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【30】俺、未来で喫茶店に挑戦します!


「コーヒー?」



 アイリスとリオンの声が重なった。



「そう、コーヒー。ええと、なんて説明すればいいんだっけ」



 一瞬の後にセレナが口を開く。



「コーヒーとは」



 ちょっと待てよ、さっきからセレナがやけに辞書っぽいセリフを吐いているが、これってもしかして。



「待って、ちょっと待ってセレナさん? もしかして、俺……セレナに何か……指示っぽいことしてる?」


「……しています。先ほどからわからない単語等の説明を求めていると、私の言語システムは捉えています。何か問題がありますか? 会話精度の調整が必要であればメンテナンスモードになりますが」


「いや、大変ありがたいんですけど。でもね、ええと……ちょっとだけ区別したいかな、なんて」


 やっぱりそうなのだ。俺のセリフにセレナは律義に答え続けている。

 これはありがたいけれど、ちょっと異質な会話だろう。それに、リオンの言うことが正しいならば、俺がセレナにあれこれ説明させてしまうと、セレナまでもれなく奇異な目で見られることになってしまうのではないか。

 ただでさえ小石になろうがモットーなのに、変に目立ってしまっては困る。



「……区別、ですか。……では、特定コマンドを発した時にだけ、検索モードにしましょうか?」


「特定コマンド?」


「はい。たとえば、ヒイラギが……Aと言った時だけ、私は検索モードになって、Bと言った時には検索モードを終了させると言った運用が可能です。検索モードになってないのに終了コマンドを発した時は当該コマンドは無効になります」



 なるほど、検索システムを立ち上げて、使い終わったら消すってことか。

 これならばわかりやすい。

 だとしたら、コマンドとやらはセレナの言うようなAとかBとかではなく、もっと会話に即したものが良いだろう。ここは普通に会話調にするのが自然な気がする。



「じゃあさ、セレナに、コレコレってなにとか、これってどういうことみたいに聞いたときに検索モードになって、ありがとうって言った時に終了させるってことも可能?」


「可能です。……書き換えました」



 セレナとのやりとりをリオンとアイリスは目を丸くしたまま聞いていた。



「驚いた。本当にこの子が戦闘機……ええと、セレナだっていうんだな」


「俺も正直……実感は無い。が、いろいろと辻褄はあってるから信じない理由もない」



 ひそひそとやり合う二人を無視して、俺は改めてセレナと向かい合った。



「では、セレナ」


「はい」


「……コーヒーって何?」



 セレナの瞳が一瞬だけ煌めいた。



「……コーヒーとはC1009の名称です。正確にはコーヒーノキ。かつてはアカネ科コーヒーノキ属の植物、又はその種子の中にある豆部分をコーヒー豆と呼んでいました。ラベリングが行われてからは植物C1009となっています」



 セレナはそう言ってちらりと俺を見た。

 確かにそうなんだろうが、もっと単純にさ。コハク色の飲み物の話をしてくれるんじゃないかと俺は期待していたわけで。

 リオンとアイリスもきょとんとしている。

 いち早く立ち直ったのはアイリスだった。



「C1009の名称ってのはわかった。それが、この飲料とどう関係があるんだ」



 セレナは困った様子で俺を見た。それ以上のデータがないのだろうか。だったら仕方がない。この世界では飲食のデータは限りなくゼロに近いんじゃないだろうか。だってコーヒーも知らない、あのプラスチックケースの中身が主食の連中なんだ。

 そんなやつらからしたら、肉も野菜も食う俺たちは、たくさんの命を喰らい尽くす野蛮人に見えるかもしれない。俺らをコメなんとかって呼ぶのもわからなくもない。



「コーヒーってのはさ、セレナが説明した豆から作られる飲み物なんだ。ええと、煎るっていうか焙煎とか砕いたりして湯とか水で抽出したものを飲むんだよ。まあ、でき上がりはこれよりもっと黒いけど」



 そう言ってグラスを揺らす。

 アイリスは近くにあったスライスを掴んで、猛烈な勢いで何かを書き連ねている。



「豆とやらは手に入ったんだ。完全に裏ルートだけどな。観賞用に育てたいと言ったらこっそり種を流してもらえた。自室から持ち出さないことを条件に」



 アイリスは自分でいれた茶色の液体を、ぐっとあおった。



「だが、持ち出してはならないのは種とそれからはえたものだろうからな。『ほん』にはカッフ豆と書いてあったからな。私はそれに従って種子から豆を取り出し、水に入れて温度を上昇させたんだ。それがこれ」



 そう言われれば、先ほどの香りは薄い上にちょっと変なにおいだった気もするが、コーヒーっぽいような違うような。

 だが問題はそこではない。



「じゃあ、博士は……コーヒー豆、持っているんですか」



 俺がそう言うと、アイリスはパッと顔を上げ、辺りの物をなぎ倒して部屋の奥へと消えていった。すぐに戻ってくるが、その手には何やらボトルを持っている。

 水が入っていたボトルを再利用しているのだろう。透明のボトルに豆らしきものがため込まれている。




 無言で、でもどこか期待を込めた瞳で見つめられながら、俺の手にはボトルが渡された。


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