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五章・ゆうしゃモモハル(1)

「きゅうじゅ……っ、はち、きゅうじゅっ……きゅう、ひゃっ……く!」

 言われた通りの回数、木剣での素振りをこなしたモモハルはヘトヘトになってその場に座り込んだ。全身汗だくだし体中が痛い。

「よし、今日も良く頑張ったなモモハル君!」

 ノコンはそう称え、彼の頭をガシガシ撫でる。女の子やおとなしい子が相手ならこんなに荒っぽくはしない。これは彼が目の前の少年を強い男と認めた証。

「日に日に素振りが上達しているぞ! 君は素直にこちらの教えを聞いてくれるから鍛え甲斐がある! だが、この程度で満足しては駄目だ。君の目標のためには、もっともっと努力を積み重ねることが重要だからな!」

「じゅうようって、何?」

「大事ということだよ!」

「だいじ……」


 少し考え込んでから、ハッと顔を上げるモモハル。


「じゃあ、スズもじゅうよう?」

「うむ、まさしく」

 この子にとっては真理だと、ノコンは数日前の出来事を思い出した。彼が急に「剣術を習いたい」と衛兵隊の詰所まで来た時のことをだ。


「何故剣を学びたいのだね?」

 そう問うた彼に、

「みんなを守れるゆうしゃになる!」

 こう少年は答えた。

 よって弟子入りを認めた。


(この若さにして、すでに私と同じ信念を抱いている。衛兵魂を持っている)

 未来有望な若者を教え導くのも先達の務め。幼いながらも人々を守りたいと願う少年の純粋で気高い心に、彼はすっかり惚れ込んだ。

「さて、そろそろ戻るか」

「はいっ!!」

「良い敬礼だ!!」

 二人が村まで戻ると、すでに正午を過ぎていた。少しばかり指導に熱が入りすぎたかもしれない。遅くなったことをご両親に謝らないと。

「よし、今日は君の家で食べよう」

「先生、うちに来るの?」

「君のお父さんが作る料理は絶品だからな。特にほらなんといったか、君のおじいさんが作った名物料理の、あの茶色い……」

「カウレ?」

「そうだ、カウレだ。あの刺激的な香りと味わい、米との絶妙な調和。一度食べたらやみつきになって忘れられん」

 名前は忘れてしまっていたが。

(なにせ他の場所には無い料理だからな。けっして年齢のせいではない)

 自分はまだ三十代の半ば。記憶力が低下するような歳ではない。

 ……はず。

「おいしいよね」

「ああ、思い出したらどんどん腹が減って来たぞ。さあ行こう」

「うんっ」

 連れ立ってモモハルの両親が経営する宿へ。一階の酒場を兼ねた食堂には少し遅い時間帯の今も数人の客がいた。今日は村民ばかり。宿泊客はいないらしい。

「あ、おかえりなさい」

 ご婦人方と世間話をしていたモモハルの母レンゲが立ち上がる。同世代だったはずだが、溌溂としていて自分より十歳は若く見える美女だ。

「ただいまっ」

「少々遅くなりました、申し訳ない」

「いえいえ、この子のわがままに付き合ってくださって感謝しています。今日はこちらでお昼を?」

「はい、カウレを一つ」

「ぼくも!」

「わかりました。あなた、カウレ二つ!」

「おう! ノコンさんのは大盛りにしますよ!」

「なんと、これはありがたい」

 かくして席についたノコンはモモハルと共に絶品のカウレを味わった。この料理は注文してから提供されるまでが早いのも特長。衛兵としての職務になるべく時間を割きたい彼には、そこもまた好ましい。

(うむ、これだ。本来固いスジ肉が口の中でほろほろとほどけ、溶ける。大きく切られた野菜が舌の上で転がり心地良い。鼻腔を抜ける刺激的な香りもたまらん。とろみをつけたスープのような食感なのに、ほどよい辛みのおかげで気が引き締められ、午後からも職務に励もうという気分にさせてくれる)


 この料理に出会えただけでも、ここに派遣されてきた甲斐があるというもの。


「いやあ、美味いなあモモハル君。おや? おおっと」

 モモハルはスプーンを握ったまま舟をこいでいた。危うくカウレの上に倒れ込みそうになったので慌てて手を伸ばし受け止める。

「あらら、この子ったらまた食事中に寝て」

「また?」

「最近いつもこうなんです。午前中で体力使い果たしちゃうのね。おかげでスズちゃんのところに遊びに行けなくて、夜になってから会いたいとか言って泣くんですよ」

「むうっ、それは……」

 なんたること。ノコンは反省した。あまりに素直な弟子だから彼も少しばかり張り切りすぎていた。

(子供は友達と遊ぶのが本分。そうやって他者との接し方を学んでいくもの。明日からはもう少し練習量を減らし、早目に切り上げさせよう)

