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17 残酷な予測

ちょっと展開早めです。

「……両手を上げろ、と言うまでも無かったな……」


 竜ヶ崎が、バレットを膝射の姿勢で構えつつ呟いた。

 それもそのはず、突然現れてきた少年と少女は銃というものを知っていたのか即座に両手を上げたからだ。

 正直、色々な意味で対応に困る。


「……とりあえず、所属と目的を吐け」


 竜ヶ崎が内心で苦笑している間に、南原が脅しをかけた。五十がらみの壮年の男の迫力は、そこんじょの小娘が叶うものではない。

 すると、相手はいともあっさりと答えた。


「妾は月龍フェリーナ、こっちは道連れの勇者レンじゃ。親友の墓参りをしようと思っての」


「月龍……それに勇者?」


 自衛隊側の頭の上にクエスチョンマークが浮かぶが、当の本人が補足してくれた。


「月龍とは、銀色の鱗を持つ龍じゃな。おおよそ正気ではない量の魔力を保持し、一国をやすやすと滅ぼすことが出来る。……なんじゃ、知らなかったのかや?」


「勇者は簡単に言うと、神聖フルミナ教国に洗脳された少年のことだ。異教徒を滅ぼすために存在する教会の中核戦力であり、得てして数奇な運命を辿った……らしい。俺はもう違うからなにも言えないが、な」


「はい、厄介事確定」


 それを聞いた竜ヶ崎の第一声は、非常に端的な本音だった。

 はぁ、とため息をついて、日本語で命令を下す。


「……とりあえず全員、武器を下せ。目的が『親友の墓参り』でこんな墓の奥に来るような連中だ、怪しさは満点だが敵意はないし、話もおそらく通るだろう」


 自身も膝射の姿勢で構えていた対物ライフルを下ろしながら、言った。


「了解」


「ただし、仕舞うな。何かあったら腰だめで連射だ」


 相手が確実に知らないであろう日本語を使うため、ハンドサインなしでも相手に意味を知らせずに意思の疎通ができるのだ。隠密行動をしているのでなければ声を出しても問題ないし、フレイもある程度は習得している。

 故に、相手には気づかれないはずだったがーーーー竜ヶ崎の選抜射手としての眼は、レンがわずかに反応したことを見逃さなかった。


 相当小声なんだがな、と苦々しく思う。


 しかし、追及はしなかったレンを一瞥し、竜ヶ崎はあり得るのかもな、とも思った。


「……とりあえず、お主らについても教えてくれんかの?……妾たちだけが自己紹介というのも不平等かろ」


「……そうだな、といっても一介の冒険者としか言いようがないが?」


「たわけ、その“カラビーネ”のどこが一介の冒険者の装備じゃ」


 竜ヶ崎たちは知らない単語だった。怪訝そうな顔をしている彼らに向かい、フェリーナはその手に持つ武器を指し示す。


「その手に持っている武器のことじゃ。……本来は、世にあるべからず代物」


 銃器についてのほぼ完全な知識が相手側にもあることを確信し、竜ヶ崎は特大のため息を吐いた。装備の情報開示は国防の観点上避けたいが、下手に秘密を通すとあらぬ疑いをかけられかねない。


「……交換条件じゃ。妾のあずかり知らぬ重大な出来事が起きていることは理解した。ーーーー妾たちの正体を明かそう。その代わりに、お主らも正体を明かせ。……ここら辺が手打ちかろ」


