10 弓手に魔術書を渡した結果
翌朝、街と外を隔てる門の前で第2分隊は集合しある物を待っていた。
「さて、諸君。昨日はよく眠れたか?」
「ええ。おやっさんに寝かされました」
「……ふわぁ、私は寝不足気味だよ」
よく寝たようで気負うことなく、されども緊張を緩めない雰囲気を発している榊や三坂と対照的に、大内やフレイはあくびを連発していた。
「参考までに聞くが、昨日は何時寝だ?」
「……0300」
「あほか」
起床が0600だったので、ほとんど3時間睡眠ということである。その間何をしていたかは、だいたい予想がつくが。
「……夜更かしした甲斐はあった。もう魔術使える……ふわぁ」
「早すぎだろ……」
恐らくは初歩的なものだろうが、今まで魔術と無縁だったフレイのことを考えれば十分天才の領域である。
その時、街の中から複数の冒険者らしき人影と、馬車が現れた。
「お、来た来た」
それは、ギルドの乗合馬車である。大型の4頭立ての馬車であり、2台の客車の定員は合計20名。言うまでもなく冒険者を目的地まで輸送するための移動手段である。
「ほれ、乗ってくれ。今日は多いからな」
馬車が門のところで止まると同時に、御者らしき老人が言った。扉を引き開けて、後ろの車に乗り込んむ一行。
どうやら、別の目的地へ赴く冒険者たちもいるようで、10人ほどが前の車に乗り込んだ。
ガタゴトと音を立てて動き出す馬車。
「さて、現地まで数時間……フレイは少し寝とけ。睡眠不足による不調は、フレイには厳しいだろう」
そう言いつつも、竜ヶ崎は得物である対物ライフルを抱えてすでに寝ようとしていた。その光景を尻目に想士はギルドから渡された依頼書を開く。
怪猿についての資料が添付されており、それによるとどうやら猿というよりゴリラのようだった。色は極彩色だが。
「にしても、テンプレはゴブリン狩りとかオーク狩りなんだろうけどな」
「高田、気にしたら負けだ。というかそれくらいなら後からでもなんとかなるだろう」
「……後1つ気になることが。……生息域は大陸中部から南部とあります。今拠点としている街は大陸中部の地方都市ですが、自衛隊の主力が駐屯している地域はどちらかといえば南部にあたるかと。エルヴィス国は南部に属すると聞きましたが」
「……つまり、本隊が会敵する恐れがあると。確かに戦闘力の調査は必要だな……」
真面目モードでそのようなことを話しこむ。彼らの仕事は現地の文化や慣習のみならず地形や生態系を確認することであり、特に主力部隊の危険となりうるものに関しては早急に調査する必要があった。
––––竜ヶ崎が確認した、銃器に発展し得る技術しかり。
「ところで、フレイちゃんの弓改造されてません?」
「ああ、50センチくらいの細い金属棒が2本つけられてるな。どこから持ってきたんだ……?」
「あ、そういえば姉御と買い出しに出かけた時、金物屋に寄って『これ使えそう』とか言って購入してました」
「何のために買ってきたんだ……?」
「大方振り回すためじゃないですか?」
彼らの向かい側で、大内に寄りかかりながらすやすやと寝るフレイ、彼女が抱えている弓を見て口々に言った。フレイの反対側で眠りこけている竜ヶ崎の首筋を優しく撫でていた大内はそれを聞いて、苦笑しながら答える。
「ああ、程よく切断して手甲とかブーツに内蔵しようと思ったんだよ。打撃力上がるし」
「……」
想像以上にエグかった用途に、沈黙する3人。
ちなみに、南原は窓際の席で外の風景を眺めていた。
「……結局、フレイちゃんの弓の改造に使ったけどね」
しばらくして、ガタゴトと揺れていた馬車が止まった。御者が「森に着きましたよ」と言っているため、目的地に到着したのだ。
フレイや竜ヶ崎を揺り起こし、装飾のない馬車を降りる。
「ありがとうございました」
「いやいや。とりあえず、ここへは大体日没時に来る予定だから」
「了解です」
「頑張れよ!」
南原と御者が挨拶を交わし、その後に馬車は去って行った。去り際に、前の馬車に乗っている冒険者が声を掛けてきた。
「……さて、やりますか」
竜ヶ崎はそう呟き、バレットM82A2対物ライフルに弾倉を装着。着剣装置がバレルと干渉しない位置で取り付けられているかを確認した。次に、パイルバンガーの魔力が充填されてほんのり白い光を放っていることを確認。渡された予備の魔結晶も充填済みであることを確認する。
他の面々も真剣な顔でPDWの安全装置を解除、そして防具の紐を締めた。一つ一つは何気ない動作であるが、一つでも怠るとそれが命取りになるのだ。
「さて。分隊、戦闘準備完了ですぜ」
「了解、曹長。……まぁ、チュートリアルだと思って気軽にいこうか」
