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六章・最悪の魔女(3)

「あ、あいつ、今度は直接来る気だ!!」

 怒り狂った怪物が岩針を粉砕し、今度は自ら突進してきました。それにいちはやく気が付いた衛兵さんの警告。けれど父はそれどころでなく、私の肩を掴んでガクガク揺さぶります。

「スズ、なんでここにいるんだ!? カタバミ達はどうした!?」

「お、お、お、お母さんたちは、トナリに、行ったよ」

「君を置いて!? そんな馬鹿なこと──」

「言ってる場合じゃねえぞ! 早くスズちゃん連れて逃げろ!」

 サザンカおじさまが私達を逃がそうとしてくれましたが、時すでに遅し。蜘蛛の怪物は炎の壁を突き破って今まさに皆に襲いかかるところでした。


 ま、心配いりません。


「大丈夫、ちゃんと備えはしておいた」

「へっ?」

 ドガン! という轟音と共に突進してきた怪物が光の壁にぶち当たって弾き返されます。巨体が一回転して地面はグラグラ揺れました。

「は……?」

 またしても何が起きたかわからず呆気に取られる一同。その間をすり抜けて私は最前列へ進み出ます。

 腕組みして仁王立ち。大胆不敵に言い放つのです。


「残念だけど、この村には入れないよ」


「スズちゃん……?」

「この村の周りには結界を張ってあるの。ずっと準備して来たんだ、いつかこういう日が来るかもって思ってたから」

 そうです、まさにあのような怪物が現れた場合に備え、私はずっと三つの計画を進めて来ました。モモハルが“ゆうしゃサボテンのだいぼうけん”を読んでしまい、魔王役の私が勇者役の彼に退治される悪夢を見た、屈辱の夜以来!


『キィィィィィィィィィィィィィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイッ!!』


 ヒステリックな声を上げて再び結界に取り付く怪物。その八本の腕で次々魔法を放って魔力障壁の耐久力を削り始めました。なるほど大したものですね。もう私の自慢の結界にヒビが入り始めていますよ。

 でも──


「私がいる限り、この村には入らせない!」


 両手を高く掲げる私。その手の平から普通の人にも見えるほど高密度に圧縮された魔力の束が放出され結界に吸い込まれました。村の周囲、四方にこっそり配置した呪物が注ぎ込まれた魔力に反応して四色の輝きを放ちます。青、藍、橙、緑の四色。それが絡み合いながら結界の表面を走り、弧を描く。

「どこのどなたか存じませんが、魔力比べなら負けません!」

『グギィッ!?』

 強化された障壁はより強固に、より分厚くなって巨体を空中に弾き飛ばしました。敵は再び一回転。轟音が響き渡ります。

 ふふん、魔力の強さなら私は大陸一です。ひょっとしたら世界一かも?

「すげえ……」

「な、なんで、どうしてスズが魔法を……」

「うっ」

 呆気に取られるおじさまと、オロオロしているお父さま。久しぶりで調子に乗りすぎたかもしれないと得意気な顔のまま固まる私。無数の視線が背に突き刺さって来ます。衛兵の皆さんはともかく、村の人達は何故だか魔女嫌いなんですよね。今後白い目で見られてしまうかも。

 なんてことを危惧していたら、どこからか飛んできた小さな虫が私の肩に留まりました。そして、


≪その疑問には私ガ答えよウ≫


 いきなり言葉を発しました。

「ひえっ!?」

「む、虫が喋った!?」

 私の登場時と同じくらい驚く皆。半透明でやけに翅の枚数が多いコオロギに似た奇妙な虫は、多数の翅をこすり合わせて音を合成し“人語”を奏でます。


≪はジめまして、魔女クルクマの弟子スズラン。私は君の師匠に雇われたものダ≫


「えっ、魔女!? クルクマさんが!?」

「いやまあ、やけに若い商人さんだから薄々そんな気はしとったが……」

 クルクマの正体に驚く村の人々。ただし、お父さまだけは例外。

「スズ……いったい、いつのまに弟子入りなんて……」

 我が家が経営する雑貨屋ではクルクマからも商品を仕入れており、さらに私がいるものですので彼女との付き合いは他の皆より深い。しかも彼女は三年前、初めてここに来た時点で“スズランの実母の友人”という設定になってしまいました。だから父と母にだけは自分が魔女であることを打ち明けていたのです。公言すると、この魔女嫌いの村では商売できなくなってしまうかもしれないので黙っていて欲しいと頼まれ、今まで二人ともその秘密を守ってくれていましたが。

 謎のコオロギは周囲の注目を集め、再び羽をすり合わせます。


≪スまんガ結界を一部解除してクれ。君達に届け物ガあル≫


「届け物?」

 首を傾げた私がコンコンという音を聴いてそちらを見ると、黒い塊が行儀良く結界の外で待機していました。あれは先程の黒い津波の一部?

