3 168SOF,take the action
タイランディウス帝国帝城
「なるほど、つまり攻撃隊は全滅したのだな?」
『はい。申し訳ございません』
帝城の謁見の間は、再び重苦しい空気に包まれていた。数日前はこうなるとは予想もつかなかったのだ。玉座に座る皇帝は、怒りを通り越して冷静に見えた。しかし、付き合いの長い総将軍にはわかる。
(皇帝陛下は、お怒りでいらっしゃる)
心の底に煮え立つ怒りを隠して、皇帝はあくまで冷静に喋る。
「すなわち、敵の首都攻撃は失敗、飛竜は全滅。それで間違ってないな、宮廷魔術師?」
「ええ、すでに確認しました。――――生存の竜騎士は200名余り、飛竜に至ってはわずかに60頭です。彼らは捕虜になった模様」
「……しかし、戦闘を確認できなかったのが辛いな……」
「艦隊からの通信が入るまで、私も失念しておりました。誠に申し訳……」
「ならば、次への対策をしろ。敵はエルヴィスと組んだと見てよい。国境から来るぞ…………!」
宮廷魔術師の弁を、皇帝は一蹴した。そう、過去を後悔しても始まらないのだ。過去の失敗で有能な部下を追及するなどという愚かな真似は、彼はしない。
『第1飛竜軍団は、飛竜母艦〈ケーニル〉を残して全滅、残存艦艇は生存者の救助後に集結して北上中です』
「……帝都西のハーラマホルゲル城に駐屯の第103飛竜中隊を中心に再建を図れ。『機動部隊』は海戦において必須だ。それと、国境に待機させた部隊の進撃は待たせて、威力偵察を行え」
総将軍が、命令する。残忍なことを、淡々と。
「それと……そうだな、国境の村を略奪、焼き討ちしろ。あの辺はエルヴィス寄りだったはずだ、補給に用いられると厄介だ」
「了解」
――――斯くして、悲劇が始まった。
2週間後
――――自衛隊の派遣が決定された。
地理的要素を鑑みて、エルヴィス国とタイランディウス帝国の国境、その沿岸部に駐屯地を建設、そこから反攻を開始することが決定。派遣戦力は数個師団規模であり、第一陣となる第1特別混成旅団はすでに舞鶴から海自輸送艦による移動の準備を済ませていた。
と言っても輸送艦の輸送能力は数百人を送るのがせいぜいであるため、一万人を超える人員を送り込むためには大規模なピストン輸送が必要になる。故に、必要な兵力を展開するまではまだ相当の時間がかかる見込みであった。
しかし、すでに出発――――否、現地に到着している部隊もあった。
「……見渡す限りの森だな……」
「だってそういうところですよ、隊長?」
「たいちょー?もたもたしないでくださいよ?」
そう、特殊作戦群168SOFである。
彼らに課せられた任務は「先行偵察」であり、ついでに「現地の住民との接触」だった。それを受け取った各分隊が、〈かが〉艦載ヘリにより展開したのが2日前。戦闘糧食はそれなりにあり、そもそも特戦の隊員自体がサバイバル術に長けているため糧食面の心配はまだ不要だが、相当内陸まで来たのだから村の一つぐらいは、と思わないこともなかった。
「こりゃこの辺に人は住んでいない感じか?」
「まあ国境沿いを歩いてますしね」
分隊員の榊3曹が、空撮写真とコンパスを見ながら言った。この空撮写真は空自のRF-4E偵察機で撮影したものであり、タイランディウス帝国とエルヴィス国両国の国境周辺の地図として活用されていた。また、人工衛星で撮影された大まかな地図もある。紙のサイズを鑑みて解像度はおとされているので、そこまで役に立ちそうではなかったが。
どうやら、位置的にはもとの世界における日本とロシアと中国の関係に近いらしいが、敵の首都は北海道の真北やや西の方に、エルヴィスの首都は福岡から200㎞西に存在するとのことだった。
そして、自分達が今いる国境地帯は平原、タイランディウスとエルヴィスが唯一ぶつかれる場所である。他の国境は峻険すぎる山岳や厳しい砂漠地帯であり、踏破困難という説明があった。
