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Sidestory3「堕勇者、月龍に拾われる(1)」

今回は、勇者の成れ果ての話です。

 

 正直なところ、レンは軽いパニックに陥っていた。

 魔術装置に飛び込み、転移したと思ったら目の前にいるのは銃器を構えた10人程の人間たち。

 ファンタジーの鉄板ともいえる装備に身を包んだ彼らが銃を突きつけてくるのはとてつもなくシュールだったが、彼の「生への執着」は確実に危険を感じ取っていた。

 すなわち、彼らは銃火器を扱い慣れているということに気がついたのである。


 そこからの彼の行動は早かった。

 両手を上げて、武器を持たないことと敵意がないことをアピール。

 正直、自分が剣を投げて1人殺すまでに15回以上は殺される自信があった。傍の相方と力を合わせても、2人合計で10回は殺されるだろう。


 傍の相方もそれを感じ取ったのか、無言で両手を上げた。





 ◇




 20日前。

 レンは、扉の向こうにいる、磔にされた少女を見て微かに驚愕した。彼女の眼は虚ろであり、自分以上に精神を蝕まれていることは確定である。

 間違いなくあの地龍はこの迷宮のボスであるが、その奥がこのようになっていることは意外だったのだ。


「……にしても、いかにもなトラップだよな……」


 友釣りという戦法がある。

 負傷した敵側の人間を餌に敵兵をおびき出し、そこを殲滅するという狡猾な戦法だ。戦争中に用いられ、少なくない兵が犠牲になった。ーーーーそれほど、人の情というものはつけ込みやすいのだ。


「生への執着」に囚われている彼には、高確率でトラップである彼女を助ける理由は、なかった。


 踵を返して他の場所の捜索をしようと思った、その瞬間。


 ゾフッ。


「伏兵……か……!?」


 彼の、左腕が爆ぜ飛んだ。そこかしこに展開するのは神聖魔術の魔術陣。すなわち、あのフルミナ教国の手が入っているというわけだ。不思議と痛みは感じなかったものの、衝撃で地面に叩きつけられた。バシャリ、と顔に紅く熱い液体がかかる。

 左腕があったはずの場所から吹き出す、鮮血だ。


「くそったれぇっ!」


 悪態を吐きつつ、完全な直感で地べたを転がる。

 直後。不可視の気の塊が、自分がいた空間を貫通した。風圧が押し寄せ、回避したレンまでも吹き飛ばす。度重なる打撲や出血で限界が近づいてきていた体には痛すぎる痛痒だった。

