ……』


 彼女は前進する。

 二百と数十年夢見た答えを、今ここに得るために。


『オマエ、ヲ……オマエの、全てヲ……』


 スズラン。スズラン。スズラン。スズラン。スズラン。もうその目には一人の少女しか映っていない。クルクマに突き立てられた短剣の呪いが今なお彼女から理性を奪い続けている。

 醜く変質し肥大化した巨体を妄執だけが突き動かす。


『ギィィィィィィィィィィィィィィィィイイイイイィィィィィィィィィィィィイイイイイイィアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』


 一際高く絶叫すると、彼女は無数の糸を結界に向けて伸ばした。




 ゲッケイの伸ばした魔力の糸は結界に直接触れず、その周辺に広がり何かを捜すように動き始めました。

「まさか!?」

 私が相手の狙いを察したのと同時、糸の一本が四方に隠してある呪物の一つを探り当て、そこに残る全ての糸が殺到しました。

「まずい!」

 魔力の糸は障壁に阻まれ端から消滅していきます。でも相手は無数の糸を束ねて耐久力を上げると、強引に守りの中へ数本のそれをねじ込んで来ました。そしてそれらの先端が呪物に触れた次の瞬間、私達の目の前で障壁に無数の穴が生じたのです。

 やられた!!

「な、なんじゃ、穴が空いたぞ!?」

「このっ!!」

 意識を研ぎ澄まし、こちらも術の維持に注力。

≪術式を読み解き上書きしたか≫

「本当にあの蜘蛛、ゲッケイさんのようですわね!!」

 完全に解除される前に制御を取り戻すことはできましたが、すでに空いた穴を塞ぐことはできません。何かに邪魔されてその部分にだけ干渉できなくなっています。

「駄目、塞がらない!」

≪あの一瞬でプロテクトまでかけていったな≫

「わ、わわ、来るぞ!」

「構えろォ!!」

 ノコンさん達衛兵隊が正面に空いた一番大きな穴の前に陣取り、槍を構えます。けれど敵はそんなことなどお構いなしに頭を突っ込んできました。

 衝撃で吹き飛ばされる彼等。蜘蛛の頭には何本もの槍が突き刺さりましたが、全て勝手に抜け落ちてしまいます。傷が見る間に塞がっていくのです。

「再生能力!?」

≪聖実の魔女の力ダ。ゲッケイに肉体を乗っ取られた治癒魔法と拘束術の名手≫

「その方が今回の被害者ですか!」

 そんなやりとりをしながら右手を前に突き出す私。

「酔いどれマダムの千鳥足!」

 蜘蛛の口から吐き出された無数の糸を魔力を含む風の刃で吹き散らします。相変わらずあれに触れてはいけないと脳内で警鐘が鳴っているのです。

≪いいゾ、あの糸には絶対触れルな。魔力を封ジられ、下手をスれバ洗脳されル≫

「なにそれ、反則じゃないですの!?」

 何故、どうして、よりにもよってそんな凶悪な魔女が二代目ゲッケイに? 誰の不運が原因か知りたいもんですわ!!

「クソッ、立てお前ら! もう一度攻撃だ! 怯むな!」

 真っ先に立ち上がり仲間を鼓舞するノコンさん。

 でも、その言葉を聞いた私はかえって焦ります。

「駄目、下がってください!」

 あんな魔法がある以上、下手に近付けば彼等が人質にされかねない。

「それよりクルクマ──師匠を安全なところへ!」

「待てスズラン君! 上だっ!」

「え?」

 警告を受けて見上げると頭上に開いた別の穴から腕が一本入り込み、こちらへ向かって伸ばされていました。すでに目の前まで迫っています。

「わッ!?」

「──だあっ!!」

 咄嗟に屈んだ私の頭上でお父さまの振るった槍が腕に叩き付けられ、同時に滑り込んできた誰かが私を抱えてその場から救い出しました。腕は叩かれたことなど意に介さず私のいた空間を掴みましたが、そこにはもう誰もいません。

「って、え? ええっ!?」


 今度はこっちが驚かされます。

 私を抱えているのは母だったのです。


「お、お母さん、なんでここに!?」

「よかった……間に合った」

 安堵する母。さっき眠らせて馬車で送り出したはずなのに、どうしてもう戻ってしまいましたの?

