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四章・眠れる檻の魔女(3)

 時は流れ、七月になりました。

「スズ、それじゃあ店番頼んだわね」

「夕方には戻るよ」

 両親はそう言って仕入れのために出かけてしまい、私は一人ぼんやりと店番中。そこへ見慣れた顔が訪れます。

「スズちゃん、お~い、スズちゃんや」

 カニ獲り名人クロマツさんが呼ぶ声。でも心ここにあらずだったため若干反応が遅れてしまいました。

「え? あっ、ごめんなさいクロマツさん」

「寝不足かい? 子供はちゃんと寝なきゃいかんよ、大きくなれん」

「ううん、ちょっと変な夢を見ただけ。ちゃんと寝てるよ」

 実際、早く大きくなりたいので睡眠時間は毎日しっかり確保しています。

「ありゃま、今夜は良い夢だといいね。ところでこの帽子とこっちの帽子、スズちゃんの見立てならどっちがワシに似合うかの?」

「うーん、やっぱりそっちの焦げ茶の方が渋くていい感じ」

「そうかそうか、じゃあこいつを貰おう」

「ありがとうございます」

 代金を支払ったクロマツさんは、そのまま買った帽子を被って上機嫌で店から出て行きました。店内には他にも何人か商品を品定めしているお客さんの姿。最近は割とこの店も盛況です。

 理由の一つは私が始めた新事業、当店オリジナルブランドの衣類・装飾品の販売。自分でデザインした服を母に習ったミシンで縫製し、試しに売ってみたのです。すると購入者の皆様からこのような喜びの声が。


『スズちゃんの作った服は軽くて着心地がええ。そのおかげか、最近は腰の調子も良くて、また畑仕事に精を出せとる。まだまだ若い連中には負けん』

『あの歳でこんなハイカラな服を作るとは、流石は都会帰りの夫婦の娘。これでワシらもシテーボーイじゃの。あと、これ履いとると不思議と膝がスムーズに動きよる』

『光ったんじゃ! 嘘じゃない! あの子の作った手ぬぐいを巻いてカニ獲りをしとった時に、熊と出くわして腰抜かしたが、ぺかーっと手ぬぐいが光りおった! おかげで熊のやつ驚いて逃げていったんじゃ』


 などなど。そのような評判が広まった結果、注文が殺到。最近では私一人だと間に合わないので、村中のお手透きのおばあさまがたの手も借りて対応しています。別に縫うのは私でなくてもいいのです。縫うのは。

(ふふふ……服だけでなくアクセサリーもけっこう売れてますわ。すでに第三計画はおおむね達成。第二計画の進捗も順調……もうすぐこの村全体を)

「スズラン君、スズラン君」

「ハッ!?」

 いけないいけない、今度は悪巧みしていたせいで反応が遅れてしまいましたわ。しかも相手が相手なので慌てて笑顔を繕います。

「こ、こんにちはノコンさん」

「うむ、こんにちは」

 子供相手とは思えない厳めしい表情で頷く男性。軽装鎧に長剣を佩いており黒髪黒目で顔には斜めの刀傷。お名前はノコンさん。この辺り一帯を治めるご領主様から派遣されて村を守って下さっている衛兵隊の隊長さんです。別の衛兵さんに聞いたところ、隊内での通称は“オニカタ”──鬼な上に堅物の略なのだとか。

「えっと、今日も見回り中ですか?」

「うむ。その途中で少しばかり用があって立ち寄らせてもらった」

 この方、生真面目を絵に描いたような性格で、この平和な村で毎日朝昼晩と村内を巡回しては困ってる人がいないか、何か異常が無いかなどを点検しておいでです。もちろん他の仕事もキッチリこなした上でのこと。いつ休んでるんでしょうね?