 意識が飛びかける。


「がはっ……ごほっ」


 咳き込みつつ、右腕で〈ソクラテスの鞄〉の中を漁った。目当てのものは、玄室で見つけた魔剣だ。

 見たところ、魔術陣は固定されており、数も6個しかない。本来ならば奇襲となる1発目で仕留めるつもりなのだから妥当な数だろう。


 そして、魔術陣は異なるベクトルの魔力を食らうと崩壊する性質があるのだ。


 〈ノードゥング〉という銘を持つソレは、指向性を持った魔力の刃を形成しつつ、回転しながらすっ飛んだ。


 投げた直後に、横に転がって気弾を緊急回避。傷口と地面が擦れてグチャグチャになるが、返ってそれが功を奏したのか出血が少しだけ収まった。


 ノードゥングが甲高い音を立てて壁に突き刺さり、魔術陣の1つが崩壊。

 続けて、今度は初期装備の聖剣を投擲した。

 魔剣・聖剣には何かしらの魔力が含まれており、それらは魔術陣への抵抗力を持つのだ。


 無様にも走り回りながら、隻腕で剣を投擲する。


 それは、勇者としてはあるまじき姿だった。

 しかし、彼はもはや勇者ではないのだ。


「五……六!これで最後だ!」


 聖剣含め計6本所持していた大小様々な魔剣を、全て撃ち尽くした。魔術陣が機能を停止し、降り注いでいた気弾の嵐が消える。

 今度こそ疲れ果て、安堵した彼は座り込んだ。


 アドレナリンが切れたのか、途端に激しい痛みが左腕に襲いかかってくる。

 左腕の喪失を限界まで無視した代償は、想像を絶する激痛だった。


「……ァァァガアァァァァォォォォァァァア!!」


 絶叫し、右手で左腕を抑える。『右腕が疼きだした』などという生易しいものではない、内部から破壊し、焼き尽くすかのようなナニカが暴れ回る、そのような感覚。


 座ることすらままならず、無様に崩れ落ちた。あまりの痛みに転げまわり息すらままならなくなる。


 あまりの痛みに意識を飛ばしかけた、その刹那。





「逃げよ、人間!直上に、最後の一つが……!!!!」





 響き渡った少女の声に、少年の「生への執着」は自動的にアクションを起こした。右手でとっさに目を庇った。

 全身のバネを使い、床を蹴り飛ばして飛び上がる。


 次の瞬間、彼は高圧力の魔力により吹き飛ばされた。莫大な魔力の奔流が降り注ぎ、地を穿つ。この地の底に封じられし者を解き放たんとする不届き者に対する、神罰。


 しかしそれは、かろうじて直撃を避けたレンには微々たる被害しか及ぼさなかった。あくまで、本来の威力と比べればであるが。




 レンは本能のままに駆け出そうとして、右脚の膝から下が消失していることに気がついた。どくどくと、鮮血が吹き出す。


 地を踏むはずだった足は空を切り、ズベシャ、と転倒する。

 もはや、限界をこえた痛みに神経が飽和したのか、痛みを感じることはない。


「ガ、ハ……まだだ、まだ……死ぬわけにはいかねえんだよっ!!」


 彼は右腕と左足だけで這い進み、聖剣の元へとたどり着く。

 柱の根元に隠蔽されていた魔術陣を正確に貫いていたそれを、渾身の力で引き抜いた。仰向けになり、磔にされている少女の方を見た。

 否、距離を測った。


 彼の本能は、もう意識が長く持たないと察知していた。流血が多すぎるのだ。まして、新たな傷は止血すらされていない。

 故に、わずかな可能性に賭けるのだ。


 すでに覚醒しており、こちらを驚愕の眼差しで見つめてくる青みがかった銀髪の少女と、視線が交錯する。


 ーーーー距離、4m。


 ーーーー狙うは必中、穿つは左腕を戒める鎖。


「……勝率……1……割……か」


 瞬間、レンは残された渾身の力で剣を投擲した。


 一切の回転なしに真っ直ぐに飛翔した剣は、予測と同じ弾道を通過しーーーー。


 そこで、彼の意識は途絶えた。




 ◇




 レンが目を覚ますと、そこにあったのは知らない天井だった。


「……う、ぅ……?」


 小さな呻き声を上げながら、起き上がろうとしてーーーー右脚と左腕を喪失していることに気がついた。

 全身の傷はふさがっているものの、ひどい頭痛と倦怠感を感じる。全身が鉛のように重い。

 額には、濡れたタオルがかけられていた。冷やす目的ではないのか、じんわりと熱い。

 そんな状態で動くに動けないレンに、鈴を転がすような透き通った声がかけられた。


「……ようやっと目を覚ましたかの」


 かろうじて動く首だけを捻ると、横向きになった視界に銀髪の少女を捉えた。銀髪碧瞳の少女、年の頃は12から15歳くらいと彼は見積もった。


「……お前は……?」


「うむ、そうじゃな……俗に言う“煌銀龍”と言えば分かりやすいかの?」


 レンの知識の中には存在しない名前だった。


「いや、知らん。……それに、お前は人間じゃないのか?」


「なんと、妾の名を知らぬとは……長い年月も経ったものよな。ちなみに、この姿は人化の魔法の効果じゃ」


 そこで彼は、この目の前の少女が太古の昔から生きていることを確信した。


「……とりあえず、ここはどこだ?」


「私は誰、などと言いださなかったなら大丈夫じゃな。ーーーーここは、先ほどお主がおった神殿の奥、妾の居室じゃ」


「居室……?」


「じゃから、ベッドがふかふかじゃろう?」


「……確かに」


 レンがそう言うと少女はトトト、と歩み寄り、そしてレンの額に手を置いた。


「無茶をしおる。本来ならとっくに死んでいておかしくない傷じゃ」


「……ああ」


「動くでないぞ。溜め込んでおった薬で傷は塞いだが、血は補充できておらぬ。……そうじゃな、2日は寝ておれ」


 そう言うと、少女は濡れタオルを取り替えた。


「龍の秘薬、その中でも軽めの奴よ。秘薬は体力回復にも効果があるからの」


 少女は俺の額をタオル越しにポンポンと叩いた。そして、呟く。


「阿呆な奴よ。……死に行こうと言う体を酷使して妾の封印を解放するとは。……安心せい、ここには外敵は入れん」


「……なぜ、ここまで見ず知らずの他人に骨を折ってくれるんだ?」


「決まっておるじゃろう。お主には感謝しておるからの。受けた恩くらい返さねば、龍族の名折れじゃ。ーーーー1000年ぶりになるか、自由に歩いたのは……」


 その言葉を聞いて、レンは絶句した。1000年、それは彼には想像もできない年月だったからだ。悠久とも言える時の間、彼女はこの地の底で囚われていたのだと知り、彼は何も言えなくなった。