それはさておき、榊がぼやく。
「でも、地図には集落がいくつかあるので、そろそろ集落らしきものが見えてきてもおかしくないのですが……」
「むしろ50km近く徒歩で移動して何もありませんでしたってなったら泣くぞ?」
「……隊長、運悪いですしね」
想士はつぶやいた。確かに、航空母艦〈かが〉での一件など彼は全体的に不運ではあったので間違ってはいない。
彼らはその調子で、すでに数時間歩いていた。
「……一旦小休止を取りましょうか」
「そうだな。にしても、こんな赤い実が相当のエネルギー源になるとは意外だねぇ」
「鳥が食べれるものは大抵食べれるって言いますけど、これは結構いいことを知りました。捕虜を取って正解でしたね」
一旦草むらの中に座り込んだ彼らは、各々のリュクサックから大ぶりの赤い実を取り出してかじりついた。これは「リューカの実」という現地の果物で、脂質やビタミンを多く含むためエネルギー源として最適だった。捕虜としたある女竜騎士が教えてくれたのだ。
難点はやや大振りなことだが、干せば携行食として活用できるだろう。
ちなみにこのリューカの実は、道中で取ってきたものである。
「美味しいものは糖と油でできているって言いますけどね。太りませんか、大内2曹?」
「失礼ね、榊3曹!?私はこれでも格闘徽章持ちよ!?」
「つまり格闘に最適化するために胸を削ぎ落としゴフッ」
軽くセクハラをした竜ヶ崎に、その場にいる全員が物理的突っ込みを入れた。お約束である。
ちなみに168SOF第2分隊は、隊長である竜ヶ崎研二3等陸尉以下、南原清隆陸曹長、大内久良波2等陸曹、高田想士3等陸曹、榊真司3等陸曹、三坂辰三1等陸士からなる。それぞれの役割は、竜ヶ崎がマークスマン、南原が分隊支援火器、榊と三坂が擲弾手、そして想士と大内がライフルマン……という名の切り込み役であった。
「にしても、国境地帯はやっぱり山なんですね……食糧に困らないのはいいんですけど、流石に萎えそうです」
三坂が言った。
彼はまだ20だが、それなりの体格を持つ若者であった。故に体力はそれなりにあるのだが、こうも森や山が続くと流石に飽きるというものである。
――――その時、想士は気がついた。
「ストップ。分隊各位、なにか聞こえませんか?」
「……!!」
遠く聞こえるのは、怒声、爆発音、そして剣戟の音。―――紛れもない戦場の音だった。むくりと、竜ヶ崎が立ち上がる。
「行くぞ。分隊各位、荷物をまとめて戦闘態勢へ。――――南だな」
その声に応じて、全員が無言で立ち上がり武器を取った。
警戒を厳にしながら、小走りで森の中をかける。
武器はとっくの昔に初弾装填済み。
少し走ると、森の切れ目のさきに燃え盛る集落が見えた。爆発音や剣戟の音は聞こえなくなり、代わりに高笑いや悲鳴がかすかに聞こえてくる。
それを聞いてとった竜ヶ崎が、木を盾にしてしゃがみ込みつつ、小声で榊に聞いた。
「敵情、わかるか?」
「……旗は帝国軍、敵兵は200ほどと推定。また――――虐殺が行われています」
榊は双眼鏡越しに映る光景を、感情を殺して告げる。
そこで起こっていたのは、帝国兵が助けを乞う村人を剣で虐殺している姿だった。その村人たちには、共通する特徴があった。
「……殺されているのは、俗に言う“獣人”です。犬耳、尻尾付きですね」
それは、竜ヶ崎に攻撃を決断させるに十分なセリフだった。しかし、彼は部隊を率いる指揮官としての立場から必死に思考を巡らせる。
――――訓練された軍人6人なら、楽に始末できる。交戦許可も下りている。
――――迷う必要は、ないな。
「高田と大内、突っ込め」
彼は迷うことなく命令を下した。
「榊と三坂は支援。おやっさんは敵の後方部隊から薙ぎ払え。俺は狙撃だ」
