【20】私だって好きなんです!
「ちょっと! 何をしているんです!」
深く下げた頭の先。ダリアの向こう側から、かわいらしい声が聞こえた。
知ってるぞ。この声は。愛してやまないこの萌声は。
(この、声……セレナ!?)
勢いよく頭を上げた俺は、同じく驚いた表情を浮かべたダリアと目が合った。
二人して声の方に顔を向ける。
廊下の先にはグレーの繋ぎを着たクルーが数名いたが、その中に明らかに異彩を放っている存在があった。
小学校に上がったくらいの少女だ。深い青色の髪をしている。
「え?」
答えが欲しくてダリアを見るも、ダリアも目を丸くして少女を見ている。
と言うことは、この状況は未来人的にもびっくり状況と言うことか。
「え、えと?」
俺は情けなくそんな言葉を発したまま、少女を見つめることしかできなかった。
その間にも少女は肩をいからせ、膝くらいまでの白いワンピースの裾を振りながらこちらへと大股で近づいてくる。ダリアの目の前に仁王立ちすると、キッと顔をあげた。
くりくりとした瞳も髪と同じ青。身長は俺の胸よりも小さいので130センチを割り込んでいるのではないだろうか。
「ダリア! 私の操縦士に何をしているんですか!」
「何って……というか、誰よ」
ダリアはセレナの剣幕に押されたように上体をのけぞらせながらも、ダリアはそう言って少女を見下ろす。
二人の間に視線の橋が出来、それはそれは剣呑な雰囲気をまき散らした。
すううっと、少女が息を吸う。
「私は、セレナ。ヒイラギの戦闘機です。ダリア、ヒイラギは私と行動しますので、ご心配なく! さあ、どうぞ夜の時間を有意義に使ってください!」
薄い胸をそらし、鼻の穴をふくらませて、少女もといセレナはそう宣言する。
「は? 戦闘機? どう見たって普通の女の子じゃない!? 訳のわからないことを言わないで!」
やっぱりわけわからないんだ。そりゃ普通、機械は女の子にはならないよな。
未来でもならないよな。
俺がひとしきりそんなことに感心していると、セレナはきゅっと眉を寄せた。
「貴方が知らないだけでしょう。知らないことを訳がわからないなんて評価しないでもらいたいですね」
「知らないだけって……」
ダリアはおもむろに顔を真っ赤にした。みるみる眉がつり上がる。
「これでもアカデミーはトップで出てるのよ。それを」
「トップだろうがビリだろうが、無知は無知よ!」
ダリアはますます顔を真っ赤にする。
「アンドロイドは山ほどいるけど機械が人になるなんて、ありえない!」
アンドロイドは山ほどいるのかと俺が驚いていることなんて、二人の目には全く入っていないようだ。
そもそも、本当にこの少女はセレナなのだろうか。
だが、声はまさしく彼女のものだ。それにこの服。船のクルーは皆つなぎを着ているがこの子はワンピース姿。でも子供はそんな感じなのかもしれない。あいにく、まだこの船で子供を見ていない。
「人になったわけではなく、外部活動用携帯モジュールの一形態です。戦闘機はパイロットに尽くしますから!」
「それを言うなら私だってパイロットよ!」
「私のパイロットじゃありません」
「それがさんざん代理補給してあげた私に言う言葉!?」
いつの間にかダリアは少女を戦闘機だということを受け入れているかのようだった。セレナを戦闘機として喧嘩している。
「それとこれとは話は別です。感謝はしていますが、同時に貴方は」
「何よ!」
セレナはこれまでと違って、じっとダリアを見あげた。どことなく冷たい視線は、まるでダリアを軽蔑しているかのようだ。
その雰囲気にダリアもゴクリと喉をならす。
「ヒイラギを殺すところだった」
その言葉が俺の身体の芯を、ひゅっと冷やした。
言葉通り、恐ろしい響きに肝が冷えたのもある。だが、無意識に俺は感じ取っていたのだろう。セレナが他の誰とも違う事に。
「貴女が不用意にアレに近づかなければ、貴女が取り込まれることも無く、ヒイラギが助けに向かうことも無く、ヒイラギが深刻なダメージを受けることも無かった。これは全て貴方の浅はかな行動が招いたこと。結果としてヒイラギに後遺症は無かったものの、それは単なる結果です。だから」
「ちょ、ちょっと待って」
俺は思わず二人の間に手を入れた。
違うんだ。ダリアのせいじゃない。ダリアのせいじゃないのだ。
俺が勝手に行動しただけで、その結果は俺が負うべきなのだから、ダリアのせいじゃない。
ダリアを見れば、想像通りその顔から血の気が引いている。
「ダリア、そうじゃないから。俺が勝手にやったことだから」
「でも、実際にダリアは!」
俺の言葉に反応したのはセレナだ。
「いいから、ちょっと黙ってて!」
それを制して、俺は今にも泣き出しそうなダリアの顔を覗き込み、
「俺が勝手にやったことなの。だから責任も功績も俺のもの。わかる? 勝手に責任感じて俺のものを取らないでよ。そんなことされたら情けなくて泣けてくる。さっきありがとうって言ってくれたじゃん。俺はそれで十分だよ。な?」
と言って軽く肩を叩く。このくらいの接触は多分許してくれるよな。
ぐっと唇を噛んで、ダリアは頷いた。
ほっと胸をなでおろしたのもつかの間、今度は反対側からなんだか不穏な雰囲気を感じる。
そちらを見れば、小さなセレナが俯いて肩を揺らしていた。
「ま、マジか」
泣かせてしまったのだろうか。
と言うか、機械も泣くの? それより本当にこれは、戦闘機のセレナ?
おろおろと手を動かしてから、俺は腰を折ってセレナに視線を合わせた。
セレナはブルーの瞳から透明な雫をたらしながら、子供らしくしゃくりあげている。
「ど、どうしよう。どうして泣いてるんだ」
セレナは、ふいに俺の首元にすがりついて顔を肩のあたりにうずめてきた。
肩にも腕にも体温を感じる。
これで本当に機械なのだろうか。
俺がそんなことに意識を持っていかれていると、セレナはしゃくりあげながら「だって」を繰り返す。
「どうした?」
きゅっと首元の手に力がこもる。
「だって、だって……私だって、好きですから! ダリアが勝手にそんなこと言うから!」
「へ?」
俺の頭の中には、数分前の会話がよみがえった。
確かにダリアは俺のことを好きと言ったが、それは会話の流れであって、言われた本人も悪い気はしていないが、むしろお礼を言ってしまったくらいで、もちろん本気になど出来ないと言うか。
「私だって好きなんです!」
そう叫ぶように言ってのけた少女にの声に、俺はもうひとつの夢を思い出した。
そう! ハーレム!
小さなこの手を取ることは、ハーレムへの道だろうか。それとも。




