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Sidestory2「勇者の成れの果て(2)」

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Sidestory2「勇者の成れの果て(2)」


 洞窟の中は薄暗がりであり、その上危険な魔物が多く生息する魔境だった。迷宮のような構造ということもあり、半ば彷徨うように探索する人影。


「おれは、こんなところで死ぬわけには行かないんだ……」


 ブツブツとつぶやきながら歩くさまは、正気を削がれているようにしか見えなかった。襲いかかる恐怖と飢餓、そして痛みは抗うことができないわけではない。しかし何より彼の心を削り取っているのは、孤独感だった。


「……ッ!」


 不意に、がさりという足音。その音が聞こえたときにはすでに片手剣を引き抜いており、恐怖心を覆い隠すようにして喚声を上げていた。


「う、うぉぁぁぁぁぁ!!!!」


 抜き打ちの一撃は、虚しく地面に突き刺さる。少年の視覚はそのすぐ先にいる巨大ネズミを捉えており、すぐさま追撃を放った。バシュ、という音と共に血飛沫が舞い、巨大ネズミの右腕が飛んだ。返り血を浴びつつ、止めとするべく突きを放つ。心臓を貫かれたネズミは、きゅう、と一声鳴いて死んだ。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


 荒い呼吸をしつつも、毛皮で剣を拭い――――ネズミの死体へ突き立てた。「勇者」の武器ということもあり、きちんと血脂を拭えば相当長く切れ味を発揮するのだ。


「さっき、狼を喰った気がするけど……ね」


 そのまま大雑把に捌き、そしてかたまり肉の状態で齧り付く。硬い肉はこの世のものとは思えない味がして、しかし確実に彼に吸収されていた。


「前のおれだったら考えなかっただろうな」


 前の温厚だった自分だったら、とてもではないが出来ない所業だっただろう。すでに、相当精神を蝕まれていることに、彼は気づいていない。


 ネズミ肉をある程度食べたあと、再び迷宮の探索に戻る。武器は片手剣一本と、拾った短剣2本。短剣の良し悪しはわからなかったが、少なくともそれなりに使えるようだった。


 少し歩くと、小川に当たった。そういえば今日は水を飲んでいなかったな、と思いしゃがみこんで水を飲む。


「……!」


 そして歩き出そうとして、足が動かないことに気がついた。視界が揺らめき、そして世界が反転した。そう思ったときには、水飛沫を上げて川の中へと倒れ込んでいた。

 脱水症状と、度重なる魔物食の影響だったとは、少年には知るよしもなかった。





――――――





 神聖フルミナ教国の大教会にて、教王は静かに思索する。


(予想外だったな……よもやこんなにも早く〈洗脳〉と〈神聖付与〉が解けるとは……)


 それは、勇者についてだった。彼は、確かに「勇者」を作り出した張本人である。しかし、結局その勇者は奈落の底へ落ちてしまった。生存は絶望的である。


(しかも、高司祭に気づかれるレベルで解けていたとは。やはり神への信仰心なのか……)


 腹黒い思考を巡らせつつ、彼は書類へと目を落とす。そこには、「日本国に関する報告書」とあった。




――――――




 あれから、どれくらいたったのだろうか。考えることも億劫になり、半ば眠っているかのような状態で思考する。小川の中で横たわる彼は、水だけを飲んで生きながらえていた。


――――死にたくない。


 すでに空腹は極致に達し、いまだ刺さったままの鎧の金属片が鈍い痛みをもたらしていた。浅い切り傷はジクジクと痛み、なにより間近に迫る死の恐怖が彼を押しつぶさんとする。


――――死にたくない。


 仲間がいれば軽減されるそれらは、孤独故に倍増される。16歳の少年である蓮の精神は、崩壊寸前だったのだ。


 そして、満身創痍の精神に止めを指す者が現れた。


「……」


 ぬらり、と闇の中から現れたそれは、一見すると鎧を纏った人のようだった。しかし、よく見ると心臓のあるべき部位が紅く輝いていることがわかる。

 リメインナイト。怨念を持った騎士である。


――――死にたくない。


 無慈悲に、騎士の持つ長剣が振り上げられた。横たわった蓮の位置からは朧気にしか見えないそれは、凄絶な殺気を纏ってその存在を示していた。


――――死にたくない。


――――死にたくない。


――――死にたくないなら、殺せばいい。


 そのような思考は、ループしていた彼の心の中に突然落ちてきた。ストンと何かが落ち着く感覚。そして、自分の中の何かが完全に壊れてしまう感覚。


「そうだ、死にたくないなら……殺せばいい」


 刹那。





 血飛沫とも言えないどす黒い飛沫が宙を舞った。


「――――ッ!!」


 禍々しい悲鳴が上がり、リメインナイトの手が宙を掻きむしる。その喉には、――――一振りの片手剣が突き刺さっていた。

 片手剣の主は、全身をバネにして飛び上がった少年。なんのことはない、飛び上がりざまに右手を突き出しただけである。しかし、それは騎士の成れ果てに十分な混乱と衝撃をもたらした。


