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【37】コハク


モニタを埋め尽くす宇宙空間では、白と赤の小さな点が旋回するように船体側面の「なにか」に近付くように移動している。

 白の点が赤の点を誘導するように移動しているが、おそらくリオンが乗っているのだろう。

 船体に付着したものの部分を何度か押すと、自然と画像が拡大された。

 見れば先日目にした者と同じ、ミントガムのような物体だ。

 だが、なんだかこの間よりも動きが激しいような気はする。



「……これは、なんなんだろ」



 考えてもわからない。そもそも自分の生きていた時代ですら、別にものしりと言うわけではなかった。この時代ならなおのこと。

 そうこうしているうちに、リオンの乗った白の機体はアームを伸ばしてミントガムのはじをつつき始めた。



「……採取、しようとしているのか」



 リオンの動きはまるでねんどのはじっこをねじり取るような、そんな動き方なのだ。

 ダリアはリオンの後方に控えているようだ。

 モニタをあちこち見ていると、スピーカーのようなマークがついていることに気がついた。



「これ、押せば話せるのかな」



 ものはためしだ。俺はそのスピーカーマークをタップしてみた。



「ええと……ハローハロー。聞こえてますかー」



 途端、右下に小さな画面が開き、ムクさんの顔が見えた。次いでリオンとダリアの顔も同じように見える。



「聞こえている」



 ムクさんがそう言うと、ダリアも同調した。リオンだけは、なんだがくぐもった声でまあ、とか、ああとかそんな感じの返答だ。



「リオン、腹の調子そんなに悪いのか?」


「違う! って言うかお前、この通信何人が聞いてると思ってるんだよ!」



 この通信ってそんなにオープンなの?

 この四人くらい、いや、もしかしたら通信係みたいな人も入れて五人くらいが聞いてるんじゃないの?



「……ヒイラギ、この通信は保安部だけでなく運営部、後は基地中継が入るが数秒のタイムラグ状態で帰還基地の管制局も……聞こうと思えば聞ける。マックスだと200人くらいは視聴可能なオープン回線だ」


「あらら」



 そんなオープン回線で、おなかの具合を暴露してごめん。

 水なし一錠、みたいなやつがあれば良いんだけど。



「それより、これはヒイラギがみたものと一緒か?」



 リオンがそう言って画像を拡大したものを表示させた。

 見た目はやっぱり同じ。ミントガムの超特大版で、なんだかもにょもにょと動いている。

ただ、この間と違うのは、とげのようなものができてみたり、くぼみを作ってみたりと結構活発に動いていることだ。

それを告げると、リオンは小さく唸った。

こうなると、やはり装甲をはがすしかないかな。

 リオンは採取をあきらめた様子でアームをしまう。



「そうだな。とりあえず浸透は確認されていないから、4層、いや5層かな」


「そのあたりが妥当だろうな」



 リオンとムクさんがそんな会話をしているのを聞きながら、俺はガムの動きを何とはなしに見ていた。

 とがってみたり、へこんでみたり。

 とんがりは筒状になって、何と言うか加湿器の蒸気噴出口みたくなって。

 まるで大砲の筒みたいで。

 とても、とても、とても嫌な、予感が。



「ダリア! 避けろ!」



 俺は思わず叫んでいた。

 その口から何かが噴射されるのと、俺の声はほぼ同時だった。



「え?」



 ダリアの困惑した声が聞こえる。

 だが、いち早く状況を把握したムクさんの声が



「ルビー機、左下方旋回。すぐ!」



 そう、鋭く指示を出した。

 ダリアの乗った赤い機体が、間一髪のところでミントガムの「ぺっ」と吐きだしたものを避ける。

 ほっとしたのもつかの間、ミントガムにはたくさんの砲台ができ上がっていた。

 一気にあちこちから何かが吐き出される。



「なんだ!」


「ちょっと!」



 悲鳴ににた二人の叫び声と、二機が右に左にと機体を揺らす。



「……くそっ」



 なんとか避けていた二人だが、リオンの機体にも、ダリアの機体にも小さなガムがくっつき始めた。



「おい、逃げろ! 帰ってこい」



 俺が思わずそう言うと、ムクさんがもっと大きな声を張り上げる。



「ダメだ! 帰艦は許可出来ない。付着物質が何か分からないんだ。船内に入れられない!」



 そうか。確かに未確認物質。だが、他にリオン達が帰る手段は無いのか。



「わかった。ムク……ロストだ」



 リオンの言葉にダリアが息をのむのがわかった。聞こえなくても、そんな気がした。

 ロスト。

 こいつらはすぐにそう言って切り捨てる。

 危険があるから、人口減少のリスクは排除しなくては。わかるよ、わかるけど、その重要性はわかるけど。



「お前ら……少しは考えろよ! 何とかしようとしろよ!」



 俺の叫びに、ムクさんは静かな声で「どうにもならないだろ」と重ねる。確かにそうなのかもしれない。ムクさんたちはきっと物知りで、何パターンにも及ぶ回避システムとやらを駆使しているのだろう。

 だが、俺にしてみれば何もしていないのと同じだ。

 粘れば何とかなるかもしれないじゃないか。人間なんてしぶとさとか、諦めの悪さで何とかやって来た生き物なんじゃないのか。テレビなんかではそんな感動話、よくやってるぞ。


 何かないのか。

 何か。

 俺にできることは無いのか。


 俺はなんだ。過去から来た男、この時代では世間知らず。



「……セレナとルビーの機体を、船内に入れなきゃ良いんだろ。隔離したり、そんな風に出来れば良いんだろ」


「それはそうだが。この船に戦闘機をいれておくほどの隔離施設は無い」



 ムクさんは眉を寄せてそう言う。ムクさんも何だか何かを考えているような雰囲気だ。



「外にくっつけてはおけないの? アームで、こう、船体にしがみつかせるとか」


「出来たとしても、パイロットはどうやって船内に入る? 船外活動用の施設は積んでないんだ。スーツも船外活動は想定していないつくりだ」



 くそ。他に何かないのか。



「どうにかして二人を船内に入れるか、そもそも戦闘機をどうにかして船内で隔離するか」


「戦闘機をいれられるのは格納庫だけだが、格納庫が隔離出来ないことには」



 格納庫を隔離……?

 ムクさんを見ても、何か名案があるわけではなさそうだ。



「……くそ! ……そうだ、コハク!」


「コハク?」



 ムクさんが不思議そうにそう言う。同時にリオンが俺の名前を鋭く読んだ。

 わかっている。この名を呼ぶのはタブーなんだろう。わかっている。

 でも、これしか思い浮かばなかったんだ。



「コハク! 格納庫を隔離出来ないか」



 一瞬の間の後、モニターが格納庫の画像に変わった。



「……はあい。ヒイラギ。でも、良いの? これがタブーだってのは私でもわかるわよ」


「良いんだ。コハク。教えてくれ、格納庫を隔離したいんだ」





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