「ご用と言うと、何かお探しですか?」

「いや、そうではない。注意喚起と頼み事だ」

 ノコンさんの説明によると、最近他の地方から凶悪な山賊達が流れて来た可能性があるのだそうです。

「なので、もし怪しい人間がいたら真っ先に我々に報せて欲しい。ここと隣の宿屋は村内でも特に外部の人間の出入りが多い場所だからな」

「なるほど……わかりました、注意しておきます」

「ありがとう。よろしく頼む」

「あ、待って下さい」

 帰ろうとする彼を呼び止め、今しがた思い出したことを伝えます。数日前、クルクマが妙に気にしていた男性のことです。彼女があんな態度を取った以上、何かあるような気がしました。

 後からお隣さんに聞いた話では、あのお客さん、夜になっても戻らず、朝になってから客室を覗くといつの間にか荷物が無くなっていて、宿代と共に“急用につき帰ります”と置き手紙を残してあったそうです。怪しさ満点ですわ。

「その話は私も聞いた。クルクマさんというと、ここにもよく出入りしている商人の?」

「はい」

「そうか、わかった。旅慣れた人間なら危険人物を見分けることにも慣れているだろうし、我々もそのような男がいないか注意しておく」

「お願いします。でも、やっぱりただの旅行者だったかもしれませんよ? うちで買っていった品物も別に怪しくはありませんでしたし」

「普通の人間だったなら、それはそれで構わん。結局のところ何事も無いのが一番良いのだからな。我々衛兵は万が一に備えるだけだよ」

「それもそうですね」

 たしかに平和がこのまま続くなら、それに越したことはありません。

 直後、ノコンさんもハッと何かに気が付きました。

「そういえば私も一つ伝え忘れていた。さっきツゲさんに会ったら暇な時でいいから来てくれと言っていたぞ」

「あ、わかりました」

「君は鍛冶屋でも何かやっているのか?」

 訝るノコンさん。たしかに普通の子供は鍛冶屋になんて出入りしませんよね。ましてや女の子なら、なおさらに。

 私は普通じゃありませんけど。

「えっと、お祈りみたいなことをしています」

「ふむ……そういえば聖騎士団の甲冑にも乙女が祈りを捧げて神の祝福を授かっていると聞いたことがある。そういう儀式かな?」

 違いますが、そういうことにしておきましょう。

「そうです。ツゲさんは結構信心深いところがあって、たまにお手伝いを。この村で女の子は私とノイチゴちゃんだけですから」

「なるほど、我々のこの鎧も武器も最近彼のところで新調した物だが、確かに素晴らしい出来栄えだと喜んでいたところだ。そういうことなら君にも感謝しておこう。剣は切れ味鋭く、個々人のクセに合わせて重心の配分まで調整されていて非常に扱いやすい。甲冑も軽く、関節の動きを妨げないよう様々な工夫が施されている。しかも両方驚くほど頑丈だ。これほどの腕を持つ名工が何故王都でなくこの小さな村にいるのやら……いや、もちろんここは良い村なのだがね」

 たしかツゲさんの家は、何代か前のご先祖様が移住して来て以来、ずっとこの村の住人だったはずですわ。私と同じで単純に居心地が良いのかもしれませんね。

「あはは、ところで、どうしてまとめて新調を?」

「それが、先日から何者かの手で武具を傷付けられる事件が多発していてな。機能面では問題無いのだが、あまりに見栄えが悪く、公務で使うには躊躇われる。そのため仕方なく……まったく、理由が理由だから予算も申請し辛かったよ」

「そんな悪い人がこの村にいるんですか?」

「おそらく部下の中の誰かだろう。我々以外は立ち入れない場所での話だしな。日頃から訓練が厳しいなどと不満を漏らしている輩が何人かいる。犯人を突き止められた時は通常の三倍の訓練を課してやるつもりだ」

 静かに怒りを燃やすノコンさん。オニカタと呼ばれるこの方の過酷な訓練を通常の三倍だなんて、想像するだに恐ろしい話です。

(もし誰かに濡れ衣が着せられたら、すみません)


 はい、犯人は私です。


「おっと、長居してしまった。すまなかったね邪魔をして。あ、ついでだからこの菓子をもらっていこう。代金はこれでいいかな?」

「はい、ちょうどありますね。ありがとうございます」

「ではまた」

 片手を上げながら出て行くノコンさん。その背中を見送り、気配が完全に遠ざかるのを確かめてからスゥッと目を細めます。


 計算通り、ですわ。


(計画は滞りなく進んでいる。もうすぐ、もうすぐです。後少しでこの村は生まれ変わることになるのです!!)

「うふふふふふ……」

「スズちゃんは、時々妙に悪そうな顔をするのう」

「ええじゃないか、それもまためんこい」




 それから数日後、久しぶりにクルクマがやって来ました。たしか南の方で大事な取引に臨むと言っていましたが、上手くいったのでしょうか?

