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二章・幼き君と(5)

 またも二年後──私達は五歳になりました。二年前のあのかくれんぼから間もなくして生まれたモモハルの妹ノイチゴちゃんは、もうすぐ二歳になります。

 そんな年の夏、とても暑い日の昼下がり、私は両親に連れられてモモハル達兄妹と共に川まで遊びに来ました。私と母は白いワンピース。モモハルとお父さまは水着。ノイチゴちゃんはオムツオンリーです。

「いやあ、やっぱり水に入ると涼しいねえ。今年は特に暑いからなあ」

「あなた、そっちの深い方には子供達を連れて行っちゃだめよ。スズ、ちゃんとお父さんとモモくんを見ててあげてね」

「わかった」

 言われた通り私はじっと男子二人を監視します。こんな危険が危ない場所では二人とも目を離せません。

「って、それじゃ僕よりスズの方が保護者みたいじゃないか」

「実際そうでしょ。スズは賢いから危ないことはしないけど、アンタ達は何をやらかすかわかんないのよ」

 お母さまの心配はもっともです。流石は男の子というか、モモハルは年々わんぱくさを増しています。逆にお父さまは男性にしては覇気が足りずおとなしい方なのですが、その割に男の子らしい遊びは好きでけっこう無茶をしがち。

 先日もモモハルと二人で虫を捕まえると言って朝早く森へ入り、夕方になっても戻らず大騒ぎに。衛兵隊にまで手伝ってもらい人海戦術で捜索することになりましたが、直後に森に入って五分くらいの場所で迷子になっているのを発見されました。周囲が勢い込んだ割にあっけない幕切れでしたけれど、とにかく無事で良かったです。

 とはいえ、一歩間違えれば大惨事になっていたことも、また事実。

(正直、今回はお父さまには留守番をしていてほしかったですわ……お父さまとあの子が二人揃うと不安要素が二倍になりますもの……)

「そんなに心配しないでいいよスズ。お父さん本当に反省してるんだ。この間のことでは皆に迷惑かけてしまったからね。わかってるよ、水場の事故は洒落にならない」


 ひうっ。相変わらず私の心を読むのに長けておいでですわ、この方。


「も、森でソウナンするのも、おおごとだよ」

「そうだね……次からはもっとしっかり準備して行かないと。子供の頃はいつもあの子に手を引いてもらっていたからなあ……」


 待って? もしかして遭難前提で話してません?

 やっぱりこの人、危なっかしいですわ。

 それと、あの子って誰ですの?


