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幕間・災害(2)

「なに……?」

 その声は、彼らが拠点にしているこの拓けた空間の中心部から発せられた。

「うおっ……」

「なんだこいつ、いつの間に」

「おいおい、本当に見張りは何してやがんだ!?」

 激怒する頭目。視線の先には赤毛の行商風の少女が立っている。これだけ大勢の人間がいる場所で、いったいどうやって気付かれずにそこまで侵入できたのか。


 彼は少女──クルクマを品定めするように眺め、片眉を上げる。


「って、まさかこれがその雑貨屋の娘か? 大したツラじゃねえじゃねえか」

「あ、いや、このガキはっ」

 狼狽えたのは、あの時、村の外れで彼女とすれ違った男である。村内の様子を調査して報告するため送り込まれていた密偵。

 彼はクルクマを指差し釈明した。

「こいつはさっき道端で話しかけてきたガキですよ! 村人が騒いでたって話を……あっ、テメエまさか!?」

「ああん? もしかして、わざわざコイツを尾けてきたのか?」

 そうでなければこの場所がバレるはずはない。だが、だとしてもこの娘はいったい何がしたいと言うのだろう?

「おい、まさか村の連中が騒いでたってのもデマか?」

「ええ、まあ、あそこの人たちは暢気ですから。まだなんにも気付いていません」

 平然と嘘を認めるクルクマ。山賊達は目を丸くする。

「はああああ!?」

 なんて人騒がせなガキだ。ともあれ村人達にまだ知られていないのであればトナリの街から援軍が来る心配も無い。頭目はかえって落ち着きを取り戻す。

(──いや)

 もしかすると……彼は背後でこっそり指を動かし、弟に指示を出した。その弟は少女に気付かれないよう靴底で地面を二回叩き、了承の意を示す。

「で、なんの用だ? なんか話があるから来たんだろ?」

 少女は一見、商人風。なら村人にも知らせずここへ来た理由は商いのためだと考えるのが妥当。おおかた村の内情に詳しいから自分にも一枚噛ませろとか、そんなところだろう。もちろん本物の商人だったらの話だが。


 しかし実際には違った。

 クルクマは提案する。


「あの村を襲うのはやめてくれませんか? お金なら払うので」

「は? どういうこった?」

「どういうもこういうも困るんですよ。私はね、あそこに莫大な投資をしたんです。その甲斐あって商売は順調。やっと元手も回収して利益が出てきたとこなのに、ここで潰されちゃ台無しになるじゃないですか」

 彼女の言葉に淀みは無く、この状況で全く臆する気配も無い。頭目の中で密かな疑念が確信に変わった。

「そうかい、そりゃあすまねえことをした。話を聞こう」

「おお、わかっていただけましたか。では、おいくら払えばよろしいでしょう?」

「そうだなあ……って、馬鹿か?」

「はい?」

「はした金なんざ興味ねえって言ってんだよ、このガキ!!」

「よーし動くな!!」

 兄から弟、弟からまた別の手下へ指示を繋いで行った結果、背後からの奇襲が成功した。一人がクルクマを羽交い絞めにして、別の男が素早く両手に腕輪を嵌める。奇妙な紋様がびっしり書き込まれたこれは魔力を乱し術を使えなくする拘束具。鎖も含めて極めて頑強な素材で作られているため、こうなったら絶対に抜けられない。

「ちょ、っ……と、なんです、これは……私は、商談を……っ」

 魔力の流れを乱されるのは魔法使いにとって苦痛を伴う行為らしい。脂汗を流して弁明するクルクマ。けれど男達はニヤニヤ笑うばかり。

「まだ言うか。わかってんだよ、おめえの正体なんざ。どうせ魔道士だろ? たまにいるんだ妙に正義感ぶったやつとか賞金目当ての身の程知らずが」

「それとも知らずにやって来たとでも言うつもりかあ? オレらはあのオダマキ兄弟だぞ、ボケがッ!!」

 得意気にがなる弟。その言葉通り、オダマキ兄弟はかなり有名な賞金首だ。これまでに襲った相手は数知れず、奪った命の数と財産も計り知れない。そんな筋金入りの大悪党である。魔力を持たない普通の人間としては最も恐れられている犯罪者かもしれない。


