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【36】お約束だが大歓迎だ


 ムクさんは俺の顔をじっと見つめていた。

 そして、少しだけ眉を寄せてから口をもごもごと動かす。



「知ってたんだろ。でも止めなかった」


「……そうだな」


「それは、罰が命に関わらないから?」



 ムクさんは視線をゆっくりと床に落とした。数秒沈黙だけが部屋を充たす。



「そう、かもしれない。歴史には中毒性が、悪しき事柄は時に心を捉えるのだと教わって来た。そうしてたくさんの先祖たちが間違いを犯して、俺たちは絶滅しかかったのだと……そう、教わるのだ。だから、リオンの興味も、よくある、悪いものに魅かれる一過性のものだと思っていた。罰則も、命を取られるわけじゃないしな」



 俺は自分の心が急速に冷えて行くのを感じていた。

 こいつらにとって、友人や先輩なんかも数字なのだ。そりゃ、家族だって数字なんだから辺り絵なのかもしれないけれど。でも、同時に何かが引っかかってもいた。



「じゃあさ、命がとられないなら、もっと早くに通報しようとは思わなかったのか?」



 リオンが数字にすぎないなら、別にリオンがやっていたことを隠す必要はない。

 悪いことをしているなら、早々に通報したって構わないはずだ。だって命はとられないのだから。



「そ、れは……どう、してだろうな。リオンが、こういう事態に陥らないと良いな、とは思ってたよ」


「……どうして?」



 そう、ムクさんは、いや、ムクさんをはじめとするこの世界の人々は、人口減少を危惧して個人をないがしろにしている気がしていたが、何か違和感がある。



「どうしてって……リオンが好きなことを、とりあげられるから?」


「仕方がないことなんだろ? なんでそれを避けようとしたんだ?」



 ムクさんは困惑を隠せない様子でそう言いながらも、なおも俺の質問に律義に返答しようとする。

 俺は、ふと思いついたことを口に出した。



「ムクさんはさ、特に歴史にも文字にも興味ないんだよね」



 ムクさんは、俺の質問が突然変わったことに目を丸くした。



「……まあ、そうだな。別に、興味があるわけじゃない」


「でも、俺をリオンに引き合わせたじゃん」



 今度こそムクさんは息をのんだ。



「最初に俺が『地球』って書いたとき、どんなふうに書くのかって喰いついてきたよね。それをリオンに話した。そしたらリオンは俺に会いたいって言うだろうな。どうして、俺とリオンを引き合わせた」



 多分、悪意があったわけじゃない。歴史好きのリオンと、何かを不思議な俺。特に俺は消え去ったらしき地域の文字を描いた。だからこそ、リオンに教えてやろうと思ったんじゃないだろうか。

 案の定、ムクさんは



「リオンが、喜ぶと思ったからだ」



 と言った。



「リオンは文字とかそう言ったものが好きだから、知らない文字を描くヒイラギにあったら喜ぶだろうと思った」


「喜んだ?」


「喜んでいた。とても」



 ムクさんの脳裏には、多分その時のリオンが描かれているのだろう。



「そのリオンには、もう二度と会えないんじゃないの? チップとやらで興味を消し去られたら、ムクさんの知っているリオンは、本が好きで歴史が好きなリオンはもう二度と戻ってこないんだろ」


「俺の、知ってる、リオン?」


「そう。ムクさんの前で歴史が好きだとか、こっそり何かを作ってたリオン。それがきれいさっぱり無くなって……」



 ムクさんは何だか泣きそうな顔で首をかしげた。



「余り、俺を困らせないでくれ。なんだか、変な感じがする。俺は、間違ってないはずなのに」



 俺も、困り果てたムクさんを見て、なんだか切なくなった。

 そうだ。ムクさんが悪いわけじゃない。でも、ムクさんにしか言えないんだ。

 心の中で小さく謝罪をして、それでも俺は口を開いた。



「その、間違いとか、正しいとかは……俺が思っているものと違うんだ。だからきっと俺の言葉は理解されない。でもさ、理解じゃなくて、なんとなくわかってるんじゃないかな。きっと、ムクさんと俺の心は一緒だと思う」


