【18】少しだけ、センチメンタルな気分なんです
俺の溜息は多分、壁にくっついてる細い隙間からどこかへ吸いだされていって、正常な空気になって船の中を循環するのだろう。
でも、あのため息に乗せた感情を共有できる人はいないのだ。
考えたくは無かった。だからこそほかに目を向けて、ここが未来だとわかっていても目をそむけていたのかもしれない。
自室に戻ってからも、しばらくはリオンとの会話が頭を回っていた。
俺はファンタジー派だ。
ファンタジーの世界は虚構の世界。ありもしない空想の世界。
現代日本に暮らす多くの人が知っている世界でありながら、絶対にありえないと笑い飛ばせる代物。だからこそそこへ行ってみたいと夢想してもばかばかしく、だからこそ、その地がどうなろうとも客観的に考えられる世界。
フィクションとはそういうものだろう。
「でもさ、ここが未来で、俺のいた世界の先の先の先だって言うのなら」
家族も友人も死に絶え、世界や日本の、俺にとっても将来すらもわかってしまうそんな世界に、俺は今まさに立っていることになる。
いや、正確には自室のベッドに寝っ転がってるんだけど。
俺はもう一度大きくため息をついた。
チート技が使えなくてもいい。
なんなら、アレだ、弱小のモンスターに生まれ変わったり、猫とかに生まれ変わってでかいおっぱいに挟みこまれる一生を送るのもいい。
未来だって別に毛嫌いしているわけじゃないんだ。
出会った「人」が、後頭部だけがやけに発達した首の長い人だったり、毛むくじゃらで手が何本もあるような、およそ人とはかけ離れた外見をしてくれていたら、きっともっと素直に折り合いをつけることができた。
それなのに。
「まるで同じだもんな。なのに、こう……価値観とかテクノロジーとかがかけ離れ過ぎてて」
どう表現したら良いのかわからないが、どっと疲れが押し寄せた気分なのは確かだった。
それだけじゃない。問題だって山積している。
「まずは借金でしょ、そのあとの生活でしょ、部屋とか借りれんのかなあ。宇宙船を降りたら戦闘機の燃料って仕事あるのかなあ」
それに少々恐ろしいこともある。
この世界は、やけに人を受け入れる代わりに、個々の命に対しての執着というか、感情が希薄な気がする。
命を粗末にしているわけではない。それは自分を受け入れてくれていることや、二人死ぬよりは一人の方が良いと言う言い方からも、命自体は重要視されていることは窺える。
「重視はされてるんだけどな。なんか、こう……数字的な。多い方がよし、みたいな」
そう口に出すと背筋が冷える。
やけに彼らの最終目標がクリアになった気がしたからだ。
「……数が多い方が良い、か。内容には考えが及ばないってのはありえるんだろうか」
ムクさんは実の妹よりも、知り合ったばかりの胡散臭い男(俺)を優先した。
いや、その方がマイナスが少ないと判断したと言った方が良いかもしれない。
「普通は、妹助けるでしょう。妹だよ、妹。俺だったら100パー妹だね。妹居ないけどさ」
なぜか胸のあたりが締め付けられる。
どうして、「そう」は考えないのか。
いや、ムクさんだけじゃない。あの恐ろしい円卓の連中だって同じようなことを言っていたし、やけに文字やらノートやらに執心していたリオンだって、その手のことには異論を唱えていない。
どうして、考えないのか。いや、考えないのが普通と言うのがこの世界なのか。
そんな世界は正しいのか。
そもそも正しいって何だ。
「あー、もう。イライラする」
そう言うと、同意するように胃の当たりが切なげに鳴いた。
時間を見れば夕食時だ。
「くそ、最大の問題は食事なんだぞ。タブレットにガムに水? 肉くいてえよ。焼肉、ステーキ……ああ、ハンバーガーも捨てがたい。それよかラーメンかな。俺「カップらうめん」のシーフード、好きなんだよな」
食事って重要だったんだな、とガシガシと頭をかきむしる。
その拍子にあることを思いついた。
「無いなら、作るか。……なんかそういう映画とか小説とかあったよな」
船の中に牛や鳥はいないだろうし、万が一いたとしても捕まえて、捌く? バラす? なんてことはできない。ではせめて野菜。野菜ならどうだろう。
土はあるのだろうか。いや、土は無くとも水でも何か出来たはずだ。
「ここに、何があって何がないのかを調べてみよう」
俺は勢いよく立ちあがった。
空腹をどうにかして乗り越えようという物理的な挑戦。
でも、それはもう一つ、俺の心にとって必要な「現実逃避」に違い無かった。
「そうと決まれば、仲間がほしいな。なるべく情報通で新し物というかロストテクノロジー好きの……ああ、相違やリオンは料理に興味津々だったよな。他に興味を持ってくれそうなのは、リオンと……リオンと……くそ、リオンしかいねえのかよ」
駄目もとでダリアも誘ってみよう。ムクさんは、まあ、見かけたら声は掛けてみよう。
そう思いながら、俺は立ち上がってドアに歩み寄った。
ドアの消える瞬間にタイミングを合わせて
「消えろードア!」
と、芝居がかって言ってみたところ、廊下にいた「いかにも」な才女が、何とも言えない表情を浮かべて早足で去っていった。
とかく、この世は生きにくい。




