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Sidestory1「勇者の成れの果て(1)」

ここから2話、新キャラのお話です。そのあと、フレイ達の話に戻ります。ダイジェスト風味ですが、ご了承ください。

Sidestory1 「勇者の成れの果て(1)」


 少年は、自らが屠った地龍を気に留めず、扉へと歩いた。もともとバスケットで鍛えられた腕力は軽量な剣と相まって相当の剣速を生み出すが、彼の最大の武器はそれではない。


「……やっぱり、小剣は性に合ってるな」


 彼が携える武器は、中途半端な長さの剣やショートソード、あるいは「魔法の剣」と呼ばれるものが多かった。それらは総じて軽量で、投擲に適していたのだ。


 ひたひたと歩きつつ、思い出す。自分が、こんな場所(地の底)に落とされる羽目になった原因を。



――――――――――――――――――――



 少年は、気がつくと玉座の間に跪いていた。自分はきらびやかな鎧を纏っており、左手には盾、腰には片手剣を提げていた。


「面を上げよ、勇者レン」


「……はっ」


 なぜか体が勝手に動いた。顔を上げると、15m程先に王冠を被った老人の姿が見える。白髭を伸ばした、身長の低く痩せこけた男だった。続けて、喋る。


「今宵は余――――神聖フルミナ教国教王ロゥタス・セフルグ3世の召喚に応じたこと、誠に感謝する」


「……」


「我々は神の御名を用いてお主を召喚した。神の告げはこうだ。『邪悪なる異教徒の国を滅ぼせ、されば報われん』」


「……」


「故に、勇者よ。この神聖フルミナ教国の元で修行を積み、邪教徒の国――――エルヴィスを屠るのだ」


「……エルヴィスとは、何処に?」


 少年の知識の中には、ない国だった。それどころか、少年は自分の知識が空っぽであることに気がつく。途端に猛烈な違和感が湧き上がってきた。


「この神聖教国の北東、極東もいいところにある」


「わかりました」


 少年は、違和感を抑えつつも機械のようにそう答えた。否、そうとしか答えられなかったのだ。まるでなにかに強制されたかのように。


「まずは、近くの『ラーベンスフォルト迷宮』に巣食う魔物を掃討するのだ。その肉体も使いこなせているわけではないのだろう?」


 事実だった。少年は、己の肉体がなにかに縛られている感覚があることを察知する。体の動きも、完全に馴染んだわけではなさそうだった。


「まずは、晩餐を摂ると良い。その後に、お主の仲間に会わせよう」


「わかりました」





 豪勢な夕食を摂った後、少年は教王に指定された部屋へと向かった。金属製ブーツが床石に当たるたびにカツカツという靴音が出る。それを一瞥した少年は、やはり猛烈な違和感に襲われた。身長172㎝、体重60kg、黒髪黒瞳の肉体には特に違和感はない。だとすれば、身につけている装備が発しているのか。


「勇者様、お待ちしておりました」


 しかし、逡巡する間もなく指定された部屋についた。無言で、扉の中へと入る。


「……貴方が勇者さんですか?」


「そのようだな」


「……あの鎧は、間違いない」


「ええ。どうやらそうみたいです」


「左様。彼こそが神より使われし救世主、『勇者』だ」


 扉の先にいたのは、先程の教王の他に4人の男女だった。それぞれ似たような意匠の服を着た、神官戦士たちである。


「……僕が勇者です。よろしく」


 まるで、なにかに強制させられたかのように機械的な返事を返した少年は、1つだけ思った。――――バランスの悪そうなパーティーだ、と。


「私は神官ルー。よろしくおねがいします」


「私は神官戦士長のダグルだ。期待しているぞ、『勇者』」


「私は聖騎士ヘルムだ」


「最後に、フルミナ教高司祭のセリアです。どうぞ、よろしく」


 それぞれが挨拶の口上を述べた。少女神官に、壮年の重神官戦士、そしてきらびやかな鎧に身を固めた青年聖騎士。最後に、何も防具をつけていない妙齢の司祭だった。


 少年の深層にある「なにか」が、囁いた。――――回復が2、前衛が自分含めて3。遠距離攻撃はおそらく2。


 しかしそれは、すぐに別の意思の奔流によって塗りつぶされてしまった。それを疑問とすることもできず、ただ頷くしかできなくなった少年。

 その時、一通りの顔合わせが終わったことを察したのか教王が朗らかに口を開いた。


「うむ、今宵はもう遅い。勇者よ、部屋は用意させてある。ゆっくり休みたまえ」


 一同は、怪訝になりながらも頷いた。





 カツカツと靴音を鳴らして去りゆく勇者、その背中を見て神官戦士はボソリとつぶやいた。


「あれは、洗脳がかけられている……」


 その呟きを聞き咎めたものはいなかったが、少なくとも少女神官と聖騎士も心の奥底で思っていたことだけは事実だった。


――――なにかが、おかしいと。




 数週間は、何もなかった。ともに迷宮へと潜り、魔物を倒して己の肉体と技量を鍛える。勇者の片手剣は鋭い切れ味を持ち、鎚鉾を構えた神官戦士や槍斧を構えた聖騎士が足止めしている敵を屠る遊撃手として大きく貢献した。

 また、遠距離の相手には司祭が〈気弾〉の神聖魔法を放ち、埋伏した相手は神官の〈天啓〉によりことごとく看破された。思ったよりも、バランスは悪くないパーティーだった。




 異変が起きたのは『勇者』が召喚されて1ヶ月たったときだった。迷宮の浅い階層にて、断崖絶壁の渓谷を見つけたため小休止し回り道を探そうとしていた一行。

 小休止ということで少年は無意識に四肢を弛緩させて壁に寄りかかっていた。それは何の変哲もない行為。すでに猛烈な違和感も消えており、彼にとってはなんらおかしいことではなかった。しかし、司祭はいつもとの違いに気がついてしまった。


