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三章・巡り合わせ(1)


 ──私達は家に戻り、お父さまは店舗部分でクルクマとお話中。


「いやあ、ビックリしましたよ。こちらを訪ねたら誰もいないんですもん」

「すいません。あまりに暑かったもので、少しばかり涼んでもいいかなと思ってしまって。ご覧の通り、お客さんもなかなか来ませんし」

「いえいえ、ご謙遜を。なかなか良い品を揃えていらっしゃいますよ。あの冷蔵箱なんて去年の型じゃないですか。失礼ながらこの僻地でむしろ良くこれだけの商品を揃えたものだと感心します」

「はは、少しの間だけ妻と一緒に都会暮らしをしていた時期があるんです。当時のツテで特別に回してもらえました。

 ただ、この村のお年寄りはなんでも昔ながらのやり方を好む傾向があり、なかなかああいう画期的な商品は売れませんね。最近も猛暑続きなので実用性を示せないかと飲み物を入れて売ってるんです。ところが『こんな冷たいもの飲んだら腹下す、殺す気か』なんて怒られたりする始末で……」

「たしかに、商売というものは土地柄や客層も考えた商品の選択が重要ですものね。自分で良いと思った品でも相手が気に入るとは限りません。ただ、ここを見ればあなたが村の皆さんのため努力なさっていることはわかりますよ」

「僕は、空回りしているのではないでしょうか?」

「そんなことはないかと」

「そう言っていただけると励みになります。あっ、良ければ何か飲みますか? お手間を取らせたお詫びに」

「いえいえ、お構いなく。奥様から頂いたこのお茶が大層気に入りました」

「おお、そうですか。実はそれは自家製の葉で、去年から裏の畑で家内と娘が二人で栽培しておりまして……」


 一方、私は物陰からこっそり二人の様子を観察中。彼女のことですから、おそらくここには何かを仕入れに来たか、逆に売り込みに来たのでしょう。私の知る限りこの村に彼女の欲しがりそうな特産品などありませんので後者の可能性が高そうです。

 ところで、どう見ても十代半ばのクルクマに対し、お父さまはやけに低姿勢。不思議に思われた方もいらっしゃるでしょう。でも、あれで正解なのです。魔法使いの中には彼女のように肉体年齢を固定する施術を受け不老化している人間が少なくありません。なので実年齢を聞かないうちは相手の見た目がどれだけ若くとも目上と思って接する。それが客商売の鉄則。実際クルクマはもう四十過ぎ。お父さまにとっても年上だったりします。

(まさか彼女が訪ねて来るなんて……というか、相変わらず同じ服)

 いつかは以前の知り合いに出くわすこともあると思っていましたが、このド田舎に隠遁している間には無いだろうともタカをくくっていました。まさに油断大敵。

 今のところは和やかな雰囲気で歓談が続いています。ただし、クルクマに見つからないよう距離を取っているため、内容はほとんど聞き取れません。

(もう少し近付いた方がいいかしら。そうしましょう)

 彼女が私をどう見ているのか、どう対処するつもりか、それを確かめないと。不安要素は色々ありますもの。

(はっ、ほっ、とりゃっ)

 私は素早い動きで物陰から物陰へ移動し距離を詰めました。モモハルと飽きるほど繰り返して培ったかくれんぼのスキルが、まさかこんな形で役に立つとは。人生って何が起きるかわかりません。

 これ以上の接近は困難。そう判断したところで廊下に置かれた大きな壺と壁の隙間から二人の姿を確認します。視界良好、声もバッチリ聴こえますわ。

「あの、ところで……」

 こちらが最適な位置についたタイミングで、お父さまの表情が変わりました。これまでとは打って変わって話を切り出しにくそうにしています。これはもしや……。

「えっと、先ほど川のところで仰っていた件、なのですが」


 やはり──戦慄する私。


「スズラン……うちの娘に、良く似たお知り合いがいると。差し支えなければ、その方について伺いたいのですが」

(ああああああ!? やっぱり聞き逃してくれてなかった!)

 壺の後ろで身悶えします。そりゃあんなこと言われたら育ての親としては気になりますよね。だって私、正体不明の魔女に捨てられた設定ですもの。お母さまもクルクマにお茶を出した後、すぐに調子が悪いと断り寝室に篭ってしまいました。やっぱり気が付いたんですわ、その可能性があることに。


 クルクマの友達=私の実母説。


 実在しない架空の母親のせいで、これまでずっと平和だった我が家に波風が! どうかこれ以上は余計なことを話さないで下さいなクルクマ! 直接こう言ってやりたいけれど、それをお父さまの前で実行すれば完全に墓穴。言えるはず無しです!

(どうしましょう、どうしましょう……)

 オロオロうろたえる私。クルクマも私を怪しんでいる可能性が高い。だって毛髪の色は違えど、顔は前の私と瓜二つですもの。私だったら当然怪しみますわ。

 いえ、仮に正体がバレなかったとしても、もし彼女が私に似ているその知り合いは有名な“最悪の魔女”ですなんて正直に答えでもしたら、そんな子供を置いておけるかと一家揃って村から追い出されるかもしれません。今の両親には恩義があるのでそんな憂き目に合わせたくはありません。

(こ、こうなったら、クルクマが喋る前に口封じを……いや、ここで魔法なんて使ったら一瞬で正体バレじゃないですの。そもそも友達を殺してまで私は……)

 などと苦悩している間に、ついにクルクマは沈黙を破りました。


「それなんですが……」

「はい……」

(やめてええええええええええええええええええええっ!!)

