6 鎧袖一触(1)
今回、主人公出てきません(粛清)
自衛隊なめんなファンタジーで許してください(大粛清)
深夜
「期は熟した、進撃開始!」
皇帝が玉座の上で傲、と叫ぶ。その声が魔法により伝達され、国境沿いの城塞に布陣したタイランディウス帝国軍へと伝わった。
『『『『『ウォォォォォォォォ!!!!』』』』』
軽量な金属鎧を身に着けた歩兵が歩兵槍を携えて歩き出し、その隣を馬にまたがり馬上槍を携えた騎兵が並足で歩く。大弓を持ち矢筒を背負った弓兵と共に、体力温存のため馬車に乗り込んだ魔術師たちが進む。馬に牽かれる投石機が大地をその車輪で以て踏みしめ、城壁にすら強烈な一撃を与える魔力式野砲が轍を刻みつける。兵站部隊の馬車が長蛇の列をなし、その軍勢の真ん中で不敵に嗤う攻撃部隊の将軍。
ザッザッザッザッ、という地を踏みしめる音を鳴り響かせ、まだ見えぬ敵地へとなだれ込む彼らの目は、戦意にギラついていた。
進撃を開始する帝国軍、約17万。当初よりも増勢された部隊は、すべてこのときのために帝国各地の城塞から集結された軍勢だった。
2個歩兵軍団計6万人。
2個騎兵軍団計6万人。
1個攻城軍団計2万人、投石機500台、魔力式野砲300門、多連装大弩200台。
1個飛竜軍団計2000人、飛竜騎士300騎
兵站部隊およそ3万人。
エルヴィスとの国境に建てられたアーケロン、ユグドラシル、ヘールグの3つの要塞に集結した帝国軍は、進撃開始後に徹夜で2手に分かれて進んでいった。
飛竜部隊含むおよそ7万は北の山脈沿いから、残りのおよそ10万は南側――――ちょうど、自衛隊が駐屯地を設営しているリュケイオン丘陵から。
刻一刻と、衝突の時は迫りつつあった。
2日後、白昼
『ウォッチマン1よりHQ、帝国軍と思しき歩兵軍団を確認!ベースより22km、哨戒線より2km!地面3分に敵7分だ!敵は進撃停止中!』
「HQ了解……やはり来たか。至急、迎撃準備を整える。ウォッチマン1はコンタクトを継続、動きがあれば知らせよ」
『了解!』
駐屯地近くを偵察していたOH-1ニンジャ偵察ヘリからもたらされた敵軍来襲の報せは、瞬時に駐屯地内を駆け回った。セルムブルク方面隊を率いる根崎陸将は覚悟を決める。
直々にサイレンを鳴らし、マイクへと吹き込んだ。送信対象はセルムブルク方面隊の全部隊。
「総員戦闘配備。繰り返す、総員戦闘配備。接近する敵軍多数を確認、直ちに迎撃を開始せよ」
普通科の隊員たちが掩体壕を駆け、野戦特科の99式155㎜自走榴弾砲が鎌首をもたげる。埋伏した機甲科の10式戦車が鼻先の120㎜滑腔砲の安全装置を解除、高射特科の11式対空誘導弾及び87式35㎜自走高射機関砲が背負ったレーダーに命を吹き込んだ。ターボシャフトエンジンの轟音とメインローターの風切り音を轟かせ離陸するのは、AH-1攻撃ヘリの群れ。それだけではない。500ポンド爆弾を搭載したF-2A戦闘機がタキシングを開始し、沿岸に停泊していた護衛艦〈すずつき〉のMk45 5インチ砲が旋回、ピタリと照準した。
瞬く間に戦闘態勢へと移る基地。傲、と唸った榴弾砲の砲身が、戦車砲の砲身が、機関砲の砲身が、艦砲の砲身が、等しく敵地へと向いた。
『敵軍、進撃開始!また、翻る旗は帝国軍と断定!』
ウォッチマン1――――敵を確認した偵察ヘリからの無線。指揮所内部でその報を受けた師団長は、根崎陸将の方を振り返った。根崎が頷いたことを確認して、視線を前に戻す。そして、マイクに吹き込んだ。
