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プロローグ3:航空母艦〈かが〉

 西暦2019年5月16日1230(12時30分) 舞鶴沖


 蒼い海原を征く鋼の城。

 そう書くとなんとなく勇ましく聞こえるが、平時ということもあり実際にはのんびりしたものである。

 航空母艦〈かが〉の艦橋構造物に張り巡らされたキャットウォーク。その上で2人の男が、鉄色の飛行甲板とその奥の流れ去る海を見ていた。


「なあ、高田3曹。俺思うことがあるんだけどさ」


「却下で」


 不意に、片方の20代後半の男がもう片方のまだ10代に見えなくもない青年に話しかけたが、彼は嫌な予感がしたため反射で切り捨てた。

 しかし、懲りずに話し続ける。


「なぁ、おかしいだろ?一応俺たちは国を護る自衛隊だぜ?」


「言いたいことはわかりました。誠に遺憾ながら俺も同意見なので黙ってください3等陸尉ドノ」


 3()()()()

 確かに、そう言った。

 彼らは非番の隊員としてはあまり間違っておらず溶け込んでいたが、1つだけ明らかにありえない点があった。

 肩章が、陸上自衛隊のものなのだ。


「陸上自衛隊、それも栄えある特戦群だぜ?少しは贅沢させてもらってもいいと思うじゃん?」


「字面だけ聞くと最低野郎なんですが」


「高田」と呼ばれた青年は、「3等陸尉」の言葉にいつもどおり冷たく返した。

 傍から見れば色々酷評されても仕方ない言葉だが、高田にはその感情が理解できてしまった。誠に遺憾なことに。


「神よ、どうして私には推しのアニメをみることを許してもらえなかったのですかぁ!?」


「わかってるから黙れ竜ヶ崎隊長!」


 要するにこういうことだった。

 上官への敬意をかなぐり捨ててまで彼は叫んだが、それは彼もぐっと我慢していたことなのだ。

 そう、彼らは「ヲタク」と呼ばれる人種なのだ。


「航海中でも非番ならテレビ視聴許されてるし譲ってもらっているのですから良しとしましょうよ!」


「よりにもよって訓練時間に今季神アニメの『異世界のんびり紀行』が入っているんだよぉ!非道すぎるだろ主に()()の訓練メニュー考えた奴!」


 その上、自衛隊の保有する唯一の特殊戦部隊である「特殊作戦群」所属。どう考えても、まともな人間じゃないことは確かだった。




 彼ら特殊作戦群第168作戦部隊(168SOF)30名は、2日前に舞鶴よりこの航空母艦〈かが〉に乗艦した。目的は島嶼部奪還に向けた連携訓練である。すなわち、武装勢力により島嶼部が占拠された際に、最低限の損害で奪還するために訓練するのだ。その際、陸上自衛隊だけでは不利である。故に海上自衛隊、航空自衛隊と共同で活動する予定である。

 今回の訓練は非公開―――特殊部隊は素性を知られてはならないので当然だ―――であるが、相当の規模になる。第2分隊を指揮する竜ヶ崎研二3等陸尉は、今度はそのことについて自分の部下にしてヲタク仲間に愚痴をこぼしていた。