「あ、こらモモハルくん、そっちに行ってはだめだよ」

「ちょーちょ、ちょーちょがいる」

「ちょうちょを追いかけなくていいから、ほら、こっちに来なさい。このへんの浅い場所でパシャパシャして遊ぶんだ。お魚さんもいるぞ」

「おさかな? おさかなどこ?」

「あれ? さっきいたんだけどな。よし、二人で探そう」

 微笑ましい光景ですが、魚を探してウロウロしているうちに案の定二人とも奥の深みへ近付いて行ったので慌てて連れ戻します。

「おとうさん?」

「すいません……じっとしてます」

「そうして」

 ハァと息を吐き、それからまだ浅瀬で魚を探しているモモハルを見ます。

 まったく、魚なんてそう簡単に見つかりませんわ。ましてや水を蹴立てて騒いでいたら隠れてしまうのが道理でしょう。

 こういうところでの遊びといったら、やはりこれですわ。

「モモハル、えいっ」

「わっ。つめたいっ、ぼくもやるっ」

 水をかけてやると、彼は簡単に魚のことを忘れ反撃してきました。

「あはは、あははは!」

「ふふふ、気持ちいいわね」

 夏の日差しで焼かれた肌に心地良い冷たさが染みて生き返ります。いつもの鬼ごっこやかくれんぼは正直趣味に合いませんが、これは涼しくて大変よろしい遊戯です。

 けれど、そう思ったのも束の間でした。

「えいっ! ていっ! やあっ!」

「ぶっ、ちょ、ちょっとモモハル、まっ」

「あはは、スズびちゃびちゃ、あはははははは」

「こら、わぷっ、だから、待ちなさい!」

「あうっ」

 調子に乗ってしつこく水をかけてくる彼の額に手刀を振り下ろします。最近はこうでもしないと止まりません。

「顔はやめなさい! あと一方的にかけすぎですわ!」

「ですわー」

「真似しない!」

 思わずですます口調が出てしまったので勢いで畳みかけ誤魔化す私。五年経っても癖が抜けません。

「そうよモモくん。女の子には優しくしないと嫌われちゃうわよ?」

 お母さまがノイチゴちゃんを抱いて近寄ってきました。その言葉を聞いた途端、今度は焦り出すモモハル。

「えっ、スズ、ぼくきらい?」

「そうね、そうなっちゃうかもしれないわ、ねえノイチゴちゃん?」

「うー?」

 だいぶ喋れるようにはなったものの、流石に今の会話を理解するまでには到らず小首を傾げるノイチゴちゃん。二歳未満ですものね、同意を求めるのは無茶な話でした。

「やだ、スズ、きらいにならないで!」

「あ、ちょ、また」

 涙目になり抱き着いてくるモモハル。あーもう、この抱き着き癖も早々に矯正してあげないと。貴方もう五歳でしてよ?

「スズ、きらいになるの、やだぁ」

「ううっ……」

 下から潤んだ瞳で見上げられ若干たじろぎます。意識しすぎないよう、これまであえて触れてきませんでしたが、実はこの子かなり美形ですの。流石は神に祝福されし子供。顔がいいので密着されると思わず胸がキュンとします。だからこそ大人になってもこの抱き着き癖が残っていたら困るのですわ。

 とりあえず離れてもらわないと色んな意味で苦しい。そう思った私は仕方なくいつものあれをしてあげました。

「き、嫌いにはなってない。大丈夫、ほら」

 きつく抱きしめ返すとモモハルは逆に安心した様子で力を抜きました。まったく、貴方がゴネる度にこんな恥ずかしいことをする身にもなってほしいですわ。


 ──ぅー。


「ッ!?」

 不意に殺気を感じ、振り返る私。

(また……ですの?)

 最近よくこういうことがあります。ですが、周囲を見ても特におかしなものは見当たりません。皆にばれないよう気を付けつつ魔法での探査も行っているのですが、付近に私達以外の人影は無く、村は平和そのもの。

(気のせいでしょうか……?)

 あら、ノイチゴちゃんがこっちを見てますわ。この子は流石に加護を受けていないようですけれど、顔立ちは兄のモモハルと同じで非常に良く整っております。

 私、このおチビちゃんのことは気に入っておりますの。端正な顔立ち。愛くるしい柔らかなほっぺ。どんな熟達した職人の手掛けた人形だって、この曲線と弾力までは再現できないでしょう。

 はあ~、かわいい。かわいすぎますわ、この子。

「ノイチゴちゃんも、お姉ちゃんとギュッする?」

 むしろさせてください。そんな期待を込めて呼びかけてみたのですが、機嫌が悪かったようでプイッとされてしまいました。

「やっ!」

「あう……また、だめですの」

「人見知りする子なのかもね。アタシは大丈夫みたいなんだけど」

 ノイチゴちゃんはご両親かモモハル以外がだっこすると、途端に大泣きしてしまいます。例外はうちのお母さまだけ。たしかに気難しい性格なのでしょう。

(無理強いはよくありませんね)

 私はだっこを諦め、すごすごと退散しました。そして、そんなことをしている間にあの二人はまたも深みへ近付いて行っています。

「お父さん! モモハル!」

 急いで追いかけて連行。川縁に正座させました。

「いいかげんにしなさいっ!! とくにお父さん!」

「ごめんスズ。とっても珍しい鳥が飛んでいたものだから、つい」

「あんまり反省してないわね?」

「いや、あれは本当にとても貴重な種類で……だ、だよねモモハルくん?」

「うん、かっこよかった」

「そういう問題じゃないの! 何度も言ってるけど、危ないところには近付かないでって、もっとしっかり人の注意を聞いて──」

「ヒメちゃん?」


 ──えっ。


 聞き覚えのある声に思わず振り返ってしまいました。私たちの背後、川沿いの道に人影が一つ。逆光で顔はよく見えません。でもシルエットは見慣れた形。

「おや、あなたは?」

「あ、すいません、お邪魔しちゃって。ただ、そちらの……娘さんでしょうか? その子が友達に良く似ていたものですから」


 長い赤毛を四つのお下げにして、そばかすが目立つ顔にはメガネをかけた、一見すると行商人風の少女。


 それは、この姿になってから初めて生じた過去との接点。私の友人であり第二の人生の一因となった魔女クルクマとの再会でした。

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