「野戦特科大隊、攻撃破砕射撃開始。諸元は出鱈目で構わない、とにかく数を打ち込め。護衛艦〈すずつき〉にも支援射撃要請!」
『了解』
命令を受けた特科大隊、正確には駐屯地施設に一番近いバンカーヒルに2両ずつ配備された155㎜自走榴弾砲、その周囲に群がる隊員たちが砲撃の用意を始めた。榴弾砲の尾栓を閉鎖し、信管を確認。諸元はすでに入力されており、砲口はピタリと虚空を指向していた。輸送能力の限界によりたった12門しか輸送できなかった自走砲だが、かのスターリンに「戦場の神」と呼ばしめた兵種は伊達ではない。
「たかが12門と侮るなよ、西側最高の砲撃技術を見せてやる」
大隊長が息巻き、士気の高い隊員たちが全ての砲の射撃準備が完了したことを告げる。装填されているのは弾着確認用の白燐弾ではなく、実弾。それを確認した彼は声の限り叫んだ。
「よし、撃ち方始めぇっ!初弾から当ててみせろっ!」
「了解ッ!」
ドォン、という腹の底を揺さぶるかのような爆音が複数鳴り響いた。12門の99式155㎜自走榴弾砲の鼻先から、死の鉄槌が打ち上げられたのだ。
「着弾まで10……9……8……」
再装填作業の傍ら、静かにカウントを開始する隊員に向かい大隊長はニヤリと笑ってみせた。
「予言しよう。――――全弾命中だ」
その瞬間、はるか彼方で轟音と爆煙が吹き上がった。
敵陣へと突き刺さる火線は、12本ではない。13本目が存在した。ほかの火線よりも軽く、しかし自走砲を上回る連射力でもって大地を耕す。その正体は、沿岸に停泊する護衛艦だった。艦の戦闘を指揮するCICにて、砲雷長が指示を下していた。
「観測データ、転送されました!諸元修正!」
「諸元修正後に砲撃再開。目標、敵攻城兵器。弾種榴弾、発射弾数7発」
「諸元修正ようそろ!」
「主砲、うちーかたーはじーめー!」
「てぇっ!」
その護衛艦の艦首に装備された127㎜単装砲が、猛然と砲撃を再開する。陸自野戦特科の擁する155㎜自走榴弾砲には威力こそ劣るものの、発射速度や射程は桁違いである。海自の誇る毎分20発の正確無比な射撃が、帝国軍に襲いかかった。
ダン、ダン、ダン、ダン……という小気味よい発射音と爆煙を置き去りに、飛翔する127㎜榴弾の群れ。それらは正確に、指示された座標へと吸い込まれ、弾着。軟目標に極めて強い有用性を誇る砲弾は、野戦特科の砲撃を幸運にも逃れた魔力式野砲の群れを引き裂いた。所詮は非装甲、軽装甲すらやすやすと吹き飛ばす爆風の前ではあまりにも無力だったのだ。
「陸自観測ヘリより無線です。『目標撃破、次の目標を指示する』」
「観測データ、転送されました!」
「角度修正後主砲撃ち方始め」
「この娘の実力、たっぷりと味合わせてやれっ!」
艦長の叫びに応えるかのように、護衛艦〈すずつき〉は弾薬を使い切らんばかりの猛烈な砲撃でもって地上部隊を圧倒した。
『初弾命中!全弾有効射!――――さらに効力射を要請!』
『試射なんてしてませんが!……てぇっ!』
『目標変更、うちーかたーはじーめー!』
「おうおう、特科の皆さんも海の皆さんもやってるねぇ」
飛行するヘリの中で、陸自航空隊の隊長はつぶやいた。特科や艦砲の射撃だけでは削りきれず、物量で突破される恐れがあるからこその彼ら突入部隊だ。攻撃ヘリの火力でさらに敵数を減らし、あわよくばここで敗走させる。それが狙いだった。
機首に描かれたエンブレムは、大蛇。