 だが今はとりあえず食事。彼は食事中の睡眠など許さない。

「モモハル君、起きたまえ。疲れているのはわかるが食事を途中で投げ出してはいかん」

「……」

「モモハル君」

「ッ!」


 突然、モモハルは大きく目を見開いた。

 そして椅子から飛び降りる。


「なんだ、どうした?」

 ただならぬ様子。

 怖い夢でも見たのだろうかと訝っていると、彼はそのまま走り出す。

「あとで食べる!」

「お、おいモモハル君、待ちなさい!!」

 ノコンは立ち上がろうとして、しかし自分の皿にもまだカウレが残っていることを思い出す。

「くっ……!!」

 彼は律儀に大盛りのそれを、急いで、なおかつ味わって食べた。




「はっ……はっ……」

 よくわからない。変な夢を見た気もする。急に不安になって目覚めたモモハルは家から飛び出し、隣の雑貨屋の裏手へ回った。

「スズ!」

 嫌な感じがする。裏口からスズランたち親子の居住スペースへ。探していた彼女はすぐ目の前にいた。

「あっ、モモハル!」

 ちょっと嬉しそう。ミシンの前に座っている。お店で売る服を作っていたらしい。下のペダルに足が届かないので、彼女は箱を置いて使う。

「あら、モモくん。久しぶりねえ」

「こんにちは、おばさん」

「はい、こんにちは。もうお昼食べた?」

「うん」

 なんだろう? やっぱりよくわからない。おばさんはいつも通りだ。スズもいつも通り。気になってお店の方にも顔を出してみる。

「やあ、モモハルくん」

 おじさんもいつもと変わらない。別におかしなことは何も起きていない。

 首を傾げる。さっきはたしかに、すぐに行かなくちゃと思った。でも、どうしてそんなことを思ったのかが思い出せない。夢の記憶はすぐに薄れる。

「これが終わったら何かして遊ぶ?」

「うん」

 スズはお針子が楽しそうだ。自分の作った服を村の人たちが着てくれるのは嬉しいって前に言ってた。だからモモハルは邪魔しないよう横に座ってその作業が終わるのを静かに待つ。

 隣にいられればいい。おとうさんもおかあさんも大好きだ。妹のノイチゴもかわいくてしかたない。先生から剣を教えてもらうのもおもしろい。


 それでも、スズと一緒が一番楽しい。


「最近どこ行ってたのよ?」

「えっと……」

 それはまだ秘密にしておきたかった。知らないうちに強くなって彼女を驚かせたいから。ほめてもらいたいけど、もう少し我慢する。

「ひみつ」

「なんでよ、まったく」

 スズは苦笑した。強引に聞き出そうとは思っていないみたい。やっぱりいつもの彼女で、おかしなところなんか一つも無い。

 窓から差し込む光が彼女の白い髪を虹色に輝かせる。肩口まで伸びたその長い髪が風にそよいで揺れた。きれいだなあと毎日思う。

 でも──


 でも、モモハルは気が付いた。


「……」

「ちょっ、どうしたのよ?」

 急に顔を近づけたせいでスズランが慌てる。ちょっぴり頬が赤い。その顔も表情も声も全ていつものまま。


 だけど、ちがう。


「ちがう……スズじゃない」

 モモハルの目には普通は見えないものが映る。彼自身にはまだそれが他人と異なる能力だという自覚が無いが、たしかにその力はある。

 彼には“光る生き物”が見える。それは実は全ての人間の周囲にいる。そして人により近くにいる生き物の姿形が異なる。

「えっ?」

「スズを返して」

 彼女の周りにはいつも蝶がいる。すごくきれいな青い蝶。

 今もその蝶はいる。でも別の何かが混ざっている。

 黒くて小さくて毒々しい一匹の蜘蛛が首の後ろに張り付いていた。

「モモくん?」

「モモハル、あなたいったい何を言って──」

 両手で華奢な肩を掴む。こちらに振り向かせ困惑する青い瞳を正面から覗き込む。


「おばあちゃん」

「!?」

「スズを返して!」


 次の瞬間、彼の体は強烈な光を放った。

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