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【34】ムクさんは未来の人でした




「彼がヒイラギで間違いありません」



 いつもと変わらない笑顔のまま、ムクさんはそう言った。ムクさんの背後には、見た事の無い男たちが控えている。



「は?」



 ムクさんは俺の疑問に満ちた一言など聞こえなかったようににこやかに俺を見下ろして、口を開く。



「ヒイラギに出頭命令が出ているんだ。短期間に二度の出頭命令を受けるって言うのも聞いたことがない。本当に初めてずくしの男だな」


「何言ってんの!?」



 ムクさんは少しばかり困った顔をしたが、僅かに背を丸めるようにして俺の耳に口を近づけた。

 マジで近い。

 マッチョって体温高いのね。

 そんなことを気にする余裕があったのなら、もう少しムクさんと一緒に来たと男たちにを気にしておけばよかったと今なら思う。



「リオンとアイリス・ウィッシャ―には逮捕命令が出ている。有害物質の生育・生成を試みたと言う容疑がかかっているんだ」


「有害、物質?」


「そうだ。リオンとアイリスはC1009の持ち込みならびに生育と有害物質の生成、若しくはそれに類似した行為をしたという容疑がかけられている。C1009はその種子にカフェインを含み、摂取制限のある物質だ。よって保険機構によってC1099は生育等に許可を必要とする植物に指定されている。リオンとアイリスはそれを無断で生育若しくは生育目的の所持をしていたと考えられる」



 俺は押し黙ってしまった。

 確かにカフェインは過剰摂取すれば有害だろうし、アイリスはコーヒー豆を持っていたし、多分リオンはそれを知ってなお博士と交流していた。

 だが、コーヒーだ。ただの嗜好飲料じゃないか。カフェインなんて紅茶にだって入っているし、普通にしゃっきりしたいときのエナジードリンクにだって入っている。

 ムクさんを見ると、じっと俺の顔を見ていた。

 そしてごく小さい声で



「頼むから、ここはおとなしく連行されてくれ。ヒイラギ、ただでさえお前の存在は異端視されかかっている。リオンやアイリスは所属データのある人間だ。だが、ヒイラギは違うだろう。ノーデータなのに犯罪歴がついてしまうと、この後がきついぞ」


 という。



「……ムクさん。なんで」



 なんでムクさんが来るんだ。俺は言外にそんな気持ちを乗せて、彼の名前を呼んだ。



「俺が船内の保全担当で、ヒイラギの監視要員だからだ」

 監視。

 その単語が悲しくもしっくりくる。

 俺を発見して運んでくれたムクさんも、俺を心配してくれたムクさんも、確かに今目の前にいるムクさんなのだ。だが、それが仕事でないなんて一言も言っていない。むしろずっと、ムクさんは保安部の人員だと言っていたはずなのに。

 俺は考えることが多すぎてパンクしそうな頭を、なんとか上下に振って肯定の意を示すしかなかった。







 連れて行かれた部屋は、俺の自室と大して変わりのない造りだった。

 唯一違うのは、大型のスクリーンがないことと、宇宙空間が映し出されている窓がないことくらいだ。

 俺はその部屋で椅子代わりのベッドに腰掛けていた。

 部屋の片隅には、見張りと称したムクさんがいる。



「聞きたいことがあるんだろう」



 ムクさんはいつも通りの柔和な笑顔を浮かべながらそう言った。



「……聞きたいこともあるけど、ちょっと混乱もしてる」


「混乱?」


「そう、混乱。……俺はさ、この世界で何がオッケーで何がダメなのかも知らない。一つ一つ説明されなくちゃ、俺には……そのラインの見極めが出来ない」



 料理がダメなのはわかった。機械に話しかけるのもダメ。歴史を好きだと言えば変人扱いを受ける。

 一つ一つタブーを知っても、計り知れないほどのタブーが俺の足元に穴をあけている。

 それを俺自身が踏みぬかない保証はまるでなく、むしろ安全に渡り歩くことの方が難しいだろう。特に、俺が俺らしく生きると決めたのなら。

 ムクさんは難しい顔をして押し黙った。そして、スライスを操作してから、俺の方へ歩み寄ってくる。

 いつかと同じようにテーブルに軽く腰を乗せるようにして、スライスを小脇に抱えた。



「俺にも、ヒイラギの混乱を一気に解決する方法はわからない。ただ一つだけ……俺たちがもっとも恐れていることだけは伝えておく」



 ムクさんの瞳が、一度だけゆっくりと伏せられてから俺の目を捉えた。言葉を選んでいるようだった。



「一度、俺達は絶滅の危機に陥った。食べ物も水も大気すら枯渇しかけて人口は激減した。その原因は争いであったり、他の事情であったりしたが……一度絶滅の危機に瀕したことで、俺たちは数が減ることの恐怖を知った」



 人口減少の一端は、おそらく機械依存だったのだろう。

 俺は、頷いて先を促した。



「俺たちがもっとも恐れているのは、人口が減ることだ。俺は何度も言っただろう。マイナス2よりもマイナス1を選べと」


「マイナス、1」



 そうだ、ムクさんはずっとそう言っていた。

 ダリアだってそうだ。

 きっとリオンも、その点については同じだろう。



 「だからこそ、リオンたちの行為は問題視された。有害物質は人口減少の危険を伴う。だからこそ管理が必要で、リオンたちは管理者ではない。ヒイラギだって身を持って知っているだろう。船内では、危険とみなされない限りは誰でも歓迎されることを」


「そうだけど、そうじゃ無けりゃ俺は……こんな風に部屋や仕事をもらえなかったんだろうとは思うけど……コーヒーノキを栽培することがそんなに危険なのかよ。ドラッグでも何でもない。そりゃ過剰にカフェインを摂取したらまずいだろうけど、そもそもそんなに摂取なんて出来ないだろ。博士たちはコーヒーの作り方も知らなかったんだぞ。そんな」


「ヒイラギ。俺は保安要員だ。ヒイラギのことを一人の人間として嫌いではない。だが……発言の内容を報告しないわけにはいかない」



 ここにきて、俺ははたと口を閉じた。

 だがもう遅い。俺の不用意な発言をムクさんはしっかりと聞いたと、そう言ったのだ。



「ヒイラギはC1009と思われる植物からカフェインの摂取する方法を知っているな?」



 ムクさんはじっと俺を見つめていた。その視線の強さに、思わず俺は喉を鳴らす。



「そ、りゃ……喰えば、摂取できるんだろ」


「違う。確かに直接体内に入れれば摂取も可能だろう。だが、ヒイラギは、コーヒーとやらを作り出して、カフェインを摂取する方法を知っている。間違いないな」



 ムクさんははっきりとそう言った。

 俺が返答に窮していると、ムクさんは何かに気がついたようにスライスを取り出して操作をした。すぐにこちらに向き直る。



「もうひとつ、悪い知らせだ。リオンとアイリスが体調不良を訴えている」


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