「隊長、そろそろアタックポイントです」
「了解。うん、敵の姿も見えてきたねぇ――――各機、散開し目視攻撃。敵を撃滅せよ」
天かける蛇たちが、大地を吹き飛ばす猛砲撃の前になすすべもなく立ち尽くす帝国兵へと喰らいつく。
『ヘリ部隊の突入を確認、野戦特科および護衛艦〈すずつき〉は射撃中止せよ』
たかが13門の砲によるものとは思えない猛烈な砲撃がピタリと止まった。自分たちを蹂躪していた死の嵐が収まったことに安堵した帝国兵は、しかし次の瞬間に再び地獄を見ることになる。
「なんだ、あれはっ!?」
叫んだ帝国兵は、次の瞬間には頭部を20㎜弾により消し飛ばされて絶命した。頭上に舞うのは、鋼鉄の天馬。
「敵の飛竜部隊か!?なんて威力だ……」
「くそっ、オーガ部隊は!?どこだ!?奴らならこの攻撃をグハッ!」
味方の部隊を呼ぼうとしていた投石機担当の兵は、投石機を狙ったロケット弾の一撃の巻き添えで吹き飛ばされた。
平原を進軍する帝国軍は、たちまち阿鼻叫喚となる。超遠距離からの砲撃と、天舞う天馬が放つ光の矢。炸裂したそれらは、何も知らない帝国兵をパニックに陥れるに十分なインパクトを持っていた。一部部隊に配属されていた「肉壁」用のオーガも、等しく20㎜弾により命を刈り取られる。
「魔術師、早く〈炎弾〉をお見舞いしてやれ!」
「撃っているが当たらないんだ!そっちこそ弓矢で牽制しろっ……〈雷撃〉っ!」
魔術師が掲げた手から中級の攻撃魔術を放った。AH-1はアルミ合金製であるため、雷は誘導される。回避するすべもなく、直撃した。
「やったか!?」
しかし、たかが8000ボルトでは、人を殺すことはできても攻撃ヘリを墜落させるには不足していた。計器異常はあるものの、熟練のパイロットにより制御された機体は即座に反撃の銃火を撃ち込んだ。なすすべもなく粉砕される魔術師たち。
しかし、そんな反撃が命中したのはごく少数であり、反撃手段自体の少なさもあり大半は逃げ惑うしかできなかった。
「くそっ、よくも仲間を……ッ!これでも喰らいやがれ……!」
「矢はセットした!いつでも撃てる!」
「撃て!さすがにこれがあたったらただでは済まんだろ!」
幾人かは果敢にも連発式大弩を用いて一矢報いようとしたようだが、そうは問屋が卸さない。1機の攻撃ヘリがすでに捉えていた。
『ウォッチマン2よりパイソン6、装填済みの対空兵器6。破壊せよ』
「対空兵器確認。破壊する」
マイクに吹き込み、パイソン6のパイロットは機体を旋回させた。確かに、前方でせわしなく動き回る敵兵たちの中心に巨大な槍が数本装填されたバリスタが見えた。後席が操作する対戦車ミサイルや、ロケット弾を使うまでもないと判断、機首のM197 20㎜機関砲を旋回させる。
「目標……前方、対空砲ッ!機関砲……てぇっ!!」
自身に号令、同時に手元の発射ボタンを押し込んだ。機首ターレットに据え付けられた航空機関砲が、毎分1140発の猛烈な弾幕でもって圧倒する。
ガダダダダダダッ、という腹に響く連射音が鳴り止んだ後には、降り注ぐ飴色の薬莢と弾薬リンク、そして跡形もなく粉砕された人だったものと木片が残された。「脅威」が排除されたことを確認し、淡々と飛び去るパイソン6。
「対空兵器撃破」
『了解、次は――――』
約1時間あまりの攻撃で、帝国軍は約2万の死者、3万の負傷者を出し一時撤退。それを確認した自衛隊の航空機たちも撤退を開始した。
