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序章・行方知れずの魔女(2)

 けれど、それでも彼等は屈しませんでした。心身共に疲れ果ててしまったものの闘志は健在で誰一人弱音を吐かず、再び武器を手に取り立ち上がります。

 聖騎士とは戒律を厳守し、厳しい修行を重ね、鋼の信仰心と神の信頼を得た人間だけがなれるもの。いかなる逆境も彼等にとっては母なる神の与えた試練。けっして挫けず常に乗り越えることを考える。そういう人種なのです。

 薬が抜け、冷静になった彼等はボロボロの姿で街道へ戻りました。そしてすぐ落とし穴に落ちた仲間と馬を救出すると、何人かを伝令に走らせ近くの街や村に街道が危険な状態であることを警告。残りの面々は先へ進み、休息のため最寄りの村を探し始めます。

 ほどなくして小さな集落を発見。街道沿いの割に人が少なく寂れた寒村。それでも村は村です。この状態で野宿するよりはマシだと判断し代表者の家へ。


「我々は現在、かの“最悪の魔女”を討伐すべく行動している。派手にやられてかなりの損害を被った。一晩か二晩でいい、この村で休ませていただきたい」

「おお、聖騎士の皆様にお力添えできるとなれば信者として大変な誉れ。ゆっくりお体を休めていってください」

「どうぞどうぞ、すぐに皆様の寝床を整え、食事もお出ししますので」


 村長は二つ返事で承服し、村人達も快く協力を申し出てくれました。

 あっという間に全ての家屋が宿として開放され、質素ながら食事まで振る舞われます。

 腹がくちて笑顔になった騎士達に対し、村長はさらに打ち身や切り傷に効くという秘伝の塗り薬まで供出。


「このあたりでは評判の薬でしてね、良く効くんですよ、ハハハ」

「信心深き皆様の行い、神々も必ずや見ていてくださいましょう」


 なんと良き村だろう。貧しいながらも人々は笑顔で、口々に神への感謝と敬意を唱えている。この善良な人々のためにも必ずやあの悪辣な魔女を倒さねばならない。聖騎士達は下々の者の善意に触れ、改めて正義を貫くと誓いました。

 そうして歓待を受けた彼等は心も腹も満たされ、鎧を脱ぎ、剣を外し、床や寝台に身を横たえるとぐっすりすやすや眠りの中へ。

 ところが──


「か、かゆい!? うああああああっ!!」

「かゆすぎるぅっ!!」

「ひぎっ、かゆううう!!」

「だっ、だっ、だれか背中をかいてくれえっ!!」


 その晩、騎士達は猛烈な痒みに見舞われ、次々目を覚ますことに。


「お、おのれ……奴ら、いったい何を……」

 村人の仕業としか思えません。部下達は無事か? 団長がなんとか気力を振り絞って外へ出ると、そこには予想外の顔が待ち受けていました。


「あら、これは奇遇な」


 なんとあの魔女です。背後に村人達を従え、堂々と胸を張り、ふんぞり返っているではありませんか。しかも見張りとして立たせておいた部下達はすでに拘束済み。

「な~んて、貴方がたは本当に不用心ですね、せ・い・き・し・様」

「ま、まさか……」

「おかしいと思わなかったんですか? 本来この場所に村なんてありません。教会でお経ばかり唱えてないで俗世のことをちゃんと勉強なさっていれば、その程度すぐ気が付けたはずですよ?」

 そう、この村は街道の途中に突貫で作り上げた偽の村。もちろん明るいうちなら誰でも簡単に見抜けたでしょう。不揃いな木材を適当に組んだ粗末な小屋。雑草を抜いて耕しただけの畑もどき。さらに貧しい身なりの割に妙に気前の良い村人達。怪しすぎます。

 でも森での追いかけっこに時間を取られたせいで聖騎士団がここへ辿り着いたのは日が暮れた後でした。魔女は時間も計算に入れて動いていたのです。


「は、嵌められた……」

「団長……団長ォォォ……」

「おっ、おのれヒメツルっ……卑劣な真似、をぅぅう」

「背中……背中を、誰か……たすけて……」

「かゆいぃぃいいぃ……」


 周囲から上がる無数の怨嗟と苦悶の声。彼等に塗った薬は実際に打ち身や切り傷に効く薬ですが長芋も配合してあります。かゆいのはそのせい。しかも倍加されたかゆみが時間を置いて襲いかかる特別製。