「せいっ!!」

『ギィッ!?』

 再び私を狙って近付きつつあった腕をノコンさんの剣が切断します。ゲッケイは悲鳴を上げてそれを結界の外まで引き戻しました。

 しかし敵は諦めず、再び魔力糸を周囲に向かって放出し始めます。

≪チッ、さらに結界の穴を拡ゲようとしていルゾ。私ガ時間を稼グからなんとかしろ≫

 コオロギがそう言うと、村中からまた虫が集まって来て敵の頭部に群がりました。

『ギッ、ウギイイイイッ!?』


 集中を乱されたことで魔力糸が消失。

 同時に、母の平手が私の頬を打ちました。

 周囲に乾いた音が響き渡ります。


「え……?」

 一瞬、実母の記憶が脳裏をよぎりました。

 でも全然違う。養母は泣きながら私を叱りつけてくれます。

「馬鹿スズ! モモハル君から聞いたからね! なんで一人で戻ったりしたの!?」

 それから私の肩を掴んで言うのです。

「一緒にやればいいでしょ! 村を守りたいなら、それがしたかったんなら、そう言ってくれれば良かったのよ!」

「お母さん……」

「そうだよスズ。僕たちは家族なんだから、なんだって一緒にやろう」

「おいおい、オレも必要だろ。見たろ、カズラのへっぴり腰じゃ傷一つ付かなかった」

「私たちも手伝うわスズちゃん。うちにとってもあなたは家族だもの。なんせ私の母乳で育ったんだからね」

「わたしもてつだうっ!」

 お父さま、おじさま、おばさま、ノイチゴちゃん……他にも村の人達が次々に私の周囲に集まって来ます。

「そうじゃ、スズちゃんだけにやらせはせんぞ」

「ワシらも家族じゃ」

「お前さんは、アタシらみんなの孫だよ」

「ワシにとっちゃひ孫かね、ひゃひゃひゃひゃ」

「だって!」

 得意げな顔で私の正面に立つモモハル。

 この子はまったく……。

「みんなを守ってって、言ったでしょ?」

「うん、だからみんなで帰ってきた!」


 なるほど、この子はそう解釈したわけですね。

 だから“神の加護”で眠りの魔法を解いた。

 みんなの力でみんなを守る、そのために。


「いっしょにやろう」

「そうね」

 モモハルが差し出した右手を左手で握り、共に敵を正面から見据えます。たしかに私は馬鹿でした。彼等の言う通り大馬鹿です。

 そうです。このままでは、せっかくの準備が無駄になるところでした。ニヤッと邪悪な笑みを浮かべます。


 さあ、ここからが“最悪の魔女”の真骨頂でしてよ!


「モモハル、さっき言ったでしょ、私は“悪い魔女”だって」

「うん?」

「見せてあげるわ、私がどんなに悪いのか」

「な、なんだ、スズちゃんが……」

「光っとる!?」

「あれ? なんかワシらまで」

「クロマツさん、アンタの手ぬぐい光っとるぞ!?」

「ウメさん、そういうあんたもポケットが!!」

「隊長、我々の剣も!」

「鎧まで!」

「なんだ、なんだこれはスズラン君!?」

「これが──」

 私は全身から魔力を放出しつつ答えました。手を繋いでいるモモハルの服が特に力強く輝いています。それもそのはず、この子の着ている服は全身当店オリジナルブランドの夏服コーディネート!


「これが私の“悪だくみ”ですっ!!」


 次の瞬間、全住民が強烈な輝きに包まれました。




「はは、は……すごいや」

「クルクマさん、目が覚めたの!?」

 そうではない。彼女はずっと起きていた。正体を隠すためコオロギを操り、他人のフリをしながらスズラン達を支援していた。けれど、どうしても自分の目でスズランが成したことを見たくなって目を開いたのだ。

 クルクマは思うさまその光景を記憶に焼き付けた。スズラン達が力を合わせてゲッケイと戦っている。村の住民全員が金色の輝きを放ち、彼女と共闘している。

 魔力糸が近付こうとすると、その光が弾き返した。八本の腕が結界を抜け迫って来ても衛兵達の剣が切断し、住民達への接近を防ぐ。魔法が放たれたならスズランが魔力障壁を展開して皆をまとめて守った。

 互角に戦っている。文字通り怪物と化したゲッケイに、彼等は一丸となって立ち向かうことで対抗している。普通の人々がスズランの力の一部を借り、世界最凶の魔女を相手に堂々渡り合っている。

(ああ……すごい、すごいな、スズちゃんは)

 眩しくて、切なくて、穢れ切っている自分がみじめに思えた。

 クルクマを守りながら治療を施しているのはカタバミとレンゲ。彼女達の服も、すぐ横で見守っているノイチゴも、どこかしらが同じ輝きを放っていた。クルクマは知っている。それこそがしばらく前からスズランの進めていた三つの計画の一部だと。


 一つは村全体を守る大結界の構築。スズランの膨大な魔力を使って発動する魔法なので自動的に脅威を防いでくれるわけではない。けれど一度展開してしまえば彼女からの魔力供給が行われている限り大抵の敵は侵入できなくなる。流石に師には破られたが。


 二つ目は住民を個々に守る護符の配布。ただし、そうだと知られないようにスズランのデザインしたオリジナルブランドの衣類や装飾品に機能を付与して販売した。これも彼女の魔力を受けた時にのみ真価が発揮される。


 そして三つ目は──この光景を見ればわかる、とっくに成功しているのだと。

「やったね、スズちゃん。でもさ、できれば……あーしも」

「クルクマさん!? まだ起き上がっちゃ駄目よ!」

「いいんです、私も、私だって」

 そうだ、この身はもうズタズタだけど、脳はまだ無事。脳さえ動けば戦える。何故なら自分は“災呈(さいてい)”だから。こんな汚い自分でも、今この時だけなら輝ける。

「私だって一緒に、戦いたいんですよ!」


 彼女の招集に応じて虫達が集まって来る。もはや残り少ないが、それでも健気に命令に応える。

 だが足りない。もっと、もっと、もっともっともっともっと集まって来い。小さな命よ、この身に利用される哀れな者どもよ。この肉体が朽ち果てようと、我が儚い魔力が尽きるまでは黙って命に従い続けろ。私がお前らの女王なのだ。


 さあ、あの巨大な獣に一矢報いろ!

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