【2】アタッチメントでプリーズ
ムクさんは意外と綺麗に整えられている眉を、困った様子で八の字にした。
「仕方がないだろう、不審者なんだから」
「不審者!? だったらもっとこう、不審者だろお前、みたいな扱いしてよ。違うって言いやすいから!」
「違うのか?」
「違います!」
ムクさんは首を傾げる。
「じゃあ、何だ?」
「何って……」
俺の言葉はそこで途切れてしまった。
確かに不審者ではない。成人済の日本人男性。ちゃんと名前もあるし、バイトだってしてる。年金だって納めている。
でも。
「日本もなけりゃ、何も無いんだもんな」
自分を証明するものが何も無い。とたんに不安が血の代わりに身体を廻り始めた気がした。
黙り込んだ俺に、ムクさんは小さく溜息を吐く。
「まあ、悪いヤツではなさそうだけどな。あんたは無人の倉庫エリアに急に現れたんだ。あのエリアは温度管理が行き届いているから、センサーに熱反応が現れたんでわかったんだけどな」
「倉庫、エリア?」
ムクさんは壁に手を伸ばした。
ベンチに腰掛けたままの俺は、ぼんやりとその壁を見上げる格好になる。
どうやらテーブル上の画面はやはり何かを映し出す装置のようで、ムクさんの手の動きに合わせて淡い明滅を繰り返した。ムクさんがいくつか操作をすると、画面は紺色の背景になる。その上に浮かび上がったのは白と緑のラインで描かれた地図のようなものだった。
「この船は、バハムートクラスのスターシップ、ウィルシュラスト港所属の船で、「テラ」という名前がついている」
画面には「terra」と表記された部分があり、その下には途方も無い桁数の数字が映し出されていた。
「船はこんな風に三層構造で、一番上が共同エリアと格納庫、真ん中に機関部と居住区があって、一番下の層に情報区と倉庫がある。あんたがいたのはここ、倉庫エリアの、水製造機の下あたりだ。結構冷えるから、見つけるのが遅かったらハイポサーミアになってたかもしれないな」
「ハイポサーミア?」
「体温が下がると、動けなくなる症状だ」
「……低体温症のことか。そりゃ怖いな。……で、見つけてくれて、ここに運んでくれたってわけか」
「ああ」
確かにそれでは不審者と言われても仕方が無い。急に現れた男を保護してくれただけラッキーだ。
「密航すると言っても、この船は循環船だから……密航する価値の無い船だと思うんだがな。一応保安部なんで事情を聞いておかないとと思ってな。妙な服も着ていたしな」
「妙なって……」
言い返そうとしたら、ムクさんは相変わらずのデカい手のひらをこちらに向けた。
「とりあえず、質問に答えてくれ。チップが嫌ならカードを作るから、それに必要な情報もかねて」
「え、チップ埋め込み以外でも、そのナントカシステム使えるの?」
「ヴラドシステムな。使えるよ。チップにアレルギー反応が出る人もいるから外部メモリでも対応は出来る。そのかわりチップを入れたマーカーを身につけてもらう事にはなるけど」
ムクさんはそういいながら埋め込み型の画面を素早く操作していく。
「まあ、あんたは別にアレルギーとかでないはずなんだけどな。言語チップでは出てないし」
「え?」
ぼそりと呟かれた言葉の意味を把握する前に、ムクさんはタブレットを持って壁に寄りかかった。
「まず……出身は「チキュウ」で、良いんだな。本当にこれで登録するぞ」
その言葉の意味はわからないが、俺には他の選択肢が浮かばない。
「チキュウにすると、何かデメリットがあるの?」
「特には……ない。世間話のネタにされるくらいだ。アイツはドコドコ出身だとかで」
ああ、そういう意味なら頷ける。おそらく現在地球はよっぽどのど田舎にでもなってしまっているのだろう。ムクさんも地球の名は知っていたが、なんと言うか驚いていた気がするし。
離島出身者とかの扱いに似てる気がした。
まあ、元々が島出身の俺にはちょうどいい。
「じゃあ、地球で。それが本当だし」
「よし。次に身長は174.6182センチメートル、体重は69.0012キログラムで間違いないか」
「い、いやいや。あ、いや。だいたいそんなもんだけど。何それ、何でそんなに細かいの。つか、俺ちょっと太った? あ、これの分でしょ。この服の分」
「衣類のグラム数は正確に引かれている」
だと思ったよ。むっちゃ細かいもんね。そんなに細かく出てくるのっておかしくないか。その数値必要?
俺の困惑をよそに、ムクさんは平然と「続けるぞ」と言ってタブレットを操作する。
「血液型はA型、性別は男性、体組織内に人工的に装着されたと思われる無機物は規定量以内」
「……なんか、もう、そんなもんで良いです。後付けの無機物ってのが気になるっちゃ気になるけど、銀歯かなーははは」
「そうだな、口内一カ所、右手の甲に一カ所。右手は言語チップなので問題ないし、口内の金属片にも爆発成分は無かった」
「爆発しねえよ。何そのスプラッタ仕様の銀歯。恐ろしいわって……チップ、チップってのは何だ」
「言語チップは循環船に載る以上必要なパーツだ。チップアレルギーある場合には識別票に追加埋め込みを擦るが、アレルギー反応がなさそうだったので既に埋め込んでしまった。まあ、チップが無いとオレとあんただって話が出来る状態だったとは限らないし」
なんて事だ。既に俺の手の甲には何かが埋め込まれているらしい。未来って恐ろしい。
右手の甲を観ても傷一つなく、言われなければチップが埋め込まれた事すらもわからない。
「システムのゲスト情報もチップで埋め込めるぞ。やっぱりそっちにしておくか?」
「いやいやいや。これ以上埋め込まれてたまるか。外付けにして。アタッチメントでプリーズ」
骨も無機物というご指摘を頂きました。
し、知らなかった……。
とりあえず、「骨以外の無機物」として表記を変更しましたが、もう少し模索します。
そして、水も無機物……。もう、どうしようもないな私。無知を埋めたい。
重金属とやらまで。
さしあたり、表記、逃げました。すみません。