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日本国、ファンタジー世界へ転移せり  作者: ヘタレGalm
第2章 驕れる者久しからず
29/29

22 それぞれの情報戦(2)

 

 密偵組織全滅の報を受け、皇帝は深々とため息をついた。帝国の密偵が全滅したわけではないが、統制する組織がなくなった以上諜報の効率は劣る。

 なにより、敵の手がすでにこの帝都に及んでいたことに驚愕を隠しきれなかった。


「お互いの目を潰すのは定石か……」


 攻撃されたことがわかったとしても、こちらは敵の拠点すら見つけられていない。そもそも日本のみならずエルヴィスの諜報組織すら掴めていないのだ。

 エルヴィス軍の幹部として潜り込ませている間諜ですら見つけられないためその秘密主義がうかがえる。

 故に、こちらも極秘の戦力を動かすしかなかった。


「総将軍、“幽霊部隊”はすでに展開させたか?」


「ええ。術者もすでにエルヴィスやリュケイオンへと潜伏しています」


 幽霊部隊。

 文字通り、死霊術により使役される幽霊(ゴースト)で編成された部隊だ。

 制約はあるものの、不可視の幽霊を用いることができるというのは多大なアドバンテージとなる。魔術による攻撃能力も高く、術者の消耗が激しいことを除けば最高に使い勝手の良い戦力だった。

 もっとも、数は少ないが。


 日本は海に囲まれている以上接近が難しい。言語の壁や民間人の交流がないこともあいまって諜報員を送り込むことは非常に困難だった。故に、日本の前線基地であるリュケイオンや個人単位での交流があったエルヴィスへと送り込むのだ。

 基本的な運用は密偵組織も幽霊部隊も変わらないが、幽霊部隊は数が少ない代わりに非常に発見されにくいという長所がある。


 それを使えば、軍事機密もやすやすと知れてしまう。


「リュケイオンの日本軍はどうやら沈黙しているようです。反面、エルヴィス国内がきな臭くなっています」


「きな臭い、とは?」


「エルヴィス北部に物資が集められています。まだ裏が取れていないのですが、日本軍が一枚噛んでいるとの噂も……」


「エルヴィス北部は峻険な〈アンチネル大山脈〉、翼竜でさえ突破できない天然の要害だろう……何故そんなところに物資を集める?」


 エルヴィス国の北部は10000メートル級の山々が連なる大山脈となっている。翼竜は根を上げ、飛竜も基本的には越えられないこの天然の要害は、今までエルヴィス国が帝国の侵略を免れていた理由の筆頭だった。


 故に、そこに物資を集めるというのが理解できなかった。


「……流石に日本の鉄トンボや鉄の鳥でもその山脈は越えられんだろうに」


「……いえ、エルヴィス北西部の〈ロンメル大砂漠〉を越えてくる魂胆と考えればどうでしょうか?」


「それこそまさかの展開だろう。猛烈な砂嵐と砂漠の魔物どもは手に負えん。でなければエルヴィスが長年放置しているわけがない……いや、待て」


 その時、皇帝の脳裏にひらめいた事柄があった。


「……我が帝国で〈アンチネル大山脈〉に接しているのは誰の領だ?」


「確か、シュタール侯……まさか!?」


「そのまさかだろうな。……奴ら、反乱分子を支援するつもりか……しかし、どうやって山脈を越える?」


 別に、考えられないことではない。

 敵の敵は味方、ということだ。


「……至急、反乱分子の分布を調査しろ」


 皇帝は、総将軍に向かって命じた。

 総将軍が去った後に、宰相が皇帝へ質問する。


「……城下にエルヴィスから民草へと送られた食糧を軍や貴族へ流している、という噂が流れておりますが……」


 先日から、帝都に食糧を満載した馬車が着くようになったのだ。送り元はエルヴィス国および日本国、『貧困と飢餓に喘ぐ帝国民へ』との走り書きが添えられていた。

 馬車に積める量はそこまで多くない上に、市場に出る前の食糧を保管してある倉庫が火災で失われたため願っても見ない支援だったが、量がなにぶん少なかった。たった一両の馬車で運べる量などたかが知れている。


