【5】言い忘れてましたが、ムクさんはイケメンです
とりあえず俺はまさかの戦闘機乗りという職業を手に入れた。
ムクさんがあれこれやってくれると、自分の着ている不思議な服の腕の部分にある反射材のような部分が白の中に赤いラインが入っているように変色する。
「……これって、あれ、ムクさんと同じ色?」
ムクさんが来ている服は、グレーのツナギだ。長身のムクさんにはちょっとだけ小さいような気もするが、それでもなめらかな素材のツナギは、彼に良く似合っている。
俺も同じ素材の同じ色のツナギを来ているが、彼ほどに様になっているとは言い難かった。いかんせん、典型的日本人顔、簡単に言えばだいぶシンプルな造作をした俺に、この特徴の無い色合いってのが……その、俺のシンプルさを際立たせる。
特にムクさんみたいなヨーロッパ系マッチョと比べられるとがっかりする。
そうそう、ムクさんはアクション俳優みたいな男なのだ。茶色に近い赤毛を短く刈りそろえ、同じ色の眉は意思の強そうな、それでいてどこか温和な雰囲気をたたえている。目はそれほど大きくは無いが、髪の色よりは薄い金色っぽい目が俺の視線をすくい取るようにしてから細められた。
マッチョってところに失望を隠しきれず、彼の描写を怠ったことをお詫びしたい。
ムクさんは多分、世の女子が騒ぎそうなくらいにはイケメンだった。
「パイロットも保安部所属だからな」
「部署で色が見分けられるようになってるのか」
「そうだ。大まかな部署カラ―は腕に、細かな情報はシステムで管理されている。入れる場所とか使えるシステムとかだな」
「ふーん。だったら着る服とかで色分けした方がわかりやすいんじゃないの? こんな小さな場所じゃなくて」
ムクさんは自分の腕に腕章のように巡らされた白と赤のテープ部分を触り、小さく首をかしげる。
「そうか? まあ、馴れちゃったからな。それに服の色は好きな色を選びたくないか?」
「え? このツナギって、色選べるの?」
「ツナギ?……ああ、スーツのことか。選べるぞ」
それは朗報だ。俺の地味さ加減ならグレーでもここまで白っぽいのじゃなくて、もうちょっと黒に近い奴か、できればいっそ黒、いや紺とかがいいかな。
ムクさんはタブレットを操作して、壁のスクリーンに俺の情報を呼び出したらしかった。
「何色にする?」
画面には人間型の立体図が映し出されている。これが俺ってことだろう。今は薄いグレーのツナギを着ているが、そうだな最初はとりあえず黒にしようか。
「黒か、そうだなブルー系でもいいかな」
「黒は……伝統的に喪服の色だが。良いのか? 多分すれ違う人にお悔やみを言われ続けるぞ」
「え。そうなの? まあ、そうか、形に変化が無いんだもんな。黒ってだけで喪服になっちゃうか。んじゃ、ブルーの濃いやつか、グレーの濃いやつがいいかな」
「……色のコードを指摘してくれ」
「コード?」
「そう、ブルー系だと♯00FFFFのシアンとか、マゼンタ系なら……あ、ちょっとすまん。これで指定して、決定を押せばいいぞ」
ムクさんはそう言いながら俺にタブレットを押しつけた。くるりと後ろを振り返り、耳元に手を置くとぼそぼそと何かを話しだす。どうやら電話のようだ。
俺はそれをちらりと見てから、画面上の入力スペースに指を置いてみた。
すぐ下にキーボードが表示される。
「えーっと。何だっけ、ネットとかだと色表記がこんな感じでなされてるよな。何進法だか知らないけど」
ブルー系だというシアンってのは、此処に表示されている♯00FFFFなのだろう。スクリーン上の俺は明るい水色のツナギに身を包んでいる。
「適当に数字を変えていけば、いい感じの紺色っぽいのが出てくるかな」
俺は適当に一文字替えてみたり、数字を変えてみたりしながらタブレットを操作してみた。
数字やアルファベットを変える度に、画面の中の俺は奇抜な色に身を包んでいく。
もはや、もとの色が何だったかを忘れかけた頃に、俺は一度シアンとやらにもどしてやり直してみようと思った。
「ええと、シャープの00? 何だっけFがついてたよな」
俺は0とFを適当に押した。
「どうだ? 決まったか」
そんな時、ムクさんが突然くるりとこちらを向いた。
俺の指は思わずずれて。
「すーつノ色ヲ変更シマシタ」
「あ。決定押しちゃった」
まさに決定ボタンを押してしまったようだった。次の瞬間には俺の来ているスーツとやらは目が覚めるようなブルーに変化する。
「……良い色なんじゃないか?」
「いや……まあ、きれいな青ですけどね。俺はもうちょっと地味な色で……って、アレ?」
タブレットを操作しようとするも、入力部分に指を置いても反応しない。思わずムクさんを見ると、ムクさんは思わずと言った感じで噴き出す。
「決定を押したんなら、基本カラ―はその色だ。黒には変えられるけど」
「なんで!?」
そんなことは聞いていない。まあ、最初のグレーよりはなんとなく良いような気はするけども。
「ゲストだからな」
操作可能回数が限られていると言うことらしい。
俺は茫然として自分の姿を画面で確認した。ブルーのつなぎに赤と白の腕章。
「カラ―だけならNASAっぽい。うん、NASAっぽいぞ。うん。宇宙だしね。似合ってるよ、多分」
「似合ってるぞ」
ムクさんは気軽にそんなことを言う。
俺は全身を青に染めて、宇宙船の生活を始めることになりそうだった。
「まあ、とりあえず飯でも食いに行くか。他の戦闘機乗りにも紹介するよ」
俺は渋々頷いて、タブレットを彼に返した。