【31】俺、未来で喫茶店に挑戦します! ②
「……セレナ、これは……これはコーヒー豆で間違いないかな」
セレナの瞳がビンの中身を捉える。
「間違いありません。アラビカ種ですね」
「これの飲み方はわかる?」
セレナは再び首をかしげた。
やはり飲食に関係するものは検索出来ないのかもしれない。
「じゃあ……何と言うか、焙煎ってどうやるのかはわかる?」
今度はセレナからな頷きが返ってくる。
「焙煎とは、空炒りをすることです。水分を足さず容器の外から高い温度で熱します」
「じゃあさ、フィルターって手に入る?」
「フィルターは検索によると工業用で約1万2千種が入手可能です」
「おしい! 工業用じゃなくて、水をろ過とか透過する」
セレナはふと立ちあがって部屋の中の画面に手を触れた。
次の瞬間、写しだされたのは。
「あー、これはあれだ。婆ちゃんちの水道の蛇口についてたやつ! じゃなくて、もっとこう……紙っていうか、理科の実験に使ってたこういう、こういう形のやつのここんとこに敷く」
俺は逆三角形から細く下に管が伸びた実験器具を思い浮かべながら、身ぶり手ぶりで形を説明する。
困った様子のセレナはあれこれと映像を出してくれるが、なかなか正解に辿りつかない。
すると、一緒になって連想ゲームのような俺の話に耳を傾けていたリオンが、ぽんと手を打った。
「漏斗、じゃないか?」
リオンのセリフに合わせて、画面には俺が思い浮かべていた実験器具が映し出された。
「そう! これのこのてっぺんの三角コーンみたいな部分にさ、フィルター敷くじゃん」
リオンは首をかしげる。アイリスも同様だ。すると、困った表情のままリオンが手を上げた。
「漏斗はそれ自体でろ過機能を持っているからな。設定でろ過するもしないも自在」
「そんな素敵素材なのかよ!」
俺は頭を抱えた。フィルターいらずじゃねえか。って、ちょっと待てよ。どんな形であってもろ過出来るなら構わないんじゃないだろうか。
豆はある、どうやら湯を沸かすこともできるらしい。と言うことは熱源もあるのだろう。後は
「……よし。んじゃ……何か熱に強い容れ物ない?」
俺がそう言うと、俺以外の三人は一瞬顔を見合わせた。
こほんと小さくかわいらしくもわざとらしい咳をして、セレナがすっと一歩前に出る。
「容器類はどれであっても、基本的に数百度の熱には耐えられるように作るのが現在のスタンダードです」
そうなの?
んじゃ、このまぎれもなくただのコップにしか見えないコイツにも、ぐっつぐつに煮えたぎった湯を入れても大丈夫ってことか。いや、その前に俺の皮膚が暑さに耐えられないとは思うけど。
でも、こいつを直火にかけて豆を煎るってのは難しいんじゃないだろうか。
そう、なんとか火にかけたとしても、俺の皮膚が……って、俺の脆弱さだけがループする。
「ね、熱源は?」
俺がいろいろなことにおののきながらそう言うと、アイリスは再び奥の部屋へとはいってゆき、床の荷物をなぎ倒したり押しのけたりしながら、でかいワゴンを無理やり押してきた。
「これだ。これの中に入れれば温度を上げることができる」
ワゴンは透明の、でかい人形とかが入っているケースのようなものを乗せており、下の方にはわけのわからないコードのようなものがついていた。
ケースの中を見ると、焼け焦げた皿のようなものが一つ、その近くに針金を丸めて棒状にしたようなものが転がっている。
「電気でコイルを熱して、コップなどの中に入れるんだ。水ならばこれで沸点まで温度を上げることができる」
言いながらアイリスは近くにあったコップを掴み、皿の上に乗せると棒状の針金をその中に入れた。針金には細いコードがついていてそれはどこからかワゴンの下に伸びている。
そのまま開閉式になっていたケース上部を閉じると、ワゴン下のスイッチらしきものを操作する。なんだか、この装置だけがやけに原始的だ。
中を観察していると、コイルはすぐにオレンジ色に変色し、コップの中の水はみるみるうちに湯気を上げ、気泡を生み出していく。もういいと告げてスイッチを切ってもらう。
俺はすぐにケースを開けようとしたが、その手をアイリスに掴まれた。
