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二章・幼き君と(4)

 さて、そんな日々が続いて、さらに二年──三歳になった私の中で、ある推測が確信に変わりました。

「やばい……やばいですわ、あの子」

 暗く狭い空間で頭を抱える。これまでの三年間に起きた数々の不自然な現象と私なりの検証を重ね合わせて考えた結果、モモハルの持つ能力の正体が判明しました。


 彼は“願いを叶えられる”のです。


 自分自身の願いに限定されるようですが、十二分に危険でしょう。おそらくこれが神子としての彼に与えられた本当の力。願望実現能力。祝福や精霊を見る眼なんて、この力に比べたらちょっとしたオマケでしかありません。

「加護を与えたのは過去現在未来を見通すアルトライン……ということは、過去から現在を予知して彼の願望に沿った現実になるよう誘導していますの? それとも過去に遡って歴史を改変することで……」

 箱の中でブツブツ呟きながら考察を重ねてみるも、私の知識では詳しい原理までは解明できそうにありません。神様のことなんてよく知りませんもの。嫌いな相手のことをいちいち調べたりしないでしょう?

 現在わかっていること、そして唯一の救いは、能力の発動条件が“強く願う”だということです。たとえば目の前に鍵のついた箱があり、その中に微妙に好きなお菓子があって、若干小腹が空いた程度の状況では、お菓子を食べたいと願っても叶いません。願望強度が一定以上に達していないからです。

 けれどモモハルの大好きなお菓子が箱に入っていて、とってもお腹が空いているという“強く願う”条件が整っていた場合なら、この力は彼の意志と関係無く自動的に発動してしまいます。鍵が壊れるか中身が口の中へ転移してくるか、なんらかの奇跡が起きて願いは叶えられるでしょう。

「あの目玉、なんてものをこの世に放ちましたの……!」

 この能力のことが世間に知られてしまったら間違いなく戦争になります。大国や力ある組織が彼を狙って衝突するでしょう。大陸全土が戦火に包まれてしまうことだってありえます。大惨事な世界大戦ですわ。

 かといって本人に真実を伝え、使うなと戒めるのも悪手でしょう。自身の危険性を自覚してしまったら、今はともかく、将来的には歪んだ大人になりかねません。責任感に押し潰されるかもしれないし、逆に欲望のまま力をふるう可能性もあります。結局のところ彼自身が一番それを知るべきではないのです。

 それに、もしも彼が欲望にとりつかれ、片っ端から願望を叶えてしまうような自制心の無い人間に育ったとしたら──恐ろしい未来が脳裏をよぎります。これが予知ではないと嬉しいのですが。

 二十四時間、片時も離れず私をハグするモモハル。どこへ行くにも二人で一緒。そんな未来は、たとえ仮定であってもお断り!

 心の中で叫んだ、その時──


「あ、スズッ!!」

「ひいっ!?」


 いきなり目の前にモモハルの顔が現れ、あわてて立ち上がった私は頭をぶつけてしまいました。

「いっ……つぅぅぅ……」

「だいじょうぶ?」

「あ、あなた、どうやってここに?」

 ここはうちの店の倉庫の、さらに積まれた木箱の一つ。その中です。人目を気にせずに考え事がしたくて、わざわざこんなところに隠れていましたのに。

「わかんない」

 モモハルはあっけらかんと首を振りました。

「あそびにきて、スズいないなっておもってたら、ここにいた」

「くっ……理不尽な」

 例の力で空間を越えたとでも? この子、私が絡むと常識も物理法則もあっさりスルーしてきますわ。

「スズ、かくれんぼしてたの?」

「え? ええ、そうですわ……じゃなかった、そうよ。今日は二人でかくれんぼでもして遊ぼうかなって思ってたの。これはその練習、練習ね?」

「わかった、じゃあ、かくれんぼだ!!」

 よしっ、納得してくれました。それにかくれんぼ中なら隠れる側にしろ鬼にしろ多少は考える時間を得られるでしょう。我ながら上手い切り返しでした。

 この時は、そう思ったのですが……。


「スズみーっけ」

「みーっけ」

「また、みーっけ」


「……反則ですわ」

 どんなに頑張って上手く隠れたつもりでも、この子、ほとんど一瞬で私の元に辿り着きます。そのくせ自分が隠れる番だと、あまりに下手過ぎて探す暇もございません。

「み……みっけ、モモハル」

「はやいよー」

 棚と棚の間に背中を向けて挟まっていただけの彼は、私が動いてからわずか数秒で見つかったことにご不満のようです。人のせいにするんじゃありません。単純に貴方の努力が足りないだけ。

 しかし、その後もこの瞬殺合戦は続き、一向にマトモなかくれんぼになりませんでした。

こちらはどう隠れても瞬殺。あちらは隠れるセンスが無さ過ぎて秒殺。あまりの空しさに心が悲鳴を上げ始めます。刑務所で穴を掘ってはすぐ埋め戻せと言われる囚人の気持ちがわかってきました。

「モモハル、もう……やめよう……」

 十回目までは数えていましたが、さらにその倍程度の数、鬼を務めたところで、ついに心が折れました。中身は二十歳を過ぎているのに涙が頬を伝います。どうして私、こんな場所でエンドレスかくれんぼを続けていますの? 神が……神が憎い……!


