4 廃村の一夜
大陸暦1042年6月10日午後2時23分
未だに、煙が燻りを上げる焼け焦げた村。もはや村とも言えぬ惨状を一瞥して、竜ヶ崎は口を開いた。
「さて、ここからどうするかねぇ……相当弾薬使っちまったし、現地人保護なんて真似をしちまったし……」
そんな竜ヶ崎に、野外無線機を背負った三坂が報告する。どうやら、上空のE-767早期警戒管制機経由で市ヶ谷と通信をしてきたらしい。
「報告します。幕僚長より、直々に〈かが〉への撤退指示が来ました。どうやら『現地人保護』と『交戦』が効いた模様」
「……あんまり嬉しかねぇな。野党に突かれたとかだったら冗談じゃねえ。……ただ、弾薬を思いの外消費したのも確かだ……」
彼らは、200あまりのタイランディウス帝国軍を殲滅するために、思いの外弾薬を使ってしまっていた。その上、物資も少ないのだ。
ただし、それを補って余りある「情報」を手に入れたが。
「獣人の娘は高田に懐いてるんだな?」
「そりゃぁもう、ベッタリと。というか、最後の敵将を射殺したの彼女ですよ?」
三坂は、竜ヶ崎の質問の意図を読んで答えた。大内や想士からの報告によると、彼女は50m先の敵を2人連続で射抜いたらしい。弓矢でその距離を正確に射抜けるのは、優秀な弓手という証明である。
「そうなのか?……とにかく、裏切る心配はなさそうだな」
竜ヶ崎が、やや声のトーンを落として確認した。彼にはある思惑があったのだ。その思惑に気づいたか、三坂はこくり、と頷いた。
「ええ。彼女は寄る辺を無くしてしまっていますし、ね」
「まあ一応訊くべきだろうな……誘拐とかしたくねぇし」
そう言ってから竜ヶ崎はオヤジ臭い動作で立ち上がり、スタスタと歩いていった。その先では遺体の埋葬を終えた想士や大内が獣人の娘と話し込んでおり、どうやら情報交換をしている模様だった。
竜ヶ崎の姿を認め、獣人の娘は彼の方を向いて話しかける。
「……リュウガサキ、あなたに聞きたいことがある。――――私は、これからどうすればいい?」
「……落ち着いたみたいだな。……と言っても、俺たちもまだどうするか悩んでるんだが……」
なかなか切り出そうとしない己の隊長の姿を見て、嘆息した想士はセリフを奪い取った。
「ようするに、俺たちと一緒についていかないか、『日本』に行かないかってこと」
「……そ、そういうこと」
竜ヶ崎が気まずく首肯した。しかし少女はそれに目もくれず、再び想士の方を向いて考え込む。
しばしの後、再び口を開いた。
「……いく」
それはたった一言だったが、この少女の将来を決める重大な一言であった。
数刻の後、分隊6名プラス1はかろうじて屋根が残っていた廃墟に集合していた。南原と榊が周囲を警戒する中、中央に立った銀髪蒼瞳の獣人の少女が口を開く。
「……助けてくれて、ありがとう。私はフレイ・ラ・フルーレエルヒェン。これから、よろしくね……」
銀鈴のように澄んで美しいながらも、深い悲しみ故に無感情に聞こえてしまう声。しかし、竜ヶ崎はそれを気にすることなく快活に笑い、手を差し伸べた。
「ああ、よろしくな、フレイ!」
突然手を差し出されて、驚くフレイ。握手という文化はこの世界にないんだな、と思いつつ、想士はフレイに向かって囁いた。
「俺たちの国の文化。握手って言って、挨拶の手段のひとつなんだ」
「ニホンの……?」
そう言いつつも、おっかなびっくりとフレイは手を伸ばした。竜ヶ崎は、その細く白い手をがしりと取る。
「うん……」
竜ヶ崎は笑って、手を離す。そして、今度は一同に向かって話しだした。主に、これからの行動を。