「――――ッ!!」


 狩られるはずだった弱々しい少年が、たちの悪い冗談かのように自分に剣を突き刺している。その事実に、とっくの昔に死んだ騎士は驚愕した。魔術による奇声を上げつつ、少年を突き飛ばそうとするが、そのときには少年は飛び去っていた。

 正面から相対する少年の手に握られているのは銀製の短剣。気がついた騎士は、咄嗟に魔術を詠唱しようとして――――胸に軽い衝撃を受けた。


「――――――――――ッッッッッッ!!」


 声にならない絶叫と、撒き散らされる怨念。血に染まった視界の中で自分を屠った少年は、無表情に2本目の短剣を抜いていた。





「アンデッド退治は銀の武器、は間違ってなかったか」


 敵が斃れたことを確認し、つかつかと歩み寄る蓮。騎士の成れ果ては大小2本の剣を突き立てられて絶命していた。

 致命打となったのは、おそらく心臓をぶち抜いた短剣。咄嗟の気転で投げたものだ。道中で拾った短剣が、その輝き具合から鉄製ではなく銀製と確信はしていたものの、実際ここまで効果があるとは思わなかった。

 以前の性格が嘘のように、ニヤリと嗤う。


「死にたくないなら、殺せばいい」


 そう言った彼は立ち去ろうとして、不意に振り返った。騎士の成れ果てが持っていた剣と小手は活用できそうだと思ったからである。脚甲に関しては、壊れてしまったものの革靴を履いているため問題ない。

 剣は片手で扱うような代物だが愛用の品よりも長く、そして重い。大体刃渡り75㎝、重さ1kg程度である。小手に関しては前腕部を防御する部分だけ装着した。年代物とはいえ意外にしっかりした作りである。


 剣帯や短剣など使えそうな代物も頂戴して、その場を立ち去った。





――――その日から少年は豹変、あるいは堕ちた。







「……ッ!」


 無音の喚声とともに、剣が回転しながら(なげう)たれる。ブォン、と重い風切り音を撒き散らし5mの距離を飛翔したその剣は、狙い違わず大蜥蜴の首筋へと突き刺さった。投げた主はもんどり打って倒れる大蜥蜴に目もくれず、新たな剣を抜いて無造作に振った。それは突進しながら噛みつこうとした大蜥蜴の頭部に横殴りに突き刺さり、いなされた大蜥蜴は転倒した。


 一瞬で2頭の大蜥蜴を仕留めた黒髪の少年は、それぞれから剣を引き抜き、血を拭って鞘へと落とし込んだ。


「……」


 少年は何も喋らない。懐から革袋を取り出し中身を呷った。水を飲み終えた彼は、今度は懐から黒い実――――迷宮に生えていた果実を一粒取り出して食べる。水分の補給と疲労の回復を終えた彼は、一息つくと再び歩き出した。鋭い眼光で前を見据えただただ生き足掻こうとするその姿は、まるで「鬼」だった。彼は理性を失ったわけではない。ただ、「鬼」へと落ちてしまったのだ。


そのような彼がしばらく歩くと、玄室のような場所を見つけた。そこには一人の男が後頭部を射られて力尽きており、カビ臭い匂いがしていた。


「……これは?」


 しかし、彼が注目したのはそこではない。玄室の壁にかけられた数々の武器、そして仕掛けられたトラップだった。少年の「生への執念」は、床に仕掛けられたワイヤーを見逃していない。男はワイヤーに引っかかり、矢を撃ち込まれて死んだのだ。


「……とはいえ、切っちまえば問題ない」


 手持ちの武器で最も高い切れ味を誇る剣――――愛用の片手剣を突き立て、一刀のもとに切断する。相当敏感に設定されていたのかそれでも一本の矢が後方から飛んできたが、しゃがみ気味だったので難なく躱せた。

