8 旅の始まり
前半はフレイや想士たちの話、後半は別の人物の話になります。
飛び去ってゆくMV-22オスプレイを見送りつつ、想士たち第2分隊は地理の確認を行っていた。降下した地点はリュケイオン駐屯地の沖合に停泊している空母〈かが〉から約600㎞の丘、MV-22の行動半径ギリギリである。
「この辺には敵の軍勢はいなかったな?」
「ええ。大体が国境沿いに展開しているはずです」
竜ケ崎の問いに、榊が答えた。榊の言う通り、現在帝国軍の攻撃部隊残存約7万は国境に存在する要塞に陣取っており動く気配はなかった。帝国の人口は約1億、軍隊は約100万という分析結果がエルヴィス国よりもたらされているため、ほかの部隊が集結してくる可能性がないとは言えなかったが、どちらにせよ彼らにはあまり関係のない話だった。
「まぁ、仮に誰何されたとしても……」
「賭けてもいい、無能な帝国兵どもは気づかない」
「だよねえ」
大内とフレイが言う通り、今の彼らの見た目は完全に「冒険者」なのだ。この世界の冒険者は何でも屋のようなものであり、装備の幅が相当あることも事実ではあるが。
「……たしか、こっちに辺境の街があったと思います」
「ああ、衛星写真にもばっちり写っている。ファーストコンタクトが大きな町ってのもどうかと思いますけどね」
「まぁ、行ってみるしかないでしょう。
南原と竜ケ崎が今後について確認し、そして一行は移動を開始した。ちょうど、少し丘を下ったところに街道が、その先に町のようなものがうっすらと見えていた。
少し歩き街道に出る。
「にしても、のどかな場所だな……」
竜ケ崎は、周囲に広がる草原を見渡しながら言った。あたり一面の草原で、南側にはうっすらと山が、西側には森がかすかに見える。
「まぁ、これだけの草原って今時あまりないですからね」
榊が最後尾で空を警戒しつつ答えた。ちなみに、このような光景は決して日本にないわけではないのだが、あいにく彼らは見に行ったことはなかったのだ。
「私も、初めて見た……こんな遠くまで来たことはなかったから」
「そうだろうな。……絶景ってわけじゃないが悪くはない」
「高田、水を指すようで悪いが……北海道では結構ざらにあるぞ」
「おやっさん、北海道暮らしだったんですか?」
「育ちは北海道だな」
「……さいですか」
雑談を交わしつつ、彼らは「異世界」を堪能していた。
人間の背丈から見える水平線までの距離は大体4㎞である。そこまでの高地ではないこと、そして高低差がほぼないことを考えると、大体同じと考えてよかった。
「高田、お前数学得意だったよな?」
「まあ苦手ではありませんが」
「高度30メートル、俺らが170㎝としたときの地平線までの長さ」
「暗算には無理があります」
「三平方の定理で……」
「軽く7桁×7桁を暗算しろっていってますよね?しかもその後に平方根計算ありますし」
「……無理だな」
「お分かりいただけて光栄です」
「あ、街が見えてきた」
茶番を演じ始めた竜ヶ崎と想士に、大内が声を掛けた。大内の言う通り、進行方向には木製の柵に囲まれた街が見えてきていたのだ。門はどうやら開放されているようで、柵の外に広がる農地で幾人かの農民が仕事をしていた。
「おーおー、いかにも中世って感じ」
「とりあえず、入国審査的な何かが無くてよかったですね。帝国兵もそんなにいないようですし」
「隊長、街に入ったらどうしますか?」
今度は大内と話し始めた竜ヶ崎に、南原が声を掛けた。今の自分達がやるべきは情報収集である。そこには、帝国の動きや民の状況、そして国土の様子なども含まれていた。捕虜から聞き出すよりも、実際に隊員を送り込んだ方が早いと言う判断から立案されたこの作戦は、戦争終結後のことにも関わってくる。
「そうだねぇ、食文化をたんの……ゲフンゲフン調査しますか」