その晩、国境の平原にて両方の攻撃部隊を指揮する壮年の将軍は、大敗北を喫して引き返してきた部下に怒鳴り散らしていた。
「役立たず共めッ!どうして会敵すらしていないのに逃げ散らかすのだ!?飛竜には飛竜を当てろ!我が帝国の誇りはこのようなところで砕けるようなものかッ!?」
「め、滅相もございません!」
飛竜部隊は、エルヴィス方面へと向かわせてしまった。その判断をしたのは自分なのに、それを他人のせいにしようとする。
――――それほど、2万という犠牲は大きかったのだ。
自分たちは最強だと信じていたのに、それをたった一時間の戦闘――――否、虐殺により否定された。あんなものは戦いとは言えない。自分たちは鎧袖一触どころか、鎧に触れることすら許されなかったのだ。
その時、将軍の頭の中にある策が思い浮かんだ。傍らの酒瓶をグイッと呷り、篭手で口元を拭ってニヤリと笑う。
「――――なぁ、歩兵軍団長よ」
「なんでしょうか?」
「次は、俺も出る」
歩兵軍団長は驚愕した。後方から指示を下すばかりだったこの男が、前に出ると言っているのだ。よく見ると目は血走っており、必死になっていることが覗える。
(……総将軍や皇帝陛下に処罰されることを恐れたか……しかし、生半可な攻撃では瞬殺されるだけだぞ!?)
「俺がやるのは夜襲、それも3方からだ。軽快な歩兵と騎兵の機動力を活用して、一気呵成に攻め上げる」
夜襲。古来より行われてきたその作戦は、生物学上どうしても警戒が落ちる夜間に攻撃を仕掛けることだ。その上、夜間は飛竜を有効活用できない。ならば、行けるか?と歩兵軍団長は思った。
「……了解いたしました。夜襲は3日後?」
「ああ。馬なら3日もかからんが、事前情報をもっと集めるべきだ」
珍しくこの男にしては正論を言いつつ、さらに酒を呷った。
――――――――――――――――
ほぼ、同時刻。エルヴィスのスティングレイ要塞付近に布陣した帝国兵たちは、不吉な重低音を聞いた。空から聞こえてくるようだが、あいにくの闇夜で何も見えない。野生の竜か何かだろうかと思った瞬間、彼らを爆圧と爆炎が襲った。
弾着、弾着、弾着。
一瞬にして2千人あまりの命が奪われ、兵士たちに混乱が広がる。突然足元が噴火したかと思うものすらいた。地平線近くに見えるエルヴィスの要塞は平然としており、これがエルヴィス側の攻撃だと悟らないわけには行かなかった。
そんな彼らを差し置いて、上空に電波の囁き声が響く。
『スカイ・アイよりイグナイテッド隊、着弾を確認、十分な損害を与えたと判定した。ミッション成功、RTB』
『了解』
高空で翼を翻したのは、4機のF-2A戦闘機とE-767早期警戒機。彼らが、帝国軍の陣地に痛烈な打撃を与えた張本人である。
日本の保有する人工衛星が残っていることを利用し、セルムブルク上空を通過するタイミングでGPS誘導爆弾を叩き込む作戦だったのだ。250kg誘導爆弾の餌食とされたのは、主に竜騎士たちの宿営地と攻城兵器、そして騎兵の宿営地。
結果として、1機あたり4発も搭載された誘導爆弾は正確に目標を吹き飛ばした。数騎ばかり逃れたようだが、飛竜部隊の組織的な行動ができないという点では変わらない。
「ふざけるな……」
誰かがつぶやいた。見えないところから幾千もの兵の命を奪うなど、騎士の作法に反している。
しかし、いくら喚いても死んだ者たちが帰ってくることはなかった。
いかがだったでしょうか。次回は主人公一行も出てきますので......