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第2話『賢者の旅立ち』

「魔人とは……、たしか魔王の眷属だったな」

「ええ、さようでございます」


 魔王軍のすべてを魔王が指揮しているわけではない。

 その下には魔人と呼ばれる指揮官が下り、その魔人たちが実質魔物を指揮しているのだった。

 魔人にはそれぞれ等級があり、五等爵と騎士になぞらえて呼ばれる。


「騎士級魔人か……」

「魔物を直接指揮する者が騎士級と呼ばれております」


 この戦場の先にいるのは騎士級の魔人だった。

 その騎士級魔人が所持するスキルに、気になるものを見つけたヤシロは、ひとつ試してみることにした。


「元帥、一番腕のいい狙撃手を」

「ん? お、おう、ちと待っとれ」


 両軍入り乱れての野戦が始まってからも、弓箭兵に休みはない。

 まず第一に飛行系魔物を撃ち落とすという役割がある。

 次に、野戦といっても戦場全体に万遍なく敵味方が入り乱れているわけではない。

 味方があまりおらず、敵が密集しているところに矢を打ち込むことで、敵陣にダメージを与え続けるというのも弓箭兵が担う役割のひとつだ。

 最後に狙撃。

 これはある程度レベルの高い狙撃手にしかなし得ないことだが、混戦の中にある伍を、市壁の上から援護するのだ。

 離れた場所から敵だけを的確に射抜いていく。

 この狙撃によって多くの伍が損害を免れていた。


「待たせたの。こやつがここで一番の狙撃手じゃ」


 グァンの後方に控えているのは、金髪でスラリとした長身の美丈夫だった。

 おそらくはエルフであろう。


「よし、君、この先に魔人がいるのは見えるか?」

「おう、さっきから魔人がどうこう言うとるが、どこじゃ!?」


 ヤシロの問いかけにグァンが割って入ったので、彼の相手はクレアがすることに。


「敵陣後方にちょっとした茂みが見えますでしょう?」

「ふむふむ」

「そこに潜んでいるようですわ」

「ふむう……、儂には見えんのぅ」


 市壁から敵陣最後尾までがおよそ1キロメートルで、さらにその後方1キロメートルほどの位置に魔人は身を隠すように戦況を見守っていた。


「しかしよく見つけたのう」


 魔人がそれなりに近い位置で魔物たちを指揮していることは連合軍にとっても周知の事実であったが、仮に倒されれば魔物の群れが総崩れとなるため発見されないよう身を隠している。

 広大な戦場でそれを発見するのはほぼ不可能に近いのだが、ヤシロとクレアは〈賢者の目〉によって、いかなるスキルをもってしても見ることのできない存在力の流れを確認し、その流れる先にいる魔人の隠れ場所を看破したのだった。


 エルフの狙撃手は目を凝らし、ヤシロの指差す先を見ている。


「どうだ、見えたか?」

「……………………はい、見えました」

()て」


 命令を受けた狙撃手が弓を構える。


「《ウィンドエンチャント》」


 狙撃手レベル20に達している彼は、副業(サブクラス)に魔術士を選んでいた。

 狙撃手が選ぶ副業は、付与魔術を使える魔術士か、身体強化系の法術を使える法術士のふたつに分かれるのだが、彼は魔術士を選んだようだ。

 魔剣士と異なり、魔術士はレベル5前後で付与魔術を習得できる。


 クロスボウ並みの張力を誇るコンパウンドボウが大きくしなる。

 本来膂力に乏しいエルフが身体強化法術もなしにこれだけ引けるのは、レベルの恩恵あってこそだ。


 ――ビュンッビュンッ!!


 引き絞られた弓から矢が放たれる。

 何かしらのスキルを使ったのか、狙撃手は一度にしか見えない動作で2発の矢を連続して放った。

 風の力を得た矢は勢いを失うことなくおよそ2キロメートルの距離を飛び、木陰から半身を出して野戦の様子を伺っていた魔人の頭と胸をほぼ同時に貫いた。


「お見事」


 視線の先で魔人が倒れ、それと同時に狙撃手はうやうやしく一礼する。

 倒れた魔人の存在力は、半分が狙撃手に、残りは魔王領へと消えていった。


「うむ。どうやら上手く言ったようじゃの。お主は持ち場に戻るがよい」

「はい」


 元帥グァンの命を受け、エルフの狙撃手は小走りに去っていった。


「ほう、魔物どもの動きが変わったのぅ」


 魔人が死んだことで魔物の動きが明らかに悪くなっていた。

 足並みをそろえて前進していた魔物の群れは、うろたえるように動きを止めた。

 冒険者としても経験を積んでいる兵士たちがその隙を見逃すはずもなく、一気に敵陣を押し返し始める。

 一部の魔物は本能に任せて反撃に出たが、大半の魔物は混乱から回復する前に倒されたり、わけも分からず逃げ出したりしている。

 これまで退くことのなかった魔王軍が潰走し始めたことに戸惑う兵士もいたが、グァンの指示で突撃の合図が出されると、各隊の隊長や伍長らの指示が飛び、兵士たちはとにかく目の前の魔物を倒すことに集中し始めた。