竜ケ崎はいつもの調子でそういうと、長大な槍を担いで森の中へ入っていった。ほかの面々も、いつでも武器を抜けるように準備しつつ下生えをかき分け森の中へと進入していった。
◇
それなりに開けた陰樹林の中、7人は本来は狩人のためのものと思しき道を通って進軍する。歩くこと1時間、森の深部へと到達しようとしていた。たとえば、怪猿が出るような。
竜ヶ崎は、斜面の上である物を見つけた。
「ここにもリューカの実は生えているのか……」
「……いや、これは食べられた痕跡がある。近いぞ」
「……!」「来たッ!」
竜ケ崎が言った瞬間、南原とフレイが上空へ目線を上げた。彼女は弓は間に合わないと判断し、小剣を引き抜く。
果たして、木の上から黒い影が数匹飛び下りてきた。
「アンブッシュだ!」
竜ケ崎が叫び、迷わずバレットを構えて筒先で斬り飛ばした。銃剣に刺し貫かれて絶命する極彩色の猿。彼はそれを振り払い、周囲の状況を確認した。
「囲まれているか……」
「そのようね。多いのは下の方。……PDW、さっそく入り用かしら?」
「とりあえず、ざっと50!いるかもな!」
彼らは少しだけ驚愕していた。さすがにこの規模の群れを引き当てるとは想定外だったのだ。しかし、そこは腐っても特殊作戦群である。斜面を登りつつすでに10以上の猿を白刃戦で屠っていた。
されども増え続ける群れを相手に、銃火器を使用するべきか悩み始めた。出し惜しみはしていい時と悪い時があるため、それを間違えたら破滅につながるのだ。
しかし、それを振り払ったのは弓を構えた獣人少女だった。
「……その必要は、ない」
彼女は弓に矢を番えると、高らかに叫んだ。
「我より伝われ雷、〈雷電〉ッ!」
雷属性初級魔術、〈雷電〉。通常は地面に手を突き、大地を帯電させて陸上の敵をしびれさせるという派手で弱い魔術だが、彼女が使用した対象は異なった。
「弓を……?」
弓に取り付けた2本の金属棒、それに使用したのだ。術者の手元から発せられる雷は金属棒に流れ込み、パリ、という小さな火花を散らせた。
ほんのり碧く帯電する金属棒は、それだけで猛烈な警戒心を煽る。怪猿が進撃の足を止めたその刹那。
ドンッという轟音が響き渡り、強風が吹き荒れた。
音の正体は帯電していたフレイの弓。そして、風が収まったその先には粉砕された大木や血の付着した木々が存在していた。
さしもの特殊作戦群ですら驚愕で動きを止めた空間の中で、フレイは静かに二発目の矢を番える。
「次は――――お前らだ」
ニヤリ、と捕食者の笑みを浮かべたその刹那、再び空気が裂けた。
弩と異なり、長弓は連射が効く。そして、一般に獣人の弓はエルフの弓よりも精度が劣るが、連射速度において勝るとされる。
ドンッ、ドンッ、ドンッという、まるで20㎜機関砲が火を噴いたかのような轟音が響き渡った。
猛烈な連射はそのままに単純に弾速を強化したのだと、射的の的にされる猿には知る由もなかった。木の陰に隠れていたとしても、その掩体ごとぶち抜く。木々を伝って上空から襲いかかった猿は唯一フレイへ攻撃を加えられるかと思われたが––––大内がナイフを投擲し墜落させた。
スッと身を引くことで死体を回避しつつ、とにかく連射するフレイ。音速を優に超える初速で放たれた矢は、確実に猿の群れを刈り取っていった。
しかし、何事にも終わりは存在する。
「……矢が、切れた」
絶望し切ったかのようなフレイの声が聞こえた。弓矢はその性質上、矢がないと攻撃できないのだ。さらに、彼女は直接的な攻撃魔術を習得していない。そして、敵はまだ50以上も残っている。
しかし、そんな彼女の視界に1人の男の後ろ姿が映った。
「……あとは任せてくれ、フレイ」
––––ソウシ。
フレイが心の中で呟いた直後。
全速力で斜面を駆け上がり迫ってきていた猿が血飛沫を上げて頽れた。
「……ん、任せた」
フレイはその光景に、安心感を覚える。まるで、初めて出会った時のように。
「さて、ここまで期待されたからにはやらなきゃなぁ?」
「良いとこばっかとってんじゃないわよ。少しは私たちも頼りなさいって言ったでしょ?」
そう言うや否や、次々と敵を血の海に沈めて行く特戦隊員たち。武器が変わったとしても、そうそうその高い戦闘能力が落ちるわけではない。
剣を突き立て、切り捨て、殴り斬る。さらに、後方から正確な矢の一撃が飛来してきた。
「そりゃ、あんなん見せられたあとだと本気になりますよっ!」
三坂に直掩された榊が的確に弓を射っていた。その技術はフレイに負けずとも劣らないものであり、さらに仲間への支援としての射撃を行っているため、技量としては数枚上手だった。
フレイの射撃によってかなり数を減らされた猿の群れは、十数分後には皆白刃の餌食となっていた。
