祥鳳へ
帰艦後、レイ・メイヴンは医務室に運ばれていた。無茶な加速に敵MGとの激突。衝撃吸収システムがあるとは言え、精密検査は免れなかった。機体は無論オーバーホール。後に技術主任より直すより新しいものを用意したほうが安上がりだとの判断が下されることになる。
「一応、今のところ異常はない。全く、敵が特攻を仕掛けたからと言って無茶が過ぎるよ……」
「返す言葉もありません」
精密検査の結果、以上はなかったものの軍医からこってりと絞られた。この後格納庫で技術主任に更にどやされることだろう。メイヴンは気分を落としながら医務室を出るとそこにはおやっさんよりも恐ろしい顔が待っていた。
「よぉ。英雄さん。具合はどうだ?」
「え、えぇ……なんとか……」
ハワード・S・ガトリング。メイヴンの直属の上官にして中隊長。そしてなにより士官学校でのパイロット養成時の教官だった男。強面だが普段は温和で、そして怒ると地獄の悪鬼も裸足で逃げ出す修羅と化すような、そんな男だった。そして現在の彼の表情はまさしく怒ったときの|それ(修羅)だった。
「よくもまぁ大事なコルセア一機お釈迦にしてくれたな。まぁ無茶なやり方でだ。」
「申し訳ありませッ……!!??」
素直に謝罪をしようとしたその時、脳天に凄まじい衝撃が走った。なんてことはない。ただ思い切り拳骨を食らったまでのことだ。
「相手は爆弾を抱えていた、あのまま誘爆したら空母もお前も一緒にドカンだった。結果的にいい方向へ傾いたから、今回はこれで勘弁してやる。あぁ、それと、提督が呼んでいる。なんでも話があるそうだ。あの口ぶりからだと悪いことじゃねぇだろ。安心して行って来い。」
「は……はい!」
ガトリングの態度がいつも通りに戻る。叱るだけ叱った後はもう後腐れない、引きずらない。引きずってギスギスしたままだと中隊の指揮に関わる。提督室へと走り去るメイヴンの背後を見送り、その姿が曲がり角に消えるのを確認すると、ガトリングは一つ大きくため息を吐いた。
「おいてめぇら。何コソコソ見てやがる。」
「「!!」」
こっそりと影に隠れて聞き耳を立てていたスティーブとキャシーは思わず物陰から飛び出して気をつけの姿勢を取る。ガトリングは呆れたようにもう一度溜息をつくと二人の肩に手を置いて無理やり目線に合わせる。
「心配なら声かけりゃあいいじゃねぇか、何をそんな隠れる必要がある。えぇ?スティーブン・メイナード、キャサリン・フォーチュン両曹長?」
「そ、それは……」
「ハッ!メイナード曹長が中隊長を視認した瞬間隠れることを提案しました!」
「キャシー!?」
「ほう?」
「え、えぇと……」
「まぁいい、それで二人共、整備はどうした?」
パイロットは戦闘終了後、ある程度機体の整備を行う必要がある。そしてどう早く終わっても今この時間に医務室の前にいることは不可能だった。表情こそ温和なものの、サングラス越しのその目は明らかに笑っていない。口籠る二人にもう一度大きくため息をつく。
「さっさと整備に戻れ!!!」
「「はっ、はいぃっ!!!」」
ガトリングは二人の肩を叩いて無理やり回れ右させるとそのまま背中を叩いて格納庫の方向へ押しやった。ようやく一人になったところでガトリングは表情を強張らせる。
「レイの奴、どこまで死に急ぐ気だ?無茶するところだけアイツに似やがって……。」
携帯通信端末に表示されている写真には、まだ若いガトリングと肩を組む同年代の男性。そして大きすぎる軍帽を被って敬礼をするまだ幼いレイ・メイヴンの姿が映されていた。
レイ・メイヴンは提督室の扉をたたき、中へ入った。艦隊司令官、アルバート・E・マクスウェル中将はその年令を感じさせない若々しさと厳格さを併せ持った歴戦の兵だ。老いてなおその双眸には力強さを感じさせる。
「よく来た、メイヴン少尉。体の方は大丈夫かね。」
「はい。整備班が良い仕事をしてくれました。おかげでなんともありません。」
気持ちのよい返答にマクスウェルは満足そうに一つ頷く。
「それは結構。では本題に入るが、実は皇國の艦に乗っているお偉いさんが君に直接礼をしたいというのだ。」
「礼、ですか?」
「左様、体の調子も問題なさそうだ、こちらから伺うことになっている故、120分後に格納庫に来てくれ。」
命を救われた礼がしたい。軍人の間ではよくあることだ。しかし慣例的に謝礼の品、煙草や酒などの嗜好品を送ることが習わしとなっているが、直接礼がしたいとは軍人ではない誰かが乗っているということだろう。役職や階級などではなく「お偉いさん」と表現するあたり間違いはない。メイヴンは了解と敬礼をマクスウェルに向けると提督室を後にした。
メイヴンはシャワールームで汗を流し、自室で身だしなみを整える。わざわざ120分の猶予を設けるということは相応の準備が必要な相手ということでもある。いつもの作戦時用の軍服ではなく、制服を着込んだところにキャシーが入室してくる。
