中編
独房では、武装メイドは恭しく傅いていた。動作の一つ一つに至るまで洗練された動きで、膝をつき床に跪く様は荘厳ささえ感じさせる。身に着けている衣装は、武装メイドにとっての正装であるメイド服。頭部には、しっかりとヘッドドレスを被っていた。
彼女が纏っていたメイド服も独房には運び込まれていたが、普段過ごす際はメイド服以外の一般的な衣服で彼女は過ごしている。なのにメイド服を着用しているということは、礼を失してはならない上位者と対面していることを意味する。
頑丈な独房の扉は、爆発物を用いたドアブリーチングによって破壊され、独房内には何人もの人影があった。女傭兵の拠点を襲撃してきた者たちと同じ戦闘服を装備する4名の兵士が部屋の四方に陣取り、何か事があれば武装メイドを射殺できる姿勢をとっていた。黒塗りのタクティカルゴーグルで隠された目がどのような色を浮かべているか分からないが、仲間である武装メイドを見つめる顔は非好意的なものであることがみてとれた。
重装備の護衛に警護されながら武装メイドと正面から向かい合っている男がいた。高級スーツをびしっと着こなした白髪の初老の男。一見しただけでは優しそうな印象を受けるが、全身からは危険な雰囲気を放っており、堅気ではないとわかる。右手は、45口径自動拳銃HK45を握り、だらっと下げていた。
服従の姿勢をとる微動だにしない武装メイドを初老の男は睥睨する。どうみてもその目は非好意的であり、武装メイドを見つめる顔はどこまでも冷ややかだ。それも無理もない、愛用している品が役立たずになってしまったのだから。
「武装メイド、私は君のことをきにいっている。本当だとも、君ほど優秀な戦闘技能を誇り、私に対して忠誠を向けてくれたものは他にいない。優秀な手ごまを得るのは誰だって大歓迎するだろう。だから私は君に何かと目をかけてきたが、今はそれが正しかったどうか思い悩んでいる。」
丁寧な言い方でありながら武装メイドを自らの所有物であると言外ににじませる発言をしている男は、武装メイドが忠誠を尽くす主人であり、女傭兵が暗殺依頼を請け負った資産家だった。ここに来たのは武装メイドに用があったからだが、それは救助を目的としていない。
「君が生きていると知ったときは耳を疑ったよ。敵対組織に拘束されたならば情報漏えいを防ぐために死ぬように訓練された君が生きていることにね。ああそれはいい、誰だって死ぬのは怖いし、私に忠誠を尽くすために拘束してきた組織から脱走を図ろうとしたのかもしれないからね。」
「だが、この部屋はどうだ。かなり快適だ。とてもではないが、捕虜に対する待遇とは思えないな。聞けば、君は私を襲撃した傭兵の女隊長と肉体関係を持っているそうじゃないか。もしかすると寝返ったかのかな君は? それとも愛人として過ごすことで贅沢しようとでもしたのか? どうなんだ、答えろ!」
武装メイドの主人は荒々しい言葉で武装メイドを詰問していく。彼は武装メイドを本当に気に入っていた。人身売買ビジネスに手を染めている彼は、商品を売りさばくだけでなく、その中の幼い子供に徹底的な洗脳教育を施すことで、私兵に仕立て上げていた。
所謂少年兵といえなくもないが、施される戦闘訓練は極めて高度なものだ。それら高度な訓練を施された子供の中でも最優秀成績を示し、男に最も忠義を示したのが彼女だ。それ故に武装メイドを気に入っていたのだが、そのお気に入りが自分を裏切ったとなるとどうしても男は我慢できなかった。
「ご主人様・・・・。私は寝返ってはいません。この心は今もご主人様の元にあります。ですが・・・」
「ご主人様の敵である女傭兵に体を弄ばれ、言うならば愛人として拘束されていた際に彼女と肌を重ねることに心地よさを感じていたのも事実です。ストックホルム症候群のようなものかもしれませんが、私はご主人様の敵に好意を抱くというありえない行いを行っています。」
「ですから、どのようなものでもご主人様のお気に召す沙汰をくだしてください。この命を奪う物でも構いません。」
「なら命を奪わせてもらおうか。敵に一時のものとはいえ好意を抱くような部下は不要だ。死ね!」
武装メイドの答えに対して主人の反応は明快だった。素早くだらりと下げていた拳銃を持ち上げ、両腕で保持しながら武装メイドにHK45の銃口を合わせる。その指が引き金をゆっくりと引いていく。
武装メイドを殺すつもりなのだ、照準は頭部に向けられているためまもなく頭部にちっぽけな風穴をあけながら武装メイドは絶命するだろう。武装メイドはそれを甘んじて受け入れた。
自身の命を奪うだろう銃口を正面から見据えながらも怯えの色はない。これでいいのだと武装メイドは思う。例えそれが洗脳教育の賜物だろうと彼女は主人への忠誠を果たすと誓った身だ。忠誠を尽くすべき主人がいながら、主人の命を奪わんとしたとした敵と肉体関係を結び、あまつさえ好意さえ抱いていたのだから裏切り者として殺されて当然なのだ。寧ろ主人直々に裏切り者として殺されることを誇りに思うべきなのだろう。
ああ主人の手で殺されるなんてなんて果報者なのだろうと武装メイドは心の底から思う。女傭兵に愛情を抱いたことなど気の迷いだ。単なるストックホルム症候群に過ぎやしない。このまま殺されるのが彼女の人生における最大の幸せだと彼女は胸を張って叫ぶことができる。ただどうしてか、引き金が惹かれるのを見るたびに武装メイドの脳裏には女傭兵の姿がチラチラと浮かび上がっていた。相手へ抱いている愛情など偽りのはずなのに。
彼女は胸に引っ掛かりを覚えながらも主人の手で殺されることを受けいれようとしていた。やがて武装メイドの視点ではいやにゆっくりに思えたが、主人の指が引き金を完全に引き終え、HK45の銃口から45口径が吐き出された。
それは彼女の頭蓋を砕き、武装メイドを脳漿と鮮血に塗れた死体に代わるはずだった。しかし、そうはならなかった。武装メイドを貫くはずだった凶弾は彼女を貫かず、代わりに彼女以外のものを貫いていた。
次回、武装メイドちゃんがぶちギレます・・・。