 その答えが、横領ということだった。


「……横領している貴族を洗い出せ。そいつらを処刑した後、食糧は軍へと回すんだ。西部で暴動が起きているとの情報もある、今は軍が優先だ」





 ◇





 この国はすでに滅びの道を辿っている。

 彼にそう教えてくれたのは、彼の一つ上の姉だった。


「だから……僕はこの案を呑まない。呑めないんじゃない、呑まないんだ」


  目の前に佇む青年へ向けて、クルーガ・A・タイランディウスは告げた。太陽が雲に隠れ、帝城のバルコニーに翳りが差す。


「さよなら、兄さん……いえ、皇太子殿下。貴方方の滅びの道に、祝福を」


 少女のように艶やかな口から放たれるのは、針よりも鋭い決別の言葉だった。

 それを受けた青年は動じず、嘲笑混じりに問いかけた。


「はっ。てめぇは逃げきれると思っているのか?」


「何からっていうのは聞かないけど、僕の情報網は貴方よりも広い。子飼いの暗殺者(アサシン)の選定はしっかりするべきだったね」


「そういうブラフには引っかからないぜ?むしろ、今ここでオレがてめぇを消す可能性ってのを考えねぇあたり予想が甘いんだよ」


「そんなこと、とっくに想定済みさ」


「そうか……奴隷狂いが」


 皇太子はそれだけ吐き捨て、踵を返し去っていった。


 後に残されたクルーガは皮肉げに笑う。


「それだけ聞くと僕がサディストに聞こえるじゃないか、殿下。失敬だなぁ、奴隷をかき集めて正規の賃金で雇用しているだけなのに」


 第2皇子クルーガは、皇帝をも上回る情報収集能力と独自の工廠および農場を保有していた。類まれな才能を存分に活かして人材をかき集め、適材適所を実行した結果だ。


 奴隷の中には才能に優れる者も多い。そういった者たちを買い取り、普通の労働者よりも高い賃金で雇っているのだ。


 さらに、彼は生まれつき人の心を掌握することが得意だった。なぜか兄と姉には通用しなかったものの、父は無力化できた。

 皇帝が姉を溺愛していたこともあるが、「革命」の発覚を極限まで遅らせることができたのはほぼ全てクルーガの功績である。


「ここから先は時間との勝負……もうすでに、民衆の不満は相当のところまで来ている。さすが日本軍ってところかな」


 見渡すと、山の向こうで煙が上がっていた。

 はるか遠く、エルヘン飛行場から飛び立った日本軍のヒコウキが食糧庫や工場、兵舎などを破壊して回っているのだ。

 撒き散らされる爆音と日に日に深刻になる食糧難、そして戦時増税により東側の不満も大分高まってきた。爆発寸前の西側ほどではないものの、焚き付ければ十分に暴動を起こしてくれる、そんな状態にまで達している。

 本来ならば日本へ向くはずの矛先は、彼の国の取った奇策により封殺された。



 エルヴィスから横流しした食糧を無料で送りつける。量は少ないが、無料というのは大きい。しかし、それらの大半は帝国軍に没収され貴族や軍部の取り分とされているーーーーという噂を流したのだ。

