プロローグ1:タイランディウス帝国
ラタトルク世界と呼ばれる世界。
それは、蒼い海と緑の大陸で構成される、それなりに豊かな星だった。
人や獣人、森人や鉱人たちが住み、魔物の類も多く生息していた。
そして、大きな特徴として世の理を書き変える術、
―――魔法が存在した。
その星にいくつか存在する大陸の一つに、セルムブルク大陸という大陸があった。中緯度に存在するため気候は温暖で、東部は森林が、西部には肥沃な大草原が広がっていた。
人間や獣人が住み、森人や鉱人は少ない。
北部は氷で閉ざされ中部には砂漠が広がるものの、全体的に豊かな大地と言える生物の住みやすい環境であった。
惜しむらくは、その大陸の約半分を支配する人間の帝国が、非常に好戦的、そして侵略的であることだろう。
そして、そのすぐ東に広がる大海原。
そこは暖かな海域であるがゆえに、豊かな漁場となっていた。また、セルムブルク大陸の東にあるフロンティア大陸への交易路であり、島々が点在する美しい海だった。
―――ある日、そこにひとつの国が召喚された。
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セルムブルク大陸北部、タイランディウス帝国首都エル·フリージア。
その中心部に位置する帝城の謁見の間では、あるひとつの決断がなされていた。
国の中枢である空間に、皇帝の重い声が轟く。
「今、我が国の南には不遜にもひとつの国が存在している。そう、エルヴィス国である」
居並ぶ者から、否定の声は一切上がらなかった。この男は、それほどの威厳を発しているのだ。
壮年の男は、すべてを威圧するかのごとき声で続ける。
「今日まで平和的に解決しようと考え、交渉していたが、こともあろうにあの国は最後通牒を通達してきた。『貴国の下に下るのは甚だ遺憾である』そうだ。我が国にむかってこの態度とは、なんたる傲慢だろう」
まさに傲慢そのもの足る言葉。しかし、男には、この国にはそれを為し得るだけの力があった。
痩せこけた中年の宰相が、圧倒的な覇気の前で堂々と口上を述べる。
「おっしゃる通りでございます、皇帝陛下。今こそ我等タイランディウスの力を不遜な奴ばらに見せつけるべきなのです。総将軍、進撃にあたっての問題はありませぬな?」
宰相に話を振られて、皇帝と同じく壮年の、鍛え上げられた体躯の男が喋りだした。
容貌によく合致する、張りのあるバリトン。
「は。進撃にあたっての問題はありませぬ。命令があれば2日以内に敵国の王を血祭りにあげ、1ヶ月以内には全土を征服して見せましょう」
信頼する腹心の、その言葉に頷く皇帝。
しかし、将軍の言葉はそこで終わらなかった。
「ただし、懸念事項が1つあります」
「なんだ?申してみよ」
「あの国は国力は遠く我が国に及びません。それなのに、今回最後通牒を渡してきた。それは、何らかの秘策があるのではありませんか?いくら奴ばらでも、ただの阿呆ではございませぬ。1000万の民を矢面に出すというのなら、それなりに勝機を見いだしているはずでございます」
それを聞いて、皇帝は呵呵と大笑した。居並ぶ家臣が戦慄するのを尻目に、笑いながら正直な感想を言う。
「相変わらず貴様は遠慮なく物を言う。―――全くもってその通りだ。余もそう考えていた。
―――故に、宮廷魔術師。一つ<広域捜索>の呪文を使ってくれないか?奴ばらが何を隠し持っているか知りたい」
宮廷魔術師が、ビクッと震えた後に応えた。
「ええ、わかりました。2日下さい、必ずや敵の隠し持つものを探って見せましょう」
2日後。
帝城の皇帝執務室にて、皇帝と総将軍が絶句していた。
部外者は立ち入れない空間。そこにいるのは皇帝と総将軍、そして絶句させた原因の1つである宮廷魔術師のみであった。
「な、なんだと……!?」
「おのれ、エルヴィスの小童が……!」
皇帝と総将軍、2人が絶句したのは、宮廷魔術師が水晶を用いて見せた‹広域捜索›の結果故だった。
「……残念ながら、見ての通りの結果でございます。私も、2度捜索魔術をかけ直しました。しかし、同じ結果にてございます……」
皇帝は、忌々しげに叫んだ。
「国を1つ、召喚したのか……!!」
その国は、エルヴィス国よりも遥かに人口が多かった。
その国は、エルヴィス国よりも遥かに建築技術が発達していた。
その国は、エルヴィス国よりも遥かに精強な軍隊を保持していた。
国の中枢に翻る旗は日の丸、水晶に映されたその名は、
―――日本。
「これは、由々しき事態です。エルヴィス国が頑固に屈服を拒んだのは、やはりこの国を当てにしたからでありましょう……」
宮廷魔術師が重々しく口を開いた。皇帝は、「そんなことは分かっている」と一刀のもとに切り捨てる。
「皇帝陛下、侵略計画を見直す必要があります」
総将軍が、提案というよりは事実を述べる。
ここまでの国が召喚された以上、放置していては確実に足元を掬われるのだ。
そして帝国だけではなくこの世界共通のルールとして、敵国と判定したら攻撃が認められていた。
この世界には、世界的な連合組織は成立していなかったのだ。
故に、彼らは先手必勝と言わんばかりに奇襲攻撃を仕掛けるつもりだった。
