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プロローグ2:エルヴィス国

時は、数日前に遡る。


エルヴィス国では、一つの決断を迫られていた。

それは、タイランディウス帝国に屈服するのかどうか。

王城謁見の間にて、年若い国王アルトリア・ファーヴニルは重々しく口を開いた。


「諸君。聞いての通り、帝国にはもはや譲歩の余地はない。しかし、服従したら……民は間違いなく、貧困にあえぐ」


タイランディウス帝国が出した条件は、「属国」になることであり、相当重い税率や兵役が課せられていた。

それは、民の貧窮につながるため断固として受け入れられない。しかし、服従を拒めば圧倒的な軍事力で仕掛けに来るのだ。

年老いた宰相も、重々しく頭を垂れた。


「打つ手なし、ですの……せめて、服従して命永らえるか、他の国に頼るしかない……」


しかし、それは望み薄であった。周囲の国はすでにタイランディウス帝国に吸収されたあとであり、わずかに残る都市国家にはとても抵抗できる軍事力などないのだ。


他の大陸や、セルムブルク大陸の西方にはまだタイランディウス帝国の魔の手が伸びていない大国もあるのかもしれないが、残念ながら探し出して国交を結び、援軍を求めるには時間不足であった。


「どうするべきか……」


「王、一つだけ策がありまする」


悩む国王ファーヴニルのもとに、一人の家臣が声を挙げた。彼はよく突飛な技術を提案する技術院の院長だった。


「なんだ!?もしもこの事態をなんとかできるというのなら、私は何でもしよう!」


凄まじい勢いである。それもそのはず、彼にとっては民が一番であり、民が救われるためならなんだってする男なのだ。

たとえ「自害と引き換えに民を助けてやる」と言われたとしても、喜んで命を捧げるだろう。

しかし、この技術院院長の言葉は違った。


「大規模な召喚魔術でもって、国を召喚します。すでに準備は出来ていますから、命令一つで国を召喚出来ますよ」


王はその話に食いついた。


「……それは、どのような国を召喚するのだ?」


技術院院長は、自信有りげに答えた。


「人口が我が国の10倍はいて、技術は凄まじく、軍事的にも優れている国、です。それでいて平和主義を貫いており、自衛以外ならば戦争はしないと来ています」


それを受け国王ファーヴニルは、怪訝な様子で問うた。この男は信用しているが、この話には大事な部分が抜け落ちていたからだ。

―――どうすれば味方に引き込めるかという。


「なぁ、技術院院長。この国に協力してもらうにはどうすればいいだろうか?」


「そうですね、この国―――日本は資源に乏しい国です。それに比べ我が国は、広大な農地が広がっており鉱石類、魔術具類も多く生産されています。

そしてもう一つ。―――日本には、魔術という概念が存在しません」


それを聞いた王は、ガタンッと席を立った。

彼には信じがたい言葉だったからだ。


「魔術が存在しないだと!?」


家臣は肯定する。


「ええ。魔術の魔の字もありません。その代わり、まるで魔術と見間違うほどのからくり仕掛けが発達しております。

―――そろそろ、話も見えてきたのではないですか、ファーヴニル?」


「……ああ。その手が最良だろうな、レーベリヒト」


お互いに役職名ではなく名字で呼びあったのは。「親友として」この計画を決断したことを示していた。


いまいち話を飲み込めていない他の家臣に向かって、国王ファーヴニルは告げた。

国王としての威厳で以て、厳然と。


「これより、技術院院長の手によって『日本』を召喚する。これは国家の存亡、ひいては1000万の民を生き延びさせるための作戦である。

―――その国を元の世界から引き剥がすのだから、私は外道として罵られるかもしれない。薄情者と言われるかもしれない。責任はすべて私が負う。

頼む、協力してくれないか?」


彼は、言葉を切ると同時に深々と頭を下げた。

途端にどよめきが上がる。


「あ、頭をおあげください、陛下!」


「そうですよ、我らが陛下に協力するのは当たり前なのです!」


「地獄の底までお供いたしますから!」


彼の人格の高さが伺える一面だった。

本来王というものは気軽に頭を下げては行けないものであるし、無謀な作戦についても命令するのが常である。

しかし、彼は敢えて「協力」を求めたのだ。

それは、彼自身が「優王ファーヴニル」などと呼ばれる所以であり、同時に彼の生き方でもあった。




数時間後、深夜11時。

一対の望月が煌々と照らす中。


「〈通信〉魔術を!エル・フリージアに繋げ!」


「繋ぎました!魔術の出力は安定しています」


王は、通信用の魔法陣の前に立っていた。

長距離通信特有の少しのノイズの後に、相手の顔が映し出される。

それは覇気に満ちた壮年の男性―――タイランディウス帝国皇帝グラディウスの顔であった。


「ほう、考えはまとまったか、小童?」


「ええ」


一拍おいて、国王ファーヴニルは覚悟とともに言葉を紡ぐ。


「最後通牒だ。―――我が国は卑劣なタイランディウスに屈服などしない!」


皇帝の顔が怒りに歪んだ。その口が怒声を吐き出す寸前、彼は魔法陣を蹴り壊した。


そして降りる、静かな沈黙。


それを破ったのは、彼自身だった。


「もう、後戻りはできない。技術院院長、作業はどこまで進んでいる?」


技術院院長は、努めて明るい声で答えた。


「地下魔力脈からの魔力供給は完了しています。場所の入力も完了」


それを聞き、王は頷いた。

そして一つの、残酷な命令を下す。


「すまない……召喚、開始」


「ええ、魔術陣起動します」


その謝罪は誰のためか。その時は本人にもわからなかった。





中庭に置かれた巨大な魔術装置および魔術陣が白い閃光を放ち、数条の光がスパークとともに東の海へ駆けて行った。


「成功です、〈広域捜索〉で確認しますか?」


「頼む」


国王ファーヴニルの声に応じて、技術院院長が魔術を行使。懐から取り出した水晶が、ひとりでに景色を映し始めた。


それは、遥か東に存在する島国、その中枢を映し出していた。

そびえ立つ摩天楼、行き交う人々。そして、闇夜でも煌々と光を放つ街。


「凄い……こんな街が存在するなんて……」


そして最大限に、頭を下げた。


「―――こんな異世界に突然呼び出して、すみません。ですが、どうか、私達を助けてくれませんか……?」


その言葉は宙に消える。家臣も耳にしていたが、何も言わなかった。




――――――――――――――――――――――――





大陸暦1034年5月16日午後11時17分36秒、あるいは西暦2019年5月16日午後11時17分36秒。

この日、日本国はラタトルク世界に召喚された。

今までとは違う世界に放り出された日本。

この日を境に、日本は異なる歴史を重ねることとなった。

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