 トラップが解除されたことを確認し、改めて玄室の中を見回す。


「大剣小剣、歩兵槍に太刀……弓もあるな。鎧と盾……鞄?」


 ふと視線を留めた先にあったものは、小ぶりな鞄だった。並べられている他の装備に似つかわしくない鞄を見て、怪訝に思う。そして、鞄の前に置かれた乱雑な説明書きを見て驚愕する。


「……〈ソクラテス・ボディーバック〉……きざまれた魔法陣により、大きさの十数倍にも及ぶ内容量と、〈重量無効〉の効果を持つ……!」


 とんだチートアイテムだと思った。ちなみにこの鞄は魔法の品としては序の口に過ぎないのだが、それを知らない彼はそう思わざるを得なかったのだ。まさしく魔法の鞄である。


「……つまり、これだけ剣を持ち歩かなくてもいいというわけか」


 彼が携行している剣は、元から持っていた片手剣の他に、騎士の成れ果てから略奪した長剣、大きめの小剣の3本。さらに、銀製の短剣が2本、鉄製の短剣が1本と相当の重武装となっていたのだ。防具が少ない上に剣自体軽いものが多かったため実はそこまで重量はないのだが。


「……誰のだか知らんが、もらってく」


 それだけを言って、大きめのウェストポーチ大の〈ソクラテスの鞄〉を腰に括り付けた。ベルトで縛り付け、スーツケースよりもさらに大きいと推測される収納空間にポンポンと革袋などの持ち物の類を入れていく。


(……うわ、中では縮小されている感じなのか)


 一通り持ち物の整理を終えた後、再び武器の山に向き合った。彼は日本ではバスケットボール部のレギュラーだった故に筋力がそれなりにある。しかし、一番得意とするのは大剣を振り回すことではなく片手剣を擲つことだった。

 『勇者』だったころの経験で剣を使うこともできるが、彼はなにより投擲を好んだ。その上、人間は武器を作り出しそれで戦うことに習熟しているが、その最初の武器は剣でも弓でもなく、投げるための「石」である。その技術は他よりも抜きん出ており、それ故に銃火器の支配する現代戦においても「手榴弾」という形で残っているのだ。

 彼が多用する剣の投擲は少しだけ感覚が違うが、手首のスナップを効かせて縦回転させながら擲てば、普通に突き刺すよりも長い距離を石よりも高い攻撃力で攻撃できる。


「……これだけあれば、殺すのに問題はないな」


 常軌を逸したそのまなざしが、ふっと遠くを見た。それは、天井。


「……ここを出れた暁には復讐してやるから、待ってろよ?」


 「生への執着」の合間に垣間見える「復讐心」。それは、自分がまだ生きながらえているからこそそこまで強くはないが、確実にここへ陥れた高司祭を、ひいては教王を恨んでいることだけは確かだった。幾本かの剣を見繕い、少年は静かにその場を去った。




――――――――――――――――――――――――




 ラーベンスフォルト大迷宮、第120層。古代文明においてそう呼ばれていた地下構造物は、地下400mという深みにあった。そして、その最奥には迷宮の主がいた。龍種の中でも最高の戦闘力を持つといわれる地龍である。

 しかし、迷宮の主たる大型の地龍は2つの理由により現在進行形で驚愕していた。1つ目は、彼の左肩に深々と剣が突き刺さっていること。それにより健を切断されたか神経を切断されたか、左腕が完全に動かなくなってしまっていたのだ。2つ目は、それを擲ったと思しき少年。小手しか装備しないという異様すぎる風体に加え、纏う雰囲気は完全に狂気の者だった。


「What a irregular boy!」


 龍語で叫んだ。どう考えても目の前の人間は人間ではない、身体能力こそ普通だったとしても思考や感情が完全に狂気に侵されてしまっている。


 瞬間、あり得ない返答が帰ってきた。


「Shut up,lizard」


 黙れトカゲ野郎。相手は龍語でそう返してきたのだ。

 あまりに不遜すぎる物言いに激怒した地龍は、龍種が共通してもつ必殺技を開幕から放つこととした。猛烈な殺意を叩きつけつつ、咆哮とともに「それ」を解放する。


「GAAAAA――――!!!!」


 その正体は、膨大な魔力。直撃したら人体は消滅、たとえ龍であっても耐えられないレベルの強力無比な一撃である。口からブレスのようにほとぼしるその一撃は、しかし敵を倒すことが出来なかった。地龍がそれに気が付いた時には、決して固いとは言えない腹部に深々と長剣が突き刺さっていた。