「スズちゃん一人? 珍しいね」

「あら、クルクマ」

 私はうず高く積み上げられた藁の陰から、ひょっこり顔を出します。

「よく、ここにいるのがわかりましたね」

 一応、隠れていたのです。

「スカートの裾、はみ出してたよ」

「なるほど、私もまだまだ精進が足りませんわ」

「かくれんぼでもしてんの?」

「いえ……」

 先程までこっそり見ていた方向を再び見やり、小さく嘆息する私。

「また逃がしましたわ」

「鬼ごっこ?」

「そうではありません、モモハルを尾行していたのです」

「なんでまた? あの子なら放っといても遊びに来るでしょ」

「それが来ないのです」

 そう、ここ最近何故かモモハルが遊びに来なくなったのです。それどころかこちらから出向いても姿がありません。

「なるほど、それは異常事態だ……」

 わかってますわねクルクマ。そうです、あの子がこんなに長く私に会いに来ないなんて明らかにおかしいのです。

「どうもあの子、毎日どこかに出かけているようなのですが、おじさまもおばさまも行き先を教えてくれません。それなら自分で尾けて突き止めようと思った次第です」

「で、失敗したと」

「うぐっ……」

 そうです、毎回必ず邪魔が入って見失ってしまいます。それが今日はクルクマでした。

「それってさ、あの子の能力が発動してるんじゃない?」

「えっ? でも、だとすると……」

「そう、見られたくないことなんだよ。だったら今は放っといてあげたら?」

「……」


 たしかにモモハルも八歳間近。そろそろ男女の違いについて意識し始める年頃でしょう。子供の多い街でなら男の子同士だけで遊ぶようになるのかもしれません。そういう理由で避けているのだとすれば、今は無理に触れない方がいいかも──


「って、そんなわけねーですわ!」

 普通の子供ならともかく、あれはモモハルです。あのモモハルなのです。思春期程度で私を避けるはずありません。そもそも男女がどうのこうの悩んでいたとしてもうちの村に他の子供は私とノイチゴちゃんのみ。どう足掻いても男女比一対二。あの子にはそのへん割り切ってもらうしかありませんわ。

「第一、こっちはモモハルが何かやらかさないか心配で心配で仕方ないんです。このままだとあの子の力でこの世が魔界化しますわよ」

「そんな大げさな」

「大げさではありません。とにかく、こうなったらもう意地でもあの馬鹿を見つけ出してやりますわ。暇ならちょっと手伝いなさい」

「えぇ……? まあ、いいけどさ」


 ──それから私は村中を探して回りました。けれどもやっぱりモモハルの姿は見つかりません。逆方向から回って来たクルクマも合流して頭を振ります。


「駄目だ、見つかんないや」

「これだけ探していないとなると、村の外かもしれません」

「ええっ、危ないなあ。でも、あの子だけでそんなことするかな?」

「たしかにそこまで無茶はしないと思いますが……って、待って下さい。なら大人が一緒だという可能性も……? あっ」

 あることを思い出す私。そうです、あの時どうしてあの人は急にお菓子なんか買ったのでしょう? 普段あんなもの買わない人ですのに。

「もしかして!」

 クルクマの手を引き、走り出します。

「わっ、ちょっ、どうしたの急に?」

「いいから来て! 私一人で村を出たら怒られるでしょ!」

「おー、スズちゃんにクルクマさん、お出かけかの?」

「ちょっとそこまで! いってきます!」

 やがて私達は村を出て、そこからすぐ左に曲がり、細い林道へ入りました。たしかこの先にあるはずです。

「どういうこと? この辺りってたしか」

「そうです、衛兵隊が訓練する広場があります!」

 そこにモモハルはいるはず。私はそう推理しました。

 何故ならば、

「あの子は勇者に──な、っり……?」


 何かがチクリと足に刺さった。

 そう思った直後、私の意識は急速に遠ざかり始めました。


「ごめんねスズちゃん。ここなら誰にも見られないし、ちょうど良かったんだ」

「クル、ク……」

 瞼が重くて開けてられません。閉ざしてしまう寸前、眠りに落ちる私の瞳に映ったものはクルクマの首筋から伸びる一本の細い糸でした。

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