「だからよ、どう考えてもおかしいだろ?普通俺らが島に接近するならSEALsよろしく潜水艇でも使うべきだ。それなのに今回は空母に相乗りと来た」


「訓練スペース広いですしアニメ見られますし環境いいので良くないですか?」


 想士の返しは、竜ヶ崎に突き刺さった。


「そ、そんなこと言ってると国守れないぞ、高田想士クン?」


「さっきまでバリバリ自らの不満について語っていた人の言葉とはとても思えませんが」


「……」


 帰ってきたのは沈黙だった。

 上官が完全に自爆したことを確認しつつ、彼は思索を巡らせる。

 ―――島嶼部奪還で自分たち特殊部隊が出るならば、潜水艇という手もあるが一番はヘリボーンおよびエアボーンだ。だから空母に乗務しているのは間違ってない。

 ―――というか、スペースの問題もあるだろうから、な。潜水艦に30人は無理だし、そうりゅう型潜水艦では潜水艇を扱えないし。

 ―――まあ確かに、夜間展開訓練の影響で『異世界のんびり紀行』を見れなくなったのは大きすぎる誤算だけど……


「おう、竜ヶ崎3尉に高田3曹じゃないか。今夜の『異世界のんびり紀行』、俺が録画しとこうか?」


 そんな彼の思考は、唐突に割り込んできた声によって阻まれた。


 ふと顔を上げると、からからと笑う厳つい顔の男がいた。

 その顔と肩章を見て、瞬間的に姿勢を正し敬礼する2人。


「ふ、副長!失礼いたしました!出来ればブルーレイに焼き増しさせていただきたいのであります!」


「た、隊長!?申し訳ございません!」


 己の無礼を侘びつつもしれっと上官に要求する竜ヶ崎を、同じく敬礼しつつ窘める高田。

 そんな彼らに副長は手を振り、「あー、今は非番だからいいよ」と気さくに応えた。


「なに、『異世界のんびり紀行』は幹部の間でも話題になっているからな。それと、非番なら階級は関係ないさ」


 ちなみに、布教したのは竜ヶ崎である。

 娯楽が少ない海の上、沼にハマる者は多くなりそうだった。

 それはそれとして、と前置きを入れ、想士は質問をする。


「副長、今回の目的地は尖閣諸島ですよね?」


「なに、それはお前さん方のほうが知ってるだろ?」


「いえ、先程から艦は北上しているので、どのような航路をたどる予定なのかと気になりまして」


 その質問を聞いた40がらみの副長は頭を掻いてこう答えた。


「実は、合流予定の護衛艦が機関トラブルで出遅れててな。仕方ないから合流ポイントを設置しておいて、向こうさんが動けるまで時間潰すためにやや大回りってわけ」


「なるほど……」


 事故機などが発生したわけではないと知り、想士は一安心した。特にアナウンスはされていなかったが、救助に当たるために事故海域へ向かい救難捜索を行うなどは稀ではないからだ。


「ま、俺らは訓練しつつ気楽に航海楽しめばいいんですよ」





 西暦2019年5月16日1900 舞鶴沖


「全員集まったな!?よぅし、これより訓練を始める!」


 飛行甲板の上に、168SOFの隊長である秦伸二1等陸尉の声が響き渡った。夜間ということで照明は落とされ、わずかに航法灯がマストに灯るのみだった。領海内ということもあり、夜間哨戒は行わないようだ。