「失礼します。小隊長、お出かけですか?」
「あぁ、皇國の艦に呼ばれた。どうだ?キャシー、おかしくないか?」
「えぇ、とってもお似合いです」
「そういうことじゃなくてだな……まぁいいか。時間もないから俺は行くよ。」
「了解しました」
メイヴンは律儀に敬礼を返すキャシーに苦笑しながらも格納庫へと急ぐ。時間は十分にあるが、呼ばれている以上相手を待たせるわけにも行かない。またパイロットであるが故の準備の速さもあった。格納庫に到着したのは指定時刻の30分前、VTOLはすでに甲板へ続くエレベータで待機していた。
余談だが、この世界において、航空機の適正とモビリティ・ギアとの適正は全くの別物である。燐子反応炉の慣性制御機能により対G訓練の必要性が大幅に低下したものの、神経接続により肉体を動かすような直感的な操縦が可能なモビリティ・ギアと、専門の技術や知識を要する航空機では慣熟訓練等に大きく差がつく。また、モビリティ・ギアは航空機の速度と高度、ヘリの運動性を併せ持つため、運用も独特なものである。その性能差から航空機は専ら大量輸送や民間機のみが存続しており、兵器としての航空機は超高高度戦略爆撃機や艦通しでの人員の移動のみに用いられている。
閑話休題。メイヴンがVTOLの付近で待機していると10分ほど遅れて制服姿のガトリングとマクスウェルが到着し、メイヴンは敬礼で迎える。
「君のところの隊員は準備が早くて助かるな。」
「日頃の訓練の賜物です、提督。メイヴン、平時では流石にもっとゆっくりでもいいんだぞ?これじゃあ隊長の俺の顔が立たないからな。」
「いえ、隊長は僕よりも遥かに勲章が多いですから、正装に時間がかかるのも仕方ないかと」
「抜かすようになったなメイヴン。煽ててもレーションは良くならんぞ。」
軽く冗談を交えるのは狭い艦内で人間関係を円滑に進めるための兵士の勤めでもあった。ジョークに関してならば、下士官でも上官の悪口も許される。あくまで明らかにジョークであるとわかるものでなければ鉄拳制裁が待っていることは容易く予想できるだろう。
「さて、少し時間は早いが、「祥鳳」へ行くとしようか。」
3人と少数の護衛を載せてVTOLは皇國艦隊旗艦、航空母艦「祥鳳」へと向かう。世界最高峰の造船技術を持つ皇國の艦船は軽空母であってもその性能は旧型の正規空母に勝るとも劣らないとされている。先刻の襲撃で至近弾や直撃弾を浴びているものの、優秀な設計とダメージコントロールにより、すでに大まかな修復作業すら終えているように見えた。
「もう火が止まってるのか、凄いな……」
「あぁ、あの国は造船設計は優秀だからな、そのかわり凄まじく住み心地は悪いらしい。」
メイヴンの独り言にガトリングが応える。しかしマクスウェルはそれに同意はしなかった。ガトリングの記憶では以前皇國の観艦式に参加して艦内部の視察も行っているはずだった。
「昔一度だけ皇國の戦艦に招待されたことがある。その時はまぁひどいもんだった。潜水艦よりはマシだがね。だがあれから10年は立つ。領土を広げた国は、反乱を防ぐために兵士の待遇を良くするものだ、連合王国や我々連合国の船の居住性がいいのもそのためだ。だから、この10年で艦内も様変わりしていてもおかしくない」
降り立った甲板の上には皇國の上級将校と思われる兵士が並んでいた。流石に小規模とは言え被害を受けたためか、石部の兵士は簡単な手当がされている。皇國側の提督と思われる人物も何かの破片で怪我をしたのか額にガーゼを当てている。
「ようこそ、祥鳳へ。私が艦隊指揮官の原田行蔵少将です。こちらは艦長のハシモト中佐。」
「アルバート・マクスウェル中将です。歓迎に預かり光栄です。」
「甲板は冷えます、どうぞ中へ、」
「有難うございます。」
マクスウェルは階級が低いとは言えおなじ一個艦隊を預かる指揮官として最低限の礼節と最大限の尊敬忘れない。艦長である橋本京市に案内され、祥鳳の艦内へと足を踏み入れた。
機体解説その2
零式艦上戦闘機
主な運用国:皇國
全高:15.1m
重量(満載):13.1t(19.1t)
エンジン:第三世代ハイブリッド式燐子反応炉
最高速度:572km/h
武装:20mm機銃×2、7.7mm機銃×2、空対空6連装ミサイル、対装甲短刀×2、増槽
統一新歴1940年から運用開始
皇國で制式採用されている最新鋭主力機。カラーリングは濃い緑。極度の軽量化が図られており、15m台という比較的大柄な機体であるにも関わらず満載重量で20tを切るという軽量である。これは燐子反応炉が他国に比べ出力で劣るための苦肉の策ではあるが、機体運動性は同世代の機体を遥かに上回り、空戦時で高いアドバンテージを得ている。皇國では対王朝戦で鍛え上げられた歴戦のパイロットから順次乗り換えさせられており、その性能を遺憾なく発揮している。