静けさが戻った昼下がり、一行は血の匂いの充満していた場所を離れて森を脱出する道を辿っていた。
主な理由はフレイと榊の矢切れだが、依頼されていた怪猿の討伐は十二分に完了しているため長居する必要はないのだ。
「百匹オーバーの群れはいささか異常だな……ギルドの方から渡された資料においてもせいぜい50匹程度とあるし」
「2つ以上の群れのど真ん中に突っ込んじまったか?」
「さぁな、こればかりは俺たちにはわからねえ」
全方向に警戒を向けつつ、森を進む彼らはそのようなことを話していた。流石に戦車や機関銃を装備した主力部隊の脅威になるということはないだろうが、自分達にとっての脅威には十分なり得るのだ。
そしてもう一つ、彼らには気になることがあった。
「そうだ、フレイちゃん。あの馬鹿みたいな威力の矢はどうしたんだ?」
肩当てを引き千切られた三坂が言った。彼のみならず全員が弓にあるまじき轟音を聞いており、目下それが最大の謎だった。ただし、大内が気まずい笑みを浮かべてるあたり彼女は知っているのだろうが。
果たしてフレイは、あっさりとその正体について話した。
「いわゆる、レールガンを作った」
レールガン。すなわち、導体で作られた弾体を二本の金属レールで挟み、その間に電流を流して超加速させるのだ。自衛隊内ではまだ実用化はされておらず、米軍でも試作段階という代物であるためフレイには知る由もないはずなのだが……。
「ちなみに誰から聞いた?」
「〈かが〉の人たち」
「あっはい」
どうやら、誰かがアイデアについて話したらしい。そして、先程の大内の口ぶりからして加工は大内に任せたようだ。
「……言うなれば、〈レールボウ〉。魔法陣は想像で展開できるし、今回は詠唱したけど多分弾道のイメージだけでなんとかなる。うまくすれば金属の棒もいらない。射程も威力も精度も実際のレールガンには遠く及ばないけど、弓よりは、強い」
などとのたまう獣人少女に、一同は絶句するしかなかった。
◇
ほぼ同時刻、秋田沖。
その海域には航空母艦〈いずも〉及び〈かが〉、そしてそれらよりも巨大な艦影を始めとする数隻の艦艇が集結していた。2空母の飛行甲板には合計24機のF-35BJ戦闘機が並べられ、出撃の準備が行われていた。
ーーーータイランディウス帝国の国境を落とすためである。
攻撃対象はアーケロン、ユグドラシル、ヘールグの3城塞と、ノール城塞群とよばれる山岳地に築かれた複数の要塞である。特にノール城塞群には滑走路と思しきものが確認されており、航空戦力がある恐れがあった。
対して中核をなす陸上自衛隊セルムブルク方面隊の擁す戦力は2個普通科連隊、2個戦車中隊、1個偵察中隊、方面特科隊、3個飛行中隊である。エルヴィス王国軍も参戦の意を示していたが、言語問題や軍事ドクトリンの違いなどがあるため今回は見送りとなった。
セルムブルク方面隊の編成は地形への対応力を重視し普通科が多い構成となっているため、火力や防御には劣るのだ。とはいえ敵は刀剣類で武装した中世から近世の軍隊、魔法使いもいるとはいえさして脅威にはならないだろうとの判断だった。
ただしその戦力では城、それも堅牢な要塞攻めは困難である。故に、陸上自衛隊だけではなく航空自衛隊、海上自衛隊ーーーーそして在日米海軍との共同作戦が行われようとしていた。
「たまげたな、アメさんが協力してくれるとは。しかも虎の子の空母を参戦させてくるとは」
「それだけ向こうも必死なんでしょう。日米で立場が逆転しましたからね。それと、状況が見えてきたこの辺で恩を売っておきたいんじゃないんでしょうか?」
「まあ、そう考えるのが妥当だろうなぁ」
〈いずも〉艦長と副長はぼやきつつ、ブリッジの外に広がる海を眺めた。
4㎞東を航行する〈かが〉と、8㎞南を航行する米空母ーーーーF/A-18E戦闘攻撃機を甲板に並べ立てるミニッツ級航空母艦〈ロナルド・レーガン〉。
それぞれの甲板上及び格納庫では、出撃に備え忙しく整備員が機体の整備を行っていた。
感想、評価、誤字報告ありがとうございます。
次回は、セルムブルク方面隊の話がメインになると思います。
また、その次から勇者の成れ果ての話を2〜3話載せたいと思います。
補足すると、フレイの〈レールボウ〉は、金属棒を媒体に展開した電場と鏃で回路を作り、そのローレンツ力により通常の弓よりはるかに速い速度で射撃するという代物です。彼女は原理は齧っただけなので、金属棒と鏃は接触しておらず放電される電気でかろうじて回路を形成しているなど、稚拙な部分が多いです。現時点での初速はマッハ2.5です。
実際のレールガンというよりは「とある」の方のレールガンに近いかと。
この辺が作者の限界でした……。
では、次回もよろしくお願いします。




