流星
今でも鮮明に思い出せる。
あれは王から召集を受け、初めて城へ行った日のことだ。
着慣れないワインカラーの正装で、浮かない顔をして薄暗い廊下を歩いていた俺の視界に、突如、一筋の流れ星が駆けた。
星の正体は少女。
それも、まだ十代半ばに見える、線の細い娘。
紅のドレスに身を包んだ彼女はまだあどけなく。しかし、少女と女性を混ぜ合わせたような絶妙な雰囲気を身にまとっていた。
片目は長い白銀の髪に覆われ、その瞳を見つめることはできず。ただ、露わになっている唯一の瞳は、血のような炎のような赤で。俺の胸の奥をほんの一秒で焼き尽くしてしまった。
「すまない」
「あ、あぁ……」
ただ肩がほんの少し触れただけの俺と彼女は、たったそれだけの言葉しか交わさず、すれ違う。
だがそれも当然。
二人は何の縁もない、ただこの瞬間にぶつかっただけの二人なのだから。
だが、それでも、彼女の赤い瞳が忘れられず。
少し時間が経ってから、俺はその場で振り返る。
彼女は一度も振り向かなかった。ただひたすらに、前だけを向いて、ゆっくりと歩いていっていた。
声を発して呼び止めようか。
走って駆け寄ってみようか。
思考は巡る。何度も巡り、しかしたいした答えは出せず。
(きっと貴い女性なのだろう。どうせこの手は届かない……)
彼女の瞳に焼かれた痛みを胸に抱えたまま、俺はその背を見送った。
親に担保として差し出され、人を傷つける生き方を強制された。家も自由も、意思を持つことすら許されない。この身を闇へ放り込んだ親さえも、今はもう生きてはいない。
そんな俺には関係のないこと。
たとえどんな美しい娘がいようと、どうでもいい。
◆
「では紹介しよう。お主の同僚となる者だ」
どうでもいいはずだった。
どのみち生涯再会することはないだろうと、そう思っていた。
それなのに——あの美しい少女は、皮肉にも、また俺の目の前に現れる。
「ウェスタという。よろしく」
そう言って、彼女は手を差し出してくる。
身分の高い少女なのだろうと思っていただけに、同僚として彼女が現れた時には驚きを隠せなかった。
今回の召集によってここへ来たということは、俺と同じように、何らかの事情を抱えた操り人形であるということだからだ。
「馬鹿な、なぜ」
とても信じられなくて、思わずそんなことを言ってしまった。
美しい容姿を持ち、スタイルも良く、雰囲気もある。そんな少女がここへやって来た意味が理解できない。
「……どうかしたのか?」
彼女は手をこちらへ差し出したまま、少し不安げな顔をする。そんな彼女の細い手を、俺は恐る恐る握った。
「い、いや。何でもないぞ」
「おかしい」
「おかしくなどない!」
ついむきになって大声を出してしまって、後悔していると。
「……妙な男だ」
彼女はそう言って、ほんの少しだけ笑った。
その笑顔は、俺の脳天を大きく揺らすほどの威力を持っていた。
異性の脳を一瞬で駄目にしてしまう、恐ろしい破壊力を。
◆
こうして、運命的な出会いを果たした俺と彼女は、仕事を共にする仲間になった。一目惚れの相手と同僚になれるなんて、俺は驚くべき幸運の持ち主だと思う。
ただ、当時の俺は知らない。
流星のごとく現れた美しい年下の少女に、日々言い寄っては退けられている——未来の馬鹿な自分など。