間違いなく、「堪能」と言った。大内は聞き逃さなかった。間を置かずに入れられるいつもの鉄拳制裁。
「た·い·ち·ょ·う?」
「あばばばば……大変申し訳ございませんでした」
「よろしい」
「ふふっ」
いつものやり取りに苦笑しつつ、ぽつりと呟くフレイ。
「この辺は帝国の南部に当たるけど、酪農が行われてるからチーズとか肉料理とか有名かな。あと、葡萄酒はよく出回っていたはず……」
「うーん、となると調達できる糧食は干し肉かな……あとチーズ」
隊長よりもよっぽど真面目なことを言いつつ、『チーズ』にちょっと心惹かれてしまう想士だった。
少し歩くと、門にたどり着いた。
「結構こじんまりしてるんだな」
「まあ、中世みたいな感じだったらこんなものだろうな。隊長、時刻は1210ですがどうします?」
「飯」
そのようなことを言いつつ、一行は門をくぐった。大きな都市になると一応門番によるチェックがあるらしいが、ここではないようだった。
街の中に入ってすぐに、彼らの姿は溶け込んでいた。革鎧やチュニックなどは日本では異質な服装であるが、この街では当たり前なのだ。武器を背負い鎧に身を固めた冒険者や商人のものと思しき馬車も散見され、ここがどのような都市なのか一目で分かった。
「ふむ……商業都市か……」
「みたいだな」
「お、典型的な宿屋がある」
「食事どうする?」
「どっか適当なところにしたら?」
初めて見る光景に呆気に取られる……というわけでもなく、ぶらぶらと散策する7人。精神の図太さに関しては、職業柄トップクラスなのだ。
ちなみに、ここまでの会話は練習を兼ねて全て現地語である。まだ敬語表現を習得していないため、日本語訳するともともと少なかった上官の尊厳など完全粉砕されてしまっていた。
その時、大内に声を掛けるものがいた。
「あの、お食事処お探しでしたら、うちにしませんか?」
大内の「適当なところで見繕ったら?」のセリフを聞き留めたのだろう、客引きらしき村娘がオープンカフェを指し示していた。
「どうする?」
「OKだ。雰囲気もいいし」
「悪くない……」
「賛成」
「うむ、ここにしようか」
「異議なーし」
「大丈夫だ、問題ない」
わざわざ異世界語訳してまでぶっぱなした三坂のネタを華麗にスルーしつつ、大内は頷いた。
「じゃあ、7人分、お願いします」
「承りました!」
店の中に案内されて席に着いたあと、彼らは一息ついた。そして配られたメニューを見て、新たな問題にぶち当たったことに気がつく。
「……読めない」
日本語で想士がぼやいた通り、メニューが難しすぎて読めなかったのだ。慣用表現や会話メインで練習していたが故の弊害で、彼らには読解力はまだまだ足りていない。
「……これ、魚のムニエル。これ、ステーキ。これ、付け合せ……」
「で、これが飲料と。ありがとう」
結局フレイに和訳してもらいようやくメニューを理解した彼らは、それぞれの料理を注文することにした。ちなみにこのやり取りの一部始終を見ていたウェイトレスの獣人の娘が微妙な表情を見せていたのだが、気づいたものはいなかった。
ともあれ、注文したら料理が運ばれてくるまでは暇というものである。水を飲みつつ、談笑を始める7人。ちなみに、これも語学力向上のために異世界語――――セルムブルク共通語で会話をしている。
「……しっかしさ、語学特訓が冗談抜きでスパルタだったんだけど」
「〈意志疎通〉をうまくつかって同時通訳……」
「単語じゃなくてフレーズで覚えさせられた……2週間で片言からここまでなるとか我ながら想定外」
「〈かが〉の飛行隊員から憐れむような目を何度向けられたことか……」
愚痴を吐くこと数分、ほかほかと湯気をたてる皿を数枚持ったウェイトレスがやって来た。ちなみに全員結局牛(とフレイは判断した)の薄切りステーキである。昼間から1ポンド級のステーキなど流石に厳しかった。
「お、美味そう」
「ありがとうございます」