「ふ、ふざけおって、こんな小細工で我らが……」

 団長は精神力でかゆさに耐え、立ち上がり剣を抜きました。窮地(ピンチ)好機(チャンス)でもある。昼間は手の届かない場所にいた討伐対象の魔女も今は目の前。自分がここでこの娘さえ倒してしまえば残りは雑兵。部下達なら必ずや苦しみに耐え抜き、勝利を掴んでくれるはずだと信じています。


「貴様は……貴様だけは、私が討つ!」


 覚悟を決めた彼の思考からは完全に“かゆい”の三文字が消失。実際には水虫の数倍のかゆみが全身を襲っているのですが、それを意志の力で無視してのけました。その雄姿に他の聖騎士達は感涙。

「だ、団長、流石です……!」

「我等も、かゆみごときに悶えている場合ではない……」

「ふふ、この窮地、メウラ砦を思い出す……」

 次々立ち上がる彼等。なんという精神力。そして団結力。魔女も両手をペチペチ叩いて賞賛します。ついでに言うとこの魔女、拍手が下手です。

「素晴らしい! 流石は聖騎士の皆様! でも」

 ポケットから小瓶を取り出す彼女。

 表面にはこう書かれたラベル。


“下剤”


「お腹の方は大丈夫でして?」

「おふっ!?」

 美しい顔が再び意地悪く微笑むと同時、騎士達は腹を抱えて中腰に。

「ふはぁっ」

「ぃぎぃっ」

「あががががががが……っ」

 突然のうねり。獣の如く吠え立てる腹。お尻に感じる焦燥感。脂汗じわじわ。

 流石に無理でした。逆境がどうのこうのという話でなく尊厳の問題。この状態ではいかなる猛者も戦えません。聖騎士達は再び地に伏し、悶えることに。

「あああぁぁぁぁぁぁぁ……」

「便所……便所に……」

「待てっ、オレが、オレが先だ……」

「き、貴様ら、敵前逃亡は……くふうんっ」

「おのれ……!」

 ただ一人、騎士団長のみがなおも戦意を保っています。とはいえ彼もまた膝をつき剣を支えにやっと耐えている状態。

 限界寸前。もはやこれまで。でも、わからないことが一つ。

「何故だ……我々聖騎士に毒は効かぬはず……どうやって」


 彼の問いかけに魔女は種明かしをします。

 これもやはり興奮剤と同じ理屈。


「だってこれ“お薬”ですもの」

「はっ!?」

「下剤は“毒”ではありません。むしろお通じを救う救世主。それに以前、教会関係者の方に聞きました。貴方がた聖騎士は菜食主義で、それゆえ精のつく長芋をよく召し上がるそうですね。でもすり下ろす際に手がかゆくなるのが悩みだとか。

 つまり、そういうこと。ご自慢の“神の加護”なんてそんなもの。魔法も毒も効かないなんてうそぶいていますが、実際には穴だらけの薄い盾に過ぎません。つまり貴方がたに加護を与えている“神”とやらも、正体はちゃんちゃらおかしい存在でしょう!」


 ──この魔女は本当に神様と、それを信じる人間が大嫌いでした。別に何かされたわけではありません。ただ単に自分とは相容れない思想だからです。

 ようするにムカつくのです。


「小娘、神を……我等だけでなく神々までも愚弄するかっ!?」

「ええ、いたします。だって私、その神様が嫌いですから。ついでに教えてあげますけど、長芋でかゆくなった時はかゆい部分に酢か塩をもみ込むといいんですのよ。あいにくここにはどっちもありませんけれど。オホホホホホッ!!」

「おのれ、おのれぇ……!!」


 その時、奇跡が起こりました。信仰を否定されたことで迸り出た怒りが団長の足の力を蘇らせた。これならいけると確信する彼。

 とはいえチャンスは一度きり。一撃叩き込むのが精一杯。魔女が勝利を確信して意識を逸らす一瞬に賭けるしかありません。冷静にタイミングを窺います。


「さて、それでは皆さん手筈通りに」

(今だ!)