 少年は、無言で動き続けた。魔力の奔流をかろうじて回避してのけた後、柱の影を縫って接近。そして、無防備なその腹に騎士の長剣を構えた。


 ズブリ、という皮と肉を引き裂く音がして、剣は深々と喰い込んだ。


そのまま剣を捨てて離脱。〈ソクラテスの鞄〉の中に剣はまだあるため、一時的に捨てても問題ないのだ。むしろ、引き抜こうとして反撃を喰らうことが一番まずい。今の彼は防具を小手しか装備していないのだから。


「当たれ!」


 取り出した小剣を大きく振りかぶって投擲する。一枚の円盤のように見えるそれは、ザッ、という音を立てて地龍の皮に突き刺さった。致命打とはならないものの、それだけ地龍の怒りはたまっていく。


 不意に、地龍が剛腕で薙ぎ払った。


 投げた直後の少年には回避不可能。皮膚が甲殻と化した丸太のような前腕部が急接近し、とっさに両腕をクロスさせた少年にぶち当たった。膨大な運動エネルギーを叩きつけられた少年は後方へと吹き飛ばされ、そして一本の柱に直撃。背中を強打し、思わず空気が漏れる。

 そして、地面に落ちた。


「……結構痛いじゃねえか」


 地龍が追撃で地面のシミにしようと腕を振り上げてくるが、地面を横に転がって回避。そして再び立ち上がり、攻撃の動作に入るのだった。



 数時間後、延々と続くかと思われた攻防は、しかし決着がつこうとしていた。出血のせいか否か、少年の動きが鈍くなってきたからだ。大技こそ躱してくるものの、腕の振り払いなどが命中する、あるいは掠るといったことが増えてきた。


「がっ!」


 好機とばかりに畳みかける地龍は、尻尾で少年を打ち据えた。回避することが出来ずに、地面に叩きつけられる少年。ぱっと血飛沫が舞った。

 一方、地龍はトドメとばかりにその太い右腕を振りかぶって地面に叩きつけようとして。


「Take this!」


 轟音。


 地面にめり込まんばかりに突き立てられた地龍の剛腕は、しかし少年を捉えられていなかった。破片による無数の切り傷こそあるものの、体の一部がつぶれたなどということはない。

 それに気が付いたのか、左腕も振り上げて追撃しようとして、


「……!!」


 己の視界が突如ブラックアウトしたことに気が付いた。


――――その正体は、少年が擲った魔剣。


 玄室から持ち出していた魔剣、それを遠慮容赦なく投げつけたのだ。これも魔法の剣としては初歩的なものでしかないが、軽量であり相当の切れ味を持つ。

 そして、龍の下あごから脳まで貫徹した長剣は龍の魔力に反応してバリバリと火花を散らした。未知の現象に少年は驚くが、体は確実にトドメを指すために動いた。もんどりうって倒れる地龍の肩から最初に投擲した片手剣を引き抜き、そして冷蔵庫ほどのサイズがある龍の頭部に突き刺そうとしたのだ。



 瞬間、地龍が大きく足掻いた。比喩でもなんでもなく、文字通り前脚、後脚をがむしゃらに振り回したのだ。それは熟練の戦士なら、あるいは万全な状態の彼ならば簡単に回避可能な代物であったが、長時間の戦闘により疲弊していた彼は0.5秒動作が遅れ、


――――その結果、左腕に巻き込まれた。


 まるでぼろきれのように宙を舞った少年は、数秒後にはどさりと地に横たわっていた。頭部への打撃を回避できたのは僥倖としか言いようがないだろう。

 かろうじて動く首だけを巡らせて地龍の方を見ると、今度こそ大地へと倒れ伏していた。


「……殺したか」


 ただそれだけ呟いて、静かに()()目を閉じた。積み重なった打撲や破片による切り傷のダメージのせいで、たまらなく体がだるかった。所々切れた皮膚や血管からの出血でどんどん体が重くなって行き、さらに激痛が襲ってきたが、何も動きたくなかった。


 しかし、いつまでも横たわったままとはいかない。


 やがて、少年は無造作にゆらりと立ち上がった。血は吹き出るものの、懐から取り出した黒い実を服用した瞬間に止まる。彼は、地龍に突き刺さった剣たちをすべて引き抜くと、無造作にぶら下げて歩き出した。目の前にあるのは、鋼の大扉。


 近づいた少年を感知したのか、音もなく開いた。


――――その向こうにいたのは、十字架に鎖で磔にされた少女だった。


次回はフレイや想士たちの話の予定です。

いつも感想や指摘、誤字報告等ありがとうございます。

では、また次回。

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[一言] 龍が英語使ってるのなんか草
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