「いえいえ!滅相もない!」
大内の何気無い礼に、ウェイトレスの少女が恐縮する。ちなみに、大内は進学校やらイイトコの学校に行っていたわけでもないのに、スイッチが入るとすさまじく上品になったりするのだ。
ウェイトレスが去った後、各々のフォークで薄切り肉を突き刺し口へと運ぶ。
瞬間、口のなかに広がったのは肉の薫りと肉汁の旨み、そして和牛とはまた違うしっかりとした食感。彼らの顔が変わった。
「……美味すぎる!」
「お、こんなお肉は久しぶりね」
「ん、美味しい」
「これは結構」
「しっかりしてるな。これはこれで」
「美味いッ」
「……!」
一切れ飲み込んだら、もう止まらない。7人はその後、無言で肉を喰らい尽くした。
「ふぅ、食べた食べた」
「しれっと食後のチーズ注文してる想士クン、一欠片寄越せ」
「……だが断る」
「……お、俺こんな肉がこんなところで食べれるとか思ってなかった……」
「三坂は放置として。竜ヶ崎、外貨はあるな?」
約1名肉の旨みに感極まって涙目となっているが、完全に蚊帳の外にして話を続ける。目下最大の問題である貨幣については、〈かが〉艦内に収容されている帝国兵から価値を聞き出し、手持ち金を両替させてもらったのだ。ちなみに、両替に応じた女竜騎士は物珍しそうに諭吉先生を眺めていた。
恐らく、帝国というよりセルムブルク大陸には「紙幣」が存在しないのだろう。
「ええ。〈かが〉で捕虜の帝国兵からちょちょいと拝借してきました。日本円と両替して」
「器用なことするな……」
「さて。……ここが辺境で、それでもこのレベルの食事が摂れる。大内、おやっさん、どう見ます?」
「タイランディウスは国の末端近くまで富が配分されている……民衆の不満を煽る手は使えないってところ?」
「まあな。ついでに言えば、民が満足している以上皇帝を崩すことにリスクが伴うわけだ。こればっかりはさらに調査してみないとわからないが」
「でしょうねぇ……」
「皇帝への帝国臣民の人望は種族問わず意外に厚い」
「そうなのか……おい、そろそろ行くぞ」
なかなかに物騒な方へ話題をシフトさせつつ彼らは店を出た。
店を出た後、「冒険者」について客引きの娘とフレイに訊いた。その返答は主に以下の通りである。
1.登録制だが、審査は緩い
2.出自等は問われない
3.身分が保証されるが、剥奪されることも
4.斡旋された依頼を受注、遂行し報酬を得る
大体このような感じである。ちなみに、大抵は魔物の対処であり、軍隊よりも小回りが効くという性質上の役割だった。
そしてその中核となるのが「冒険者互助斡旋組合」、通称「冒険者ギルド」である。
オープンカフェを後にした一行は、教えてもらった「ギルド」へ向かうために大通りを歩いていた。
「おし、冒険者ギルドに登録するか」
「まぁ、そうするしかないね。居住地書かなくてもいいってのはありがたいけど、冒険者が流浪の者ってのもあながち間違いとは言えないみたいだし……」
「あと収入大事……」
「身分も保証されるしな」
少し歩くと、看板が見えてきた。フレイが指し示しているため、どうやらあれが「冒険者ギルド」のようだ。アルファベットのようにもアラビア文字のようにもみえる独特な文字を器用に手帳に書き留める三坂。ちなみに、先程のメニューから判別した各種の単語もメモられている。
「ここか。ありがと、フレイ」
「……どういたしまして」
想士はギルドを見つけてくれたフレイに礼を言い、そして3階建てとおぼしき建物を見上げた。木造と石造が立ち並ぶ中、木造のその建物は完全に溶け込んでいる。
その様子にやられた榊と三坂の独身組が顔を手で覆った。
「だめだ、フレイちゃんが尊すぎて俺鼻血出そう……というか高田さん爆発しろ」
「安心しろ三坂、俺も全く同意見だ。後ろ玉にしようか本気でなやんでる」
「安心しろ二人とも、俺には彼女がいる」
