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セーブ&ロードのできる宿屋さん

セーブ&ロードのできる宿屋さん ~倉庫にカンストした豆を誰かが食べるようです~

作者: 稲荷竜

「そういえばウチのお客様は豆がお嫌いですね」



 なにを言っているんだろうコイツは――『月光』としてはそんな視線を向けずにはいられない。

 それは周囲にいる宿泊客たちも同様だった。


 夕刻。

 食事の時間を迎えた『銀の狐亭』食堂にはたくさんの人が集っていた。


 赤毛の貴族。

 魔族の少女。

 ドライアド。

 気付けば尻尾に入り込んでいる猫獣人。

 それから――エルフの要人。


 つい先日宿屋で落ち着いたばかりの『月光』は、まだ全員の顔と名前が一致していない。

 宿屋で暮らす者の中では、まだまだ新参と呼べるだろう。

 それに、みんな年下の少女ばかりである――『月光』が過ごした時間を思えば、エルフの要人でさえ間違いなく年下であろう。


 でも、アレクの発言のお陰で、心が一つになった気がした。

 だから『月光』は、全員を代表し、アレクの母親として、告げる。



「豆が嫌いなのではなかろう。貴様の修行を思い出すのが嫌なんじゃ」



 全員がうなずいた。

 ……いや、『月光』の尻尾でもぞもぞしている青毛の猫獣人はどうだかわからないけれど、たしかに多くの賛同を得られた。


 一方、目の前――カウンター内部でアレクは首をかしげる。

 そして、きょとんとした顔で、言う。



「修行を思い出すのが嫌、とは?」

「待て待て。なんでなんにもピンときとらんのじゃ。貴様とてわらわが施した『説得』の修行やら、『はいいろ』のやった修行やら、発狂間違いなしと怖れられておった『足音』やらは思い出すのも嫌じゃろ?」

「そんなことはないよ」

「いや、あるじゃろ!? あの修行じゃぞ!? わらわのはともかく、『はいいろ』の修行とか『狐』の修行とかは間違いなく心を砕きにいっておったじゃろ!?」

「『はいいろ』の修行はおっさんがあんまりにも理不尽な要求ばかりをつきつけてきたので、いつぶっ殺してやろうかと考えていたけれど――」

「じゃろ!?」

「――でも、今思い返すと、いい思い出だよ」

「どのあたりがじゃ」

「なんていうか……未熟で、師匠に恨み辛みばかり持っていて、理不尽なことばかりやらされていたストレスがたまっていて、いつ出し抜いてやろうかってそればっかり考えていて、でも実力がないからけっきょく好き放題されているっていう感じで――青春だよね」

「青春!?」



 そんな爽やかな表現でまとめていい修行ではなかった気がする。

 それとも『月光』の知る『はいいろ』『狐』の修行と、実際に修行者が行った修行とは違いがあるのだろうか?



「まあ、それに、俺なんかはまだまだ精神的に未熟で、迷ったり立ち止まったりすることが多いものだから、そういう時に過去の修行を思い出すと、『なんかいけそうな気がする』っていう勇気をもらえるんだ」