返事は、すぐに帰ってきた。
「「「ラジャー」」」
その帝国兵たちは、崩れかけた家の前で高笑いをしながら剣を振り下ろしていた。眼の前には必死に懇願する獣人の若い女、夫らしき男は顔面に剣を突き立てられて果てていた。
「おらおらおらっ!」
「や、やめて……」
獣人の白い肌に、増えていく深い切り傷。彼らは、命令によりこの村を襲撃していた。目的はここを制圧して対エルヴィス国への前線基地とするためであり、獣人には排除許可が出ていたのだ。別にタイランディウスには獣人への差別は特にないが、この村はどちらかというとエルヴィス寄りの態度を示していた。
――――それが仇になったのだ。
上質な装備を身に着けた帝国兵200に対して、急襲された村人側はわずか50。
その上奇襲ということもあり、瞬く間に戦闘員となる若い男は皆殺しにされた。
その後、地獄が始まった。
急襲部隊隊長の「女子供構わず、鏖殺せよ」との言により、生き残りが容赦なく虐殺され始めたのだ。中には「お楽しみ」を済ませてから殺した帝国兵もいるようだが、どちらにせよ非人道的であることには変わらない。
この帝国兵も、周りに同調して暴力の限りを振るっていた。
「やめてください、娘だけは!私なら何でもしますから!」
銀髪を振り乱しての、悲痛な叫び。しかし帝国兵たちは笑い飛ばした。
「ははは、容赦なんてするわけ無いだろう? ―ーーーおい、この家の中だ。連れてこい。ー―ーー“お楽しみ”をたっぷりとしてから殺してやる」
「おうよ」
一人の帝国兵がその崩れかけた家に入った。程なくして、恐怖に顔を引きつらせた一人の少女を連れてくる。すでに数発殴ったらしく、少女は血まみれだった。分厚い手甲を付けた腕は、ちょっとした鈍器代わりになるのだ。
女の顔が、絶望に染まった。
「おら、てめえも最後まで見とけよ!」
それに対し、女へ容赦なく剣を突き立てた帝国兵。肩を穿たれた彼女の、声にならない悲鳴が上がる。ビクッと震えた少女の耳元で、「次はお前だ」と囁いた帝国兵。その言葉が消える寸前、彼は少女の顔を地面に叩きつけていた。
立ち上がろうとする少女の首根っこをひっつかみ、さらに数発殴る。それでもなんとか必死に耐えようとする少女。
その時、女の腹に刃が生えた。
背後から剣を突き立てられたのだ。獣人は血を吐き、痛みに痙攣する。
「あー、ばか、“お楽しみ”前に殺してどうするんだ」
「悪いな、だがそのほうがこの娘の泣きわめく顔が見れて愉しいだろ?」
「はぁ、この小娘に5人も相手できるかっての」
「さあな」
下卑た笑みを浮かべつつ、帝国兵たちが軽口を叩きあった。
しかし、少女がそれを知ることはできなかった。彼女の頭の中は、母の死でいっぱいになっていたのだ。
「おかあさぁぁぁんっ!!!」
絶望と絶叫が響き渡った。しかし、それを聞いた他の帝国兵たちはげらげらと笑い飛ばすだけだった。中には「早くヤっちまえよ」と言わんばかりの視線を向けてくる奴すらいる。
「さあて、お前にはそのぶん愉しませてもらわないとなぁ?」
声を聞いて虚ろな目で見上げた少女の眼の前に帝国兵が立ち、下卑た笑いとともに下半身を突き出そうとして、
―ーーー後ろから伸びた手が、喉を掻き切った。
降りかかる血液に、銀髪の少女は呆然とする。眼の前に立っていたのは、まだら緑の服と兜を着けた若い男だった。
(ひどいもんだ)
帝国兵3人をナイフと拳銃で殺害した想士は、焼けた集落を見渡して思った。
眼の前には、座り込んで怯える少女。彼女が村人であることは一目瞭然であり、そして今目の前で肉親を殺されたことも理解していた。
そのことに、彼は苦々しく思う。
「……俺達は敵じゃない。そこで、じっとしてろ」
身振り手振りを交えて、そう言った。理解したのかどうかはわからないが、今はこれしかできないのだ。
