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【16】いにしえの

 別に奈良県出身ではないけれど「いにしえの」なんて言葉を使いたくなる。

こうしてリオンと話していると、この世界に比べて自分は太古に生きた人物なのだと言うことを実感するのだ。

 と言うよりは、あれだ、未来に来ちゃった感がマシマシになる。



「……俺も、料理に詳しいわけじゃないぜ。かけもちバイトの一つが居酒屋ってだけで、メインは本屋さんだし」


「本! ヒイラギは本にも詳しいのか。これは」



 またも目を血走らせてこちらを向いたリオンに、俺は慌てて両手を振った。



「詳しくない。詳しくないって。とりあえず落ちつけ」



 そう言うと、リオンはひとしきり鼻息を荒くしたあと、わざとらしく深呼吸をした。

 ムクさんと話したり、この船の乗組員たちを見ているに、食事とはあのケースと水を言うのだろうと言うことは俺にも想像がついた。多少の味の違いはあれど、サプリメントにガムに水。これがこの世界の食事だ。

 ムクさんもリオンも筋肉質の理想的な身体をしている。考えてみるとこの世界の人で極端な巨漢やガリガリに痩せた人を見ていない。皆、理想的な栄養環境を与えられているのだろう。



「……すまん。俺はアカデミー時代に情報管理を学んでいてな。そのころから「ほん」と言うものに興味があったんだ」



 リオンはそう言ってタブレットをテーブルに置いた。

 俺の部屋と同じような大型のモニターに手を当てるとそこからコップを取り出す。次いで水のボトルを取り出すと、当然のように俺の前にコップを置いて水を入れてくれた。

 映画ならコーヒーの場面なのだろうが、この世界におそらくコーヒーは存在していないのだろう。コップを手にとって、無言でリオンに先を促した。



「卒業して最初の配属は、第一希望の資料部だった。膨大なデータにナンバリングをし、誤字脱字のチェックをしながら、世の中に出回る書籍等を管理する部署だ」


「書籍? 本は無いんだよな?」



 思わずそう口に出した俺に、リオンは苦笑してから頷く。



「そう、書籍と言ってはいるが、現物のないデータのことだ」


「電子書籍ってことか」



 呟いた言葉にリオンは反応し、タブレットをとりあげて何かを書きこんだ。おそらくは「電子書籍」と書いたのだろう。



「電子、と、わざわざ言うからには、ヒイラギのいた場所では、電子でない書籍が一般的だったんだな」


「まあ……紙媒体の方が多かったかな。だいぶデータ化も進んではいるけど」


「そうか。ここでは……「かみ」は太古の遺跡から発掘された、ごくわずかな物をのぞいては存在しない。チキュウにはあるのか」



 俺はどう反応して良いのかわからなかった。

 ムクさんもリオンも俺がこの時代の地球からやってきた、ド田舎人だと思っているのだろう。おそらくはるか昔に消え去った技術すら現存するほどの秘境。



「資料部では古文書のようなものも扱う。データ破損を直したり、永年データに書き換えたりする作業だ。俺は書籍が好きだったからな、そんな毎日が楽しかったよ。でも、出会ってしまったんだ。

 あれは俺が最初の長期休暇をもらった時だから、資料部に入って500日ほどが過ぎたころだ。俺は貯金をはたいて長距離船に乗り、パナケアへ行った。パナケアはわかるか?」



 俺が首を横に振ると、リオンは画面に向かって手を伸ばし、地図を表示してくれた。



「有効銀河は主に38のエリアに区切られている。今、この船が航行しているのはエリア18。緑色のシグナルがこの船だ。ヒイラギが居たという地球はここ」



 そう言ってリオンが指差したのは、エリア28とされた一角だった。小さな楕円のようなものが見える。もしかしなくても、これが太陽系なのだろうか。



「このあたりだな。JP21が現在はデータ中継局になっているらしいが、使われたと言うことを余り聞かない。……どうやら、最後の通信は、今から400年ほど前らしいな」



 画面がズームされ、次第に円の様相が明らかになると、俺が知っているあの絵が見えた。

 だが、太陽系として俺が知っているものとはちょっと違う。

 惑星として認識されているはずのものを指折り数えてから、俺は口を開いた。



「あのさ、どうして4つしか星っていうか、そのボールみたいなの、回ってないの?」



 リオンは、ちょっと考えるそぶりを見せてから首をかしげた。



「惑星については俺もあまり詳しくは無いが、此処に表示されないと言うことは存在しないと言うことだと思う。JP21のほかには、ビーナス、マーキュリ、そしてアース、別名が「チキュウ」というこの小さな惑星だけしかないのではないか」



 それは、俺の考えを絶望的に後押しする一言だった。

 太陽系とされ、地球の存在する場所には4つの惑星しかない。

 他の惑星が消滅するような事態があったのか、もしくはそれほどの年月が経っているのか。

 リオンは俺の心情を知らぬ様子で続けた。



「パナケアはここ。エリア7の学術都市だ」



 エリア7という一角には他のエリアでは見られぬほどたくさんの文字が浮かび上がっている。どうやら繁華街というか、だいぶ栄えた場所なのだろう。



「パナケアはセントラルアカデミー……ってのは、知らないか、ええと、世界で一番大きな学校を抱えた人工惑星で、世界の智を集めたとされる場所だ。惑星内部は600を数える階層構造になっており、その全てがデータ、つまりには知識の蓄積だ。ここに無い情報は無いとまで言われている。

 俺はここで、昔「ぺーぱー」と呼ばれるものに文字を書きつけて束ねた、「ほん」というものが存在することを知った。「のーと」についても同じような説明がなされていた。二つの違いはよくわからない。

 だが、その一方で俺はその内容に興味を覚えたんだ」



 リオンが語るには、現存する本は全部で7冊。内容は理解できないが、4冊は同じ言語で書かれており、他の3冊のうちの1冊は現在の言語の祖となったアルファベットで書かれ、他の2冊はアルファベットに似てはいるが違う言語だと言うことだった。

 このノートは4冊のうちのひとつだという。



「この線がたくさんあるものと、曲線からなるもので書かれた本にも時折数字が記されているが、数字は他の「ほん」にも共通しているし、現在利用されているものと同じなので、この部分だけは理解できる」



 俺はリオンの許可を得て、ノートをめくってみた。

 手に感触は無いが、持ち上げたりめくったりは普通のノートをめくる要領でできる。パラパラとページを繰ってみると、レシピだけではなく雑多なことが書かれているのがわかる。



「……メモ帳っていうか、まあ覚書みたいなものなんだろうな」


「ヒイラギの居住地区では、この文字を使っているのか」



 リオンは再び好奇心に充ちた眼で、俺の顔を見つめている。

 俺はと言うと、どう説明したら良いのかわからずに、思わず口をゆがめてしまっていた。



「……うーん。まあ、この文字を使っていることは使っている。と言うより」


「と言うより?」



 ここはもうきっちり理解してもらった方が良いのかもしれない。

 俺は覚悟を決めて「なあ、リオン。驚かずに聞いてくれよ」と、ありきたりな前置きを唇に乗せた。


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