「まず、回収のためにMV-22が派遣されてくるらしい。一応、〈かが〉まで帰るからな。で、そのランディングゾーンはこの村だ。ここまでで質問はあるか?」
そこで、大内が手を上げた。
「隊長。なぜ、〈かが〉まで帰るのですか?すでに先遣の施設科が橋頭堡を築いているというのに……?」
「ああ、どうも上の方から指示があってな。付近偵察は十分と判断して、新たな任務を発令したらしい。その準備のために、一度〈かが〉まで戻らにゃならん」
続いて手を上げたのは、南原だった。
「ですが隊長。単なる回収ならロクマルで足りるのでは?MV-22が本国から派遣されてくるというのは……」
「速度だ。ロクマルじゃ敵の飛竜に追いつかれる」
「了解です」
「他に質問は?」
最後に手を上げたのは、フレイだった。
「……『えむぶいにじゅうに』って、なに?」
確かに、彼女にとっては見たことのない代物である。この世界には、さすがにヘリコプターなど存在しないのだから。
かいつまんで、竜ヶ崎は説明する。
「MV-22ってのは……あー、要するにたくさんの人を運べるからくり仕掛けの竜だ。帝国の飛竜よりも高速で飛べるし、馬車よりもたくさんの人を運べる」
「……なんとなくわかった」
それだけ言って、フレイは想士の隣にちょこんと座った。
「じゃあ、質問はもうないな?…………MV-22の到着予定時刻は翌0600、早朝だ。警戒は3時間ローテで、他の者は野宿の準備をしていてくれ」
「「「了解」」」
そう言うと、竜ヶ崎はおもむろに立ち上がった。流石に地べたに寝るのは避けたい。一夜をこすために、使えそうな場所、ものを見繕う必要があった。
異変があったのは1700、夕暮れに空が紅く染まる頃合いだった。
ばさっ、ばさっという羽ばたき音がかすかに聞こえてきて、それは徐々に大きくなってきたのだ。方角は、北。その時哨戒として立っていた大内は、作業中の想士や竜ヶ崎たちを無言で蹴り飛ばす。疲労回復のために寝ていたフレイは、その音で目を覚ました。
「……Wyberm!?Kial vi estas en tia loko?」
術者が睡眠状態に入ってたことにより〈意思疎通〉の効果は切れており、想士たちには彼女の声は見ず知らずの言葉としか聞こえなかった。しかし、驚いているのはわかる。
「ち、羽トカゲか……!」
回収機を待っているこの状態で村を焼かれるのは、避けなければならなかった。
「高田、嬢ちゃんを守れ。対空戦闘なら俺が1番強いだろう」
「了解、おやっさん」
すでに分隊の各員は装填済みの銃を取っており、各々セイフティを解除、取り付けた電装部品のスイッチを入れていた。榊が廃墟から一歩出て、双眼鏡で敵を視認する。
「榊、見えるか?」
「……見えました。飛竜が2、距離1300。速度90キロ近くで接近中……今距離1250」
竜ヶ崎は即応した。続けざまに戦うための指示を下していく。
「……分隊、戦闘用意!おやっさんは対空射撃、他の要員は散開!俺はここから狙撃を試みる!」
「ラジャー」
言うなり、竜ヶ崎はMk14EBRスナイパーライフルの二脚を立てて崩れかけ塀と化した壁に引っ掛けた。すなわち、簡単な対空銃座である。隣では、南原も同様にMk48分隊支援火器の二脚を壁に引っ掛け、銃口を空に向けていた。
それを確認した想士たちは、別の廃墟へと駆ける。全滅の回避と、引き摺り下ろした後に多方向から射撃を浴びせるためだ。
想士が選んだ廃墟は、もともとは農家の所有物だったと思しき納屋。家は焼き払われていたが、これはかろうじて原型をとどめていた。壁に開いた大破坑から敵を視認、銃を向ける。
「フレイ、座っていてくれ」