 ──ところが、この一件がモモハル対策において重要な発見を生み出したのです。


「あっ、スズ、ごめん、ごめんね」

 何が悪いのかはわかっていないものの、とにかく自分が悪いようだと思ったのでしょう。泣き出した私に彼は必死に謝りました。


 そして言ったのです。


「あといっかい。それでおしまい」

「……本当?」

「うん、ぜったい」

「じゃあ、ズルもしないで」

「ズル?」

「すぐ見つけちゃうことよ」

 最後の一回くらいマトモに遊びたい。そう思った私の何気ない一言。これが結果的には分水嶺でした。

「わかった、なんにもズルしない」

「じゃあいいよ……」

 子供相手に情けない。今さらながら泣いた自分を恥じて、後一回だけ付き合ってあげることにしました。

 すると大きな変化が表れたのです。

「もーいーかーい!」

 遠くから聞こえてきたモモハルの声に、

「もーいーよー」

 そう答えます。いつもならここですぐ目の前にモモハルが現れるはずでした。神の力を使った過程すっ飛ばしの反則技で。


 でも来ません。

 一分経っても、二分経っても、一向にやって来ません。


「?」

 五分ほど経過して、私はそれが異常事態だと察しました。ひょっとしたらあの子に何かあったのでは? 心配になって隠れていた戸棚から外の様子を伺います。

 倉庫の中には誰もいません。店か居室の方へ行ったのでしょうか? それにしても物音一つ聴こえないのはおかしいです。

 私は倉庫から出て家中をざっと見て回りました。それでも結局モモハルの姿は見当たりません。おかしいなと首を傾げて窓へ近付いたところ、そこでようやくかすかな泣き声が聴こえてきます。

「モモハル!?」

 何事かと外へ飛び出して行くと、少し離れた場所で泣いていた彼が私を見つけ一目散にダッシュ。

「いた! スズラン、いたっ!!」

「ぐふっ!?」


 ──この三歳児、頭から思いっ切り鳩尾に飛び込みました。一瞬、綺麗な川の向こうに才害の魔女が見えた気がします。あの婆さん、向こうでも怪しい実験してますわ。


「スズ、スズ、スズ、スズッ!!」

「わ、わかった、わかったから離して……! 出ちゃう……!!」

 全力のハグに辛うじて抗い続ける私の腹筋。このままでは乙女の口から出てはいけないものが飛び出してしまいそうです。具体的にはお昼のソバがっ!!

 私の言葉にモモハルは泣きじゃくりながらも力を緩めてくれました。まあ、赤ちゃんの時よりは聞き分けがあります。彼も彼なりに成長しているのでしょう。

 それはそれとして、

「どうしてこんなところにいるの? 私を探してたの?」

「うん……見つからなくて……外かなって」

 なるほど、三歳児が普通に探すとそうなってしまいますのね。見つからなかったら他にいる。そう思い込んでどんどん別の場所へ移動してしまい、余計に見つけられなくなってしまう。最初にちゃんと隠れる範囲を指定しておくべきでした。

 ともかく彼は、本当に“ズル”を使わなかったようです。


 おかげで光明が見えました。


「この、モモハル!」

 私は一転、上機嫌で彼の頭を撫で回します。ひょっとするとこれが生まれて初めて自分の意志で彼に何かをしてあげた瞬間だったかもしれません。

「ズルしなかったのね?」

「うん……」

「えらい、えらいよモモハル」


 本当に感謝です。

 おかげで貴方の攻略法が見つかりました。


(立派に育て上げましょう)

 この子の願いは強い願望以外叶わない。けれども人間は必ず欲望を抱く生き物。

 ならば欲望を理性で御せる人格者に育て上げればいいのです。たとえ能力を発動したとしても、私に、そして他人様に迷惑をかけることのない常識と良識を弁えた紳士に。

 幸いにも私、正反対の人間ならこれまでたくさん見てきました。つまるところあれらのようにならないルートへ導いてあげればよろしいのでしょう? こういうのを反面教師と言うんでしたかしら?

 モモハルの頭を撫でつつニヤリと笑います。方針を決めた以上、今後はそれを貫くのみ。悩みが一つ解決するって気持ちいいですわね。

(ふふふ、覚悟なさい! いつかこの村から巣立つまでの暇潰しも兼ね、私が貴方を教育してさしあげます! 神の力に頼らずとも生きていける一人前の男になりなさい!)

 気分は女教師。心の中で高笑い。

 でも、それって結局彼が一人前になるまでこの村から離れられないという意味だと気が付くのは、もう少し後の話。

 私をこの村に封じるという“神”の目的は、まんまと成し遂げられたのです。

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