「あ、そうだスズラン君! さっきその虫達は村を守ってくれた! たしかに敵ではないのだと思う!」

「でしたね」

 ノコンさんの言葉に小さく頷く私。あの場面は後ろから見ていました。

「そういうことなら」

 結界の一部に入口を開く私。あれだけで信用はできませんが、嘘だったならこの虫達も巨大蜘蛛と一緒にぶっとばすだけです。


 ──それに“クルクマの弟子”という設定は魔法を使わなければならなくなった状況を想定して予め彼女と話し合い、決めておいたもの。それを知っているということは少なくとも彼女の知人だという話は本当だと思われます。


 虫達を招き入れると、彼等は地面に何かを置いてすぐに散って行きました。

 一方、彼等の“届け物”を見た私は目を見開いて駆け寄ります。

「クルクマ!?」

≪救出しておいたゾ≫

「あ、ありがとう!」

 コオロギに感謝しながら倒れている彼女の状態を確認しました。何があったのかわかりませんが酷い怪我です。呼吸こそしているものの、これで生きているのが不思議なくらいの重傷。

「スズ……ちゃん……」

「喋らなくていいですわ! 今、治癒魔法を──」

「さっき、は……ごめん……」

「いいから! わかってますから!」

 あの精神世界の戦いで把握しました。元々持っていたのか、それとも転生後に獲得した能力かわかりませんが、今のゲッケイは他者の精神に潜り込んで乗っ取ることができるのだと。転生術式とは別の方法で生まれ変わろうと研究していた術かもしれません。

「操られていたんでしょう? 知ってますから、気にしません!」

「う、ん……」

 クルクマは安らかな表情で瞼を閉じてしまいました。一瞬背筋が凍りましたが、どうも気絶しただけのようです。安心して息を吐く私。

 って、まだ楽観できませんわ。

「おい、誰か包帯と薬を持ってこい! お湯もだ! 清潔な布もありったけ!!」

 ノコンさんが素早く指示を出してくれます。私も父に頼みました。

「お父さん、前にクルクマさんが“緊急用”って言って置いて行った薬! 今すぐ取って来て!!」

「わ、わかった! あのオレンジ色の軟膏だね!?」

「そう!」

 父は走って家まで駆け戻りました。待っている間に私は改めて怪我の状態を確認します。治癒魔法は初級しか覚えていません。それでも止血くらいの役には立つでしょう。ただし、その前にまず体中についている泥を落とす必要があります。でないと傷口が塞がった時に一緒に体内へ取り込まれてしまう。人体は侵入した異物に対し過剰に反応してしまうことがあるので下手をしたらかえって悪化させてしまいますわ。

(調整が難しいから、苦手なんですけど……)

 気の急いた私は水を作り出す呪文を唱え始めました。私の魔力で出力調整を間違えると洪水になってしまうかもしれません。必死に意識を研ぎ澄ませます。

 そんな私をコオロギが止めました。

≪待て、今は彼女の治療より次の攻撃に備えろ。奴ガまた来ルゾ≫

「わかってます! でも、このままじゃクルクマが!!」

「だ、大丈夫じゃねえか助っ人さん? スズちゃんの魔法のおかげで奴さん村には入って来れねえみたいだぜ。観念したのか、さっきからちっとも動かねえしよ」

 おじさまの言葉に、しかしコオロギは短い沈黙の後、答えました。


≪いや、来た≫


 その言葉通り、二度結界に弾かれてから今までジッと固まっていた怪物が急に無数の糸を伸ばし始めます。背中の人型肉腫と口から大量に吐き出されたそれは村を覆う巨大結界に沿って左右に展開。何をするつもりでしょう?

(待って……糸?)

 精神世界での出来事を思い出した私の中にとてつもなく嫌な予感が生じました。絶対にあれに触れてはいけない。そんな気がするのです。

「まさか、あいつ……」

 何故あんな怪物が現れたのか、今までわかっていませんでした。私はここにゲッケイが来ると思って戻って来たのですから。モモハルの能力で実体化した魔物だとすると造形が不気味すぎますし。あの子ならもっとラクガキみたいなものを生み出すでしょう。

 でも、そういうことなんですね? 表情から察したのか、助っ人さんが私の想像を肯定します。


≪そウダ、あれガ“才害の魔女”ダ≫

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