「……かもな」


 ただし、情報開示の原則は知るべきもののみ(ニード・トゥ・ノウ)だ。故に、何人か席を外してもらわなければならない面々もいる。


「空気が悪いから場所を変えようか」


「それもそうじゃな……うっ」


 フェリーナは、堪え切れないというように口に手を当てた。強烈な腐臭が漂っているのだ、慣れていないと厳しい。

 千年も外界と隔絶されていたためその手の耐性も落ちてしまっていたフェリーナに、フレイが同情の視線を向けた。鼻の鋭い獣人にとっても、これは凶悪な代物だったのだ。




 失意の猟師や呆然自失とした囚われの少女たちを守りながら祭壇のある部屋を出る寸前、最後尾にいた大内は異変に気がついた。


「敵数4、天井。……くるわよ」


 静かに警告し、ナイフを構えた。


 次の瞬間、彼女とそのすぐ前にいたフェリーナ、そしてその傍らを歩いていたレンに向かい、ひとまわり体躯の小さい小鬼が躍りかかってきた。


 即応したのは、レンと大内。


 レンは己の本能にしたがい、嶺剣カラドボルグを取り出し擲った。

 ヴォン、という音をたてて魔術回路が起動し魔力の刃が展開する。見た目よりもはるかに巨大な円盤となって小鬼へと迫る。


 大内は、流れるような動作で先頭の小鬼の棍棒をいなし、右腕のナイフを眼窩に突き立てた。

 当然、急所である。


 瞬く間に2体を瞬殺した彼らは、さらに現れてきた2匹の小鬼に対し新たな攻撃を加えようとする。

 しかし、彼女たちの脇を高密度の運動エネルギーの塊が2つ、通り過ぎた。



 片方は碧く煌めく矢。お世辞にも上質とは言えないそれは、その存在を一瞬で燃やし尽くしながら、莫大なエネルギーでもって粉砕しようとする。


 もう片方は人差し指はどの金属のかけら。空気を受け流す形状のそれは、空を裂き音よりもはるかに早い速度で迫る。


 フレイが〈レールボウ〉で放った矢とフェリーナがどこからともなく取り出した小銃で放った銃弾は、コンマ数秒もかからぬうちに彼我の距離をゼロにした。

 それぞれが狙い定めた敵の頭蓋へ直撃したそれは、頭蓋骨を衝撃でへし折り脳を引き裂き、そして反対側の頭蓋骨を破壊して後方へと抜けた。


「……なかなかの腕前ね、アンタ」


「そちらこそじゃな」


 淡々とナイフに着いた血脂を拭いながら大内が言った言葉に、ジャキン、という小気味よい音を立ててボルトハンドルを操作し排莢と次弾装填を行ったフェリーナが答えた。




 ◇




 陵墓に複数存在する小さな玄室のうちの1つ、その中で彼らは腰を下ろしていた。竜ヶ崎、大内、フレイ、レン、フェリーナである。

 ちなみに、残りの高田、南原、榊、三原は猟師および虜囚となっていた娘たちの護衛または警戒役として出払っていた。


 巨大な対物ライフルを傍らに、竜ヶ崎は2人を観察する。

 片や、白い髪に赤い目を持つ少年。アルビノのような色彩であり、肌も垢抜けて白い。しかし、病弱そうな外見を打ち消すかのように紅眼は言い知れぬ威圧感を伴っていた。竜ヶ崎は、彼が酷く歪なことを薄々察していた。そして、なによりも彼が実戦を経験していることを悟っていた。

 舞い散る血飛沫にすら動揺しないひたすらに冷酷な眼、それはただ一つの欲求に燃えていたのだ。


 危険だ、と思う。


 決して、この年頃の少年がして良い眼ではないのだ。



 一方の銀髪碧瞳の少女も、少年とはまたベクトルの異なる危うさを感じさせていた。

 彼女は、何かを探し求めているのだ。それも、ひたむきに。彼はそのような目をした人間を何人か知っていた。そして彼女は、その見た目に似合わぬ老獪な雰囲気を宿しているように感じた。


「……さて、まずは自己紹介と行こうか」


 竜ヶ崎は、大きく深呼吸してから口を開く。それに呼応するかのように、少女の視線が興味深げに細まった。戦場でどこから狙われているかわからない状態に陥っているかのような恐怖を感じ取りつつ、臆せずに眼圧を少しだけ加える。


「……俺たちは、日本国の軍人だ。所属は明かせないが、潜入や不正規戦を専門とする部隊とだけ答えておく。俺はその隊長だ。本国からの命令にしたがい、今はこのタイランディウス帝国の領土内で行動中である」