「一緒?」


「うん。リオンが今と何一つ変わらないリオンでいてほしいって思ってる」



 ムクさんが息をのむ。そして小さく首を振った。



「何も変わらないさ。罰を受けてもリオンはリオンだ」


「違うよ。違う。好きとか興味とかって行動のエネルギーみたいなものでしょ。それを奪われたらリオンは……リオンだけじゃないアイリスはもう同じ存在じゃない。違う?」


「それは」



 ムクさんが何か言いかけたとき、部屋の中のライトが赤く色を変えた。



「な、なに?」



 モニタスクリーンには緊急の文字が躍る。

 俺のひっくり返った声に、ムクさんは一つ頷いて眉を寄せた。



「……アラートナンバーは198か。この数字をこんなに見る日が来るとは思わなかったな」



 ムクさんは素早くスライスを操作している。



「ダリアがのみ込まれた時と同じアラートだ。外表部に未確認物質が付着した。戦闘機には出動要請がかかる」



 俺は会議とやら出席するのではなかったか。正直、どうやってリオン達への手術とやらに文句を言えば良いのかと思っていたところだったので、時間稼ぎには丁度良い。あのタコなら、もう一回掴んで捨てればいいのだろう。幸いアームは消耗品とか言ってたし。

 こんなタイミングでアクシデント。まるでお約束の展開だが、今回は良しとしよう。



「仕方ない。俺が行くしかないでしょ!」



 俺はぐっと胸を張った。

 だが、ムクさんはそんな俺の腕を取って



「ヒイラギはダメだ」


「なんで!?」


「何でもだ。戦闘機は複数台配備だと言っただろう。一応パイロットは、予備だが存在している」



 そんなのは初耳だ。予備が居るなら、俺はいらなかったんじゃないか。

 はくはくと、言葉が見つからずに鯉みたいに口を開けたり閉じたりしていたが、ふと予備パイロットの候補になり得る名前が思い浮かんだ。

 ムクさんは言ってたじゃないか。



 リオンは、たたき上げのパイロットだと。



 予想通り、ムクさんは



「リオンに出動要請が出た」


「だから、俺が居るのにどうして。俺は一応予備じゃないんでしょ」


「ああ。リオンは主が警備業務だからな。だが」


「だが、なによ!?」


「ヒイラギ、お前、倒れてからそう長い時間が経っているわけじゃないんだぞ」


「そんなの!」


「言っただろ。俺たちがもっとも恐れるのは人口減少だと。ヒイラギ、お前の考えとやらは後で聞く」



 ムクさんはそう言って足早にドアに向かった。

 そして、外へ出る直前にこちらを振り返って、相変わらずぶっとい指を立てた。



「外へは出られないように、こちらでロックするから。外が気になるなら、スクリーンで警備部のモニターを開け。ヒイラギは所属員だから、モニター監視はできるはずだ」



 そう言って、今度こそ姿を消す。慌ててドアに取りついたが、ヴラドシステムとやらが作動しているはずなのに、開く気配がない。



「くそ。ああ、もう」



 だが、これで時間はできた。

 なぜか苛立つ一方で、そんなことを思う。



「くそ」



 俺はうろうろと部屋を歩き回って、結局椅子にどかっと腰かけた。

 イライラする。胸の辺りが引き絞られるような、変なイラつきだ。でかいスクリーンを何度かタッチして、監視用とやらにすると、丁度赤と白、二機の戦闘機が黒い空間に飛び出すところだった。



「……そういや、リオン、体調不良って言ってたけど、大丈夫なのか」



 ちり、とさらに胸の奥が痛んだ。

 その感覚に見合うことばがふと浮かびあがる。

 心を占めているのは



「……不安?」



 そう、俺は心を埋め尽くす不安感に、息苦しさを感じていたのだ。




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