「アレク、貴様はもっと迷ったり立ち止まったりしてよいのじゃぞ」

「いやいや、そうも言っていられないよ。師匠役が半端だと、修行もぼんやりしたものになるからね」

「ぼんやりしてよいのじゃぞ」

「そんな今さら、母親みたいに俺を甘やかさないでくれよ」



 ははは、と笑われた。

 なぜだろう、修行中よりもむしろ、こういう日常のちょっとした会話こそ通じてない感じがする。


『月光』はさらに言葉を重ねようか迷って――やめる。

 無駄な予感がしたからだ。



「……して、なぜ急に豆のことなぞ言い出した?」



 話題を変えた。

 アレクは「ああ」と言ってから、



「実は、調子に乗って豆を炒りすぎてしまって処理に困ってるんだ」

「無計画すぎるのではないか!?」

「まあ保存はきくのでいいかなと思っていたんだけど、今朝方ヨミに『倉庫に豆しか入らないよ』と言われていたことを、今思い出して」

「なぜ今朝の話を夕刻に思い出すんじゃ」

「今も豆を炒ろうとして、はたと」

「……」

「なんかもう、最近は無意識に、時間があると豆を炒る体勢に入ってるよ。いや、困った」

「……で、どうするんじゃ?」

「消費しようかなって」

「処分すればよかろう。貴様、金はあるんじゃろ? 捨てたところでそう大きな損失でもあるまいよ。というか捨てよ。修行者の心の傷ごと消し去ってくれ」

「食べ物を粗末にしてはいけません」



 人殺しの道具にするのもいけない気がしたが……

 そんな当たり前の道徳教育を今さらしても意味がないなと『月光』はあきらめた。



「……しかし実際問題どうするんじゃ。ここの宿泊客で豆を食う者なんぞおらんぞ」

「ソフィさんは食べてくれるよ」



 アレクの細い目が、テーブル席へ向く。

 見られたエルフの女は、引きつった笑みを浮かべるだけだった。

 その視線は助けを求めるように『月光』へ向いている。


 まだまともに会話もしていないのに、なぜか頼りにされてしまった。

 別に助け船を出す義理もないが――『月光』は頼られると弱い。



「まあ待て。貴様が処理に困る量の豆を、女子一人に任せるわけにもいかんじゃろ」

「たしかにそうだね」

「やはりあきらめて処分するしかなかろう」

「それはもったいないし――あ、そうだ」



 あ、そうだ。

 アレクがなにかを思いついたらしい――それがわかっただけで戦慄するに足る。


 だが、続きはつむがれる。

 アレクは止まることなくさわやかに言葉を続けた。



「『節分』をやろう」

「……なんじゃそれは」

「俺のいた世界の、俺の育った国でやっていたイベントなんだけれど――まずは『鬼』を一人選んで、それ以外の人は『鬼は外、福は内』って言いながら、鬼役の人に豆をぶつけるんだ」

「なんじゃそれは……野蛮じゃな」

「いやいや、もちろん、本気でぶつけるわけじゃない。それで、鬼役の人は豆を当てられたら建物の外に出て行くんだ」

「なるほど。つまり――姥捨(うばすて)じゃな?」

「どうしてそうなるんだ」

「出て行った者はどうなる?」

「タイミングを見て帰ってくるよ」

「帰っていいのか」

「……母さん、あなたの中で『節分』がどんなイベントに分類されているかはわからないけれど、これは平和的な催しなんだ。一年の無病息災を願う、そういう行事なんだよ」

「豆をぶつけて無病息災とはのう。やはり貴様の元いた世界において、『豆』というのはなんらかの特殊なものだったんじゃろうな」

「まあ、『節分』においては邪気払いの力があるとされていたかな……ああ、そうそう、それで、ここからが大事なんだけれど」

「なんじゃ?」

「節分は最後に、歳の数だけ豆を食べるんだよ」

「ちょうか。三歳(ちゃんちゃい)のわらわには問題にゃいイベントじゃにょ」

「急に舌足らずになっても年齢はごまかせないよ」

「そのイベントは的確にエルフとドライアドを殺しに来ておるのう。まあ獣人のわらわには関係ないが……常識的に考えて獣人が百年も二百年も生きるわけなかろう。わらわはきっと、十歳ぐらいじゃぞ、今。のう、アレクお兄ちゃん」

「やめてくれ。鳥肌が立った」

「よしわかった、こうしよう。貴様、その『鬼』とやらをやれ」

「まあ、『節分』イベントをやるなら、俺はもちろん鬼役のつもりだったけど」

「そしてこういうルールにしよう。『最後まで鬼に豆を当てられなかった者が、全員の年齢を合わせただけの数、豆を食べる』」

「なるほど。それもいいかもな。豆のスープとかせっかく覚えたからみんなに食べられるようになってほしいし」



 ザワッ……

 そんな風に、食堂の気配が変わる。


『月光』は座っていたカウンター席から立ち上がる。

 そして、テーブル席などにいる宿泊客たちへ振り返った。



「ハーハッハッハ! 馬鹿者らめ! わらわに主導権を持たせたが運の尽きよ! 貴様らは知らんようじゃから明かしてやるが、わらわは裏切りと策謀を一番の得意とする黒幕体質じゃぞ! わらわの好き放題にさせたら貴様らを売るに決まっておるじゃろう!」



 悪だ、悪だ、黒幕だ……と宿泊客たちがざわめく。

『月光』の背後で、アレクが苦笑した。



「まあ、豆はきちんと調理するので……あと母さん、なんであなたがそこまで豆を食べたがらないかはわからないけれど、あなたの策謀には穴があるよ」

「なんじゃ?」

「あなたが最後まで俺に豆を当てられなかったら、あなたの食べる量が増えるだけになるよ」



『月光』は固まる。

 そして、アレクの言葉をよおく検討してみて――

 その通りだと思った。



「しまったあああああ!?」

「……考えてなかったのか」

「い、いや、逆にじゃ。逆にじゃぞ、考えてもみよ。つまり、わらわが勝ち残ればよいのじゃろ? わらわはほれ、あの英雄を倒した女じゃからな。そんじょそこらの者どもより強いじゃろ? 強いじゃろ? な?」

「ここにいるお客さんの中だと、あなたは――下の上かな」

「下の上!? 馬鹿な!? どんだけ化け物がそろっとるんじゃ!?」

「ロレッタさんもモリーンさんも、ホーも、オッタさんも、まだ修行を続けてるし――ソフィさんは色々忙しかったみたいだけれど、それでもあなたと互角ぐらいだし」

「というか、その話だとわらわより下がおらんではないか!?」

「『の上』のあたりはまあ、『下』って言い切るのがかわいそうに思って、サービスしておいたんだよ」

「いらんわそんなサービス!」

「だいたいあなた、どちらかと言えば魔術師じゃないか。投擲系のスキルは上げてないし、DEXもSTRもそう高くないし」

「……………………」

「まあ、美味しく料理するよ」



 ――その後。

 豆まきで『月光』が美味しく料理されたのは言うまでもない。

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