「そうだな。
総将軍、この国―――日本への奇襲攻撃の計画を立てろ。先手必勝だ、相手の戦力、国力を迅速に奪うぞ」
「ええ。開幕にエルヴィス国首都アーベルタンを攻撃する予定だった海上展開の飛竜部隊がいます。彼らに奇襲をさせましょう」
エルヴィス国に気付かれないよう、相当沖に飛竜を満載した超大型船を展開してあったのだ。
宣戦布告と同時にアーベルタンへ近づき飛竜を出撃させ、飛竜の最大の武器である熱線でもって敵の中枢を焼き払うという計画は、しかし日本の出現によって阻まれた。
飛竜部隊は日本のさらに東に展開しているのだ、日本へ攻撃を行った方が早いくらいである。
そして事実、それを行わせる腹積もりであった。
「それと、本土からも飛竜部隊を出撃させましょう。日本の北部を焼き払えるはずです」
「そうだな、エルヴィスへは竜の支援無しで騎兵梯団と歩兵梯団を出撃させよう。どうせエルヴィスのことだ、我が国の騎兵歩兵連合攻撃の前に、脆くも崩れ去るがオチだ」
2人は、その傲慢言動に似合わず至極真剣な顔であった。彼らは傲慢であれど、愚かではなかったのだ。
宮廷魔術師をも交えて、夜通し作戦会議を続けた。
更に数日後、再び謁見の間。
居並ぶ面々は各軍の将軍であった。幾人かは通信の魔道具でもって会議に参加している。それぞれ神妙な顔で話を聞いていた。
皇帝は一通り事実を述べ終えたあと、いつもより真剣で、怒気を帯びた声を発した。
「―――日本は、我が国の覇道を阻む横暴な国である。後のためにも、ここで滅ばさねばならぬ。
故に、エルヴィス攻略と平行して日本への攻撃を行う!」
続いて、総将軍が至極冷静な声で話し出した。
宮廷魔術師が魔法で映し出した地図を指し示し、作戦を伝える。
「まず、日本は我が国に匹敵する人口を持ち、技術も高い。そのため、3個飛竜軍団でもって奇襲攻撃を敢行する。
―――第1飛竜軍団300騎は各飛竜母艦より出撃後、分散して北西に飛行。敵国の首都を襲撃後に飛竜母艦へ帰投せよ。
第2飛竜軍団350騎は東のイーストテラス要塞から出撃、敵国の北部を焼いてやれ。
第3飛竜軍団300騎はノール城塞群から出撃、この丁度くびれたあたりを焼きはらえ」
その言葉を聞いた3人の将軍たちが、声を揃えて「了解!」と叫んだ。彼らの顔は、一番槍を任せられた栄誉で輝いていた。
総将軍は視線を移し、他の将軍達の方を向く。
「万が一日本からエルヴィスに一報が入っても厄介だ、同時にエルヴィスへの進撃を開始する。第1から第4騎兵軍団および第1から第3歩兵軍団は作戦開始とともに南進を開始、国境砦を制圧し、村々を焼き払え。第4飛竜軍団が支援しろ」
一通り作戦を聞き終えた将軍達が、満面の笑みとともに敬礼。
栄誉ある任務を任せられたのだ、輝かないはずがなかった。
最後に皇帝が、凄まじい覇気とともに激励の言葉を発した。
「いいか、諸君。我らが覇道は決して妨げられてはならぬものだ。阻むものは、―――踏み潰せ」
「「「了解、皇帝陛下!」」」
かくして、日本への攻撃計画は産声を上げた。
帝国の南東に浮かぶ島国。
平和の湯に浸かりきった国に、再び戦火が降りかかる火の日は近かった。
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翌朝、深夜2時。
館山沖400キロの位置に複数の大型船が布陣していた。
タイランディウス帝国軍・第1飛竜軍団である。
その中核となるのは魔力式の動作機関を持つ大型の飛竜母艦、それが6隻も。
同じく魔力式の動作機関を持つ木造戦艦が、艦首に装備した大型の魔力式旋回砲や無数の魔力式砲、そしてバリスタを構えて警戒する。
さらには飛竜への補給用として複数の帆船が随伴していた。
命令を受け、各飛竜母艦の上では出撃作業が始まっていた。艦橋前後の平坦な形をした甲板上に、鞍を装備した飛竜が引き出され騎手と航法手が騎乗。
騎手がぽんぽんと飛竜の首を叩くと、飛竜は軽く鳴いて主の言葉に応えた。その後ろでは、航法手が〈通信〉の魔術で進路の確認を取る。
今回は広い海の上での飛行だ、コンパスと海図を見ながら飛ばないと迷子になってしまう。
〈通信〉魔術も万能ではなく、増幅しなければせいぜい1キロが限界なのだ。そして増幅に使う魔術具は巨大すぎて、飛竜の背中には載せられない。
自分の僚騎がサムズアップして出撃準備完了を示したのを確認し、1個小隊5騎を率いる隊長である騎手は叫んだ。
「カーサス隊、出撃準備完了!いつでもいけます!」
艦長からの応答は、すぐに帰ってきた。
「了解、出撃せよ!」
その言葉を受けて、騎手は自らの愛竜に空を蹴らせた。
翼が空気をはらみ、時速10キロほどで航行する母艦からふわりと上昇する。全長約15メートル、重量5トンの巨体が空へ解き放たれた瞬間だった。
航法手の指示で飛竜を旋回させつつ、その騎手は叫ぶ。
「さて、待ってろよ!今すぐに焼き尽くしてやる!」
闇夜をかける飛竜、計300騎。
暁の光に照らされた彼らは、一路東京へと向かっていた。
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