 あくまで特戦所属であるということを明かさず、しかしわかるものにはわかるような話し方で喋った。


 果たして、相手はわかりやすい性格だったらしい、微かな声が聞こえてきた。


「……陸自なのか……?」


 確定だな、と竜ヶ崎は内心でつぶやいた。予想しなかったわけではないが、いざ遭遇してみると想像以上に厄介である。


「私は副官よ。ーーーー名前は、大内久良波」


 さらに、示し合わせたかのように大内が揺さぶりをかけた。明らかに日本人の名前であるそれを聞かされた以上、レンが反応しない道理はない。


 そして、それを確認出来ただけで竜ヶ崎にとっては十分だった。


「フレイ・エル・フルーエルヒェン。エルヴィス・タイランディウス国境緩衝地帯の、獣人族の出。故あって彼らと旅をしている……」


「エルヴィスというと、東にあると言う……?」


「いや、ここよりは南西だ。これを見てくれ」


 竜ヶ崎は、衛星地図を広げた。

 日本の一部が写ってしまっているモノだが、説明に使えないわけではない。


「俺らがいるのはここ、山脈の麓だ。エルヴィスは遥かに南。……そして、今の俺たちの目的はここ、タイランディウス帝国帝都フリージア」


「ふむ……もしかしたら、お主らと妾たちの行く先は同じかもしれぬな」


 フェリーナが口を挟んだ。


「妾は月龍、故に遥かな昔よりこの世にある。……妾が旅をしてあるのはある事実を知りたくての……」


「なるほど、調査か……にしても、その武器はどこから?」


「お主らこそどこでそのカラビーネ……武器を手に入れた?……これは、遥かな昔に失われた技術じゃ」


 竜ヶ崎は頭を抱えたくなった。

 ファンタジー世界に転移したと思ったら、残念ながら裏があったなど洒落にならない。しかも、地球と同等の文明が衰退してこの状態であるなどとは。


 下手な騙し合いが不可能と察知した大内は、竜ヶ崎よりも先に一つの問いを投げかけた。


「……私たちが異世界から来たと言って、信じる?」




 ◇




「正直なところ、信じられんというのが本音じゃな……」


「その言葉を吐きたいのはこちらもだよ……誰がファンタジーの裏にSFが潜んでいると考えるか」


 約1時間後、一同は揃って苦虫をかみつぶしたような顔になった。

 特段危機に襲われているわけではない、ただ単に厄介ごとの予感しかしないだけだった。だが、正直手に余るというのも共通の本音である。

 レンとフェリーナの紹介も終わっていたが、彼らの事情もややこしくしている原因であった。

 しかし、さらに一部の人間にとっては深刻な予測も浮かび上がっていた。


「……日本がこっちに来てるって、マジすか……」


「マジマジ」


「この外見、絶対に日本国内に入れないですよね。怪しまれるわそもそも国境越えられないわ……」


「……ああ、もとの生活に戻れる保証はないし、そもそもお前が今の日本に受け入れられるかすら怪しい」


「見た目や性格の話ですか?」


「違う。――――日本には、お前がいたという痕跡がきれいに消えている可能性が高い。家族からも、友人からも赤の他人としてみられる公算が極めて高い。」


「――――ッ!?」


 レンは、戦慄し驚愕した。

 日本にいるはずの自分の同級生たちは、自分の両親たちは自分を覚えていないかもしれない、という残酷な予測に。

 実際には違うかもれしれない、という淡い考えが彼の頭をよぎるが、次の竜ケ崎の言葉が揺るがした。


「日本をこの世界に読んだ天災科学者曰く、『元の世界では日本がいたという痕跡はすべて消え、最初からいなかったかのように修復される、それがこの世の理』だそうだ。実際そうなのかは知らないが、その可能性は高いと政府も俺たちも踏んでいる」


 意図的に「天才」の字を間違えつつ、竜ケ崎は言った。

 これはエルヴィス国の技術院院長が日本の外務大臣に行ったことであり、前回の通信で竜ケ崎たちにも豆知識的に伝えられていたのだ。

 それを裏付けるかのように、フェリーナが補足を始めた。


「『“この世界を構成する術式”には多数の小さなほころびがある』という言葉を文献で見たことがある。……ようやく合点がいった、おそらく異世界に連れていかれてしまったそのあとを治すためかろ」


 フェリーナの言葉が、決して無視できないほどの確実性を持つことをレンは知っている。彼女は封印されるまでの4000年ものあいだ古代文明の技術や知識を習得し、彼女なりに思考し、そして研鑽を続けてきたのだ。圧倒的な知識が裏付けするその考察は、驚異的なまでの説得力を持つ。