「「隊長、嫁の鉄拳制裁で末長く爆死してください」」
口を挟んだ竜ヶ崎に祝福しているのか恨んでいるのか判別のつかない声音で返した2人は、すでに扉を潜っていた大内やフレイに続いて建物の中へと入った。
―――――――――――――――――――――――
「総理、エルヴィスにて交渉を行っていた嵯峨野ホールディングが小麦を始めとする穀物や野菜類の買い付けに成功したとのことです。数日後に護衛艦〈いなづま〉および護衛艦〈いかづち〉に護衛されたバラ積み貨物船〈日東丸〉が現地へ到着、小麦および根菜類5000トンを積み込む見込みです」
「そうか。これで食糧については一息できる。……それにしても、1万トンオーバーの船が現れたらさぞ驚くだろうな」
「ええ、間違いなくそうなりますね。それと、ファーヴニル国王陛下より会談の申し入れが……」
「すぐに通せ。彼はいまや日本にとってのキーパーソンだ、会談も一つ一つが重要になってくる」
そのころ、首相官邸にて内閣総理大臣は書類を眺めながら秘書の報告を聞いていた。なにも戦っているのは自衛隊だけではないのだ。外務省も、文部科学省も、民間企業も、そして彼自身もそれぞれの戦場で戦っていた。
全ては、生き残るために。
「野党はこの際徹底的に抑えろ。いま連中に横槍を入れられるときついからな」
「自衛隊派遣でも揉めましたしね……なんとか水面下で説得できましたが」
「正論に屁理屈で歯向かってこられるとは思っていなかったからな……ただ、食糧問題と資源問題は解決の見通しがたったし、敵さんの攻勢も退けた。あとは敵深部に食い込ませた『彼ら』が有益な情報を持ち帰ってくれることを待つばかりだな……」
「彼ら」――――特殊作戦群第168任務部隊第2分隊を深々部偵察に送り込む決断をしたのは彼なのだ。派遣した名目がある以上、このまま亀のように閉じ籠っているわけには行かず、とはいえ性急に進撃した場合はその後に支障が出るため現地民に関する調査を行う事にしたのだ。相手の文化や社会システムの把握は大事である。
部隊の選定は方面隊の陸将に委ねたが、その時彼は苦笑いしてこう言ったものだ。「ぴったりの部隊がある」と。
書類を読み終えた彼はおもむろに立ち上がり、歩きつつ秘書に零した。
「これは、災難であり奇貨でもある。確かに外交関係の消滅、海洋の変化による水産物の水揚げ量激変、そして在日米軍の扱いなど災難は山積みだが、それを補ってなお余りある資源、食糧の安定が入った。––––6000の犠牲者と、74年ぶりに本土を攻撃されたという屈辱にはとても割に合わないが、な」
全くその通りである。某国や某国、某国との歴史問題、外交問題が綺麗になくなったことは喜ばしいし、地球温暖化についても一定の猶予が取れた。しかし、アメリカとの安保協定どころか国交がなくなった以上在日米軍の処置やアメリカ製装備の更新という問題もあり、非常に難しい事になっている。
そして、得られた利益も犠牲を考えるととても割に合わないのだ。
「ここからが正念場だ。国境侵攻は防いだから少し時間があるが、その間に野党、マスコミ、在日外国人への対応をしなければならない。それと、経済界も騒ぎ立てるだろうな」
間違いなく、鍵となるのは深々部偵察に送り出した彼らである。一時的とはいえ、「自衛隊」という枠に縛られず行動する特権を与えられた部隊。彼らが持ち帰ってくる情報が、この国の行く末を決めるのだ。
頼むぞ、と一言つぶやき、総理は靴音を鳴らして官邸の玄関を出た。
いかがだったでしょうか?
いつも感想、指摘、誤字報告、評価等ありがとうございます。
また今更と言えば今更ですが、本作に登場する「特殊作戦群」は完全にフィクションの部隊であり、実際の特殊作戦群とは関係ありません。もしも実際の詳細を知る読者の方がいらっしゃったら、温かく見守りつつ笑ってくださると幸いです。
では、次回もよろしくお願いします。