「ひっどい子だったんですよ彼女は、ええ」

(……は?)


 ──それからクルクマは具体的な名前こそ挙げなかったものの以前の私について滔々と愚痴を語り続けました。

 やれ男癖が悪く、いつも複数人と付き合っていただの。

 やれ信仰とは無縁で、敬虔な信徒を嘲笑い、教会の悪口ばかり言っていただの。

 はたまた金銭感覚が一般常識からズレていて金遣いが荒かっただのと。

 全部本当のことばかりでグゥの音も出ません。


(くっ……友人という名の近しい他人から客観的な事実を聞かされると私って性格悪すぎですわ)

 そりゃ二つ名も“最悪”になるってもんです。

 数々の武勇伝を聞かされた父も、ここからでは顔が見えませんがドン引きしている感はひしひし伝わってきました。

 しかし、お父さまはめげません。まだ確認は終わっていないのです。


 早く終って!


「そ、それでその、その方は魔女なんですか!? だとしたら今はどちらに──」

「あ、ええ、魔女ですよ」

 あっさり認めるクルクマ。そこは白を切ってくださいな!?

「何年か組んで商売をしてたんですけどね、本当にひどい性格でした。五年ほど前に突然失踪しちゃいまして、その時に頼んでいた仕事もほっぽり出して行ったんですよ。なんて無責任なと憤慨したものです」

(ああああああああああああああああああっ、失踪のことまでっ!!)

 そのタイミングでそれじゃ完全にクロじゃないですの!?

 お父さまもやはり、そう思ったようです。

「男漁りが趣味で……性格破綻者で……魔女で……五年前に失踪……」

 ショックからか、いつも以上に声に張りが感じられません。

 そして、さらに悪いことに、


「そんな……それじゃ、そんな女にあの子は捨てられて……」


(お母さまっ、聞いてらしたあああああああああああああああああああああっ!?)

 反対側の通路から姿を現すお母さま。体調不良を口実に一旦は寝室へ引っ込んだものの、やはり気になってしまい私と同じく隠れて聞き耳を立てていたようです。

「カタバミ、今の話を──」

「全部、聞いたわ……」

「あらら」

 途端に店内は葬儀の場より重い空気で満たされました。この状況、いったいどうしたらいいんですの? またも頭を抱えます。

 すると今度は、


「スズ、あたまいたいの?」

「ぴゃっ!?」

 いきなり背後から呼びかけられ奇声を発す私。モ、モモモモモハル、あなたいつの間にそんなところに。宿屋に戻ったんじゃなかったんですの?

「スズ……っ」

「まさか、あなたまで話を聞いて……!?」

 私の存在に気付いた両親が揃って青ざめてしまいました。当然、今の話は私にこそ一番聞かせたくなかったでしょう。ますます冷え込み張り詰める空気。


 けれど、その瞬間、私は二つの事実に気付いたのです。


(ああ……なんだ、それでいいんですの)

 一人勝手に納得した私は堂々とツボの陰から出て、立ち尽くしているお母さまの元まで歩み寄りました。

 そして、その手を取り、クルクマに向かって宣言します。


「私、ここにいます」

「はい?」

「私は、この家の子だからです。もしも、その本当のおかあさんだという人に会うことがあったら伝えてください。私はこの家の子供です。誰がなんて言っても、こっちのおかあさんとおとうさんの子供です。

 私が自分で決めました。二人の子供でいたい。そう思ったから、私はずっとこの家の子なんです」

 そして母の顔を見上げ、安心させるように笑いかけます。

「ね?」

「スズ……っ」

 母は感極まり、私を抱きしめました。ちょっと、嬉しいのはわかりますけど思ったより強いですわ。もう少し緩めて、お母さま。

 もちろん悪い気はしませんけど。

「カタバミ、スズが潰れちゃうよ」

 苦笑するお父さま。母はハッとしてようやく力を緩めてくれます。

「あっ……ご、ごめん、アタシ、つい……」

「ううん、いいよ」

 ちょっと苦しかったけど、それだけ愛を感じられました。

 本当の母親からは一度も受け取れなかったものです。

 父もクルクマを真っ直ぐ見つめました。

「あの、クルクマさん……私からも、お願いしてよろしいですか?」

「はい、なんなりと」

「この子の生みの親御さんに会えた時に、こう伝えて下さい。素晴らしい娘をありがとうございますと」

「なるほど」

 フフッと笑う彼女。なんだか大人びていて私も初めて見る表情。

「かしこまりました。それでは今日はもう商談という雰囲気ではございませんし、改めて後日伺うことに」

「あっ、本当に申し訳ございません。せっかく御足労頂いたのに身内のことばかりを」

「いえ、構いませんよ。かえって良い気分です。それではまた」

 そう言ってクルクマは外に出て行きました。

 それを待っていた母は改めて私を抱きしめ、父はそんな二人をまとめて腕に抱きます。

「よかった……よかった、スズ……」

「ありがとう、スズ……」

 こちらこそ。

 私もそっと二人の頬に手を添えました。

 初めて出会った、あの日のように。

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