――――勇者は、一度もそのように座り込んだことがなかったのだ。


 司祭が静かに警戒心を高めていることはつゆ知らず、少年は手でパタパタと扇ぐ。そして、声を漏らした。


「……ふぅ、疲れた……」


「!」


 先程まで神官戦士長も漏らしていた声だが、これも勇者は一度たりとも漏らさなかった声。静かに、 司祭は立ち上がった。


「……〈天啓〉」


 神官のものとは桁違いに高性能な神聖魔法は、勇者に対する看破という一点に集中されて行使された。そこに至って、当の本人たる少年のみならず、少女神官や神官戦士、そして聖騎士も気がついた。


「司祭様……?」


「セリア高司祭、どうなされたか!?」


「高司祭!」


 突然の魔法発動に驚く3人。しかし、次の彼女の言葉で背筋が凍った。


「勇者レン、貴方は紛い物ですね?」






――――高司祭が〈天啓〉で悟ったものは、少年が抱えるとても勇者とは思えない常人の魂と、神性がないことであった。教王の言葉によれば、「神の力を用いて召喚した」。ならば、歴代勇者と同じく神性があるはずである。しかしそれがないということは、勇者ではなく紛い物なのだ。






「「「な!?」」」


 高司祭の言葉を聞き、驚愕3人は思い出した。高司祭の信仰は、狂信めいているのだと。何かの間違いであってくれと祈りつつ、最悪の事態を防ぐために、取り押さえようと近づく神官戦士と聖騎士。勇者の少年とは出会って1ヶ月だったが、たとえ紛い物であっても高司祭が味方を殺すのは見逃せなかったのだ。


 しかし、間に合わなかった。


「弁解不要。貴様は邪教徒なのだろう!?自己洗脳とは大層なことをする……さぁ、本当の勇者はどこにやった!?」


「……知らない」


 まるでなにかに強制させられたかのように、少年は呟いた。彼の心はなぜか無感情であり、そして何も考えられなかった。


「貴様が、殺したのか……?……〈気弾〉」


「高司祭!」


 神官戦士が飛び出して高司祭に体当たりをするが、すでに不可視の気の塊は放たれた後だった。高司祭の能力で以て放たれた一撃は、音の速度で少年へと迫る。


「……ッ!」


 回避不能。


 衝撃。





「悪魔め、地獄に落ちろ!」


「高司祭、どうなされたか!」


「勇者レン!嘘だろ……!」


「勇者さんんんんんっ!」







 きらびやかな鎧を纏った少年は、断崖絶壁から文字通り叩き落とされた。着弾の瞬間、なにか硬質なものが砕ける音がした。胸元を見ると、キラキラと輝く赤い破片が舞っている。


 そして、今までの「強制されていた感覚」がきれいになくなっていた。


「嫌だァァァァァ!!」


 地底渓谷に響き渡ったその輝きと喚きに、高司祭の顔が歪む。


「悪魔め」






――――小さくなる人影。


――――急速な落下。


――――衝撃。


 なにか砕ける音を最後に、ふつりと意識は途切れた。







――――――――――――――――――――




「……ここ、は……?」


 少年―――水鏡蓮は、むくりと体を起こした。全身が痛く、いくつか金属片が刺さっているようだった。無残にも鎧は砕け散っており、盾もなくなってしまっていた。


「おれは、確か、味方だったやつに崖から叩き落とされて、落ちて……」


 足元を見ると、さらさらと水が流れていた。要するに、上流から流されてきたのだ。どうやら池か何かに落ち、その後流されてきたらしい。


「……笑えないな、いかにもって感じのところに防具なしで叩き落とされるとは……」


 言ってる間にも、徐々に記憶は戻ってくる。


「確か、『勇者』とか言われていたっけか……まて、おれは日本に住むただの高校生じゃなかったか?」


 猛烈な矛盾に気がついた。本来は学生だったはずの自分が、なぜこんな世界で勇者なんてやってるのか。必死に、記憶を遡る。


「すくなくとも、入学式はちゃんと迎えられたはず……あれからあまり経っていないから……」


 そして、思い出した。一月ほど前に、この異世界へと送り込まれたこと。そして、その後から今の今まで明らかに言動がおかしかったこと。正気に戻った今だからわかる。――――洗脳されていたのだと。


「はは、こんな異世界転移聞いたことないっての」


 彼はラノベの類を嗜むため、この現象について簡単に納得することができた。要するに、「異世界転移」した後に「洗脳」されたのだ。しかし、それで何か変わるわけではない。


「……悩んでいても始まらないな」


 おもむろに立ち上がり、そして腰に差した片手剣が無事なことを確かめる。刃渡り60cmほどの剣はよく手に馴染み、そして軽かった。


「……これからどうするか……少なくとも、こんな中で剣一本で生き残らねばならないことは確実。……あとは、出来たら、帰りたいな……」


 不意に、彼の眼に滲むものがあった。前の世界は充実しているわけではなかったが、それでも、孤独を感じることはなかった。

 今は、少年は一人ぼっちだ。


 ふぅ、とため息をついて辺りを探索するために歩き出した。薄暗がりの洞窟の中、小柄な人影が闇の向こうへと消えてゆく。





――――帰りたいと言ったその瞬間、遥か遠くで一人の天才により「日本国」が召喚されたことなど、彼には知る由もなかった。

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