「内部の温度が下がるまで待ってくれ。部屋の温度センサーは一部が極端に高温になると異常と判断してアラームが鳴ってしまうんだ」
「内部の温度って……」
言われてみれば何かブーンという、独特の音がする。
ケースの側面に手を触れても特に熱いとは感じないが、中の液体が沸騰したという事は、このケースの内部は結構な温度になっているのだろう。
このケースはすばらしい断熱素材でできているのか。
俺はそのすべすべした表面を撫でながら、湯気で曇る内部を覗き見た。
「この音って、冷却装置なの?」
「そうだ。ファンを使って内部の空気を冷却素材でコーティングされた管を通し、循環させている」
アイリスはそう言ってケースから伸びる管の一つをつまみ上げる。
この中に冷却素材とやらがあって、内部の空気はここを通って冷たくなってケースに戻る。
そうやってケース内の温度が下がるという事は。
「中の液体の温度も下がるんじゃない?」
「もちろん下がる。水だと沸騰させても……そうだなケースを開けられる頃には液体は60度を少し超えたくらいにはなってしまうだろうな。それでもセンサーに引っかからないぎりぎりなんだ。洗浄機から出てくる水の、上限温度に近いからな」
確かに部屋には温度感知のシステムがあるとセレナも言っていた。
「わかるよ。言いたいことは十分わかる。洗浄機ってのも……多分シャワーのことだろ? だったらわかるよ。わかるけども……60度は低すぎるだろ。なんにも出来ねえじゃねえか。つか、個人で高温の物を扱えないならコップを高熱対応にする必要ある!?」
俺はガシガシと頭を掻く。
そりゃ火事は怖いでしょうよ。こんな閉鎖空間ですもの、火事は良くないよね。火は酸素とか使っちゃうって言うし、酸素無くなったら人は死んじゃうし。
でもさ、安全使用するなら良いじゃないか。電子レンジみたいなものは俺の知ってる宇宙船にもついてた気がするよ。
「いや……まてよ。もしかして……湯を沸かすのも異例なのか?」
アイリスは俺を見て、ふかぶかと頷いた。
「沸かすという行為が、そもそもな。辺境惑星に行くと洗浄機がないところもあるんで、水の温度を上げる装置を家庭で導入して洗浄機を設営するところもあるが……、基本的には、個人で湯を沸かしたりすることはない」
リオンも頷きながら口を開いた。
「アイリスの言うとおりだ。俺は温度を変えた水を飲むやつを、この変人博士くらいしか知らない」
「寒いときとか、あったかいもん飲みたくならない?」
自動販売機のあったかーいには冬に何度命を救われたことか。
ああ、缶コーヒーが飲みたい。
「……寒いってのは、体調不良のときか?」
「いや、外気の温度の話しよ?」
俺は首を傾げるしかない。だが傾げながらもあることに先に気がついた。
多分温度管理だ。温度管理が行き届きすぎているんだろう。
「寒いところって、ないのか?」
リオンも俺の言いたいことがわかったのだろう。
「あるよ。ヒイラギがひっくり返ってたところとか」
「あー、なんかそんなこと言ってたな」
ムクさんが俺を発見した時、俺は低体温症とやらになりかけていたと言っていたはず。
「自然に、こう、気象条件とかで寒いところは無いの?」
リオンは少し考えてから、
「あることはあるが……ウダール惑星とか、ゴダイン・バイシュ地帯とか……それこそ太陽系とかには通常気温がマイナスになるところがある。だが、住民はいないし、俺ももちろん、ほとんどの連邦登録民は行ったことがないはずだ。立ち入りには許可がいる」
と、なんだか歯切れ悪く言う。
「ってことは、基本的には寒さは感じないからあったかい飲み物はいらない人生ってことか」
俺はがっくりと肩を落とした。
だが、こうしてツールはあるのだ。温度もあげられる。だったら挑戦してみても良いだろう。
俺は落胆とか、驚きとか、落胆とか、落胆とかを何とか腹の中に押し込めて腹筋でふたをした。乏しい腹筋なので、すぐに落胆は顔をのぞかせるだろうが、今は何とかしてコーヒーを飲んでみたい。
俺は顔を上げて、じっとアイリスを見た。
アイリスは「何だ?」と言いながらも、俺を見返す。
「博士、残念ながら博士の作ったこれは、コーヒーではありません」
「うん」
アイリスは素直に頷いた。
「俺が、トライしてみても良いですか」