 たかだかひと月程度しか、自分は迷宮に囚われていないのだ。

 しかも彼女と異なり、自分の足で自由に動ける。


「……そうじゃ、お主の名を聞いても良いかの?」


 そんな彼の内心を知ってか知らずか、少女はあっけからんとした様子で問うた。


「……レン・ミカガミ。ーーーー君の名前は?」


「レン、か……良い名前じゃの。妾はフェリーナ、月龍フェリーナじゃ」


「……煌銀龍とやらじゃなかったのか?」


「それは人間がつけた渾名じゃの。格好良いのじゃが、どうもしっくりこぬのじゃ……」


「そうなのか」


 そこまで言ったとき、レンは不意に眠気を感じた。

 抗おうとするが、睡魔の誘いには勝てない。ゆっくりと沈みゆく意識の片隅に、声が聞こえた。


「ーーーー今はゆっくり寝ろ、レン。……妾は教会が憎いが……おそらく、お主は教会のものじゃない……あるいは妾と同じなのか……」





 その意味を考える前に、彼の意識は闇に沈んだ。





 ◇




 数日後には、レンは体を起こせるようになっていた。片足を喪失しているため歩けないが、フェリーナに看病してもらいつつ、色々な情報を聞き出す。


「妾がここを住処と定めたのは、遥か5000年前の出来事じゃ。地上までの大洞窟があったから、そこを通って地上に出ておった。当時の王との盟約で、妾はここにある遺跡の守護を条件に存在を黙認されておったのじゃ。しかし、その国が滅んだ時に敵国によって大洞窟もふさがれてしまってのう……」


「それで、出るに出れなくなったわけか」


「うむ。1000年程あとに地上に出た時には世は大きく変わっておったのじゃ。ーーーー数千年は、文明が遡っておった」


 たいむすりっぷしたかと思った、と彼女は付け加えた。


「……それで、そのあと3000年後に教会に封印されて今に至るってか?」


「そうじゃな。教会としては妾が邪魔だったのじゃろうが、神聖魔法ごときで潰える妾じゃないわ」


 豪語したフェリーナはカカカ、と笑う。

 そして、ふと真顔になるとおもむろにレンを抱え上げた。


「な、何する気だ!?」


「……数千年前に栄えた文明、そして今は亡き友の遺品。お主ならば、見せても大丈夫じゃろう」


「……だからってお姫様抱っこはどうかと思うが」


「一番楽で、速いじゃろ」


 レンの抗議を一蹴したフェリーナは、俗に言うお姫様抱っこの要領で抱えたまま、部屋の壁の一部を拳でぶち抜いた。


「……は?」


「隠し扉は、こういう物理的なものの方がわかりにくいのじゃ。カカカ、教会の阿保どもは最後まで気づくことはなかったの」


「……ちなみに、直るのか?」


「妾をなんだと思っとる。……ほれ、〈復元〉」


 〈復元〉の魔術により、壁が塞がった。厚さ50センチもある壁なのだから、常人が突破することは困難なのだろう。


「……豪快すぎるだろ……というかこの体勢やめてくれ、ほんと……恥ずかしい……」


「カカ、お主、改めて見ると可愛いの」


「おい」


 突っ込みを入れつつ、レンはフェリーナの腕の中で揺られる。ゴツゴツとした天然の洞窟で、緑色の鉱物により若干の明かりが確保されていた。


 歩くことしばし、目の前にやたらSFチックな扉が現れる。


「……なんだよ、この世界観ぶっ壊しの代物は」


「5000年前の遺物じゃの。……妾がお主に見せたいものは、この先にある」


 そう言った彼女は、どこからか取り出したカードキーを使い、扉を解放した。プシュ、という音ともに扉が開き、その奥の部屋の様子がレンの目に飛び込んだ。


「ここ、は……?」


「……今は亡き我が友の、遺品じゃ」


 そこに広がるのは、混然としたという言い方がふさわしいような小さな部屋だった。

 ある一角には洗練された武器ーーーー銃器が整然と並び、別の一角にはシステムキッチンやユニットバスが設置され、まるで当時の家のような雰囲気を醸し出していた。さらには、風景画や写真類も壁に掛けられ、巨大なコンピュータと思しき筐体すら鎮座していた。


 チグハグな印象を与えるその部屋。

 内装を見渡したフェリーナは、不意に俯いた。


「……ここは、5000年前の全てを伝える部屋じゃ。妾がずっと、護ってきた。教会の手先からも、この地の底の魔物からも。……じゃが、そろそろ終わりが来たようじゃな」


「終わり……?」


「……うむ、妾は、そろそろここを出ようと思う」


 レンは、至近距離にあるフェリーナの碧瞳を眺めながら、その真意を探った。

 しかし、その答えはすぐに本人が言ってしまう。


「友と。……その王と交わしたもう一つの約束のためじゃ」


 そして、彼女は静かに言った。




「『もしも5000年後も君が生きていたならば。……僕の最期の地に、墓参りに来てくれないか?』と、な」

いつも感想、評価、ブクマありがとうございます。先日、ブクマが250件を超えていました……。

次回も、よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 当時の建造物群を伝承も残さず消えたのなら、相当な超破壊兵器が地下や宇宙に有りそう、時空干渉できる文明なら当然だが。 超文明って良いですよね。
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