 そのような彼女の言葉を聞いたレンはうつむき、そして表情を周りに悟られぬように隠した。



 長い、沈黙が降りる。



「……レン、さみしい」


 その時、フレイが、ぽつりと言った。

 レンがきっ、と涙目で彼女をにらみつける。


「……さみしかねえよ」


 やせ我慢としか見えないその言葉には全く説得力がない。

 しかし、フレイにはそれを言い足りえる理由があった。ぽつり、ぽつりとしゃべりだす。


「……私の父は、顔の判別がつかなくなるまで滅多打ちにされて殺された。母は私の目の前で腹を貫かれて殺された。友達は、下劣な男たちに犯されてから殺された。……不幸自慢をするつもりはない。世界から忘れ去られたかもしれないあなたと、目の前ですべてを奪われた私とでは背負う哀しみが、感じる寂しさが違う」


 珍しく長文で話したフレイに対して、レンはふざけるなと言いたい気分になってきた。


「じゃあ、なんで!? なんであんたは俺がさみしいとか言うんだ! あんたに俺の、何がわかる!」


 レンは、激高し、言いつのった。腰の鞄から、讐剣アロンダイトを引き抜きながら。





 その光景を眺めていたフェリーナは何も言うことが出来なかった。

 彼女には、古い友がいる。最後にあってから大分たつが、龍種ゆえにまだ健在であるのだ。最高の友人をはるかな昔に失ったとはいえ、彼女を理解してくれるものはまだ存在する。


 しかし、レンには誰もいないのである。

 故郷が文字通りやってきたのに、そこには自分の居場所はない。そこでは、分かれてしまった家族や親友が平和に暮らしているというのに。そのような地獄が未だかつてあっただろうか。


 フェリーナは、その苦しみを想像してしまった。想像したがゆえに動けなくなったのだ。

 いくら確認が取れていない予測とはいえ、確実性が高く、そして根拠があるのであれば、それは限り無く真に近くなる。


 故に、「寂しい」というフレイの言葉に対して激高してしまうのも無理はないと思ってしまった。

 それは、彼にとってお前ごときに何がわかるという意思の表れである。フェリーナは投げかけられた「寂しい」という言葉及びその後の過去語りに含まれる真意に気が付いていたが、当の本人が気が付いていないならば意味がない。

 双方に対して、この大馬鹿野郎どもめが、と彼女は思った。





 次の瞬間、フレイが怒鳴り返した。


「そんなのわからない! だってあんたは、()()()()()()()()()だろ!」


 レンの太刀筋が、微かにぶれた。

 フレイは左手で逆手にナイフを引き抜き、抜きざまの一撃でアロンダイトの攻撃を左にいなす。

 さらに、言葉をつづける。


「月並みの言葉かもしれないけど、なくなってしまったならもぎ取ってやろうという気概はないのか!? 奪われたら奪い返そうという意地はないのか!? 誰かの意図で失ってしまったのならその誰かに復讐する熱意はないのか!?」


 全然月並みではないどころか、励ましとしては最悪の言葉を掛けながらフレイはレンと切り結ぶ。

 レンの意志によりアロンダイトに仕込まれた魔力回路が発火せんばかりに起動し、一撃一撃が幻影を持ち多段に襲い掛かってくるように錯覚させる。しかし、フレイはドス黒い何かを目に宿らせ、ただのナイフで互角に打ち合うのだ。

 しかもその合間に、彼女に似合わぬ荒々しい口調で言葉を投げ掛けながら。


「皆に忘れ去られてしまった? それがどうしたのか? そこで止まるのかよ!?」


 そして彼女は、言い切った。


「奪われたのならば、取り返してみせろよ! 私の失った物は戻ってこないけど、お前の失ったものならば取り返せるはずだろ!? そのための魔術だろ!?」


 その時、レンの中でカチリ、と何かが当てはまる音がした。

 彼の“行く当て”が、ようやく見つかったのだ。


 次の瞬間、彼の視界を紅い血飛沫が埋め尽くした。

 彼の右手にあるアロンダイトを伝わってきたのは、がっちりと抑えられる圧迫感と、わずかに肉を裂く感触だった。


「……前、向けた?」


 見えたのは、ニィ、と笑ったフレイの唇、そして自分の眼前に突きつけられた小太刀の刃だった。






いかがだったでしょうか。ちなみに、フレイの放った言葉の真意については文中ですでに言っていましたが、フレイについての心理描写含めて次回に詳しく書こうと思います。


いつも感想・評価・ブクマありがとうございます。作者の励みになります。

では、次回もよろしくお願いします。

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