目の前で2人の帝国兵を瞬殺した大内2曹にハンドサインで射撃するよう伝える。自分もSCARを構え、通りの向こうにたむろする帝国兵を撃とうとして、ふと違和感に気がついた。
少女が、自分の服の裾にしがみついている。
「……離れろ、危ないぞ」
「……」
そう言っても、離れない。言語が通じないため当たり前なのだが、想士は少し迷った。その末、優しく手を取を取ることを選択。
すると、少女は座り込んだままうつむいた。
「……少し待ってろ」
それだけ言い残し、今度こそ銃を構える。帝国兵も彼らに気がついていたが、大内の射撃により片っ端から倒されていた。サプレッサーで減音された銃声が連続して鳴る。
「遅いわよ!?」
「わかってます」
距離100メートル。膝立ちで、セミオート射撃。
ホロサイト越しに敵を視認し、正確に顔面を撃ち抜いた。
7.62㎜弾ならば騎士鎧くらいは貫徹できるのだろうが、確実に殺害するためにあえてヘッドショットを狙っているのだ。
『広場の周りは掃討した。後は大内、高田のいる通りと門の前だけだ。残敵推定100』
分隊長であり、森の中から狙撃を行っている竜ヶ崎からの無線が入った。すでに南原と三原、榊の手により多くの帝国兵がたむろしていた広場が掃討されており、残りは想士と大内が少女を守りながら防衛戦を繰り広げている通りと、門の前で待機していた兵たちのみとなっていたのだ。
「了解」
短く答え、マガジンを取り替えて射撃を継続。すでに50メートルを切った。
「立射に切り替え、後退しつつ撃つわよ」
「了解」
彼は立ち上がり、そして後ろの少女にも移動を促そうとして、――――いないことに気がついた。
「……彼女は!?」
「……うそっ!?私達ですら気づけなかったわよ!」
彼らは予想外の事態に慌てつつも、冷酷に銃弾を送り込み続けていた。最初は勇ましかった帝国兵も20人を切った今ではすでに及び腰になっており、ジリジリと盾を構えて近づく戦法に切り替わっていた。しかし、木製の盾ごとき銃弾の敵ではない。
「短連射」
「了解」
セレクタをフルオートに切り替え、数発ごとに区切って射撃する。
当たれば手足など簡単に持っていってしまう小銃弾が、複数発群れになって襲いかかってくるのだ。いくら盾と鎧で減殺しようとも、数発撃ち込めば簡単に無力化できてしまう。
――――残り、2。
その時、想士の耳元を風切り音が通過していった。銃弾のような超高速の物体ではなく、どちらかというと低速の物体が奏でるような代物だ。例えば、矢のような。
2本の矢が残り二人となった帝国兵の両方に突き刺さり、片方は心臓を、もう片方は脳を引き裂かれて絶命した。
敵の全滅を確認した想士は、矢を射った人物の方を振り返った。
――――そこにいたのは、打って変わって冷酷な目をした銀髪犬耳の少女。
獲物を無慈悲に見下ろす目を見て、想士はふと自分達との共通点を見いだした。すなわち、殺すときはなにも感じないのだ。あるいは、悲惨すぎる体験が一瞬にして彼女から感情を奪い去ったか。その時、彼女が何事か呟いた。
「……どうした?」
「……聞き方悪いわよ、3曹」
ぶっきらぼうな想士の問いに、大内が眉をひそめた。あまりにも不愛想すぎたのだ。しかし、少女は言った。
「……いえ、大丈夫です」
「……〈意志疎通〉か。大丈夫か?」
「……ええ」
そこで、大内が想士の頭を叩いた。
「あんた、バカぁ?もう少しさ、優しさってもんがないんかねぇ?」
「……これでも、相当気をつかって」「ないわよ」
想士がうなだれたが慈悲なく無視し、大内は少女の方へしゃがみこんだ。まるで、泣き出しそうな小さい子を励ますかのように。
「……辛かったね」
そっと、胸に抱き締めた。聖母のような微笑みで、包み込む。
気がついたら、故郷を失った少女は泣き出していた。
文法等変なところあれば、誤字報告よりお願いします。