手で控えるように指示を出し、弓を持ったフレイが無言でうなづくことを確認して再び前を睨んだ。
その時、ダダダ、ダダダダンという重い発射音とともに、空に火線が伸び上がった。曳光弾の軌跡が伸び上がり、いくつかは飛竜の鱗で火花を散らす。
「おやっさんが撃ち始めたか……」
距離はすでに300を切っていた。回避機動を取りながら、想像以上の高速で突き進んでくる竜騎士たち。
突如、その片方の騎手が突如竜から落ちた。後席の航法手は驚いたが、直後に自らも銃弾に撃ち抜かれ墜落する。
「隊長がやったか。……ここまでだな」
そう、すでに相対距離は100メートルを切っており、これ以上は敵の反撃を食らう恐れがあった。
『竜ヶ崎より分隊各位、俺たちは一旦退避した。敵の着陸時を狙い、はたき落せ』
「ラジャー」
竜ヶ崎からの無線を受けて、銃をひっ掴み敵の進む方向へと移動。フレイがしっかりと付いてきていることを確認しつつ、走った。向かう先は広場である。
思惑通り、竜はそこに着陸しようとしていた。減速のため翼を立てた竜を睨み――――おもむろに発砲。サプレッサー特有の減音された銃声が鳴り響いた。
銃口を飛び出した7.62㎜弾の群れは瞬時に100メートルあまりの距離を駆け抜け、竜の頭部を直撃。貫徹こそ出来ぬものの、運動エネルギーをすべて殺しきれるわけではない。
――――その竜を、まるで全力で数発殴ったかのような衝撃が襲った。
「ヒット」
脳震盪を起こし、バランスを崩してフラフラと墜落していく竜とそれに乗る騎士たち。それを冷たい目で見つつ、想士は走った。
「ソウシ!?」
「……ッ!」
フレイの叫びを残して、想士はひた走る。もがいている竜や騎士たちとの距離を詰め、――――射撃。
単発射撃を2発叩き込み、竜騎士2人を殺す。続いて、竜の眼球に銃口をあてがい撃発。躍り出た7.62×51㎜NATO弾が脳組織へと飛び込み、それを引き裂いて頭蓋骨で反射。数千ジュールにも及ぶ運動エネルギーを、余さず弱点へと叩き付けた。
痙攣する竜と、一撃で殺され動かなくなった騎士2人。
「……クリア」
セルムブルグ大陸において、騎士の大隊ですら手こずる最強の兵種をたった一人で瞬殺した兵士は、味方が駆けつけるまで油断せず警戒を続けていた。
敵が去ったら、先程までの作業の続きである。風雨をしのげる廃墟に焚き木や金網を持ち込み、小さな鍋を据える。すでに床は抜けてしまっていたから、火事の心配はない。
そこに、森で三坂や南原が採取してきた果実やフレイが見繕ってきた備蓄食料を並べたら、一通りの炊事が可能である。
「おやっさん、着火剤を……」
「了解です。隊長、換気用の窓は開けていますね?」
防水マッチ片手に着火剤を求めた竜ヶ崎に、南原は確認した。換気経路の確保を忘れていたことに気がついた彼は、大内の方を向いて口を開いた。
「いけね、忘れてた。すまんが大内、アッパーで天井ぶち抜いてゴゲフッ」
「わたしはゴリラか!?」
定番の漫才が入り、苦笑いした榊がライフルを片手に向こうを見た。
「土間らしきところの方に破孔空いてますよ?そっちで火を焚けば問題ないかと」
「うん……流石に部屋で焚き火はどうかと思う……」
「フレイちゃんが言うなら仕方ないな……おーし、焚き木移動させっぞ」
程なくして、土間だった場所に少しばかりの焚き木が積まれていた。竜ヶ崎がマッチで点火し、パチパチと燃え上がる焚き火。
「さて、火を焚いたのは今日が初めてか?」
「ええ。そうなりますね……ついでに言うなら、戦闘糧食を消費するのも」
「まあな。戦闘糧食2型は加熱剤ついてるが、せっかく火があるから素直に湯煎しようか」