「どうやら存在力の流れはまともになったな」


 倒した魔物の存在力はもれなく伍に流れ込んでいることが確認された。


 魔人を倒して1時間程度で勝敗は決した。


「よーし、解体しまくれぃ!!」


 グァンの指示で砦の門が開き、中から人が駆け出してきた。

 女性や年配者を中心に形成された魔物の解体部隊である。

 この世界の女性の多くは、料理人、裁縫士、細工師といった生産職に就く。

 そして生産職はその経験によってレベルアップするので、ベテラン主婦などはそれなりに高いレベルに達している者も多かった。

 また、生産職の場合、低レベルでそれなりのスキルを得られるので、家事系のスキルを得るために転職(クラスチェンジ)を繰り返す者も少ない。

 そこでヤシロは、非戦闘員に解体士の職業(クラス)に就いてもらうことにした。

 ひとつの職業(クラス)にこだわる者は大抵レベル20に達しているので副業(サブクラス)として、手広くスキルを習得している者は転職(クラスチェンジ)に抵抗がないので、本業(メインクラス)として解体士に就かせ、戦闘終了後の解体を手伝ってもらう。

 兵士の中にも〈解体〉スキルを持っている者はいるし、スキルがなくても多少効率は落ちるが解体はできるので、戦闘を終えて余裕のある兵士や、砦内で控えていた兵士も加わり、大規模な解体作業が始まった。


 最優先すべきは何と言っても魔石である。

 胴を裂き、胸を開いて魔石を取り出す。

 次に脚部。

 人型の魔物であれば脚、獣型であれば後ろ足の部分が切断され、まるごと持ち帰られる。

 理由はいくつかあるが、すくなくとも脚部だけでアンデッドとして起き上がった例はないので、ただ切断して運ぶだけでいいということ。

 大腿骨など大きめの骨は素材として優れているということ。


「どんな魔物も、もも肉は大抵美味いんじゃよ」


 と、食肉としての需要があり、かつそれなりの量を確保できるということがあげられる。

 食肉といえば背肉なども悪くないが、下手に胴体を持ち込むとアンデッド化することがあるので、胴体からは背中部分の皮が剥ぎ取られるにとどまる。

 あとは爪や牙なども余裕があれば採取され、魔物によっては目玉なども重宝されることがたまにある。

 新たに支給された鋼のナイフ類のお陰で、この解体作業も大幅に効率が良くなった。

 そうやって大雑把に解体された魔物の残骸は、解体を苦手とする兵士たちによって一箇所にまとめられ、最終的に法術士や神官によって荼毘に付されるのだった。


**********


「行くのか?」

「ああ。敵情視察も業務の一環だからな」


 戦闘が終了した翌日のことである。

 砦の門前に立つヤシロとクレアを、グァンが見送りに来ていた。

 戦場跡では夜通し行われた解体が一段落つき、各所に積み上げられた魔物の残骸を法術士や神官たちが燃やしている。


「そうか。お主らがおれば(いくさ)が楽になるんじゃがのぅ」


 本来見つけることはほぼ不可能な騎士級魔人を、ヤシロとクレアは〈賢者の目〉を使って発見できる。

 あらかじめ騎士級魔人を倒しておけば、魔物の群れの統率は失われ、1匹残らず狩り尽くさなくても追い返すことが可能だ。

 そのうえ、どうやらこれまでは倒した魔物の存在力は、その半分が騎士級魔人に流れ込んでいたようだが、これまで知らず失われていた存在力のすべてを兵士たちが獲得できるというのも大きい。

 つまり、戦場においてもダンジョン並みの効率でレベリングができるというわけだ。

 楽になるどころの話ではない。


「数百ある戦場の10や20で私たちが活動したところで、焼け石に水だろうよ」


 大陸をおよそ二分する人類連合と魔王領とを隔てる境界線は、数千キロメートルにもおよぶ。

 その各所で一進一退の戦闘が行われているのだ。

 ヤシロとクレアがふたりで飛び回ったところで、どれほどの効果もないだろう。


「ま、たしかにの」 

「ではな、元帥。健闘を祈る」

「そちらこそ気をつけてな。賢者殿、それに秘書殿も」


 ヤシロはグァンの言葉に軽く頷いて踵を返し、クレアは軽く会釈をして賢者のあとに続いた。



 賢者ヤシロと秘書クレアは、これから魔王領視察の旅に出る。

 しかし彼らは荷物らしい荷物を持っておらず、ヤシロはスーツにロングコート、クレアはドレス風の魔道服にマントを羽織っているだけという、旅装というにはあまりに軽装であった。


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