 ──特に彼等の名前を有名にしたのは八年前のとある事件だ。兄弟は一人の魔女と結託して教会が誇る戦力・聖騎士団を退けたのである。それも自らは無傷のままで。

 というより、その一件の名声を笠に着て裏街道で成り上がったのが今の彼等だ。教会が身内の恥を隠すため詳細を公表しなかったことから、実際には落とし穴を掘ったり村人のフリをしていただけだなんてことは知られていない。


「フフッ」

「ああ? なんだ、なんで急に笑いやがった?」

「そりゃもちろん、おかしいからですよ、あなたがたが」

「おい、ふざけんっ──あ、れ?」

 突然、クルクマを羽交い絞めにしていた男が倒れた。気絶したわけではなく、表情から見て意識はあるようなのだが、声は出せず身動きも取れない状態。

「なっ……」

「なんだアイツ、いきなりどうして……」

 狼狽える男達を一瞥もせず、クルクマは嘆息してメガネの位置を直す。魔力封じの枷についている鎖がじゃらりと鳴った。

「馬鹿な人達ですね。ヒメちゃんの厚意を無駄にしちゃって」

「な、なんのことだ。それに今、どうやって……」

「八年前──」


 頭目の問いかけなど無視して、彼女は回顧を続ける。


「あの子はチャンスをあげたんです、あなたがたに。盗賊? あの頃はまだただの浮浪者だったじゃないですか。せっかく貰った大金をこんな見下げ果てた仕事の元手にしていただなんて、もはや冒涜ですよ、あの子への」 

「なんでテメエが、そんなこと……あっ!」

 頭目はやっと思い出した。八年前のあの時、聖騎士団迎撃用の罠を仕掛けようと人手を探していた魔女。そんな彼女に自分達を仲介してくれた一人の商人がいたことを。

「テメエ、あの時の商人! なんでここに……てか、ガキのままじゃねえか!?」

「そりゃ、あーしが肉体年齢を固定してるからだよ、間抜け」

 パキンと軽い音を立て、彼女を拘束していた魔力封じの手枷が外れ落ちる。魔法使いにとって天敵のはずの強力な呪物を自力で解いてしまった。信じられない光景にさらに動揺する山賊達。

「そんな……馬鹿な……」

「残念。あーし、呪物に関しちゃ専門家なんだ。当然対策バッチリ」

 外れた手枷を蹴り飛ばす彼女。表面を覆っていた文様が全て消え去っている。

「てか、ちょっと傷付いたなあ……ヒメちゃんがアンタらのことを覚えてないのはしかたないんだよ。あの子は雑魚の顔なんかいちいち覚えてらんないから。でもさ、アンタらがあーしのことを忘れてるってのは、流石にプライド傷付くよね」

「ふ、ふざけんな! 誰が雑魚だとっ!!」

 精一杯虚勢を張る頭目。けれど、言い返しつつも気圧されてしまっている自分にすでに気が付いていた。

(ヤバいヤバい、何だかわからないがとにかくヤバい)

 彼も彼なりに何度か修羅場を潜って来た。それによって培われた勘が告げている。この相手は危険だと。見た目はただの小娘に過ぎない。でもそれは、あの娘だってそうだった。八年前、たかが十七の少女が聖騎士百人を手玉に取った。魔法を使わなくてもヤバい奴はヤバいのだとあの時に学んだ。最悪の魔女の異名で呼ばれていた怪物の姿が目の前の別の少女の形をした何者かと重なり始める。


 コイツは、まさか──


「オイ、何してんだ! やっちまえ! 全員でかかりゃ怖くねえ! オレたちゃオダマキ盗ぞ」

「うるっせえんだよ!!」

 弟の声を遮って放たれる罵声。けれども、その荒々しい口調とは裏腹にクルクマの顔は薄ら笑いを浮かべている。


 哀れだ。

 嗚呼、かわいそう。


「アンタらは賢い。備えも怠っていない。わざわざ、お高い魔力封じの手枷まで用意してあった。えらいね、今まで上手にやれてたんでしょ? ただ今回は、純粋に運が悪かった。