 実際には大した量も送っていないが、噂の破壊力は大きかった。


 勝手に有力な貴族を処刑してくれたし、自分たちの息のかかった軍に食糧を届けてくれた。少しばかり手を加えてはいるものの、本当にあの男は操りやすい。


「ーーーーツェン」


「お傍に」


 シュタ、という音を立て、メイド服を着た獣人の少女が跪いた。


「……どこに隠れていたんだ?」


「バルコニーの下に張り付いておりました。何かあればこのピストルで援護できる構えであります」


 そう言って、ドヤ顔でリボルバー拳銃を引き抜くイヌ耳少女。そんな彼女を手で制しつつ、げんなりした顔でクルーガはため息をついた。


「……そのうち次元の狭間に隠れていましたとか言われても驚かないぞ、僕は」


「次元の狭間、いいですね」


「そうじゃない。ーーーーさて。脱出経路は?」


「確保してあります。しかし、その前にきちんとした武装をしてくだされ」


 真面目モードに戻り、真面目な話をする。

 この国に未練がないかと聞かれれば有るとしか答えられないが、皇室や貴族たちはすでに見限った。


「……うん、僕は姉さんと本当のタイランディウス帝国……否、タイランディウス共和国を作らないといけないからね」


「ええ。……参りましょう」


 ツェンに差し出された自分のライフルを受け取る。

 革命軍で生産が開始されたツェリア単発銃、その試作連発型だ。

 ボルトハンドルを引いて一発一発弾を込めていく。帝国の球形弾丸とは大きく異なる、尖頭弾と金属薬莢。

 六発込め終わったところでボルトハンドルを押し込んだ。

 ハンマーがコッキングされる小さな音が鳴る。セイフティを掛けて暴発しないようにだけしておいた。


 バルコニーにロープを引っ掛け、下の森へと降り立った。


 兄と決別した以上、そろそろ自分の身も危ない。皇太子であるヘンリル・C・タイランディウスの子飼いの暗殺者は質、量ともに優れている。

 クルーガ派の情報収集能力は帝国トップクラスだが、暗殺者を本気で嗾けられた場合は身が危ない。今まで暗殺者の危険に晒されなかったのは兄に情報の一部を横流ししていたからだ。

 正直言って、この国の皇族は自らのためなら兄弟や親子供すら売り払うことができる冷血な人間ばかりだ。姉が耐えきれず、革命軍へ関わっていったことも納得できる。


「まあ、僕も姉さんもその血が流れていることは否定できないんだけどね」


 独りごちながら、ツェンの先導にしたがって森の中を駆ける。一応安全は確保してあるらしいが、油断はできない。


 発覚する前に王都を出て、革命軍の拠点にいる姉さんや“客人”たちと合流する。そのための手段を選んでいる暇はない。

 そんなことを考えていると、不意に目の前が明るくなった。


 森を、抜けた。


 そして、目の前には長剣や連弩を構えた暗殺者たちーーーーおそらくは皇太子ヘンリルの子飼いがいた。


「早いね、兄さんのお友達の方々。そこを通してくれないかな?」


「ふん、わかってるだろう?『革命』などを目指す貴様を殿下は生かさないことに。……だからわざわざ皇太子補佐および次期国務大臣に誘ってくださったというのに……」


「悪いね、僕はもう帝国って統治組織を見限っているんだ。通してもらうよ」


 次の瞬間、クルーガは無様にも伏せた。その背後のメイド服が、幾本もの艶消しの短剣を抜いてーーーー投げた。


 叩き落とすことが出来たものもいれば、防ぎ損ねて喉を貫かれたものもいる。生き残れたものたちは、伏せた男から放たれる殺気に気づき気を取られらなかったがために対応できたのだ。銃を突きつける彼は、殺気だけは一流だった。


「小手調べです。次は、消しとばし……」


 その言葉は最後まで言い切られることはなかった。なぜなら、銃声とともに乱入者が現れたからだ。


 黒ずくめの装束に、ポケットの多い胴鎧と鉄帽、そして防塵マスク。手にはコンパクトかつ洗練された銃を構える彼らは、今回に限り日本国を示す日の丸のバッヂをつけていた。


「……サブジェクトの安全確保」


 特戦404小隊(存在しない部隊)

 特戦内部でも知るものの少ない彼らは、極秘戦力として投入されていた。帝国西方領の寒村に潜入中の第1小隊第2分隊プラスアルファの面々がイサドラから得た情報を元に、救出作戦が立案されたのだ。


 手練れの暗殺者といえど、死角からの狙撃および強襲には脆かった。



「第2皇子ですね?司令部からの命令に従い、ヘルニグの村へとお連れいたします」

今回は帝国サイドでした。帝国にも色々派閥はある、ということで……


そういえば、気がつけばPVが12万を、UAが4万を超えておりました。そろそろ総合評価も4桁の大台に乗りそうです。本当にありがとうございます。


感想、評価はヘタレメンタルの作者にとって大きな励みになりますので、是非お願いします!


では、次回もよろしくお願いします。

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