 魔女が偽の村人達へ指示を出し、視線を外した瞬間、彼は前に踏み込み凄まじい速度で間合いを詰めました。瞬時に刃が届く距離まで肉薄し、細い首に狙いを定め──次の瞬間、落とし穴へ落下。

 渾身の一撃はスカッと空振り。


「あっ」

「にひっ」


 転落する瞬間、彼は見ました。月を背負って自分を見下ろす魔女の顔を。してやったりと言わんばかりのドヤ顔を。

「悪魔……め……」

 穴の底で尊厳が死ぬ音を聴く彼。

 衝撃で門が決壊したのです。

「くちゃい」

 孫くらいの年頃の少女が鼻をつまんで手を振るのを見て、一筋の美しい涙が老兵の頬を伝い落ちます。それは彼が引退を決めた瞬間でした。




「はい、皆さん綺麗に洗って差し上げて~。私、汚いのは嫌いですの」

「ああっ……濡れると、ますますかゆい……」

「腹を冷やすな、また……また……」

「もう出ない……もう何も出ないから……」

 魔女は偽の村人達に指示を出し、聖騎士団を拘束させると、身包み剥がした上で全身を洗わせました。自分自身は椅子に座り、菓子をつまんでのんびり待機。やがて全ての騎士が裸で馬車の荷台に放り込まれたのを確認すると、やっと椅子から立ち上がります。足元には大量の札束が詰まった袋。それを代わりに椅子に乗せ、協力者達を招集。

「皆さ~ん、並んでくださーい」

 そして一人に一つずつ、札束を手渡していきます。

「ご苦労様。約束の報酬ですわ。はいどうぞ、はいどうぞ、はいどうぞ」

「ほ、ほんとにいいんですかい? こんなに貰っちまって」

「もちろん。見事な働きでした」

 彼女が笑顔で渡した現金は、普通の暮らしでなら数年は食うに困らない額。これを元手に商売を始めることだって出来ます。

「代わりに私は、あっちの馬車に積んだ彼等の武具を貰います。貴方がたではあんなもの売り捌けませんでしょ? 色々魔法がかかってますもの」

「へ、へい、それは構わねえんですが、あの、聖騎士様達はどうなさるんで……?」

「別に殺したりとかはしません。教会に叩き返してやりますわ。でもまあ、不安なら国外へ逃げることをオススメします。顔を覚えられているかもしれませんし」

「そうですね……そうします」


 ──彼等は元々行くあてのない浮浪者。他の土地へ移ることに大した抵抗を感じません。実際、表情は不安気でも目は希望で輝いていました。


「あの、でも、魔女様」

 今しがた話した大柄な若者の弟だという、ヒョロッとした少年が手を挙げます。

「こんなに貰っちまったしオレ達もまだ手伝いますよ。あんなにたくさんの馬車、魔女様一人で都までなんて、とても運べやしねえでしょ?」

 武具を乗せた馬車は後で回収するとして、騎士達を乗せた分は合計五台。たしかに普通なら一人では動かせません。

 けれど、彼女は普通ではありませんでした。

「ご厚意はありがたいのですが、大丈夫でしてよ」

 ヒメツルがそう言って馬達の鼻に触れていくと彼等は勝手に歩き出します。誰かに指示されたわけでもないのに自然に隊列を組み、同じ道をゆっくりと行進。

「動物を操る暗示の魔法ですわ。友人から教わりましたの」

「す……すげえ、流石は魔女様」

「では皆さん、ごきげんよう。助かりましたよ」


 一時の仲間に別れを告げ、ホウキを召喚した魔女は天高く上昇。眼下からはいくつもの感謝の声が投げかけられます。渡した金で彼等がこれからどうするのか、ほんの少しだけ思いを馳せる彼女。良いことに使ってくれれば……切にそう願う。


「ああ……夜明けですわ」

 彼方に見える東大陸の陰から太陽が昇ってきました。溢れ出た陽光が海と大地を照らし出す。一面輝く大海原。陸地の起伏が生み出す陰影。どんな絵画より美しい光景。空から見る世界はこんなに広くて素晴らしいのに、どうして人々は窮屈な場所で不自由な生活に耐え忍ぶのか、彼女には全く理解できない。

 みんな一度は思いっ切り羽を伸ばしてみればいいのに。そんなことを考えながら五台の馬車を先導し、ヒメツルは一路、聖都を目指したのです。

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