 さっき見張りがどうとか言ってたっけ……殺したよ。今はそこらで糞になってる。森の生き物の美味しい餌だ」


 チクリ。盗賊達の体の一部に痛みが走った。


「でも心配無い。みんな仲良く糞になる」

「なに、を──」

 またしても突然だった。さっきの男と同じように盗賊団全員が糸の切れた操り人形さながらに崩れ落ちて倒れ込む。意識だけはそのままで身体の自由を奪われた。

「う……あ、あ……」

「お、頭……」

 全員だ。百人以上いた全員が、この一瞬で同時に無力化された。

 クルクマは酷薄な笑みを張り付けたまま天を仰ぎ見る。今夜は綺麗な三日月。まるで首を刈る鎌のよう。

「運が悪かった……本当にそれだけだよ。あーしがあの子と再会してなきゃ、アンタらの狙いがヒメちゃんのいる、あの村でさえなければ、いくらでも見逃してやったのに」

 

 ざざざ、ざざざざ。


 何かが動く音がした。一つや二つではきかない。もっと膨大な数の微かな音が幾重にも重なって生じる不快なノイズ。

「ヒッ……!?」

 カサカサと這いずり回る無数の脚。一匹の百足が頭目の眼前を通り過ぎた。下草の間を数え切れないほど多くの虫が行き交っている。

 いつの間にか周囲の木々にもビッシリと奴等が張り付いていた。飛び回るもの達の羽音。きちきちと鳴る牙。寄り集まって擦れ合う気配。全て重なり合って歪な一つの声になっていく。

 地獄から手招く亡者の呼び声。

「な、なんだ……なんなんだ……」

「やめて、やめてくれ、嫌だ、死にたくない」


 盗賊達は怯え、泣き出したが、誰もここにはやって来ない。そういう場所を彼等が自ら選んだ。それもまた不運。


「知ってるかい?」

「ヒッ!?」

 いきなり頭目の前に顔を突き出すクルクマ。息がかかるほど近くから鮮やかに赤い双眸が恐怖で淀んだ男の瞳を覗き込む。

「呪術にはね、小さな生き物をよく使うんだ。材料や実験体として虫や鼠や蝙蝠なんかをたくさん使う。

 でも、いちいちそれを捕獲したり繁殖させたりじゃ効率が悪い。買うのも意外とお金がかかる。いっそ向こうから必要な時に必要なだけ来てくれたら、色々無駄にしなくて済む。そう思わない?」


 だから、


「作ったんだ。そういう術を。小さな生き物を同時にたくさん操る魔法。師匠にはいつも出来損ないって言われてたけど、あーしはそういうのが一番得意なんだってあの時初めてわかった。

 これね、便利なんだよ。研究以外の用途でもすごく使える。例えば致死性の高い猛毒を持った虫がさ、小さな隙間からお城の中に潜り込んで王様に毒針を打ち込んだら、それは誰のせいでもない。ただの事故死だよね?」


 その妙に具体的な例え話を、この場の多くが知っていた。

 十数年前、遠い国で実際に起きた不幸な出来事。


「う……あ、ああ、あ……」

「まさ、か……」


 彼等はようやく理解する。本当に今日は“厄日”なのだと。決して出会ってはいけないものに、たまたま出くわしてしまったことで。


「他にも色々あるよ。馬車の通り道にヤスデをたくさん待機させて車輪にわざと轢かせる。あいつらの体液は潤滑油の働きをするから、直後にその馬車は事故を起こす。御者が手綱さばきを誤って崖下に落下、世間はそう思い込む。

 蚊や蠅は時に危険な病気を媒介する。あーしはそんな病気持ちを増やして好きな場所に移動させられる。すると、その場所では大勢が死ぬ。治すための薬も売れる」


 知っている。

 知っている、知っている。

 誰もその正体は知らない。実在するかもわからない。けれど噂は何度も聞いた。

 最悪と才害に並ぶ、人々に恐れられた悪の三大魔女、最後の一角。

 世に災いをもたらすもの。

 その名は──


災呈(さいてい)の……魔女……」

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