言うなり、ビニールパックに入った戦闘糧食を開封し小さな鍋に張られた水の中に袋ごと入れた。ぐつぐつと煮え立つ鍋の隣の金網の上では、フレイが確保してきた備蓄のハムが焼かれていた。
「……ソウシ、ハム食べる……?」
「ああ、頂こう」
フレイが想士に焼かれたハムを差し出し、それを受け取った彼は一口で食べてのけた。そして、素直な感想をこぼす。
「うん、美味しい」
「ヒューヒュー、お熱いことで」
「大内、パックめし食うか?」
「ん、頂きましょっかね」
他愛のない会話。食事時は、なにくれとない会話が弾むものだ。ただし、彼らは警戒を怠っているわけではない。立哨として三坂と榊が立っており、食事中の面々も手元に初弾装填済みのSCARを携えていた。
ちなみに、5分後に想士&南原ペアに交代予定である。
「……おやっさん、そろそろ立哨交代の時間じゃないですか?」
「ああ、そうだな。高田、行くぞ」
「了解」
想士と南原が連れ立って廃墟の外へ出た。伸びをして室内へと入っていた三坂と榊と入れ代わりに、哨戒に立つのだ。
「暗視装置よし……おやっさん、敵襲あると思いますか?」
「いや、ないだろうな。夜襲をする以前に部隊が全滅してる、敵情もわからないのに闇雲に兵を突っ込ませる馬鹿はいない」
「まあ、夜は双方不利ですしね」
装着した単眼式暗視ゴーグルにより、そのハンデを打ち消した想士はつぶやいた。
そのころ大内は、戦闘服越しに毛布の質感を感じながら横になっていた。隣にはもはや腐れ縁となった学生時代からの友人にして恋人が、そして逆側にはつい先ほど知り合ったばかりの獣人の少女が、それぞれあどけない寝顔を見せていた。
それを見やった彼女は、ふふ、と小さく笑う。
「やれやれ、わたしは2曹、こいつは3尉なのよね……まったく、上官とあろうに油断しきりやがって……」
ぼやきつつも、左隣の竜ケ崎にしがみつこうとして――――隣で寝ている少女が腹にしがみついていることに気が付いた。その細い体のどこに隠していたのか、相当強い力で固定されてしまっている。格闘徽章持ちの自分の体力ならば振りほどけなくもないが、さすがに大人げないのでやめておくことにした。
「はぁ、わたしは高田じゃないっての……高田の奴、ちゃんと責任は取ってもらうからな」
フレイの慕っている――――否、依存している相手は、やはり想士である。窮地を助けてもらったので当然かもしれないが、いかにも騎士とお姫様といった感じのストーリーで、大内にはそこが気に喰わない。しかも、おそらく両者に自覚はなしである。
「あーもう、考えるのはやめた。むかしっから考えるのはこいつの仕事で私は体力仕事だっての」
蒼暗い月明りが穏やかに照らす中ひとり呟く言葉は、誰にも聞かれずに宙に消えていった。
自分と恋人に割り当てられた立哨時間にはまだ2時間ばかり猶予がある。それまで少し眠ろうと思い、彼女は微笑みながら目を閉じた。
――――その夜、襲撃はなかった。
ちなみに、第168特殊作戦部隊(168SOF)の装備は、
竜ケ崎研二3尉:Mk14EBRマークスマンライフル、SIG-P228
南原清隆陸曹長:Mk48分隊支援火器、SIG-P228
大内久良波2曹:SCAR-H改アサルトライフル(ショートバレル)、SIG-P228
高田想士3曹:SCAR-H改アサルトライフル、SIG-P228
榊真司3曹:SCAR-H改アサルトライフル+Mk13グレネードランチャー、SIG-P228
三坂辰三1士:SCAR-H改アサルトライフル+Mk13グレネードランチャー、SIG-P228
のような感じです。