【17】この道はいつか俺が歩んだ先
「なあ、リオン。驚かずに聞いてくれよ」
リオンは、そんな俺のセリフにもまじめな顔で頷いた。
「今までの俺のデータに嘘は無いよ。地球出身、なんなら地球のアジアの日本の新潟県の佐渡島出身。本屋と定食屋のバイトで食いつないでるラノベ好き」
口を開きかけたリオンを、手のひらで制して俺は続けた。
「でもな、一番大きな点を確認というか、確定していなかった。わざとじゃないけど、積極的に確認するのが怖かったというか。そうしたら俺の夢が砕け散るからって言うか。
その……俺が生まれたのは1998年。俺が地球で過ごしているのは2016年の6月の、はずだった」
ちらりとリオンを見ると、無表情で俺を見ている。
「俺が知る限りでは、宇宙ってのは理科とかで少し習う太陽系の話と、社会科見学で行った科学館の知識くらいで、後はSF映画とかで宇宙船が出てくるけど……こんなにでかくは無いし。宇宙飛行士になる人たちは無重力の訓練とかしてて、こういう、普通の生活を送れないってことくらいは俺でも知ってるっていうか」
ここまで言ってもリオンは無表情だ。
「……ええと、リオン? どうした?」
リオンは、頬の筋肉をピクリと揺らしてから、苦労して口を開いたようだった。
「ヒイラギが、驚くなと言ったから、驚かないようにしている」
いやいや、そうは言ったけれど痙攣するほどにこらえなくていいと言うか、ありきたりな前置きなだけで、ちょっとは驚いてくれないと話した俺が情けないと言うか。
「いや、ごめん。驚いていいよ」
「マジか!?」
リオンは、ぷはっと息を吐くようにして叫んだ。
「どっちに驚いたんだよ」
俺は思わず突っ込んでしまった。しかし、リオンは律義に一つ咳払いをしてから
「もちろん、ヒイラギの出自についてだよ」
と言う。
リオンは、近くの椅子を引いて腰を下ろした。
俺に出してくれたはずの水を一気に飲み干し、その代わりなのか新しい水を注いでくれる。
「ヒイラギは、2016年の人物だって言うんだろ。それこそ驚かずに居られないだろ。だって、ノーマークの2016年だろ。信じられるはずが」
ぶつぶつとそんなことを言い続けるリオンに、俺は小学生みたいに手をあげた。
「はい。ヒイラギ君」
リオンは見た目に反して結構ノリが良い。
「……今は、何年ですか」
そう、これを確認しないことには始まらない。2000年代だろうか、3000年代だろうか。もっと遠かったら、アレだ猿の●星みたいなファンタジー要素だって発生するだろう。あれ、俺が来たかった異世界はファンタジーだから、3回転位したけど結果オーライなのか。
いや、騙されないぞ。ここは宇宙。俺が求めているのは中世ヨーロッパだ。
「今は、AF1901年だ」
リオンの口からは、思いがけない言葉が発せられた。
AF?
そういや紀元前とか紀元後とか言うのにBCとかADとか使っていたっけ。
俺はおぼろげな世界史の知識を引っ張り出しながら、首をかしげた。
確かBCはキリスト前みたいな感じで紀元前、ってことはADはキリスト後だけど、何の略かはわからない。AFってのはなんなんだ。
Aはアフターか?
「AFってのは、アフター……」
「フィックス。有効銀河の計算には特殊な方程式を使うんだが、一定の数字に対して与えられる変価値に誤りがあったことが判明し、それを修正した年の後という意味だ。現在はフィクスドと呼ばれたりもする」
言わんとしていることはわからないでもない。なんか難しい方程式を直した時を境に、それより後。うんうん。わかる。
でも、その直した時ってのはいつなんだ。
「ノーマークの2016年ってのは、時節……年号に区切りが一つしかなかった頃を差すと言われている。ええと……」
リオンはそう言ってタブレットを操作し、画面を俺に見せてくれた。
「AFってのが今なんだよな。1901年。で、BFがあって、AC……あれCってのもあるんだな」
アルファベットの後ろには、長いもので3000に近い数字が、短いものでは1000に満たない数字が書かれている。Cから始まるものだけは、110、259、309、423と4つ書かれていた。
BFはフィックス前、ACってのはなんだろう。
「Cはクライシスだ」
リオンを見ると、僅かに眉を寄せていた。
「ノーマークは2240年まで続いたとされている。一説では2440年だったとも言われている。だが、その後、変動が起きた。これがクライシス」
「クライシスって……災害っぽい響きなんだけど」
「今では人災とされている。4回の変動……クーデターと言われたり、戦争と言われたり、災害と言われたりするが、その時の資料はあまり公表されていない。ただ、この4回の変動によって、世界の人口は激減した。かつての論文では故意に……いや、そこは省略しよう。資料自体はいくらでも検索できるから後で見てくれ」
リオンはそう言って俺の前で年表のようなものを指差した。
「ノーマークと言われるのは、ここ。クライシスの前の時代。どうしてBCと言わないのかはわからない」
俺は年表の左端に追いやられた数字を見つめた。
俺が居た時代は、こんなにも小さく圧縮された中にあるのだろうか。
「BCってのはさ、もう使ってたからだろうな」
俺はそう呟いて、年表のさらに左端を爪の先で指示した。
「この何にもついていない年号のさらに昔を、BCって呼んでたんだ。ビフォー・キリストって意味で。紀元前とか言ってたな」
「きげん、ぜん」
「そう。俺も詳しくは無いけどさ、古代史の時代だね。自然と共存してるけどヨーロッパのほうでは結構文明も進んでいたとか、そんな感じだったと思うけど」
「ノーマークの前にBC?」
「うん。で、ノーマークって言われているところはAD。何の略かはわからないけど、多分キリスト後ってことだと思う」
俺は心が妙に静かになっていくのを感じていた。
やはりここは遠い未来。
俺の望まぬ遠い未来なのだ。そう思うと、先ほどまで楽観的に3回ひねりでファンタジーだなんて言っていた事も、あっという間に頭から排除されてしまった。
この世界は俺の日常のはるか先にあるものだ。
別世界と言ってもいいが、心はそうは言っていなかった。
別世界ならば良かった。人がどうであろうと、世界がどうであろうと、所詮はファンタジー。創作の世界。
だが、未来は違う。
この未来に続く過程で、俺の家族も友人も皆、死に絶えているはずなのだから。
俺はリオンに気付かれないように細く息を吐いた。