 スクランブルのために数機のF-3戦闘機が駐機していたが、逆にそれが閑散とした雰囲気を醸し出している。


 今回の航海および合同演習は、特戦と海自の連携訓練が主だが、そこまでになにも訓練しなくていい訳ではない。なにより、日々の訓練こそが精強な部隊を形成するのだ。


 なお、訓練内容は極秘である。










 数時間後、訓練を終えてシャワー室で汗を流し、さっぱりして飛行甲板に出てきた想士はある異常に気がついた。


 空気の質が変わっている。


 所詮は彼の勘でしかないが、胸騒ぎがして空を見上げた。

 そこにあるものに、彼は驚愕した。


「うそ……だろ……?」


「どうした、高田?」


 まだ気がついていない直属の上官に、無言で空を指し示す。

 彼も気がついたらしい、ヒュッと息を呑む声が聞こえた。


「―――あはは、俺、頭おかしくなったのか?」


「残念ながら現実だ、竜ヶ崎」


 後ろから総隊長の秦の声が聞こえてきた。

 彼は相当飲み込みが早いが、それでもまだ認めたくはない様子である。

 茫然と、呟いた。


()()2()()()()……」


 空に上る満月は、2つ。それぞれ寄りそうかのごとく昇っていた。





 その一報はすぐに艦橋へ伝わり、幹部で協議がなされた。

 星座の位置が変わっているため天測が不能、しかしGPSは正常に作動していた。

 現在位置はかわらず、そして本土との通信も健在。

 横須賀の自衛艦隊総本部から下された命令は、「その海域で待機せよ」だった。






 西暦2019年5月21日0200


 その日、想士は後部デッキで見張りについていた。

 といっても普段は仕事がないのだが、さすがに非常時となれば警戒は強くなる。

 なにせ、


「まあ、国ごと異世界転移しちまったんですからね、高田3曹……」


 そういうことだ。

 諸外国との通信は途絶、各種衛星も日本が打ち上げたもの以外は行方不明となっている。さらに決定的な事項として、どうやら現地人からコンタクトがあったらしい。

 詳しいことはまだわからないが、ひとまず自分達の出番は無さそうだった。

 一緒に見張りについている2士と愚痴を吐きつつ、周囲を警戒する。


「ありえないですよ、異世界転移、それも国ごとなんて……高田3曹に教えてもらった異世界転移モノの小説にもそんなネタありませんでしたよ………」


「俺はいくつか知ってるけどな。というか、こういうときって海の中から海魔の類いが出てくるんじゃないか?」


「やめてくださいよ、縁起でもない。というか本艦はせいぜい20㎜機関砲しか無いんですよ、その手の連中が急襲してきたら……」


 そのとき、ローターの奏でる風切り音が響き渡った。

 パラパラパラパラ………

 彼らの頭上を対潜ヘリであるSH-60Kが飛び去っていったのだ。


「……さすがにソナーに引っ掛からない海魔はいませんね」


「音波吸収は無いと願いたいがな」


「いや、複数のソナーを使ったら音波吸収されても探知できるとか」


「というか呼吸音がパッシブソナーに捕らえられるな」


「たしかに……」


 そんな高度すぎる雑談を交わした彼らは、しかし見張りを怠らなかった。

 ―――故に、気がつけたのだろう。

 飛んでくる、影に。


「なあ、あれ、竜じゃないですか?」


「みたいだな……嫌な予感がする。CDCに連絡!俺はライフルを取ってくる」


「り、了解!」


 そして、彼の嫌な予感は間違っていなかった。

 後部デッキから中に入った直後、爆発音。




「砲撃っ!?おい、大丈夫か!?」


「な、なんとか生きてます!ブレスぶっぱなしてきました!」


 返事はあった。どうやら最悪の事態は免れたようだ。

 同時に、艦長の声が響き渡った。


『総員、戦闘配備!』


 続いて、副長の声。


『対空戦闘用意!正当防衛射撃!艦載機発進急げ!』


 カンカンカンカン、とけたたましく鳴り響くベル。艦の速力が上がり、回頭を始めた。

 続いて、CIWSの連続した射撃音。


 それを意識したときには、すでに体は艦内を疾走していた。

 向かう先は、特戦に割り当てられた倉庫。仲間もいるはずだ。




「集まったな!?もうすでに敵襲を受けている!迎撃するぞ!いいか、相手は竜!相手は竜だ!」


 隊長である秦の声が響くが、すぐに爆発音に書き消された。

 直撃弾である。

 艦は揺れてはいないものの、先程から耳障りな轟音が続いている。

 その中にあって、竜ヶ崎が秦に負けない大声を発した。


「やっぱり怪物と戦うのは自衛隊の御約束なんですか!?」


「当たり前だろう!俺たちは国民を護る自衛隊だぞ、俺たちがやらなくて誰がやると言うんだ!喜べ、生き抜いたら俺たちはドラゴンスレイヤーだぞ!」


 秦が堂々と返す。


「装備は!」


「今ある中でとびっきりだ!」


「了解、対ヘリ装備!」


「よし、全員携SAMを持て!ミニガン手も用意できたな!?」


 SCAR小銃をコッキングし、SIG-P228に初弾を込める。

 携行式対空ミサイルのバッテリーを取り付け、背負う。

 救命胴衣のベルトを締め、無線機を装備。


 出撃準備は出来た。


「168SOF、アクション!」


 返答は全員から。


「「「ラジャー!」」」


 自衛隊の最強特殊戦部隊が、動き出した。

 想士たち第2分隊はラッタルを駆け上がり、廊下を走り抜けて飛行甲板へ。


 暁の光が照らす中、そこには〈かが〉のみならず自衛艦が初めて経験する戦場が広がっていた。


 戦闘機やヘリとともに空を舞い、炎を放つのは、ファンタジーの代名詞というべき竜。


「本当になんなんだよ、この世界は!」


 叫びつつ、想士は携行式SAMを肩付けしシーカーを起動。

 手近な敵の竜に狙いを付け(ロックオン)、引き金を引いた。



プロローグ、終了です。

なお、〈かが〉のスペックは以下の通り


いずも型ヘリ搭載護衛艦のif改装。

某国との緊張状態により改装された。

飛行甲板は数メートル延長され、アングルドデッキではなく直線の飛行甲板を持つ。先端にスキージャンプ台を装備。

平時はSH-60Kヘリ及び要撃機仕様のF-3戦闘機を搭載。

排水量2万5千トン、搭載機数21機

全長250メートル

武装:CIWS3基、Mk48VLS×16セル


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